2-4 気の開放

「あやかー!!助けてなのですよー」


 血相を変えて桜がプリンを咥えながらすごい勢いで飛んできた。


「どうしたんだよ。そんなに汗……涙流して」

「あれを見るです」


 桜は先ほどまで自分が座っていた席を指さした。


「怖かったね」


 綾香は桜の頭を何度も撫でている。その光景はどこからどう見ても親と子にしか見えなかった。しかし、俺は疑問に思った。


「ん?生徒がいるだけのようにしか見えないのですが?」

「何言ってるの!!生徒があんなにいるですよ?」


 なるほど。桜は極度の人見知りなのか。俺と会ったときはそんな反応をしなかったところから俺は対象外だったのだろうな。


「カイ。悪いけど。桜の咥えてるプリン持ってきてくれない?」


 綾香は申し訳なさそうに桜の咥えているプリンを無理やり取り、俺に渡してきた。


 いやだ。こんなに汚いのを持つなんて我慢できな、するしかないな。


「ええ。構いませんよ。どこまでもっていけばいいのですか?」


 俺は嫌悪感を悟られないように終始笑顔で対応した。


「うーんとね。ついてきてくればいいよ。桜。いつまでも座ってないでほら行くよ」


 綾香は桜を片腕で軽く持ち上げるとお姫様抱っこをしてどこかに向かって歩き出した。仕方なく俺はこの汚れたプリンを持ち後ろをついていった。



 しばらく歩くと綾香は絵画の前に立った。


「あの?ここが目的地ですか?」


 質問するが返事が返ってこなかった。綾香を注意深く凝視すると何かブツブツと言っていた。何とか聞き取ろうと耳を澄ますが全く聞き取れなかった。声を発しているのかすら疑わしかった。


「よし」


 綾香が久しぶりに聞き取れる普通の声を発した。


「何をしていたんですか?」

「ああ。説明するのも面倒くさいし見てればわかるよ」


 綾香の腕の中で桜の笑い声が聞こえてきた。


「くすくす。説明が面倒くさいんじゃなくて説明できないだけなのですよ」

「桜。黙ってないとここから落とすわよ」


 桜は必死に抵抗した。



「やめるですよ。この体制で落とされたら腰がどこかに行っちゃうのですよ」


 馬鹿な二人のやり取りを見ていると絵画の中にあるグラスが光輝きだした。


「おいおい。これは一体何なのですか!?」


 俺はつい変な声を出してしまった。


「ここに気を流し込めば中に入れるようになっているんだ」

「胸を張って自信満々に説明しているところ申し訳ないのです。カイは魔族だから多分、気を扱ったことがないと思うのです」


 自信満々だった綾香の顔が曇り始めた。


「確かに気というのは使ったことがないですね」

「問題ないわよ。使ったことがないのなら教えてあげればいいのよ」


 綾香は鼻から勢いよく息を出し、してやったと言いたげな顔をした。綾香の腕の中で桜は呆れていた。


「綾香。とうとうボケたのです?人族は魔法を扱えないのと同様に魔族は気を扱えないのです」

「……」


 綾香はこれ以上何も言おうとしなかった。


「できるかどうかはやってみないとわかりませんよ。一度見せてください」

「できないとは思うです。しかし、綾香が見せてくれると思うのです」


 桜は綾香の髪を引っ張った。


「くそー。やればいいんでしょう。……ふぅ……」


 なんだ?この魔力とも違う何かは。魔力が黒っぽい色だとしたら綾香が溜めているのは白っぽい何かだ。この白っぽいのが気なのかもしれない。


「カイのその様子。もしかして気が見えているのです?」


 桜は手を顎につけ俺の表情を入念深く凝視してきた。


「気って。この白っぽい奴のことですか?それなら見えていますよ」

「見えているんだったらもしかしたら、気が使えるかもです。呼吸を整えイメージするです。自分の体に気が集まっていくのを。そして体が温まってきたと感じれば気が使えているということなのですよ」


 俺は先ほどの綾香のように深呼吸を始めた。


「……ふぅ……」


 集まってきている気がする。それに徐々に体が熱くなってきているような気もしなくもない。


「カイ!!それ以上はやめるです!!」


 桜の声に驚き、呼吸を中断させた。


「急に怒鳴ってどうしたんですか?」


 桜が強張った表情をしているのは想像できたが横で気を溜めていた綾香ですら俺を強張った顔で見ていた。


「私ですら気づくほどの大きな気を溜めていたのはカイなの?」

「そうなのですよ。あと少し遅かったら内臓が溶けるところです。なんともないです?」


 俺は自分の体に手を当て違和感がないことを確認した。


「いや、特になにも感じませんが?そんなに危なかったんですか?」

「そうです。気は溜めすぎると体に毒と言われているです。自分の体に合った量以上を溜めると気が体を蝕んでいくです。これから気を付けるです。確か実習室に本人の許容量を測れる機械があったはずです。それで検査してみるといいです」


 許容量?いまいちわからないが危なかったということは分かった。


「まぁ、カイが気を使うことができるってわかったんだし。終わりよければすべてよしだ」


 桜はいまだに納得していないという表情をしているが綾香が無理やり話を進めた。


「それじゃ、少しだけ気を溜めてこの絵画の中にある聖杯に触れてみて」


 これ、グラスではなく聖杯だったのか。


 俺は言われるがまま絵画の中の聖杯に手を触れた。瞬間目の前が真っ白になった。わずかに感じたのは俺が絵画の中に吸い込まれているという感覚だけだった。


「これはいったい」


 俺は軽くジャンプしたり顔をたたいたりして自分が無事だということを確認すると後ろを見た。

 後ろには先ほど見た絵画と正反対の絵画が飾ってあった。絵画が光ったと思うと絵画の中から二人が出てきた。


「驚いた?私も最初は驚いたのかもそれないな」

「どういうことだ?」

「人族の世界ではこのシステムは当たり前なのよ。だから物心つく前から使っていたんだ。だから驚いたかどうかすらおぼえていないわ」


 桜はいまだに考え事をしていた。


「ちょっとそこの椅子に腰かけておいて。お茶の準備するよ」

「ありがとう」


 見慣れないものばかりがおいてありどれが椅子なのかもよくわからなかった。


「カイ?もしかして君。天から降りてきた天使様です?」

「天使?何ですかそれは」


 俺がそう聞き返すと桜は両腕をばたつかせた。


「神話に出てくるドラゴンを封印した天使様のことです」

「神話か。懐かしいな。よく昔、読み聞かせてもらったよ」


 桜の質問を遮るように綾香がお茶をトレーにのせ戻ってきた。


「いま綾香の昔話はどうでもいいのですよ!!……??」

「あれ~気づいちゃった?桜の大好きなプリンだよ。お茶と一緒に召し上がれ。ほらカイも遠慮しないで」


 綾香は見た目のわりに結構家庭的なんだな。二人の仲を見ると今まで二人は助け合ってきたのだろう。桜は見た感じ料理とかできそうにないしな。必然的に綾香が家庭的になるしか無かったのだろうな。


「ありがたくいただきますね」


 俺はプリンを口の中に入れた。すると口の中でプリンが溶けるように消えていくがしっかりとした触感もありなんとも癖になりそうだ。カラメルもちょうどよく火が通っておりカラメルの香りがまたいい。それぞれが存在感を出してはいるが邪魔をしあっているわけでもない。相当なレベルのプリンだ。これは。


「とてもおいしいプリンですね」

「ですです。あのおばちゃんはすごい腕前なのです」

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