でぃすとぴあ
突然の宣告に稲田は驚愕した。
「見つかったってどういう……」
「詳しくは私も分かりません。所長に聞きましょう」
「分かった」
賀来はポケットから鍵を取り出し、ついにこの部屋の出入り口が開けられた。
外へ出ると、確かにそこは病院らしき廊下であった。
照明は点いているが窓がないので閉塞感が漂い、白い壁と床もどこか薄汚れている。
「ここは地下一階です。それほど広いフロアではありません」
それだけ言ってつかつかと歩き始めたので、稲田も慌ててついていく。
彼女の言う通り、十数メートル歩いただけで目的の部屋に到着した。
「こちらです。入ってください」
「ああ」
この部屋には栗生もいるのだろうか。
一日会っていないだけなのに、随分と長い時間が経ったような感じがする。
稲田は緊張した面持ちで扉を開けた。
その部屋は、広い診察室のような場所であった。出入り口側にベッドや椅子が置いてあり、稲田がいた部屋と同じようにテレビやマイクもある。この部屋から稲田と通信していたのだろう。
部屋の奥側にデスクや本棚が並んでいて、そこに白衣を着た人物が立っていた。
賀来が所長と呼んでいる女、中瀬だ。
「やっと会えたね。嬉しいよ、稲田」
彼女はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
でけぇ女だな。170センチ以上あるぞ。俺と同じくらいか……?
中瀬の存在感にたじろぎつつも、稲田は彼女に近づいていった。
「こちらこそ光栄だよ。そんなことより栗生はいないのか?」
室内を見回しても、中瀬と賀来の他には誰もいない。
「栗生なら別の部屋にいるよ。賀来、君は栗生の部屋に行っててくれ」
「承知しました」
賀来は部屋から出て行き、静かに扉を閉めた。
「へぇ、わざわざ二人きりにしてくれるとは、ドキドキしちゃうね」
「言っておくが妙な気は起こすなよ。賀来ほどの腕はないが、私だって銃を扱える」
手に銃らしきものは持っていないが、こいつもどこかに隠し持っているのか。
「分かってるよ。そちらの要求を言ってくれ。俺は栗生を助けたいだけなんだ」
「ああ、その栗生だがね……。さて、どこから話したものか」
「俺らが捕まったあとの状況は、賀来から大体聞いている。俺と一緒にいた栗生とは別に、この世界の栗生も見つかったんだろ?」
「話が早くて助かる。栗生が最初、別の世界から来たなんて言い出したときにはとても信じられなかったんだが……認めるよ。あの子はこの世界の人間じゃない」
「この世界の栗生はどこにいたんだ?」
「三重県の大学に通う、普通の大学生だ。親元で暮らしていて、戸籍も存在する。探偵が目視でも存在を確認し、写真のデータも貰った」
ということは、やっぱり実家が三重県であることは共通事項になっているみたいだな。
それにしても一日でそこまでできるなんて、探偵というよりスパイじゃねえか。犯罪者仲間か?
訝しがる稲田を無視して中瀬は続けた。
「栗生は所持品についても不可解な点が多い。女が東京の大学の学生証を持っているなんておかしいし、特にあのスマホだ。いかなる操作も受けつけず、バッテリーもなくなる気配がないなんて物理的にありえない」
「そっちも話が早くて助かるよ。それで、俺たちを解放する気はあるのか?」
「もちろん。君が我々の研究に協力してくれたら解放するよ」
「研究って異孤の?」
「そうだ。それが私の目的だからな」
「具体的には、どう協力すればいいんだ?」
「それは全員揃ったときに説明するよ。なに、逆らわなければ直接害を加えるようなことはしないから安心したまえ」
「ふうん。じゃあ全員集めてくれよ。俺もまだ栗生の無事を確認してないし」
「そう焦るな。その前に君の世界の話も聞かせてほしいんだ。そこにある椅子にかけてくれ」
「仕方ねえな……」
ここは相手に従うしかない。
そう思った稲田は室内にあるパイプ椅子を一つ持ってきて座り、中瀬はデスクの前にある椅子に座った。
「一つ訊きたいことがあるんだ。これからの異孤の検証にも関わることだ。栗生に訊いても良かったんだが、あの子は良い子すぎてね。ノリが合わないんだ」
「なんでも訊けよ。異孤のことは全然知らんけど」
「君たちの世界ではどうやって子供を作っている? ああ、人間も交尾をすれば妊娠することは知っている。そういう意味の質問ではないことは分かるな?」
この世界では現在、人工授精によって子供を作っている。それに対してこちらの世界ではどうしているのか、という意味か。
「俺たちの世界では男と女が一緒に生きてるから、年齢的な問題を除けば自由に子供を作れるんだよ」
「随分と無秩序だな。まるで動物だ」
「いや、人間も動物の一種だろ」
「じゃあ、古代人だ」
「いやいや、男と女を無理矢理分ける方が絶対おかしいって」
「君の世界ではウサギやハムスターは飼うか? あれだって勝手に増えないようにオスとメスを分けるだろう?」
「人間をペットと同列に語るなよ」
「やれやれ、さっきは人間も動物って言ってたじゃないか」
「ぐっ……」
あっさりと論破されてしまった。
中瀬は、屁でもないとでも言いたげな顔をして続けた。
「そんなやり方だと、色々と問題も起こるのでは?」
「まあ、子供の虐待や育児放棄なんてのはしょっちゅうあるよ。ここではそういうのはないのか?」
「ゼロではないが、滅多に起こらないよ。なぜだか分かるかい?」
「子供を持てるのは申請をした者のみで、かつ報酬が出るから……」
なるほどな、と稲田は思った。
加えて、そのシステムならうっかり子供がデキちゃったということも起こらない。
「そう。こちらの日本では、未成年の育成中は毎月三十万円が支給される」
「ああ、ネットで見たけどさ。いくらなんでも貰いすぎだろ」
「命を扱う仕事なんだ、そのくらい貰って当然だろう。それに、育てたら育てた分だけ金が貰えるから、途中で放棄する奴はそれほど多くない」
「でもそれって、なんか金のために子供を育ててるみたいで、良くないっつーか……」
「言ってくれるじゃないか。じゃあなんだ? 何のために子供を作るのが正しいと言うんだ?
「それは……」
「それは?」
「分からない」
稲田は反論する術を持たず、目を逸らしてしまった。
「ふんっ、まあいい。こっちのシステムのメリットをもう一つ教えてやろう」
「メリット?」
「子供を希望する者のマッチングも国で決められるわけだが、当然男女で人数に偏りが生じる。その場合、君ならどうする?」
五秒ほど黙って、考えてみた。
それから、最初に頭に浮かんだことをおそるおそる口にした。
「もしかして、優秀な人間が優先されるということか……?」
「ああ。犯罪歴がある者は即アウト。学歴が低い者も後回しにされる。子供が欲しい者は自然と優等生を目指すって寸法さ」
「なんつーディストピアだよ……」
「失敬な。少なくとも私が物心ついたときにはこうなっていたし、私にとってもこれが自然で当たり前のことなんだ。私から見れば、君たちの世界の方がよっぽどカオスでディストピアだよ」
「……まあ、この世界の事情は分かったけどさ。結局何が言いたいんだよ?」
「今までの話を踏まえた上で、君に考えてほしいことがある。男女居住区域侵入罪……この法律は一体何のために存在すると思う?」
「何のためって、そりゃ男女間で異孤が発生しないように……」
そこまで言って口ごもる。
いや、そんな簡単な質問をこいつがわざわざするとは思えない。今までの話って何のことだ?
稲田はこれまでの会話を思い返す。
そして、とある可能性に気付き、息を吞んだ。
「まさか……このディストピアを維持するためか!?」
「ディストピアかどうかは別として、私はそう考えている。おそらく、過去に異孤が発生したのは事実だろう。だが、現在でも起こり得るかどうかは分からない。あるいは既に解明されているのかもしれない。もう男女が分かれて暮らす必要はないのかもしれない」
そう言って目を細め、じっと床を見つめた。
「でもそんなことはもう関係ない。この、男女の住居を分けて生殖を仲介するというやり方が、あまりにも上手くいきすぎてしまったんだ。国民の数と品質は管理され、人類の良質化が進んでいる」
「それで、真実を確かめるために異孤の検証をするってことかよ……」
「私はもう異孤は起こらないと予測している。だが、根拠となるデータが足りない。無理矢理拉致して申し訳なかったが、協力してもらえないだろうか?」
「アンタ、もしかしてレジスタンスなのか?」
「そんな立派なものではないよ。私はそう……」
中瀬は立ち上がった。
白衣のポケットに手を突っ込み、稲田を見下ろす。
「ただの科学者だ」
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