ラブホテル?

 栗生は青ざめた。頬を引きつらせ、唇が震えている。


「親切なふりして結局ヤリモクだったんですね、さようなら、実家に帰らせて頂きます」


「今実家に帰ってる最中だろうが! 話を聞け!」


 稲田は栗生の腕を掴んだ。彼女は必死に振りほどこうとする。


「ぎゃー、触るなー、ケダモノー、通報してやるー!」


「だから捕まるのはお前の方だっての。いいから聞け!」


「……離してくれたら聞く」


 半ベソ顔になる栗生。

 見兼ねた稲田は手を離し、栗生は掴まれていた部分を軽く撫でた。


「ラブホの方が圧倒的にリスクが少ないんだよ。ほとんど誰とも顔を合わせずに済むしな」


「部屋は別々にしてよ」


「どこの世界にラブホで別々にチェックインするカップルがいるんだよ! チェックインするのは俺! お前は後ろに隠れてろ!」


「私と稲田がいつカップルになったのよ!」


「だー、面倒くせぇ! 危ないから俺のそばから離れるなって言ってんだよ!」


「うっ……」


 栗生は俯いて、小声で呟いた。


「そういう不意打ちはちょっと反則っていうか……」


「反則だって?」


「うるさい! 行くよ! 行けばいいんでしょ! バカ!」


「あぁ、もう落ち着けって。とりあえずバイク停めるぞ」


「…………」


 ようやく観念した栗生は無言でバイクの後部に座り、稲田に掴まった。

 そのままホテルの駐車場までバイクを停めに行ったあと、歩いて入り口まで戻った。


「じゃあ行くぞ」


「うん……」


 自動ドアが開き、二人はとうとうその中へ足を踏み入れた。


 一見すると、そこはごく普通のラブホテルのようであった。ロビーは明るく、きちんと清掃が行き届いている。壁にはお決まりの、部屋の写真パネルが設置されている。


「栗生、どの部屋がいい? ここ宇宙船みたいな部屋とか洞窟みたいな部屋とかあっておもしれーぞ」


「稲田、ハート型のベッドとか選んだら殺すからな」


「ねーよ、そんなもん!」


「適当に安い部屋でいいよ」


「よーし、じゃあ宇宙船にしようっと。404号室か」


 フロントの方に目をやると、小窓のような受付カウンターの中に初老の男性スタッフがいるのが見えた。

 彼に部屋番号を伝え、代金を支払い、鍵を受け取る。

 二人は特に怪しまれることもなく、ロビーからエレベーターに乗ることができた。


「なんか慣れてるね」


 上昇するエレベーターの中で、栗生がぽつりと呟く。


「え? 別にそんなことないけど」


「来たことあるの? こういう場所」


「ん? まあ、一応……」


「そうなんだ……」


「でも、すぐに別れたけどな」


 なぜ栗生にこんな言い訳みたいなことを言っているんだと、自分でも思った。

 彼女は目を逸らして黙ってしまい、二人は気まずい沈黙に包まれた。エレベーターの稼働音が妙に大きく聞こえる。

 また警戒させてしまったのだろうかと、稲田は意味もなく首の裏を掻いた。


 だがしかし、四階に着いて部屋に入った途端、そんな空気は一変した。


「おお、すげっ」


 その部屋は確かに宇宙船の内部を連想させるような未来的内装であった。

 無機質な雰囲気の白い壁に丸い窓枠があり、宇宙の写真が貼られている。家具はグレーのキングサイズベッドと黒いビニール製ソファー。テレビの背後の壁には、コックピットから見た宇宙の壁紙が貼ってあり、ソファーに座るだけで宇宙船に乗った気分になれそうだ。


「宇宙だーっ!」


 栗生はリュックサックを床に放り出し、ベッドの上にダイブした。まるで小学生だ。


「ふかふか~」


 そのままゴロゴロと転がり始める。まるでアザラシのようだ。


「はっ」


 急に我に返った。

 それから財布を取り出し、ホテル代の半分を稲田に差し出した。


「はい、これ」


「あ……ああ、別にいいのに」


「いや、そういうわけにはいかないから」


 栗生にも払わせることは特に考えていなかった。が、恋人というわけでもないし、彼女が払いたがっているので受け取った方がいいだろうと思った。


「じゃあ、貰っとくよ」


「ん」


 栗生は口元にほのかな笑みを浮かべた。

 稲田は彼女から金を受け取り、財布に仕舞った。それから気を取り直し、ソファーにゆっくりと腰を下ろした。


「いやー、今日は大変だったなー」


「稲田お疲れさま~」


 栗生はまたベッドに寝転がった。機嫌はすっかり良くなっている。女心というものも、宇宙の神秘の一つなのかもしれない。


「あとはもう寝るだけだなー。お前先に風呂入っていいぞ」


「うっ」


 うつ伏せの姿勢で稲田を見て、体をこわばらせる栗生。


「出た……『先にシャワー浴びてきなよ』攻撃……」


「ちげーよ! ていうかお前、昨日も俺んちで入っただろーが!」


 昨日とは状況が違うのも理解はできるが、遅かれ早かれ入ってもらわなければならない。それならさっさと済ませてしまいたいと稲田は思った。


「分かったよ……」


 そう言って、栗生はリュックサックを持って浴室の中へ入っていった。


 これでようやく一人で落ち着くことができる。

 稲田はソファーで横になり、スマホで調べ物を始めた。

 彼にはずっと気になっていることがあった。


 それは子供の作り方だ。人工授精によって作られているということは、この世界に来た初日にネットで知ったが、あのときは動揺していて詳しく確認していなかった。


 改めて検索してみると、子供のが記載されたページを見つけることができた。

 そこに書かれていることを要約すると概ねこの通りだ。



 子供の取得を希望する男性は、まず指定病院に住民票や履歴書等の書類を提出の上、精子を採取及び凍結保存させる。

 審査を通過すれば、精子が女性居住区域の病院まで運ばれ、同様の手続きを踏んだ母親に授精させられる。そのマッチングは国の機関が決める。

 その後、男の子が生まれれば父親に引き渡され、女の子が生まれれば母親がそのまま育てる。

 未成年の育成中及び出産前の入院中には毎月報酬が支払われる。



 その報酬の額に稲田は目を見張った。


「毎月三十万だって!?」


 あまりにも恵まれた金額だったので、思わず声を上げてしまった。どこからそんな金が湧いてくるのか予想もつかないが、自分たちの世界ではとても考えられないと思った。


 だが、とりあえず知りたかったことは大体把握できた。

 そのあとは特にやることもなかったので、男しかいないSNSを眺めながら過ごした。


 しばらくすると栗生が風呂から上がって戻ってきた。

 服は寝間着代わりのトレーナーとレギンスに着替えている。


「おっ、栗生」


「なに?」


「子供作るか」


「…………」


「あっ、やべ」


 栗生は無言のまま表情も変えずに身支度を始めた。明らかにこの部屋から去ろうとしている。


「ちょ、今のはナシ! 話を聞いてくれ!」


 稲田は先ほどネットで調べた情報について説明し、必死に弁明をした。栗生は疑いの眼を向けながら黙って話を聞いていた。


「というわけで、ついノリで言っちまったというわけだ」


「あほくさ……」


 呆れる栗生。しかし、稲田が話した情報については興味を示していた。


「でも毎月三十万も貰えるんだ。なんか元の世界で子供産んだら、損した気分になりそう」


「子供欲しいのか?」


「少なくとも、アンタの子供は生まんが」


「そんなこと言ってねーよ! さっき言ったけど!」


「分かったから、稲田もお風呂入ってきなよ」


 微妙な空気のまま稲田も風呂を済ませ、今日はもう寝る流れとなった。


 洗面所で歯を磨いて部屋に戻ると、栗生がまたベッドでゴロゴロしていた。そのままベッドで寝る気満々である。


 仕方がないので稲田はソファーの方に寝転がった。

 すると、横たわる稲田に気付いた栗生が起き上がり、彼の方を見た。


「ソファーで寝るの?」


「ああ、このソファーなら充分寝られるよ」


 栗生は少し迷ったあと、おずおずと口を開いた。


「やっぱり稲田がベッド使ってよ。一日運転して疲れてるだろうし。私がソファーで寝るから……」


 申し訳なさそうにしている。

 稲田はそんな栗生を見て、フッと息を漏らした。


「お前も使っていいよ。こんだけ広いベッドなんだ。端と端で寝れば、そんなに近づかなくて済むだろ」


 稲田もベッドの端に座った。


「さすがにそれはちょっとアレだし……」


「心配しなくても何もしねーよ。つーか、疲れたから頼まれてもしない」


「いや、頼まねーよ」


 そう言って、栗生は稲田に向かって枕を投げた。


「ハイハイ、じゃあおやすみ」


 稲田も投げ返す。


「稲田、絶対何もするなよ。私は産まないからな」


 再び投げる。


「なんだそれ、芸人のフリか?」


 また投げ返す。


「フリじゃないし」


 みたび投げる。


「分かったから寝ろ」


 またまた投げ返す。


「ふん」


 枕をキャッチした栗生がようやく寝転んだ。もちろん稲田には背を向けている。

 稲田はそんな彼女の後ろ姿を一瞥すると、照明を消して自分も横になった。


 そのあとは何も話さなかった。

 栗生は始めこそ緊張していたがやがて眠りにつき、二つの寝息が遠い星と交信するかのように囁き合った。

 二人を乗せた宇宙船は、そのまま夜という名の宇宙を静かに漂いつづけた。




 そして、朝が訪れた。

 稲田が先にムクリと起き上がり、照明をつける。


「おはよう、栗生! 爽やかな朝だな!」


 栗生もゆっくりと目覚めた。

 体を起こし、眠たそうに瞼をこする。


「ほらな、何もしなかっただろ! 俺は紳士だからな! ハッハッハ」


 部屋の中に稲田の高笑いが響き渡る。


「うん、助かったよ、稲田……」


 状況を把握し、小さなため息をつく。


「でもなんかムカつく……」

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