第6話 豹変
「リリオ!! リリオ!!」
必死に声を上げるレナード。
彼の呼びかけに答えるように、リリオが足を引きずりながら姿をあらわした。
大きな盾だけではなく、肩や背中に何本も矢が突き刺さっており、顔は血まみれ。
息は荒く、立っているのもやっとであることを示すように膝が震えている。
それでも眼光だけは獲物を狙う獅子のごとく光っていた。
「約束しただろ……。わしがおまえを守ってやるとな……」
声を振り絞ったリリオは、盾と剣を構えてレナードの前に仁王立ちする。
霧が徐々に晴れ、あらためて周囲の兵たちがこちらに向けて槍を構えているのが分かった。だがリリオから発せられた気迫はすさまじく、一気に距離をつめてこない。
彼らがじりじりとにじり寄ってくる中、リリオが雄たけびをあげた。
「ギル!! 聞こえておるなら返事をいたせ!!」
しかし誰も何も反応しない。
リリオの顔は真っ赤に染まり、こめかみには青筋が立っている。
彼はもう一度叫んだ。
「ギル!! こんなことをして許されると思っているのかぁ!」
再び沈黙が流れる。
……と、そこにゆっくりとしたテンポで馬の蹄が地面を蹴る音が近づいてきたのだった。
「ギル様はここにはおられませぬ」
姿をあらわした騎兵の胸には、将軍の側近であることを示す『銀の紋章』がある。
つまりギルの部下ということだ。
「お主は……アントムか! ギルは今どこにおる!?」
「ギル様なら今、反乱軍との戦いを指揮しておられます。
「なんだと……!?」
予想をはるかに超えた言葉に、リリオが絶句する。
一方のアントムは王族であるレナードとリリオを前にしても馬から降りず、彼らを見下ろしながら続けた。
「これもアラス王国のため。王子には何の非もないが、ここで死んでもらう」
「狙いが王族ということであれば、わし一人でじゅうぶんじゃろ。レナードのことは見逃してほしい」
リリオが頭を下げる。王族の彼が、恐らく平民の出身であろう騎兵に頭を下げることが、どれほど屈辱的なことか、レナードもよく知っているつもりだ。
そこまでして自分のことを助けようとする叔父に、彼は涙を禁じえなかった。
だが非情にもアントムはゲラゲラと笑いだした。
「ははは! これだから世間知らずの王族は困る! あんたたち王族を守るために王子には死んでもらうんだよ!」
「なんだと……」
「もしここで王子が死に、国王や王妃が哀しむ姿を見せれば、国はまた一つにまとまる。亡き王子のためにも、内輪もめしている場合ではない、とな。剣もろくに振れず、草花を愛でる王子など、ただの金食い虫にすぎぬ。死をもって国に尽くせることに感謝してほしいくらいだ。ははは!」
「やめろ……。それ以上、レナードを侮辱するな……」
「ははは! ならこうしよう! そこにいる何の役にも立たぬ第二王子が俺の前でひざまずいて命乞いをすれば、叔父の命だけは助けてやろう! ははは!」
「きさまぁぁぁぁ!!」
リリオが剣を振りかぶりながらアントムに向かって突進する。
だがそれは大勢の兵が武器をかまえるところに単身で身を投げることを意味していた。
「叔父上!! 早まってはなりませぬ!!」
レナードの必死の叫びもむなしく、リリオの体はギルの兵たちによってめった刺しにされてしまった。
「うぐっ……」
どさっと大きな音を立てて仰向けに倒れた彼のもとへ、レナードが駆け寄ろうとする。
だがラウルが彼を羽交い絞めにして止めた。
「いってはダメだ!」
「しかし、このままでは叔父上が!」
「もはやどうにもならない……」
リリオは懸命に顔をレナードの方へ向け、震える手を伸ばす。
そして最後の力を振り絞って声をあげた。
「すまぬ……。守ってやれなくて……。本当にすまぬ……」
「叔父上ぇぇぇ!!」
目から涙を流しながらリリオがこと切れた後、レナードはガクリと膝をついてうつむく。
それを見たアントムは、ニヤニヤしながら吐き捨てるように言った。
「そろそろ霧があける。他人に見られると厄介だからな。悪いが叔父の死を悼むのはあの世でやっていただこう」
アントムは右手を軽く上げた。周囲の兵が呼応するように武器を構えなおす。
一方のレナードはとめどなく流れる涙で地面に黒いしみを作りながら、か細い声をあげた。
「ラウル……。音は聞こえるかい?」
「なんの音だ?」
「剣と剣がぶつかる音だ」
ラウルは口をきゅっと結び、耳を澄ませた。
「……いや、聞こえない」
「そうか……。なら味方は全員死んでしまった、ということだね……」
アントムはますます口角を上げた。
「その通りだ。あとは貴様を片付ければそれで終わりだ。裏切者の軍勢を討ち果たした俺は王都に帰れば、はれて将軍に昇進というわけだ。さあ、立って剣を構えろ。さすがに無抵抗な者を斬るような真似は騎士道に反する」
「そのつもりはない。総大将は座して動かぬことが武勲だと、ギルに教わったから」
ひざを地面についたまま、うつむいているレナードに対し、アントムは冷たく言い放った。
「まさか今さらひざまずいて命乞いをするというわけではあるまいな? はははは!」
彼の高笑いとともに周囲の兵たちもどっと沸き上がる。
……と、その時だった。
「くくく……」
なんとレナードが肩を小刻みに震わせながら笑いだしたのだ。
しかも普段の彼からは想像もつかないような不気味な低い声で。
「貴様……。とうとう頭がおかしくなったか?」
しかしレナードは彼の問いに答えずに笑い続けている。
さすがに気味が悪くなったアントムは吐き捨てるように言った。
「もはやこれ以上生かしておくのは哀れだ。今すぐに楽にしてやろう」
アントムが右手を軽く上げる。
兵たちが再び武器を構え、レナードとラウルに向けた。
だがレナードは恐怖に泣き叫ぶこともなく、平然と顔を上げたのである。
その目を見たとたん、アントムの顔が引きつった。
「な、なんだ……?」
なんとレナードの目が赤く光り、その全身を黒い炎が包みはじめたではないか。
そして彼は肝が底冷えするような凍てつく声で告げたのだった。
「座したままで貴様らを葬ってやろう。
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