第4話 大捕り物

 トワイライト家のご子息が起こしたゾンビ騒動という名のお家騒動から開けて一週間後、路上に打ち捨てられた新聞紙の一面には、それまで片隅に載せられていただけのゾンビ騒動の事件が堂々と飾られていた。


『トワイライト家のお家騒動。トワイライト男爵、夫人の殺害容疑で逮捕。トワイライト夫人が変死したことを怪しんだトワイライト男爵のご子息と周りの人たちが男爵に事の真相を聞き出すため墓場までおびき寄せた。同時に巷を騒がせていたゾンビ騒動は彼らが起こしたものであると判明。詳細は後日』


 情報を査読していない三流新聞が発行したもので、大まかな内容しかなくご丁寧に後日とつけていた。真実を知らないものからすれば捨てられて当然だ。


 三流新聞を踏みつけて、再びあの庭師と会ったパブに入った。夜が明けたばかりなのか、パブにいたのは昨夜から酔いつぶれて一夜明かしてしまった男たちが何人かおり、店主は酔いつぶれた男たちを外に放り出すのに手がいっぱいだ。その中できっちりとトレンチコートを着た身なりがいい男がすでに空になったジョッキをテーブルの前に置きながら、ナッツの殻をカリカリとこすらせて待っていた。もちろん、ホイッグ警部だ。


「休暇の時にわざわざ呼びだしておいてなんだ。小切手は換金できたはずだろ。それとも銀行がドレスコードしないと入らせてくれないとか言ったのか」

「追加の料金をもらいに来た。仲間を呼び寄せたせいで分前を寄越せとせびりやがって貯金箱の埃ごと持ってかれた」

「貧乏人とはそういうものだ。大して仕事しないのに分前だけは平等に欲しがる。しかし持ち金全部ないとはな。お前の貯金箱底蓋が空いているのではないのか」

「うちは底なしがいるもんでね。貯めてもすぐに消えてしまう」


 仲間たちがせびってきたのもそうだが、もっと想定外なことはうちの相方ユーリが情報収集のためにと称してあちこちのパブでバンバン酒を飲んではツケ払いを繰り返していた。大金が入るから大目に見てやるとは言ったが、あのウワバミ女め。


「しかし、よくトワイライト家の人間のみの犯行と結びつけることができたな。暗殺ならその道のプロも雇われると私なら想定するが」

「最初に素人の犯行と感じたのは俺が墓を掘った時ですよ。なんせ墓石に到達するまでが浅かった。貴族や金持ちの墓石は盗まれないように深く掘るものなんでね。逆なのは共同墓地だな。ひどいのなら少し手を伸ばせば出てくるぐらい浅い。もしゾンビがいるのなら出てくるならそっちだ。地上までの道のりは最短だ」


 そしてその道のプロがいないと判断したのは、やり口が回りくどいからだ。素早く仕事をするプロなら、屋敷の人間に頼んで寝静まったときやトイレに入ったところなど一人になったところで殺せばいい。そうしないということは、恨みの原因が強くそれを相手に死後まで刻み続けたい気持ちが入っているからだ。

 実際あの仰々しい装飾をした墓石は後から入れたものらしくで、ゾンビ騒動を聞きつけて掘り返した男爵を怯えさせる目的だったらしい。俺たちが掘り返したときに変装した女中が現れたのは男爵が来たと思い込んだからという。あの時男爵は急に別件の用事が入ってしまいその晩来られなくなったという知らせを知らなかったのだ。そして偶然俺たちがトワイライト夫人の墓を標的にしてしまったという経緯に至ったわけだ。 

 もしも男爵に急な用事が入らなければ、今頃売りに出すことができないぐらいぐちゃぐちゃな骸になっていただろう。


「それとだジョーンズ。男爵のご子息がいたことはウエストエンドの現場にいた時にわかったのか」

「息子かどうかはわからなかったが、少年じゃないかと予想はできた。最初郊外の墓場で見た時は女の顔をしていたからウエストエンドで見たのも同じ女が変装していたと思っていた。だがナイトドレスを着たままの女の脚ですぐに見失うはずはない」

「ほかの誰かが変装したと」

「そうだ。特にあの時は都合よく霧が出ていたから顔が見えなかった。だが普通の男では霧の中でも身長や体格で分かってしまう。しかし少年なら、女性と体格は変わらない。脚もドレスと着たままでも走り抜けられる。それにうまく逃げおおせること自体が目的だから、足は速くないとな」

「その意味は」

「庭師だよ。元々男爵を墓場にまでおびき寄せるはずが、実際は来ず。新聞で話題になっても効果なし。そこで庭師が出かけるルートを抑えて夫人のドレスで庭師の前に出てくりゃ、男爵はいやでも耳に入ってくる。庭師はご子息様の計画を全く知らなかったしな」

「……君の前世は占い師か預言者だったかね」

「さあ、俺は前世とか気にしないので」


 我ながら、さながら名警部のように種明かしを披露した、がその経緯に至ったのはユーリがドレス歩き方を指南してくれなければわからなかったことだ。


「それで、あのメイド狂いの男爵様は夫人が邪魔になったから殺ったのか」

「おおむねそうだな。英国では宗教上離婚ができるものの、男爵の体裁的に悪いだろう。二度もメイドを孕ませて」

「二度? 一度は今ぞっこんの奴だとわかるが、もう一度はなんだ?」

「……トワイライト男爵のご子息だ。あの子はメイドの子だと本人の口から聞いたよ。そしてその口を割ったメイドが、その親だ」

「とんでもねえ男爵様だな」

「恐ろしいのはトワイライト夫人のほうだと思うがね。自分の腹を痛めて産んだ子でもないのに、「私が母親だ」とご子息を育て上げ、迷うことなく復讐を誓わせた愛情の注ぎよう。勘繰るとして、それが自分以外の女にうつつを抜かせた男爵への一番の仕返す方法だっただろうな」


 愛こそが最大の復讐ということだろうか。なるほど確かに恐ろしい。けど最も恐ろしいものを俺は知っている。


「それで男爵様はどうなった」

「家の整理だ。メイド長から洗濯女まですべての使用人を総入れ替えだ。」


 男爵は逃げた。金の力と権力を使ってまた一人だけ。主犯の息子は牢に入れたままに。

 そして極めつけに、と今朝買ったばかりの新品の新聞をホイッグ警部の前に投げてやった。


『「ゾンビ騒動の首謀者の執事絞首刑に」

 今回のゾンビ騒動の首謀者である某家の執事は復讐心に駆られ、夫人の遺体を引っ張り出した。しかし復讐で失念したのか死体の身につけたものをそのままにして取り出したため我が国の法に触れたため死刑が執行されるとのこと』

「執事は首謀者ではないだろ。減刑できないのか」

「あいにく法律でそう決まっている。死体と墓石を動かしたならともかく、中の装飾品まで盗ってしまったからな。だが執事は後悔はしていなかった。「主人のためならこの身が焼かれることも仕える者の務め」だと。英国執事の鑑のような御仁だった」


 静かな口調のまま警部は最後まで主人に仕えた執事の言葉を伝えると、手に持っていたクルミの殻を片手で握りつぶした。この大英帝国というのはなんと金無しと子供に理不尽で、貴族に都合がよすぎる社会であろう。


「許せないか。この国の法と秩序が」


 許せないか。それに答えるのに子供のようにYesもNoもない。この世界は理不尽なことだらけだ。突然の飢饉、突然の死、そして生まれた環境という不利すらも受け入れなければならない。そんな理不尽に一々憤慨し、嘆き悲しんでは生き残れない。信じるのはただ一つだけだ。


「わざわざそのことを言うためだけに来たと思うか? 俺たち『スカルヒューム』が信じているのは法でも女王様でもねえ。だ」

「わざわざそのために新聞を買ってまでか」

「情報は新鮮なの方が金が入るのだろ」


 言いたいことを言い終えて、席を立とうとしたときテーブルの上に金物が打ち合う重たい音が打ち付けられた。ホイッグ警部が金を置いた。それもユーリがこの店で飲んだ分の硬貨だ。


「ジョーンズという男は冷酷な拝金主義者だと思っていたが、噂とはあてにならないな。何かあったら呼べ。それは前金だ」


 呼ばれてもどうせ都合よく利用するだろうに。と分かってはいつつ警部殿からいただいた金はしっかり受け取った。ツケを払い、埃をかぶって鈍い音しか出ないベルを鳴らして店を出ると、ユーリがドアの横で後ろに手を組んで待っていた。行き先は伝えていないはずだが、どこで嗅ぎつけてきたのか。酒の匂いからか?


「お帰りです」

「ああ、ツケを払い終わったぞ。あとはどこの店にツケしやがった」

「ツケを払うだけにしては長ったらしかったですね」

「世間話で盛り上がっていたんだ。その、骸の服飾品をかっぱらっただけで死刑になるのはどうだとか。貴族様優遇政策の是非とか」


 とっさに思いつかなかったため思い付きで答えた。話した内容は間違ってはない。


「優しいですねジョーンズは」

「おだててるのか。酒代しか出ねえぞ」

「そういうことじゃないんだけどな。でもいいや。ツケ払い終わったら帰りにエールを飲むぞ~♪ ウエストエンドの高い酒飲みまくるぞ~♪」

「もう金がねえって言っただろ。この飲んだくれ!」

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