女の服を創る少年

 二人はそれぞれ身支度をして、コンビニで買っておいたパンやおにぎりで朝食を済ませた。

 そして宇宙船のような部屋から立ち去り、稲田がフロントに部屋の鍵を返し、こそこそと抜け出すようにホテルから脱出した。


 結局、フロントのスタッフ以外とは誰とも会わなかった。

 助かった、と心から思った。もしどこかですれ違ったりしていたら、色々と想像してしまっていたかもしれない。


 朝から二人の口数は少なく、妙な空気が漂っていた。何もしていなくても、ホテルから一緒に出てきたということを意識してしまっている。朝帰りをするカップルのように。



 くそ……こいつこんなときに限って大人しくなりやがって。調子狂う……。



 艶っぽい雰囲気のまま駐車場まで行き、バイクを発進させようとした。


「ほら、行くぞ」


「うん……」


 栗生が後ろに乗り、稲田に掴まろうとする。

 が、腰に手を回すときの手つきが、心なしか今までより艶かしいような気がした。何もしていないというのに。ただ単純に自意識過剰なだけだろうか。


「はぁ……」


 朝から妙に気疲れし、思わずため息をついてしまった。栗生は何も言わなかった。

 とりあえずいつも通りにアクセルを吹かせ、ちょっと不思議なホテルをあとにした。




 二人の空気が元に戻ったのは、出発から一時間ほど経ち掛川市内を走っている頃であった。


「ちょっと、稲田!」


 栗生がいきなりいつもの調子に戻り、稲田の脇腹をポンポンと叩いた。


「どうした?」


「あれ見て!」


 彼女が指差す方向を見てみると、道路沿いに小さなアパレルショップらしき店があった。

 だが、稲田もその店がおかしいということにすぐに気が付く。


「女物の服だけが売ってる……」


「ねぇ。おかしいよね、これ?」


「ああ、こっちであんな服が売れるとは思えない」


「ちょっと行ってみようよ」


「いや、女性侵入者を捕まえるための罠かもしれんぞ」


「さすがにそれはないと思うけど……」


「まあ、この世界の事情は色々と知っておきたいしな。行ってみるか」


 二人はそこから一番近い駐車場にバイクを停め、謎のアパレルショップまで歩いて行った。


 店の前から中を覗いてみると、確かに女性用の服だけが店内に並んでいた。外観や内装はカントリー調で、アパレルショップというよりは古着屋の雰囲気に近い。店の看板には「Clover」と書かれている。建物は二階建てで一階部分が店舗、二階は別の用途に使われているようだ。


「よし、行くぞ」


「うん」


 おそるおそる中へ入ってみると、その独特な雰囲気に二人は言葉を失った。


 店内は狭く品数も少ないが、右を向けばカジュアル、学生服、ドレスが並び、左を向けばフォーマル、和服、メイド服が飾られている。女性用にしても、どの層をターゲットにしているのかまるで分からない。中央には小さなガラスケースが置いてあり、アクセサリーもいくつか売られている。


「なんなの、この店……」


「レジに店主らしき人がいるぜ。話聞いてみるよ」


 店の奥にレジカウンターがあり、お爺さんが暇そうに立っていた。


「あのー、すみません」


 なるべく自然な感じで声をかけてみる。


「いらっしゃいませ」


「このお店、珍しい服ばかり売ってますね」


「そうでしょう、おっほっほ」


 店主は気を悪くすることもなく、楽しそうに笑った。


「売れるんですか? こういう服」


「いんや、店舗の方はからっきし。たまに物珍しさで見に来る人がいるくらいですじゃ」


「店舗の方?」


「一応ネット通販もやっておりまして、そっちは少し売れるんです。まあ、年寄りの道楽みたいなもんですよ」


 稲田は首を傾げた。

 彼がネットで見た限り女の画像というものは、大昔の絵やモノクロ写真、図鑑のような生物学的な図しか閲覧できなかった。現代の女や、彼女らの服の写真は見当たらなかった。


「なんというか……女性っぽい服を売っても問題にならないんですか?」


「一度だけ警察が調べに来たことがあったんですが、ただ服を売ってるだけということが分かってもらえて、大丈夫でしたわ」


 店主は自慢げに言った。きっと武勇伝のように何度も話していることなのかもしれない。


「へぇ。どうして、こういう服を売っているんですか?」


「それがですのぉ。昔は普通の服を売ってたのですが、小学生の孫がこういう服を着てみたいって言い始めて、その子が考えたデザインを外注で作るようになったんですよ」


「ええと、もちろん男の子ですよね?」


「はい。ほんのちょっと変わった子なのですわ」


「そうなんですか。せっかくだから、お店見させてもらいますね」


「どうぞどうぞ」


 店主がにこやかに答えると、二人は一旦、店の入り口付近まで戻った。稲田は店主に聞こえないように小声で話した。


「どういうことだ、これ?」


「ほら、あれじゃない? 女装男子。今流行ってるじゃん」


「この世界でやるか? それに、小学生には早すぎるだろ」


「じゃあ、心だけが女の子ってやつなのかな」


「性同一性障害か……。え、こっちにもいるの?」


「そりゃいるでしょ。体は男の子なんだから」


「いや、そういうことじゃなくてさ。女と会ったことない、女と話したこともない、女についてよく知らないっていう環境で育った男の子が、自分のことを女だと思うのかって話だよ」


「……やっぱり違和感みたいのがあるんじゃない? ああいうのって先天的な原因もあるって聞くし」


「うーん」


 稲田は首を捻った。

 本当にそうなのかもしれないが、どうにも腑に落ちない。何か他の可能性がないものか、必死に頭を巡らせた。


 そして、一つ重大な可能性があることに気付いてしまった。


「おい、もしかして……」


「どうしたの?」


「俺と同じなんじゃ……」


 それを聞いて、栗生は目を見開いた。


「え! アンタも心が女の子だったの!?」


「ちげーよ!」


「じゃあ何さ」


「その子も、? 俺がこの世界に来たみたいに……」


「……まさか」


「それに男女とか関係なく、これほどたくさんの服のデザインがただの子供にできるとは思えない」


「まあ、確かにね」


「なんとかして、その子と話せないかな?」


「どうして?」


「ただの考えすぎかもしれない。でも今のところ、元の世界へ戻る手掛かりが全くないんだ。僅かでも可能性があるなら賭けてみたい」


「それは分かるけど、私たちただの客だし……無理でしょ」


「待て。今考える」


 稲田は目を閉じ、こめかみに人差し指をあて、十秒ほど黙った。


「よし、思いついた」


「どうするの?」


「栗生、お前は今から俺の弟で、女の子の心を持った男子中学生だ。あなたのお孫さんと同じですよ、少し話しませんか、でいくぞ」


「ちょっと、騙す気!?」


「仕方ないだろ、背に腹は代えられないんだ」


「……最低」


「なんとでも言え」


「ゴミクズ、人でなし」


「うるせーよ! いいから行くぞ」


 栗生の腕を引っ張ってカウンターまで行くと、店主が不思議そうな顔をした。稲田は極力怪しまれないように友好的な笑顔を浮かべた。


「店主さん、ちょっといいですか? お孫さんのことでお話がありまして」


「はあ、どうかしましたか」


「実はですね、こいつ俺の弟なんですけど、こいつもこういう服が好きなんですよ。なっ、健太?」


 栗生はギョッとして稲田の顔を見た。

 健太って何だよ、と目で訴えたが、稲田の方も目で合図してきたので仕方なく話を合わせることにした。


「……ハハハ、なんですよ」


「なんと!?」


 突然の告白に店主も驚きを隠せない様子だ。

 稲田は手応えを感じ、一気に畳みかけようとする。


「健太も自分以外でそういう子に会ったことがなくてですね。どうだろう、滅多にない機会だし、少し話をさせてもらえませんか?」


「ええ、そういうことでしたら。あの子も孤独な子です。もしかしたら喜ぶかもしれません」


「ありがとうございます! 良かったな、健太」


「や、やったー」


 店主は栗生の棒読みにも気付かず、にっこりと笑った。


「確かに、言われてみればあの子と同じ雰囲気がありますな」


 まあ本物の女だからな、と稲田はこの世界に来てから全く女として見られていない栗生に少し同情した。


「今日父親はおりませんが、あの子はいますので。今聞いてきますので、少々お待ちを」


 そう言い残し、店主は店の奥の扉の中へ入っていった。


「はぁ、物凄い罪悪感……」


「まだまだ役に入り込めてないぞ、健太」


「はいはい」


 栗生は深いため息をつき、腹を括ることにした。


 しばらくすると店主が戻って来て言った。


「お待たせしました。孫は源五郎というのですが、ぜび会ってみたいということで」

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