2-3 情熱の女神と純愛の女神

二人は声をかけられるとわずかに驚いた顔を見せるが筋肉隆々の少女は笑顔を作った。


「ここであってますよ。それでは私たちは急いでいるので、これで失礼しますね」


 そのまま通り過ぎようとした少女二人に再び声をかけた。


「そういえば、先ほどの『人じゃない気を感知した』っていったい誰のことですかね」


 こっちの世界がよくわからないからな。下手に出て警戒を解いてもらうか。


 俺はこれ以上警戒させないようにできる限りの爽やか笑顔を作って見せた。すると

 二人は俺の笑顔を見ると勢いよく跳びあがり俺の間合いの外へ移動した。


「どうやら桜の言ってたことは正解のようだね。どうする?ここには先生もいないし、逃げるにしたってあんな奴から逃げられる気もしないよね」


 後ろで身を隠すように立っている桜は何も言わずに何度も頷くだけだった。


「そんなに警戒しなくてもいいですよ。私はただ道案内してほしいだけなので」


 何もしない。と両手をあげて見せるが二人はなかなか警戒を解こうとしなかった。


「あんた一体何者なの?桜がこんなに怯えるのなんて初めて見たんだけど」


 筋肉隆々の少女は後ろに立っている桜に横眼をやりながら俺に質問をしてきた。


「自己紹介がまだでしたね。私は魔王育成専門学園から編入してきたカイ・グリアムズと申します」

「編入生?この時期に?しかも魔王学園から」


 筋肉隆々の少女は信じられないと言いたげに俺の顔を観察するように見てきた。後ろにいた桜が筋肉隆々の少女の袖を引っ張った。


「綾香ちゃん。多分この人の言っていることは本当です。昨日説明あったでしょう?『明日魔王学園から編入生がくる』って」


 綾香は心当たりがないと言いたげに勢いよく桜に向き直った。そんな綾香を桜は呆れた顔で見返した。


「綾香ちゃん昨日ほぼ一日中寝てたから聞いてないのも当然です」

「そうだっけ?あははは」


 二人は警戒を解き気楽に会話を始めた。そして話が終わると綾香と桜が頭を下げてきた。


「申し訳なかった。つい敵意をむき出しにしてしまった」

「本当にごめんなさい。早く思い出していればこんなことにならなかったのですよ」


 思ったより魔族だからと嫌わずに済んだみたいだな。町中の雰囲気からするにこの二人が特別なのかもしれないな。まぁ、この二人から人族についていろいろ聞くのもいいだろう。


「いえいえ。気にしないでください。僕の説明が遅かったのも事実なんですから。これからよろしくお願いしますね」


 二人とよろしくと握手を交わした。


「そういえば、カイ・グリアムズさんだっけ?」


綾香は言いなれないのか俺の名前の発音にどことなく違和感があった。


「気軽にカイで構いませんよ」


そういうと綾香は笑顔を向けてきた。


「そうか?ならよかった。カイ・グリアムズってなんか変な名前で言いづらいんだよな」

「ちょっと失礼なのですよ」


 綾香の一つ結いにした髪の毛を軽く引っ張り桜が注意した。


「あっやべ。ごめんね。魔族とあんまり交流ないから魔族のことはよくわからないんだ」

「そうですよね。実は私も人族のことはよくわからないんですよ」

「そうだったのか。私たちでいいならいろいろ案内してやってもいいよな?」


 最後の方は多分桜に聞いたのだろう。


「全然問題ないのですよ。むしろ私たちも魔族には興味があるのですよ」

「ま、というわけだ。案内させてくれ」

「『させてくれ』って。むしろこちらからお願いしたいぐらいですよ」


 三人でどこから案内するか話していると周囲に生徒が集まってきた。


「情熱の女神、綾香様に純愛の女神、桜様だ。学園から外に出てるなんて珍しいですね」


 一部の女生徒たちが黄色い声をあげていた。


「悪いな。騒がせちまって。早く移動するか。どんどん生徒が集まってきてるみたいだしな」


 綾香は申し訳なさそうにすると俺の手を引っ張り学園内に向かい始めた。


「綾香ちゃんずるいよ。私だって魔族に興味あるのに」

「うるさいな。今それどころじゃないだろう。早く行くぞ」


 俺たち三人は急ぎ足で歩き始めた。


「あの白髪の男はいったい誰なの?それでなんであんなに仲良さそうなのよ」


 後ろから俺の話をしている声も聞こえてきたがどれも俺に対する疑問の言葉ばかりだった。


「二人はこの学園で有名みたいだな。たしか情熱の女神と純愛の女神だっけ?」


 そういうと二人は顔を真っ赤にし否定した。


「勝手に周りの生徒たちがそう呼んでいるだけよ。正直私たちはあんな風に呼ばれたくなんてないわよ」

「うんうん。そうなのですよ。あの脳内お花畑君が変なことを広めたから今こんなことになっているのですよ」


 知り合ってからあまり時間はたっていないがこれだけはわかる。桜はものすごくお花畑君が嫌いなのだと先ほどまでと明らかに表情が違うゆったりとしたおしとやかな雰囲気などどこかへ飛んで行ってしまったかのような顔をしている。


「まぁまぁ。そんなに怒らないでさ。頭がおかしくても実力は私たちより明らかに上なんだから」


 綾香が珍しく桜をなだめている。もしかすると桜は怒ると怖い系なのかもしれないな。


「どこにでも変な人はいるんですね」


 できる限り刺激しないように相槌だけ打っておこう。


「ほら、カイも困ってるしそこまでにして校内を案内しようよ」

「しょうがないですね。綾香がそういうのだったらこれぐらいにしておいてやるです」


 いまだに恐ろしい表情をしている桜を先頭に案内が始まった。


「ここが食堂なのですよ。ここのプリンは最強なのですよ。ここにきて食べたことないなんて一生分損していると言っても過言ではないのですよ」


 先ほどまでとはかわり今度は桜が話始めた。


「おお!桜ちゃんじゃないの。今日もプリンかい?」

 

 食堂の窓からおばちゃんが顔を覗かせ、声をかけてきた。桜は一瞬びくっとしたが食堂のおばちゃんだと確認すると笑顔で駆け寄っていった。


「いや、今日は編入生の案内中なのです。ですが編入生にここのプリンを味合わせてあげたいのでプリンを五つほど注文するです」


 食堂のおばちゃんは笑いながらプリンを奥から持ってきた。


「お代は桜ちゃん割だよ」


 俺は横に静かに立っている綾香に質問をした。


「桜ちゃん割とは一体何なんだ?」


 綾香は苦笑を浮かべ説明を始めた。


「実は桜はここのプリンを週二十一で食べに来るのよ。だから食堂のおばちゃんとも仲良くなって桜が注文するものには桜割引がついて全部ほぼただなのよ」


 俺が綾香の話を聞いているすでにプリンを食べようと椅子に座っていた桜が俺たちを呼んだ。


「おーい。そこのお二人さん。早くこっちに来るのですよ。早く来ないと二人の分のプリンも食べちゃうのですよ」


 と言いながら桜はすでに二つのプリンを食べ終わっていた。


「あんな感じの娘なのよ。好きなことをするときは人が変わったかのようになるんだ。あんまり引いてあげないでね」

「あんなことぐらいでは引いたりしませんよ。魔王学園にはもっと日常的にすごいのがいましたから」


 綾香は軽く笑うと俺を見てきた。


「カイって思ったよりも優しいのかもね」

「『思ったよりも』ってどういうことですかね?」

「初対面があんなに不気味な顔だったらやばい奴だって思われてもしょうがないと思うけどね?」


 初対面で不気味な顔?もしかして爽やかな笑顔のことだろうか。魔族にとっては爽やかな笑顔をだとしても人族にとってはそうではないのかもしれないな。

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