女の服を創る少年②
「源五郎……」
稲田は少し不安になってきた。その古風で男らしい名前は、この店にある服のイメージと全く結びつかない。
「二階におります。ささ、ついてきてくだされ」
扉の向こう側は小さな玄関のようなスペースになっていて、右手側に階段、正面には住居へ続くと思われる扉があった。壁紙は白で、稲田の知っている一般的な住宅と同じような内装だ。
店主は階段の方へ上っていったので、二人も外履きを脱いであとに続いた。
「あの、お店の方は大丈夫ですか?」
「どうせ誰も来やしませんよ」
「はあ、そうすか」
二階にいくつかある扉のうちの一つが開けられ、店主は部屋の中にいる誰かに向かって声をかけた。
「連れてきたよ」
「……うん」
店主が振り返って手招きをし、稲田と栗生は部屋の中へ足を踏み入れた。
「な……」
室内へ入るやいなや、稲田は言葉を失った。
そこは洋室の子供部屋であった。白いカーテンに薄桃色のカーペット。ベッドの上にある枕と布団も同じ薄桃色。木製の学習机があり、タンスがあり、その上に何かのキャラクターの小物やぬいぐるみがいくつか置かれている。
そんなどう見ても女の子用にしか見えない部屋の真ん中に、黒いおかっぱヘアーの、どう見ても少女にしか見えない可憐な子が立っていた。外見は小学校高学年くらい、フリル付きの白いシャツと黒いチェックのスカートを身に纏っている。
「健太、お前より可愛いぞ」
「フフ、負けたよ……」
源五郎のあまりの可愛さに栗生は肩を落とした。
彼は大きくつぶらな瞳で不安そうに稲田たちを見つめている。
「この人たちが、さっき話した人たちじゃよ」
「俺の名前は稲田真介だ」
「弟の健太です……」
二人に自己紹介されると源五郎はやや警戒を緩め、視線を店主の方に移した。
「うん。じいちゃんは店に戻っていいよ。またお客さんが来ちゃうから」
「おお、そうじゃった。すまんすまん」
店主はカカカと笑い、二人に向き直る。
「それじゃあ、ゆっくり話してやってください」
「あ、どうも」
稲田が会釈すると店主は部屋から出ていった。
残った三人は立ち尽くし、室内に妙な緊張感が走る。
それに耐えきれず口火を切ったのは栗生であった。
「ええと、お店の服考えてるの源五郎君なんだよね、凄いね」
「うん……とりあえず座っていいよ」
三人とも薄桃色のカーペットの上にぺたんと座った。稲田はあぐらをかき、栗生と源五郎は女座りをする。
「ボク、源五郎君の服、可愛くて好きだよ」
「ありがとう、健太さん。そんなこと言われたの初めてだから嬉しい」
源五郎は照れくさそうな表情を浮かべている。この様子なら色々聞き出せそうだと稲田は確信した。
「ああいうのって何かを参考にしたりしてるのか? よかったら詳しく教えてくれよ」
稲田は無意識のうちに拳を握り締めていた。
「うん、いいよ」
源五郎はあっさりと返事をした。
立ち上がり、学習机の棚から一冊の本を取り出す。
「これだよ」
それは社会科資料集というタイトルであった。
社会科の授業で使う、写真や図解が載っている補足資料。妙にデカくて重いわりに、あまり出番ないんだよな……。
稲田は自分の小学校時代を少し思い出した。
「これ、十二単。綺麗だよね」
平安時代の十二単を着た女性の絵が載っている。稲田はそれを注意深く見てみた。
やっぱり男女が一緒に住んでいた時代のことは普通に教えているんだな。たしか分かれるようになったのは1930年からだったっけ……。
栗生も懐かしそうにその資料を見た。
「うんうん、一度でいいから着てみたいよね」
「健太さんもそう思う? あと、これが中国の楊貴妃、これがエジプトのクレオパトラ」
源五郎はパラパラとページをめくりながら、大昔の女性たちの服の魅力について語った。
要するに、それらが源五郎のルーツの一部であるということを言いたいのだろうと、稲田は察した。
だが知りたいのはそこではなく、現代風のデザインをどこで参考にしたのかということだ。それは、この男の領土では困難であるはずだから。
「昔の服もいいけどさ。他にはどんなものを参考にしてるんだ? もっと最近のやつとかもあるんだろう?」
「ううん、これだけだよ」
「えっ!?」
稲田は目を見開いた。
こんなちんけな社会科資料集の絵だけで、現代風の女性服を考案したというのか……?
「あ、そうだ。ノートも見せてあげるね」
「ノート?」
源五郎は再び立ち上がり、今度は机の上に置いてあったノートを持ってきた。
「僕が描いてるアイディアノート」
「え、これって……」
そのノートには、お店に並んでいない服のデザイン案が無数に描かれていた。和洋折衷、子供服からシニアまで。奇想天外な装束もあれば、稲田たちの世界でも充分売れそうな服だってある。
「凄い! 凄いよ、源五郎君!」
ノートを手に取った栗生が夢中でページをめくっていく。
そこには服だけでなく、靴やアクセサリーの絵も彩られている。
「僕、友達いないから毎日家でこれを描いてるんだ……」
「あ……」
「同じクラスの人とも全然話合わなくて。一回このノートも見せたことあるんだけど、気持ち悪いって言われちゃった」
「いつから周りの子と合わないと思うようになったの?」
「幼稚園の頃から違和感はあったんだけど、はっきりと感じたのは小学校入ってからかな。昔一緒だった男女が分かれて住むようになったって話を授業で教わって、
「そうなんだ……」
「最近は
源五郎の瞳から一滴の涙が零れる。
「……お医者さんには相談した?」
「ううん。パパがそんな必要はないって。こういう服で外に出ちゃ絶対ダメだって言うし、逆らうとぶたれる」
「うぅ、それは辛いよね……」
栗生はまるで自分のことのように悲しそうな顔をした。
それから、二人のやり取りを聞いていた稲田がようやく口を挟んだ。
「でも、この店で源五郎の服を売ることは許してもらえたんだな」
「それは、おじいちゃんが必死に説得してくれたから……」
「そっか……」
稲田は目線の高さを源五郎に合わせ、優しく語りかけた。
「源五郎、ぶっちゃけ俺たちじゃお前の問題は解決できねえし、大して力にもなれない。それでも良ければ聞いてくれるか?」
「うん……」
「俺なんかじゃあ、お前の気持ちとか分かってあげられないし、綺麗事しか言えないけどさ。でも、世界にはお前と同じような奴が他にもたくさんいて、今日も頑張って生きている。そのことだけは覚えていてくれないか」
「うん、うん。今日は初めて同じ人と会えたから……」
「まっ、お前のことは爺さんが助けてくれるし、
「ありがとう…………ううっ、うわああん」
源五郎はとうとう泣き出してしまった。
栗生が彼を包み込むように抱きしめる。
稲田はそんな二人を温かい目で見つめた。
「健太、やっぱり俺の考えすぎだったみたいだ。こいつはどこにでもいる
「うん、そうだね……」
栗生の細い指先が、源五郎の艶やかな髪をそっと撫でた。
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