第2話 命懸けの墓荒らし

 棺移送当日の夜は深い霧に包まれていた。街の中心から西に行ったこの辺りは海に近く、霧が発生することがあるらしい。


「闇のなっかの深い霧~♪ 左右も前後も上下も、わからない~♪」

「静かにしていろよ」


 休んで早々に酒を飲んで酔いが回り始めたユーリが歌い上げるのを静止させる。ただ酒が飲めると調子に乗ってジンをボトル三本も開けやがって。この霧の中で迷っても知らんぞ。


「ではジョーンズさん。彼女の墓をご案内しますが、移動するときは私のランタンの明かりが光った回数で動いてください。停止が一回光るとき。安全が二回光った時。そして隠れろが三回光った時です」

「頼んだぜ店主。俺たちはここの土地勘がまったくないからな」


 目的の墓がある場所唯一知っている案内役である店主が、先にランタン片手に左右を確かめながら進んでいくのを、墓石の裏に隠れて眺めていた。だんだんと店主の背中が白に染まり上がり、霧の中に消えてしまった。

 なんて見にくさだ。この濃霧なら他のやつも入ってこなさそうだが、仲間とはぐれてしまいかねないぞ。もしこれで縛り首になったら、屋敷に化けて出て女遊びしていた証拠でポルターガイストを起こしてやるぞ。


「ジョーンズ、ジョーンズ。ゾンビは出ないですよねぇ」

「アホか。あれはトワイライト家の人間がやった演技だろ。骸は起きないって何度言ったら」

「いやぁ、墓場に入るとどうもあのことを思い出しちゃいまして」


 怖くて怯えるユーリに同意するつもりではないが、あの事件は嫌でも記憶に残る。警察にパクられ、ホイッグ警部の出世の道具に使われて、挙句にあの結末。思い出したくもない時間だ。

 霧の向こう正面で光が二回点滅したのを確認して、墓地を進んだ。

 音を立てないよう大股に足を広げて進んでいくが、ここの墓所は一ヤード先は闇というより霧の方が正しいだろう。二、三歩歩いた先の霧を抜けるだけでそこに墓石が鎮座しており、前が見えない。足下に固いものをぶつけた。十字架の石碑の墓だ。ランタンで照らしてはいたのだが、足をぶつけるまで接近しないと墓石が見えないまでに視界が不良では、目的の墓どころか自分たちが今どこにいるか方向すらわからなくなるとは、下手すれば仕事にならないな。

 右へ、左へ。どちらが北で南かわからないままとにかく店主が照らす灯りに導かれていく。そして初めて少し先にあるランタンが一回だけ点滅したの。


「これです。この墓地です」


 店主が指で示した墓は、十字架の墓石が建ってはいるもののどこの誰で何年に死んだのか書いていない簡素なものだった。貴族様と違い、毎日何人も死んでいるその他大勢の骸を葬る共同墓地に名前も没年も刻むのは価値がない証だ。

 哀れみも憐憫もかける必要なんてない、這い上がれないのなら使うまでよ。将来的に俺もこの中に入るのだろうしな。


「ユーリおそらく他の棺がいくつか土の中に埋まっているから、掘る時は慎重にな」

「あいよ」


 ユーリが軍隊のようにこめかみのあたりで手を横にして敬礼のポーズを取ると、スコップの頭を土の斜めから差し込んで墓をゆっくりと掘り始めた。

 列車の中で壊したスコップの代わりに、から必要経費としてふんだくったオークの木で作られた木製のスコップは、石も割れそうなほど固い。今までのスコップの頭が折れたり、水分を吸うとすぐひびが入る安物とは素材からして違う。ただで長く使えそうなものをいただいたのだから一年でも長持ちさせないとな。

 時間をかけてできるだけ音を出さないよう土をどかし、作業を始めて一時間ぐらいたった時、スコップの先に硬いものが当たった。予想した通り、共同墓地に入れられている奴の棺は浅く少し掘っただけで到達した。スコップを置いて手作業に移行して土を掘り返していく。骸を取り出すだけならスコップのままでもよいが、今回の依頼は棺ごとの移動だからうっかり壊さないように手で丁寧に発掘しなければならないのだ。


 大きな粒で構成されている土をかき出して少し深く掘っていくと、被されていた木棺が顔を出した。木棺は貴族様のと違い体の線ギリギリまで細長く作られている。名もなき木棺は狭く作って中の骸の肩の骨が骨折しまいかねないなどお構いなく、多くの棺を入れられるように狭く作られている。

 木棺の蓋をスコップの頭を差し込み、てこのはたらきでスコップの端を叩きこじ開けると、中に若い女の血の気がなく青白い顔が入っていた。予想通り両手に組んだ手は、狭い棺にぎゅうぎゅうに入れて肩が上がりまるで虫の死骸のようだ。その無理な体勢で詰め込まれているためか、本来なら腹部の上に置かれていたはずの副葬品が棺の傍に落ちてしまっている。


「顔の確認頼むぜ」


 こじ開けた木棺の中を店主が覗き込む。ランタンを片手に持ちながらの確認は身長の低い店主の体では、棺の中に落ちてしまいそうだ。


「間違いないです」

「よし、ユーリ棺を出せ。音を出さないようにそっとな」

「りょーかいぃ」

「では私は人が来ていないか見回ってきます。それと馬車の用意も」

「こっちもできるだけ急いで土を戻すからな」


 店主は早々に一つの灯りを片手に薄紫の霧の中に再び隠れていくのを見届けて、土を埋め返す作業に入った。


「特に何も起きなさそうでよかったですねぇ」

「アホ。ここから慎重にせにゃならんのだぞ。こんな視界ゼロだとうっかり迷い込んだやつがいるかもしれん。そしたら、俺もお前も仲良く首吊りだ」

「おう、そうでしたぁ。早く片付けないとぉ。あれれ?」

「どうした」

「スコップが見つからないぃ」

「すぐそばにないか。それとも土の下とかにないか」


 狼狽しながら、墓の周りや掘り返した跡の中に降りていったがどこにもスコップは見つからない。終いには、ユーリの尻が丸出しになっているのも気にせず棺の下まで手で掘り出した。

 

「ないよぉ。せっかくの新しいスコップがぁ」

「しょうがない。俺はスコップで土を埋めるから、お前は手で土で入れておけ」

「はいっ、って私にスコップ渡すんじゃないんですかぁ!?」

「無くしたから自己責任だ。ほら口より手を動かす」


 むぅっとほほを膨らませながら不服そうに、棺を取り出すと掘り返した後を埋めなおしていく。静寂性を重視するなら実のところ手で土を埋めなおした方がいいのだが、ユーリ《未熟者》には苦労を味わさせてやろう。

 最後の掘り返した土を戻したが棺を取り除いた分、一か所だけ土が細長く落ちくぼんでいる。このままでは掘り返したことが露見してしまうため、周りの墓の土を少し拝借して平らに均した。こうすることで周りの墓も同じようになっているように見えるだろう。


「ユーリ、店主のランタンは見えるか」

「う~ん。あっ、あそこにあるよぉ」


 指さした先に、薄紫の霧の中で二回光るのが見えた。メアリーの骸が入った木棺を担いでその灯りに向けてまっすぐ進むと、灯りはすぅーっと左に曲がった。これも二回点滅だ。墓石に当たらないよう上に持ち上げて左に旋回して進んだら今度は右。次も右に、そして左へとついて行った。

 左に曲がってまっすぐ進んでいくと、小さく光っていた灯りがだんだんと大きくなり、ランタンが置いてあるすぐそばにほろがついた馬車が止まっていた。入口から奥まですっぽりと木綿のカバーがかけられた英国では珍しい幌馬車だ。万が一人と通り過ぎた時に備えて、中のものが見えないようにするためか。


「ジョーンズさん早くこちらに乗せてください」

「おう、ゆっくりとな。音を出さないように」


 荷台には店主がすでに乗りかかっており、木棺に手を伸ばして底を持つと後ろで持っていたユーリが力いっぱい押して荷台の中に納めた。棺は幌のおかげで中が暗くランタンで奥を灯さないと見えない具合だ。


「これでいいでしょう。一回りして人気がないか確認してきますので少し待ってください」


 念には念をという姿勢は嫌いじゃない。この霧の中、身を隠すというにはうってつけだが、相手の姿も見えないという不利も同時に起こる。あの店主に案内を任せたエドガーの人選は良いものを持っていると認めざる負えない。

 店主が霧の中の墓場の中へ再び消えていく。待っている間、膝をついて休んでいると荷台の上で足をぶらぶらさせてユーリが鼻歌を歌っていた。


「ふんふ、ふ~ん♪ いやぁ後はこのまま逃げ帰るだけですねぇ。帰ったら飲みましょうよぉ」

「出る前にお前飲んだだろうが。まあ、行きしなにトラブルもあったが大金も手に入るし俺も仕事の後に飲む酒は嫌いじゃない」

「おーいいですねぇ」


 少しぐらい贅沢してもいいだろう、リバプールの名物の料理は何だろうと気を抜いていた、その時だった。

 

 人がいたのか!


「伏せろ、見回りだ」


 ランタンの警戒に気づいていなかったようで、俺の警告でユーリがようやく動き出したが、気を抜いたため荷台に体がへばりついて動きが鈍い。くそっ、のろまが。

 伏せていた体を起こして、大股に開き最短歩数で荷台に近づきユーリを引っぺがす。腕の中で抱えたユーリと共に、近くにあった大きめの墓石の近くに身を伏せた。


「ご、ごめんなさい。油断してて」

「黙ってろ」


 謝罪よりも見回りがどこにいるかが先だ。

 泣きじゃくりそうなユーリの口を塞ぎ、じっと目を凝らして見回りの人間を探し出す。だがこの濃い霧の中ではどこに人がいるのか一切わからない。ランタンもさっき飛び出したときに落としてしまった。このまま店主からの合図を待つしかないか。


 それから数分したころに、先ほど警報があった方向と同じところから灯りが一回光った。

 来いだと。何かまずいことでもあったか。むやみに歩くのは危険だが、ここにいても誰かに遭遇する可能性がある。店主が「来い」灯りを灯したということは、店主がいるところは安全であるということだ。

 ユーリを連れて店主がいるであろう方向に向かって歩き出す。右、左、左、ん? さっきと同じ方向を歩いているような。そしてランタンの動きが止まり、店主と再び再会した。


「何かあったのか」


 困り顔で店主は手に持っていた真新しい木製のスコップを見せた。それはユーリが失くしたと言っていたスコップだった。


「スコップ危うく忘れるところですよ。この墓の後ろに落ちてました」

「ユーリお前」

「あ、あれぇ。さっきまでなかったはずですがぁ。あははぁ」


 まったく、落としたスコップがあったから誰かほかに人がいると思いこんだのだろうな。


「ほかのところも見て回りましたが、誰もいませんでした。さあ早く引き揚げましょう。ほかの何かが出そうですし」

「ゾンビとかですぅ?」

「ええ、そういう類です」


 店主に導かれて馬車に戻り、ようやく墓場から脱出できた。

 墓場から離れると、海の音が聞こえた。どうやら墓場に近いようだ。海から流れてきた霧が、墓場にまで流れて覆っていたのだろう。海の音が遠くなるにつれて、霧の色がだんだん薄くなりだした。そしてリバプールの街に通じる道の脇へ馬車が移動すると、木々が開けた場所にエドガーがウロウロして待っていた。

 そして荷台から降りて俺たちの無事を確認すると(というより作戦が成功したから)クリスマスの子供のように小躍りして迎えた。


「よく戻ってきてくれた。さあメアリーの顔を拝ませてくれ」

「はいよ。こんな危ない橋渡った墓荒らしは初めてなんだから、追加報酬を、もらわないとな」

「もちろん。その分の働きに見合った報酬は……」


 ガコリとエドガー自ら蓋を開けると、その顔が一瞬でしぼんだ。


「ジョーンズ、この取引は不完全成立だよ。まだ働いてもらうね。追加料金はなしだよ」

「どういうことだ」

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