生きる意味と死ぬ意味と⑥




「あら、沙夜じゃない。 どうしたの? こんなところで“男性”と、二人で手なんか繋いで歩いて」


閑静な住宅街、歩くなら人通りの少ないところをと思って選んだ道。 何事にも動じることのなかった沙夜が、その声を聞き身体を大きく震わせる。

煉瓦の壁の横に立つ少女は、髪を明るく染めており、そこらのアイドルと比べても見劣りしない。

沙夜は一言も話さず、竜真を握る手を離してしまう。


「・・・ッ」

「ふぅん・・・。 私は、沙夜ちゃんの姉をさせてもらっている樹亜(ジュア)と申します」


彼女は沙夜の姉を名乗り、ニコリと笑う。 完璧な挨拶だ。 可憐な少女にそんな挨拶を向けられては、普通の少年ならそれだけで心が動いてしまうのかもしれない。


「竜真です。 沙夜とは・・・」


言いかけて、竜真は迷った。 間違いなく言えるのは、カップルではないということだ。 彼女は無理矢理自分が連れ出しただけで、自分の意志でここにいるわけではない。 

親友、友達、知り合い、他人。 頭にそれらの単語が過っては、消えていく。


―――・・・もういい、なるようになってしまえ。


竜真に深い考えがあったわけではない。 ただ何となく、距離を縮めるのも遠ざけるのも不正解なような気がしたのだ。


「沙夜のボーイフレンドです。 よろしくお願いします、お姉さん」

「ちょ、違うの、樹亜さん。 この人とは、そういうのじゃなくて・・・」

「そういうのじゃなかったら、どういうの?」

「それは・・・」


沙夜は竜真の言葉を否定し、姉の言葉に明らかに狼狽えた。 竜真としては、沙夜の動揺を見たい程度の軽い気持ちだったのだが、強く否定され少しショックを受ける。 

だから、気付かなかったのだ。 沙夜が姉を“樹亜さん”と呼ぶ、異様さに。


「まぁ、いいわ。 この子と会話、成り立っているの?」

「えっと、成り立っては・・・いません」


竜真自身、会話が成り立っていなくても構わないと思っている。 とはいえ、成り立っていないものを『成り立っている』と嘘をつくことはできない。


「でしょうね。 笑わないし、喋らなくて暗い。 普段は付けないアクセサリなんかを付けているけど、性格は変えられないから。 ・・・よし決めた!」


樹亜はそう言って、楽しそうに手を叩いた。 沙夜が押し黙る横で、二人の違いに驚きを隠せない。


「私が二人の間に入りましょう。 そうすれば会話もスムーズにいくし、もっと仲よくなれるから」


つかつかと二人に歩み寄ると、その間に身体を割って入り込む。 香水なのか、強い薔薇の匂いが竜真の鼻腔を叩いた。


「何をしているの? 手を繋がないと、二人が繋がらないじゃない」


上目遣いでそう言うと、樹亜は竜真の手を握り締める。 当然、沙夜側も――――いや、指先を摘まんだだけだった。 沙夜はあれから、一言も喋っていない。 不安気に樹亜を見つめて、それだけだ。


「俺、沙夜と二人がいいですから」

「・・・は?」


竜真は樹亜と繋ぐ手を切るように離し、そう言った。 彼女は一瞬“信じられない”といった感じに目を見開き、直後鋭く睨み付けてくる。 先程までの可憐さは、もうどこにもなかった。


「間に入ってもらう必要はありません。 お姉さんの好意だけは受け取っておきますので、お引き取りください」

「・・・それ、この私に対して言っているわけ?」

「そうです」

「どうしてこの子に構うの? 昨日今日、出会っただけの間柄でしょう?」

「彼女を放ってはおけませんから」


「ふぅん・・・。 見た目はまぁまぁだからと思ったけど、中身はとんだお人好しの甘ちゃんだったわね。 なら、一つだけ忠告をして差し上げましょう。 その疫病神と一緒にいたら、必ず不幸になるわ。 

 その女の周りにいる人間は、皆死んでいくのだから」


樹亜はそう言うと、身を翻して大通りへと歩いていった。 竜真は何も言うことができない。 一方沙夜は樹亜と握っていた手をジッと見つめ、黙っていた。

閑静な住宅街、二人の間を気まずい空気が流れていく。


「・・・もう、帰った方がいい」


俯いた沙夜が、ポツリとそう漏らした。


「帰るつもりはないよ」


納得できるはずがなかった。


「じゃあ、私が帰るわ」


認められるわけがなかった。


「今日は、俺の言った通りにしてもらうと約束したはずだよ?」


沙夜は泣いてこそいないが、その黒雨と比喩された髪がまるで涙のように思えた。


「・・・あの女が言ったことは、本当なの」

「沙夜の周りにいる人が、不幸になるっていう話?」

「・・・そう」


竜真は沙夜から聞いた言葉を思い出していた。 自分に興味はないが、人には迷惑をかけたくないと言ったことを。 もしかしたらそれは、己が境遇から悟ったのかもしれない。


「別にどうでもいいよ、そんなの」

「え・・・?」

「そんなドラマとかでよくある設定、俺は気にしないっていうこと」

「設定とかじゃなくて、事実で」


竜真はドラマをよく見るが、正直なところ好んで見ているわけではない。 ただ学校生活を送る上での話題作りのために見ているだけで、それ以上でも以下でもなかった。

その上でよくある不幸体質系の設定は、大抵後のどんでん返しに繋がると思っている。 そして、その可能性を沙夜にも見ていた。


「俺がしたくてしていることを、止める権利は沙夜にもない。 意味がないはずの沙夜の時間は、俺が意味のある時間としてもらったんだから」


沙夜は竜真を、惚けた様子でじっと見つめていた。 だがそれも、一瞬のこと。 諦めたかのように首を振る。


「・・・分かっていたけど、強引ね」

「まさか、こんなに肉食系だとは自分でも思っていなかったよ」

「そう。 ただ、一つ言わせてもらうなら・・・。 私は、竜真の言うことを聞く約束なんてした覚えはないから」

「あれ、そうだったっけ?」


その時、本当に微かであるが沙夜が笑ったような気がした。 黙って歩き始める彼女の横まで駆け付け、並んで歩く。 今日この日、沙夜が自分から歩き出すのも初めてのことだった。



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