1-3 天才少女と実技試験

「よかった。あなたが相手なら本気を出せそうね」


 少女は俺に向かって冷たい笑みを向けてきた。

 宙を浮く拡声器からアナウンスが流れる。


「続きまして、カイ・グリアムズvs天才少女ニア・リヴァイスの試合です」


 あいつの名はニアというのか。それに天才……か。今回は負けたかもしれないな。まぁ、しかし諦めるつもりは1ミリもないがな。


「開始!!」


 先程の拡声器から開始の合図が鳴り響く。


 とりあえず、様子を見るか。何を仕掛けてくる。魔法か?それとも体術。見た感じ体術ができるとは思えない。すると残されるは魔法か。


 先程の拡声器から開始の合図が鳴り響いたが二人は動こうとはしなかった。場内の空気がかたまる。刻一刻と時間だけが過ぎていく。観客の固唾を飲む音が響き渡り、一吹きの風が砂を巻きこみ通り過ぎていく。

 先に動いたのは天才少女だった。

 場の会場に耐えれなくなったのかそれとも何か策を思いついたのか。先に動いたのはニアだった。


「来ないなら、こっちから行くよ。ファムス


 ニアの手に魔法陣が展開され、人の顔サイズの火の玉がこちらへと向かってとんでくる。

 俺は速いとも遅いとも言えないその魔法を軽く避ける。そして忠告した。


「遅いな。手加減しなくていいぞ」


 するとニアは呆れたような笑顔を作る。


「そのようね。これならどう?火炎ファムナス!」


 先程同様、ニアの手に魔法陣が展開される。しかし、先程よりも火の面積が広い。


 火が大きくなっただけで速さは先程とはあまり変わらないな。いや、むしろ遅くなったみたいだな。なかなか本気を出さない。軽く挑発してみるか。


「やはり、遅いな。この程度か、俺に気を使わなくていい。本気を出さないと、手を抜いてるのがバレて、入学に響くぞ」


 挑発が効いたのか眉を八の字に曲げると新たな魔法陣を展開した。先程の魔法陣よりも魔法式が複雑に作られていた。


「そこまで言うならもう知らないから!!槍炎ファムレンス!これなら避けられないでしょ!!」


 ニアの背後に星の数だけ魔法陣が現れる。魔法陣から無数の炎の槍が放たれた。

 客席から感嘆の声があがり、観客が自分の目を疑うように身を乗り出した。


「あの歳でこれだけの魔法を一瞬で放つとは、どれだけの魔力なんだ」

「一瞬でこれだけの魔法を放つのもすごいが、あれは独自の魔法ユニークじゃないか」


 この数は流石に危ないかもしれないな。観客たちがざわつくのも無理はないだろう。だが。

「確かにこれをすべて避けるのは無理に近い」


 そう言うとニアは笑った。


 俺は右目に魔力を集め始めた。炎の槍を睨みつけると魔圧ですべての炎の槍が何事も無かったかのようにチリ一つ残さず一瞬で消えた。

 先程とは違う種類のざわつきが観客席で上がり始める。


「今…なにが起こったんだ!?」


 無数の炎の槍が消える光景を見た者は、自分の目を疑った。それはニアも例外では無かったようで、ニアは信じられないと言う顔を浮かべている。彼女の表情には余裕の色が見えなかった。


「あなた、何をしたの!」


 ニアは血相を変え、今まで聞いたことの無いような声を発した。


「何もしていない。強いて言うならば俺は睨んだだけだ」


 俺は簡単に説明したが嘘は言っていない。しかし、ニアは馬鹿にされたように感じたようだな。凄く怒っているのがここから見てもわかる。


「それじゃあ、私の使える最大魔法を放つわよ。死んでも恨まないでね。獄炎ファムナリス!」


 『火属性魔法はファムス火炎ファムナス獄炎ファムナリスの順で強くなる。他にも炎の形状を変えて独自に魔法をつくる者たちもいる。ニア・リヴァイアスもその一人だ。形状を変えるには、膨大な魔力とセンスが必要である。それが十歳で可能とするニアの技が天才と呼ばれる由縁である』


 ニアの手に魔法陣は一つだがこれまでよりも格段に大きい。明らかに数より質で勝負してきてるのがわかるな。


「しかし、魔法は便利だな。それでは俺も魔法を使う事にする。たしかこうだったか。ファムス


 ファムス獄炎ファムナリスが、丁度二人の真ん中でぶつかり合う。大きな爆発とともにあたり一面に煙が巻き上がり、視界に靄がかかり薄暗くなる。


「ほんと規格外すぎるわよ。あなた…」


 煙の向こうからニアのものと思われる声が聞こえてきた。


「話しかける余裕があるのはいいんだが、そんな無防備でいいのか?俺のファムスはまだ消えてないぞ」


 その言葉がニアに伝わった時には、すでに遅かったようだ。


「えっ!?」


 ニアの疑問詞が聞こえたと思うとファムスが直撃した。ニアは壁際まで飛ばされるともう立ち上がらなかった。


「カイ・グリアムズが天才少女ニア・リヴァイアスにKO勝ちです!」


 アナウンスが俺の勝利を伝えたが、場内の観客は喝采をあげることはなく混乱しているようだ。その通りだろう。誰もが天才少女が勝つと予想していたのだ。無理もない。


 俺は倒れているニアを確認するが少々服が焼けているだけで外傷らしき外傷は見当たらなかった。


 魔法を初めて使ったので、加減がうまくできたか少々不安だったが、見た感じ大丈夫そうだな。大きな怪我をしてないといいが。


 俺は、未だ混乱の声が続く会場をあとにし、元きた道を戻っていく。


「お疲れ様です。カイ・グリアムズ。あなたはすべての試験を見事合格しました。おめでとうございます」


 笑顔で役員が待っていた。そして文字がびっしり書かれている紙を渡してくる。


「これが、入学案内書です。あなたの能力があれば、どの学園に行っても優等生ですよ。これからのあなたの活躍を期待してます」


 俺は、彼に礼を言い、紙を受け取る。紙には『あなたの入学を許可する学園』という欄に学園の名前が載っていた。その下に試験結果も。


 これは、全部Sだ。Sより上のランクがあったかもしれないなぁ。とりあえず、家に帰ってガイルに結果を見せるか。


 家に帰ろうとすると、後ろから物凄い勢いで近づいてくる足音が聞こえる。俺は後ろを振り返った。


 あれはたしか、客席で俺の試合を見ていた人だな?なんだろう。もしや、入学取り消しとかか……凄く心配になってきたな。


「きみがカイ・グリアムズ君で合っているよね」

「そうだ。俺がカイ・グリアムズだ。そんなに急いで、どうしたんだ?化粧室の場所は俺にもわからんぞ」


 軽い冗談を言ってみたがスルーされた。


「いや、先程。君の試合を見せてもらったんだが、君の能力があれば、魔王に必ずなれると断言してもいい。君は魔王城立魔王育成専門学園に進むべきだ」


 なるほど、彼は俺の試合に感化され直接スカウトしにきたというわけか。


「お誘いは嬉しいが、俺は魔王になりたいわけではない。それから、これからもなるつもりはない」


 どこか抜けた顔をしたが、瞬時に切り替え再び勧誘を続けてきた。


「なぜだね。君ほどの力があれば富も名声も思うがままだと思うのだが」


 富、名声そのどちらも俺の心には全く響かなかった。


「俺は、富も名声も特に興味などなくてね。とにかく強くなりたいだけだ。強くならなくてはいけないんだ」


「それなら、尚更うちの学園に来るべきだ。この国で一番レベルが高いのがうちの学園だ。うちに来れば、他のところでは学べない事も学べるはずだ」


「この国で一番レベルが高いという事は魔族学園で一番レベルが高いという事か?」

「そう。うちの学園は魔族の世界で3本の指に入る程の実力を持っているんだ」 


 男は妙に誇らしげに胸を張った。

「ほう、そうだったのか?それでは、そこに入らせていただくとするか」


「ありがとう。申し遅れたが、私は魔王城立魔王育成専門学園の学長をしているバリモ・テラクリスというものだ」


 ほう…魔王城立魔王育成専門学園の学長をしているバリモ・テラクリスか…ふーん…っ!?


 俺は、頭の中で彼の自己紹介を再生した。


「なにっ!?学長だったのか!そうとは知らずに失礼な事を言った。すまない!!」


 頭を下げて謝る俺に対し、テラクリス学長は全快の笑顔を向けてきた。


「あはは、全然かまわないよ。魔族で私の事を知らないという者がいたということに私も少なからず驚いているよ。後日君が私の学園に来る日が楽しみだ」


「ありがとう。俺も楽しみだ。すまないが、時間がないので失礼する」 


 俺は、お辞儀すると急いでその場を後にした。


 やばい、ガイルに言われた時間に遅刻してしまう。今から全力で走れば間に合うかもしれない。


「彼、凄く速いな。もう見えなくなってしまった」


その場に残されたテラクリス学長の声が少し聞こえてきた。

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