生きる意味と死ぬ意味と④
まだ昼休みの時間帯のため、校舎外にも多くの生徒がいる。 面倒ごとを避けるため、竜真は裏門から出ることを選んだ。
「何か冒険みたいでドキドキしない?」
「・・・別に」
相変わらず冷めた反応だ。 校門を出ると、誰かに見つからないよう注意して進む。 制服を着ている二人は、当然校外で目立つと考えた。
「よし。 ここまで来たら大丈夫かな」
春には桜で満開になる公園まできたところで、竜真は握っている手を放す。 女子と手を握ること自体ほとんど経験がなかったが、そこには特に何も感じなかった。
「こそこそし過ぎじゃない?」
「警察に見つかると、流石にマズいと思ってね」
「もう昼も過ぎているし、大丈夫だと思うけど」
「そういうもん?」
「さぁ。 抜け出したことがないから」
「じゃあ、俺と同じで沙夜も初めての体験なんだ!」
「どうでもいいけど」
ベンチに座って話していると、通行人がチラチラと見てきていたが、制服であることをあまり気にしている様子はなかった。
「この背徳感、癖になりそうじゃない?」
「別に。 貴方みたいな人が、凶悪な事件とかを起こすんじゃないの? 私、自分に興味はないけど絶対人に迷惑をかけたくないの。 一人で生きて、一人で死にたいから」
「まるで動物だね」
「そう。 私は動物なの。 貴方もこんな動物に構っていたら、時間を無意味に過ごすことになるわよ」
どうやら冗談で言っているわけではないらしい。 もしかしたら竜真のことを、保健室にずっといる自分の噂を聞いて、お節介でやってきた男。 そんな風に、考えているのかもしれなかった。
「俺がそうしたいと決めた時間に、意味がないわけないさ」
「私には関係がないから。 一人で保健室にいても、貴方と公園にいても、時間の経ち方は同じだし」
「竜真な。 呼び方にも意味はない、だろ? なら、俺が指定した呼び方を使ってくれよ」
「・・・分かった、竜真」
名前を呼ぶ声は消え入りそうな程に小さかったが、一歩進んだような気がした。 今日会ったばかりの女子と、お互いに名前呼びをしている。 不思議と気分が高揚した。
「よし! それじゃあ、飯にするか!」
「あな・・・。 竜真のせいで、食べ損ねたんだっけ。 私、保健室に置いてきちゃったわよ」
「あんなの食事というもんか。 文字通り、栄養でしかないさ」
「だから、私はそれでいいの」
「もしかして、味覚障害でもあるの?」
「・・・ないけど」
何を食べても味を感じないのだとしたら、彼女の言うことにも一理ある。 というより、その方がいいだろう。
だがそう言った事実はなく、彼女は本当に栄養補給だけをすればいいと考えているようだった。
「まぁ、確かに効率的だとは思うよ。 沙夜はやせ細っているわけでもなく、スタイルがいい。 でも今日は俺がご馳走をするから、今度は沙夜のとっておきを俺にご馳走してくれよ」
「・・・とっておきって、いつも食べているもののこと?」
「そう!」
沙夜のとっておきとは、当然栄養剤とカロリーメイト。 竜真も当然分かって言っている。
「・・・別にいいけど」
「じゃあ、決まり。 隠れた名店っていう感じでお気に入りの洋食屋があるから、そこへ行こう」
竜真は沙夜の手を取り、立ち上がった。 目的地は遠くないが、少々歩く必要がある。 ただ先程もそうだったのだが、まるで犬の散歩のように沙夜は少し遅れて付いてくるのだ。
「ちゃんと足並みを揃えてくれないと、まるで俺が誘拐しようとしているみたいじゃないか」
「似たようなものだと思うけど」
「はは、違いない。 とりあえず、歩きにくくてしょうがないからさ」
「・・・分かったわよ」
そう言うと、沙夜は隣に並んだ。 制服の袖が擦れ合う程の距離で、手を繋いだ二人が歩く。 自分でそうしろと言ったわけだが、竜真は少し気恥ずかしさを感じていた。
―――・・・沙夜は、何も感じないのかな?
チラリと隣を見てみるが、全く様子に変化はない。 だがそれは逆に言うなら、嫌とも思っていないということでもある。
―――どんなことにも意味を感じない子、か。
自分と似ているが、やはりどこか違うような気もする。 ただ不思議と、居心地は悪くなかった。 洋食屋へ向かって商店街を歩いていると、丁度雑貨屋を通りかかる。
クラスの女子の間で、穴場として知られる場所だ。
「ねぇ沙夜。 ここの雑貨屋さん、結構女子に人気なんだけど知ってる?」
「知らない」
「ちょっと寄っていこう。 ほら、これとか沙夜に似合いそうじゃない?」
軒先に飾られた紫色の蝶の形をしたバレッタを、指差して言う。
「何? それ」
「バレッタだよ。 髪留めに使うヤツ」
女子がしているのを思い出しながら、沙夜の後ろ髪をバレッタでまとめ上げてみた。
「ほら! 凄く似合う!」
だが沙夜は、表情一つ変える様子はない。
「私からじゃ何も見えない」
「あー、そっか・・・。 じゃあ、こういうのは?」
今度は同じ種類の前髪のピン留めを取り付け、鏡の前に立たせてみる。 だがやはり、興味を持つような素振りは一切ない。
「どう?」
「・・・これ、付ける意味あるの?」
「あるよ。 一つのお洒落さ」
「お洒落なんて、意味ないんだけど」
しきりに繰り返す『意味がない』という言葉。 だが竜真は、彼女の『意味がない』は拒絶ではないということを分かっている。 そして、彼女にとって必要なことというのは何一つない。
竜真は沙夜から黙ってバレッタと髪留めを受け取ると、一人レジまで行き購入した。 そのまま沙夜のもとまで戻り、彼女の頭に優しく付ける。
「・・・」
「付ける付けないも意味がないなら、俺の言う通りにしてもらうからな。 初めて出会った、記念のプレゼントということで」
「初めて出会った記念・・・?」
「そう!」
「何それ、馬鹿らしい」
「別にいいだろ、俺がしたくてそうしているんだから」
「・・・りがとう」
「ん? 何か言った?」
「いや、別に・・・」
ここで竜真は、ある考えを閃く。 彼女には主体性がないため、受け入れることもなければ突き放すこともないのだ。
それを証拠に彼女は今ここで自分と手を繋ぎ、頭にはあげたバレッタと髪飾りを付けている。 雑貨屋は、特に用事があって寄ったわけではない。
そのためもう離れてもよかったのだが、竜真は自身が興味を持つものを偶然見つけてしまう。
「あ!」
日当たりの良い場所に飾られた、太い緑の茎に整然と並ぶ棘。 そう、サボテンだ。 竜真の自室は窓際いっぱいにサボテンが並んでいるため、これ以上置くスペースがない。
「ちょっと待ってて」
竜真は自身が育てているものと同じ種類のサボテンを見繕い、購入した。 流石に特別に取り寄せたものはないが、それでも十分だ。
「これもプレゼント。 俺の部屋にも同じものを飾っているから、沙夜も窓際に置いておいてよ」
「・・・え? サボテンを?」
「俺の唯一の趣味。 棘があるから気を付けて」
受け取った沙夜は、分かりやすく困惑していた。 簡単な世話のやり方を教えれば、彼女はそれを嫌がらない。 もちろん、好んでやるわけでもないだろう。 だがそれでよかった。
「サボテン栽培が趣味っていうこと、家族くらいしか知らないんだよ。 自分だけで楽しんでいれば、それでいいと思っているから。 手がかからないから、沙夜にもピッタリだろ?
保健室に置いておいてもいいからさ」
「別に・・・。 置いて、水をやればいいのね」
「そう!」
「竜真って変わっているのね」
沙夜は紙袋の中を見つめている。 竜真は“沙夜がそれを言うか?”と思ったが、口には出さなかった。
「サボテンも、自分が生きる意味も死ぬ意味も知らない。 それでも、砂漠で生きるための姿を自分で見つけ進化をした。
そう考えると、保健室で過ごし栄養剤を摂る沙夜とサボテンって、似ていると思わないか? 同じ“さ”から始まるし」
「私が、サボテン・・・」
「丸くて棘あるのに、可愛いところも似ているよな」
「・・・可愛いの?」
「あぁ、凄く!」
竜真にはもう、沙夜がサボテンにしか見えなくなっていた。 自分が興味を惹かれたのも、それが理由だと今では思ってしまう。 だがもちろん、沙夜はサボテンではなく人間だ。
竜真はそれを、きちんと分かっている。
「よし、荷物は俺が持つから、飯を食いに行こう。 寄り道をしているうちに、めちゃくちゃ腹が減ったよ」
「・・・うん」
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