2-2 二人の人族

「いやぁ、昨日はすみませんでした。息子の話を長々と聞かせてしまって。疲れは取れましたかい?」


 御者は申し訳なさそうに頭を何度も下げている。


「気にしなくていい。気軽に話してくれて構わない。今日もよろしく頼むぞ」

「それはもちろんですよ。安心安全第一がモットーですから」


 御者は頭を下げるのをやめ、右腕を持ち上げ力こぶを作って見せた。

「安心安全第一か……。ならば昨日の山賊は何なのだろうな。お客を喜ばせるセレモニーかなにかか?セレモニーにしては少々過激すぎるような気もしたがな」


「それを言われては頭が上がりませんよ」


 などと軽く冗談を交わしてから出発した。



「お兄さん。そろそろ人族の領土に入りますよ」


 御者に声をかけられ俺は馬車の隙間から外を一望した。


「見えますかい?あれが関所ですね。あの関所を越えるのがなかなか厄介で不審な奴は即お縄頂戴ですよ。今回は大丈夫でしょうけどね」

「おい!!そこの馬車止まれ!!」


 大きな怒鳴り声が聞こえたと思うと鎧同士がぶつかりあう音が近づいてきた。


「魔族がわれらの領土に何の要件だ?」


 立派な髭を生やした推定四十ほどの男が鎧を全身にまとい、すぐに剣を抜けるように右手を鞘にかけながら近づいてきた。


「勇者育成専門学園に編入予定の生徒を運んでいる最中です」


 鎧の男は『勇者育成専門学園』と聞いた途端、訝しんだ表情を浮かべ荷台に乗っている俺を見てきた。


「俺の顔に何かついているか?」


 あまりのも俺を凝視してくるので耐え切れずに声をかけてしまった。


「白髪の魔族……。あまり聞かない容姿をしているな」


 なるほど。俺を凝視し続けたのは俺の髪の色が気になっていたからだったのか。


「お前。編入届けか。通行証は持っているのか」


 編入届……か。確か出発する前に何か渡されたような気がするな。


「ちょっと待ってくれ」


 俺は魔法で収納していた書類を取り出し、男に渡した。


「おい、いまどこからこれを出したんだ?」


 男は両目を見開き、その目で書類を確認すると俺に聞いてきた。


 ああ、なるほど。人族と魔族は必要最低限しか交流してこなかったらようだからな。魔法を知らなくて当然か。


「魔法を使ってとりだしたんだ」

「何!?今のが魔法なのか!!よくも俺にそんなものを見せやがったな。くそったれが!!早くいけ。二度とここを通るな」


 鎧の男は急に怒り出し剣を抜く勢いで罵声を浴びせると元来た方へ帰って行った。


「おい。御者。これはどういうことなんだ?」

「私もさっぱりですよ。こんなことは初めてです」


 そういうと御者は急いで馬を歩かせた。


 人族の前で魔法を使うのは控えたほうがよさそうだな。それにしても、あの人族の反応は異常すぎる。あそこまで魔法を嫌うとは。もしかすると嫌われているのは魔族というよりか、魔法なのかもしれないな。


「御者。急に揺れが治まったのだが何をしたんだ」

「何もしていませんよ。地面があまりにもきれいに整備されているんですよ。石ころ一つ見つけられませんよ。嘘と思うならお兄さんも地面を見てみるといいですよ」


 御者にいわれるがまま、俺は地面に目を向けた。


「何だこれは。本当に地面なのか。黒い石のようだが、まったく動こうとしない。魔法でもかけられているようだが、魔眼を働かせても何も見えないぞ」

「すごいですよね。でもお兄さん。地面に気を取られているうちにもう着きますよ」


 俺はそういわれると馬車の前に広がる大都市を視界に入れた。


 ありえない。人族と魔族は交流を行ってこなかった。が、それだけでこれほどの文明の差が生まれるものなのか。


 俺は眼前の光景に絶句した。


「ははは。驚いたでしょう。私も久しぶりに来て文明の進歩具合に驚いてますよ」


 操縦席から乾いた笑い声が聞こえてきた。


「ありえなくないか」

「ええ。ありえないですね」


 俺たち二人はしばらく大都市から目を離さず呆然とし続けた。



「おいおい。なんだ?あのへんてこな乗り物は」


 外からこの馬車に向けてだろう。声が聞こえてきた。


「御者よ。あんなことを言われているが黙ったままでいいのか?」


 俺はからかうように言うと笑い声が聞こえてきた。


「この馬車。高級品を使った割と高額な馬車なんですけどね……。あんな乗り物が前を走っていたんじゃ何も言えませんよ」


 馬車の前を走るのは金属の塊だった。後ろから煙をあげ、聞いたこともないモンスターのような鳴き声をあげながら動いている。外見からは人力なのか何なのかすらわからない。わかっていることはこの馬車よりも明らかに早いということだ。


「本気で走らせたとしてもあの乗り物にはかなわないだろうな」

「あたりまえでしょう。もしかしたら人族はモンスターを使役しているのかもしれないですよ?」


 御者は真面目口調で俺に言ってきた。


「そんなことはないだろう」


 そう言おうとした瞬間遺跡でみたモンスターを思い出した。


 あれはどこから来たのだろうな。蛇にも見えたし龍にも見えた。よくわからないものばかりなんだろうな。この世界は。


「お兄さん。着きましたよ。ここが多分、勇者学園ではないでしょうか」


 馬車から顔をのぞかせると確かに『勇者育成専門学校』という看板が下げられていた。


「ここなのか。どこからどう見ても学園のようには見えないのだがな」

「逆にそれっぽい建物は見つけられますか?」


 御者は、ばかにするように言うと手のひらを上に向け、その場で一回転した。


「……」


 何も言い返せない。文明が違うだけでここまで変わるものなのか。


 頭を抱え、入るかどうか迷っていると庭の奥にある学園の扉が開き、中から制服姿の学生と思われる眼鏡をかけた少女が出たきた。


「早く来てくださいです」


 少女は学園に向かって声を出した。


「なんだよ。人じゃない気を感知したって。人じゃないやつが白昼堂々学園の前に来るわけないだろう」


 少女の声に答えながら出てきたのは見るからに近接が強そうな筋肉隆々の少女だった。


 筋肉隆々の少女が横に並んだのを確認すると少女は目を閉じ呼吸を整え始めた。筋肉隆々の少女はそんな少女を横に大きなあくびをかいていた。


「学生っぽいのが出てきたようだしあれが学園で間違いないようだな」

「ほら。いった通りだったでしょう。それじゃあ、私は帰るんで頑張ってくださいよ」


 御者は言うや否やそそくさと馬車に乗り込み行ってしまった。


 あそこまで急いで行くこともないだろうに。


 俺は呆れて物も言えずに目を閉じて頭をかいていると再び少女たちの会話が耳に入ってきた。


「あの人です。あの白髪の人」


 自分の言っていることが確信に変わると少女の声は震えていた。


「桜のその様子だと嘘でもないみたいだな」


 筋肉隆々の少女は懐からゴムを取り出し長い髪を一つ結いにするとこちらへ近づいて来た。


「いいか。確認のために横を通り過ぎるだけだぞ。できる限り普通にしてろよ」


 少女二人は俺の横を通り過ぎようとした瞬間、俺は二人に声をかけた。


「勇者学園に行きたいのだが、ここであっているだろうか」

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