第4話 ストーリーの結末を知ることなく

◇◇


 イアンがレナードのもとを立ち去った後、リリオは深いため息をついた。


「はぁ……。イアンはまだあのことを根に持っておるようだな」


「あのこと?」


 目を丸くしたレナードに対し、リリオは首を横に振りながら答えた。


「『群青の騎士団チアル・ハーリエル』の前団長、ハリー殿が定年で除隊となった時に、次の団長を決める会議があった。ハリー殿はイアンの長年の功績をたたえて、彼を自分の後任に推したんじゃが、ヘルム殿が反対してな」


「ヘルムが? しかし彼は外交大臣ではないか。軍事に口を出せる立場ではないだろうに」


「殿下も知っての通り、ヘルム殿はアウレリア王妃とともにルドリッツ帝国からやってきた者じゃ。王妃の後ろ盾もあって、今は外務大臣だけではなく財務大臣も兼務しており、実質はアラス王国の宰相。かの者の影響力は軍にもおよんできたというわけじゃ」


 政治と軍事に疎いレナードにとっては雲をつかむような話だ。

 しかしそんな彼であっても、今のアラス王国はヘルムという、丸眼鏡のよく似合う端正な顔立ちをしたよそ者に支配されているのは、何となく分かっていた。

 それでも彼があからさまな不正をしていたり、圧政で民を苦しめているという噂はまったく聞かない。

 だからレナードは気にもとめていなかったのである。


「新たに『群青の騎士団チアル・ハーリエル』の団長に任命されたのは、まだ30にも満たぬ若者でな。名をルーバットという。身分は上級貴族。平民出身のイアンとは比べものにならぬ。そのうえ彼の妻はルドリッツ帝国の貴族令嬢ときたものじゃ」


「つまり母上とヘルムのお気に入り、ということだな?」


「さよう。よく分かっているではないか。レナードもいよいよ大人の世界に興味を持ち始めたようじゃな。ガハハハッ!」


 リリオの人を小馬鹿にしたような笑い方に、レナードはちょっとだけムッとした。


「それくらいのことは僕にだって分かる。つまり団長になれなかったイアンはへそを曲げているということなんだな?」


「いや、そんな単純な話ではないぞ」


 リリオの表情がわずかに曇ったのをレナードは見逃さなかった。

 彼が小首をかしげると、リリオは再び大きなため息をついて答えた。


「大昔から『群青の騎士団チアル・ハーリエル』の団長は投票によって決まることになっておってな。ルーバットとイアンの決戦投票が行われたのじゃが、その場にいる全員がルーバットに票を投じたんじゃ。その中にはギル殿もおったのう」


「なんと……。つまり彼らは全員、ヘルムの息がかかっている――そういうことなのか?」


 リリオは口には出さないが、アラス王国の行く末を憂いているようであった。

 政治、経済だけではなく、軍事にまでルドリッツ帝国の手が伸びてきており、もはやアラス王国は彼らの傀儡のような状態だから――と言いたいのだろう。


 だが国の事情などまったく知らないレナードは、何と返していいか分からずに、ただ彼の顔を見つめるより他なかった。

 そんなレナードの心情を察したのか、リリオは明るい調子で話題を変えた。


「そう言えば、うちの娘は23にもなって、まだじゃじゃ馬だから困っておってのう!」


「カレンのこと?」


 カレンはリリオの一人娘。王族の姫でありながら、剣や槍に興味があり、侍女たちの目を盗んでは王国軍の訓練所に顔を出し、下級兵たち相手に稽古をしている。

 見た目は麗しい姫だが、性格は勝ち気で喧嘩っ早い。


「うむ、そうじゃ。どこぞに彼女を嫁にもらってくれる奇特な方はおらんかのう」


 レナードが答えに窮していると、リリオは馬を前に進めた。


「わしの夢はカレンの花嫁姿を見ることなんじゃ。妻もそれを望んでおったからのう」


 それだけ言うと、彼はずんずんと先を行き、霧の奥へと消えていく。

 レナードは微笑ましい気持ちになって、その背中が見えなくなるまで見つめていたのだった。

 すると今度は彼と同い年くらいの黒髪の少年が近づいてきた。


 質素な身なり、色黒の肌、野犬のような鋭い目つき――見るからに高貴な身分には見えない彼は、徒歩でレナードの真横にやってくるなり、かすれ気味の低い声をあげた。


「レナード様。大変だ」


「ラウル? どうしたんだい? 血相を変えて」


 レナードの問いかけに対し、ラウルと呼ばれた敬語の使えぬ少年は、用心深く周囲を見回した後、レナードだけに聞こえる声でささやいたのだった。



「このままだとレナード様はこれから反乱軍に連れ去られることになっちまう。しかも彼らの王として――」



◇◇


 一方のイアンは、レナードたちの一団よりも先を進んでいた。


「もうすぐだ!」


 団長に選ばれず屈辱にまみれたあの日から、笑顔など一度も作ったことはない。

 だがそんな彼であっても、頬が緩んでしまうのを抑えきれなかった。


「今まで俺をバカにしてきたやつらを地獄に叩き落してやるのだ! ぐふふ」


 だがしばらくしたところで、彼は突然馬を止めた。

 笑みは消え去り、目は大きく見開かれる。


「まさか……。そんなバカな……」


 なんと騎兵が前方にずらりと並んでいるではないか。

 自分たちを待っているのは『歩兵』のはず。

 つまり彼らは味方ではない。ではいったい誰の手なんだ……?

 イアンが様子をうかがっているうちに、一騎が前に出てきた。


「イアン殿。道を外れておりますぞ」


「その声は……。アントム……。ということはギルの手先か!」


 アントムはイアンから少し離れたところで止まると、右手を軽く上げた。


「イアン率いる『群青の騎士団チアル・ハーリエル』たちは、反乱軍のリーダー、ハリーとつながっており、レナード殿下の拉致を企てていた。そうだな?」


「拉致だと? 人聞きが悪い。貴様らの方こそ、待ち伏せとはずいぶんとイイ趣味しているではないか」


 イアンが言い返すと、アントムは微笑みを浮かべて首を横に振った。


「ああ、そんなことはどうでもいいんだ。いずれにしても貴様らのたくらみは、ギル様の千里眼により見破られた。その先の話も特別に聞かせてやってもいいが、どうする?」


「いや、と言っても、勝手に口が動くんだろ? あんたは昔から剣の稽古よりもおしゃべりの方が好きだったからな。だからいまだに小物なわけだ」


 イアンの嫌味にも、アントムは余裕の笑みを浮かべたまま続けた。


「イアンは殿下を盾にして逃亡を企てるも失敗に終わる。ギル様の軍勢は裏切者たちをせん滅。だがその代償は大きく、多くの味方の死を招いた」


「まさか……。おまえ……」


 イアンの顔がみるみるうちに険しくなる。


「させんぞぉぉぉ!!」


 彼は腰に差した剣を抜くや否や、アントムに向けて投げつけた。

 だがアントムはあっさりとそれをかわすと、上げていた右手を振り下ろした。


「撃て」


 その直後、無数の矢がイアンの体に吸い込まれていった。


 ――ドスッ。ドスッ。ドスッ。


 全身に矢が突き刺さり、イアンはゆっくりと倒れていく。

 その様を見つめながら、アントムはストーリーを締めくくったのだった。


「犠牲者の一人として、レナード殿下のお名前も刻まれることになるのだ」

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