生きる意味と死ぬ意味と③




昼休みになれば、やはり友達が自然と集まってくる。 いつもならそのままパーティーのようになるのだが、今は目的があるため抜けなければならない。


「あれ竜真、昼飯も食わずにどこへ行くんだ? 一緒に食おうぜ」

「悪い! ちょっと俺、用事があるから!」

「用事って? ・・・ま、まさか!?」


背後から何かが聞こえたような気もするが、竜真には届かなかった。


―――小橋さんがまたどこかへ行ってしまう前に、会いに行かないと。


容姿が好みだったというわけでもないのに、何故ここまで気になるのか未だに分かっていない。 保健室へ辿り着くと、先程の保健教諭がいたら嫌だなと思いながらも、恐る恐るドアに手をかけた。


「失礼しま、す・・・」


隙間から先生がいないことを確認し、中へと足を踏み入れる。 薬品とガーゼの匂いが、朝よりも強く感じられた。 だが見渡しても、やはりここには誰もいない。 

そう思ったのだが、突然奥のカーテン越しから声をかけられた。


「先生は今いない。 怪我や病気なら、座って待っていて。 もしつまらない用事なら、帰った方がいい」

「ッ・・・。 先生は、どこへ行ったの?」

「知らない。 昼食休憩にでも、行っているんじゃないの」


昼食に出ているなら好都合だ。 また、やいのやいのと絡まれなくて済む。 だが先程の保健室からの去り際、意味深な笑みを浮かべていたことが気にかかった。


「そうだよね。 もしかして、誰か来るとか聞いていたりする?」

「・・・」


返事はない。 自分のことが話題になっていたかどうか、それは分からなかった。


「・・・小橋さん、だよね?」

「・・・・・・だったら何?」


やたらと長い沈黙の後、彼女はそう言った。 


「さっき屋上で・・・」


そこまで言いかけた瞬間、カーテンの隙間から覗いた大量の錠剤にギョッとした。 手に乗せ、そして今まさにそれを飲もうとしている。 竜真の中で、彼女が自殺志願者である可能性は消えていない。


「ちょ、ちょっと待った!」


止めるためにカーテンを開け、咄嗟に彼女の腕を掴む。 手の中からポロポロと錠剤が零れたのを見ながら、彼女は冷めた口調で言った。


「何?」

「簡単に死のうとしたら駄目だ!」

「何で?」

「生きていたら、いいことがあるから」

「本当に?」


見つめてくる虚ろな瞳に、吸い込まれそうになった。 竜真自身“生きていたらいいことがある”なんて、心から思っていない。 どこかの、誰かの、受け売りでしかなかった。

そのため言葉に詰まっていると、ふと彼女は脇の机に視線を動かす。 そこには、栄養剤のボトルとカロリーメイトがあった。


「別に死のうとしたわけじゃない。 ただの栄養剤」

「・・・もしかして、これが昼食だったり?」


彼女は頷くと床の錠剤を拾い上げ、ジッと見つめるとそのまま口へと運んだ。 ガラスコップの水が、彼女の口へと注がれ錠剤を流し込む。


「三秒ルール?」

「?」


物が落ちてから三秒以内なら、それは汚染されていないという謎のルールを根強く信じる者がいる。 竜真にそのような考えはなかったが、どうやら彼女もよく分かっていないようだった。 

どのみち、三秒はとうに過ぎている。


「どうしてちゃんと、食事をとらないの?」

「栄養なんて、最低限摂れればそれでいい。 毒を口にするよりは」

「・・・?」


彼女は“毒”と言った。 それが何を指すのかは分からないが、普通ではないだろう。 だからと言って、栄養剤は食事とは言えない。 彼女は残りを飲もうとしたが、それを止めることにした。


「・・・どうして止めるの?」

「何となく。 見過ごすわけには、いかないから」

「そう」

「小橋さんは、いつも保健室にいるの?」

「うん」

「どうして?」

「勉強することに意味がないから。 学校に来る意味もないけど。 ・・・そういうものだから、来ている」

「・・・意味、か」


彼女の言っていることを、完全に理解したとは言い難い。 ただ竜真も、常日頃勉強する意味があるかは分かっていない。 ただ分かっていないからこそ、誰にも何も言われないようやっているだけなのだ。


―――・・・俺と同じ考えで、やっていることは真逆、か。


そう考えた時、何故この少女が気になるのか少し分かった気がした。


「そもそも生きることに、意味なんてない。 何のために生き、何のために死ぬのか、説明なんてできない」

「生きることに、意味を感じない・・・」

「色々と考えても無駄なのよ。 適当に生きて適当に死ぬ。 勝手な理由を言い訳に、日々を過ごしていくのが生物というものなのだから」

「・・・死にたいっていうわけでも、ないんだね?」

「死ぬことにも、意味はないから」

「ふぅん・・・」


竜真は彼女の言葉に、共感する自分がいるのを感じていた。 勉強さえしていれば、やりたいことが見つかった時の選択肢が広がると言われてきた。 だが実際、今の自分にやりたいことはない。 

見つかるような気もしない。


「じゃあさ、小橋さん。 俺と一緒に、生きる意味を探さない?」

「わざわざ探す意味なんてない」

「でも、学校にいる意味もないんだろ? なら断る意味もない」

「・・・」


多少強引だと自分でも思ったが、押せば折れると感じていた。 生きる意味を探すのは、自分にとっても意義のあることなのかもしれない。 だから、引き下がる気はなかった。


「だったらその時間、俺にくれてもいいだろ? 小橋さんにとってその時間は、意味のないものかもしれないけどさ」

「・・・」

「その無言、肯定と受け取った。 じゃあ行くよ!」


腕を引っ張り、彼女を立ち上がらせる。


「強引ね。 今から?」

「うん、今!」


意外とすんなりと歩き始めるが、少しだけぶっきら棒に彼女は言う。


「貴方のこと、噂で聞いて知っている。 無遅刻無欠席、一年生の時からずっと主席なんですってね。 そんな貴方が、早退なんてしていいの?」


遅刻しないのは遅刻する意味がないから。 無欠席なのは単純に、怪我や病気をしなかっただけ。 竜真からしてみれば、学校に来ない意味がないから毎日学校に来ている。


「無遅刻無欠席に意味なんかないよ。 サボっても、構わないっていうことさ」

「・・・そう」

「あと、俺の名前は竜真。 周りからはそのまま呼び捨てで呼ばれているから、小橋さんもよかったらそう呼んで」

「・・・沙夜」

「え?」

「私のことも、沙夜でいいから」

「・・・分かった。 じゃあ行こう、沙夜!」


こうして竜真は、人生で初めて学校を抜け出すことになった。 それも、今日初めて会ったばかりの少女と。


―――少し楽しいかもしれないな。


不愛想な表情の彼女を見ながらも、自身はそう感じていた。



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