第10話 チョコレート大好き女子高生がはむはむさくさくキットカットをたくさん食べる
ゴールデンウィークの3分の2が過ぎ去った今日、皆様いかがお過ごしでしょうかー?
おれは死にたくなってますぅ。
原因は昨日の、立花がおれのことを好きなんじゃ、という気持ちが悪いにもほどがある妄想。ラブコメ脳とかそういう問題ではない。自宅に帰って風呂に入って、そのときの自分を客観的に見ることが出来るようになって思い返せば、好きとかそういう感情がなくても、単純に難関大学を志望大学に挙げていた知り合いがいればどうなったか知りたくなるものだろう。
そのことに気づいたおれは枕に顔を押し付けて足をバタバタさせながら叫ぶというラブコメヒロインみたいなムーブをかましてしまった。しかもちょうど帰ってきた母親に見られて、からかわれてしまうという、ラブコメ主人公ムーブもかましてしまった。こう考えるとラブコメ主人公はマジで不憫。
まあ、だが、とはいっても、そんな妄想を妄想にとどめ誰にも言っていないのが不幸中の幸い。立花に知られたわけでもないし特に問題はないといえばない。
ないのだが、まあやっぱり立花と会うのは若干気まずくて今日は家で短編書こうかなと机と向き合ってみたのだが全く捗らない。
セルフで締め切りをゴールデンウィークにしているおれは仕方なくスタバで書く。
おれが着いたときには立花がいなくてほんの少しほっとしたのだが、しばらくすると昨日までと同様に制服姿の立花がやってきた。というか立花はなぜ制服なのか。確か初日は私服だったはずだが、私服を見られるのが恥ずかしくて、みたいなことか?
そんなことを考えていると立花がおれのとなりに座った。例によっておれのとなり以外の空席がなかったらしい。
「・・・・・・おお」
「は、はい」
件の妄想のせいで襲い来る照れを必死に奥に押し込みながら、おれが会釈をすると、頬を淡く染めた立花もおれから微妙に視線を逸らしつつ会釈を返してきた。スタバにやってきた時間がいつもより少し遅いこととか、今の様子からして立花も気まずさを感じているらしい。まあ、それほど顧問におれの進路を自ら聞いたことを知られたのが恥ずかしかったのだろう。
ということはやっぱり・・・・・・とか考えません。あとで死にたくなるだけだからな。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「あ、あのっ」
「ん?」
しばらく互いに無言で各自机と向き合っていると、立花が声をかけてきた。目が合ったと同時に、立花は赤くなって視線だけを逸らした。
「こ、これっ、ど、どうぞ! 昨日のお礼です!」
立花は言って、おれになにやら両手を差しだしてきた。
そこに乗っていたのはいつかのようにキットカット。しかし、あの時とは違って3つも立花の小さな手に乗っている。
「お礼なんてべつにいいんだけどな・・・・・・まあ、ありがたくもらうけど」
おれは言って3つとも受け取ると1つ包装紙を破って、まるごと口に入れる。糖分はいくらあっても困らないからね。
おれがもぐもぐさくさくしていると立花が、破いた後の包装紙とおれの口許を交互に見ているのに気づく。
・・・・・・これは、あれか?
先日の類推から俺は口を開く。
「え、もしかして、半分欲しかった?」
この前キットカットをもらったときおれは半分ずつ食べたのだが、その時も同じようなことを聞いた。そのときは断られたが、立花は前回と同じようにおれがすると思っておれに半分いるか、と聞かれるのを期待しているのでは、と思ったのだ。
だが、立花は前回と同じようにあわあわと胸の前で開いた手を振る。
「あ、い、いえ、だいじょうぶです」
「そうか」
「は、はい」
じゃあ、どうしておれの方を見ていたんだろうと考えて、口の周りにチョコレートが付いている可能性に気づいたおれはティッシュを取り出し拭ってみるがチョコレートは付いていない。
立花がはっ、とした。
「あ、え、えっと、く、口の周りにチョコはついてないです」
「よかった」
「あ、あ、えと」
「?」
立花はそれからも数秒口をもごもごさせて言うべきか言うまいか悩んだ様子だったが、結局口を開く。
「きょ・・・・・・きょうは半分ずつ食べないんですね・・・・・・?」
「え、あ、うん、まあ、そうだな」
そんなことを聞かれると思っていなかったおれはぱちぱちとまばたきする。
「え、あ、あ、ご、ごめんなさい!? む、無視してください!?」
「え、あ、ああ、いや、言わせたのおれだし」
立花はどうやらおれが『こいつ、クソしょうもないこと聞いてくるな・・・・・・コミュ障か?』と内心で思っていると思ったらしく、真っ赤になって慌てた様子で前を向いた。
しかし、言わせたのはお・・・・・・おれだと思ったのだがおれじゃないな、これ。立花がほとんど自爆していた。
・・・・・・コミュ障なら仕方ないね!
そんな風に立花を優しい目で見ようとも、フォローした手前、立花の言うとおりに無視するわけにもいかない。
「えっと、なんだろな・・・・・・べつにマジで理由はないんだが、強いて言うならこの前は半分ずつ食べたから今日は一気に食べよっかなって」
「なるほど・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「まあ、その、なに、キットカットありがとな。おいしくいただきます」
「こ、こちらこそつまらないものですが、どうぞ召し上がってください・・・・・・」
頭を下げ合ったおれたちは互いから視線を切り、互いの作業に戻る。立花もおれにお礼を渡せていなかったのが気がかりだったようで、すっかり勉強に集中している。すばらしい。
それからいくらか経った頃、おもむろにごそごそやり出した立花がかばんの中からキットカットを取り出した。
「お」
「?」
たまたま立花の方を見ていたおれの口から思わず漏れた音に、立花がおれを見て首をかしげる。
「ああ、いや、今日は自分の分も持ってきたんだなって」
「あ」
「?」
今度はおれの言葉に急に顔を赤くして音を漏らした立花におれが首をかしげる。
「さ、さっきはほんとうは欲しかったとかではないので気にしないでください・・・・・・」
「ん? あ、ああ、うん」
もじもじと呟いた立花に、始めは何を言っているのか分からなかったがすぐにおれがキットカットいらないか、と聞いたときのことを言っているのだと思い当たったのでとりあえずうなずく。
会話はそこで途切れて、再びカタカタやっていると立花がかばんから新たにキットカットを取り出してはむ、と食べた。おれは特にコメントすることなく書き進めていると、またしても立花はかばんからキットカットを取り出して、はむと口の中に入れた。めちゃくちゃ食べるな・・・・・・と思いつつもとくに何か言うでもなく、会話を生成しているとまたまた立花がかばんをごそごそやり始めた。
そして赤いパッケージのお菓子、すなわちキットカットを机上に出した。
「いや、いくつ持ってきてるんだよ・・・・・・」
「!?」
キットカットにはむはむとかじりついていた立花が、耐えきれず突っ込んでしまったおれに目を見開く。
「こほっこほっ」
「あ、ごめん」
「(ふるふる)」
よほど驚いたのかキットカットが気管に詰まったらしく咳き込む立花だったが、おれが謝ると気にしないでくれと首を振った。やたらと苦しそうな立花を見かねて、立花の買ったアイスティーを手渡してやると、立花はそれを受け取りごくごく喉を鳴らした。
「あ、ありがとうございます」
「や、まあ驚かしたのおれだしな」
「い、いえ・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・」
「ていうか、そんなにキットカット家に余ってんの?」
「は、はい。まだ、8袋ぐらい」
「はちふくろ」
「はい、はちふくろ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「買いすぎでは?」
予想を上回る数字に数秒硬直してしまったおれは、回復すると同時に尋ねる。以前、姉の受験勉強の合格祈願に買い込んだと言っていたが、いくらなんでも買いすぎではないだろうか。だって今は5月。受験は3月には終わっているはずだから、立花家は受験のためにキットカットを少なくとも8袋以上買ったことになる。
「洛陽大学受験ということで母親が張り切りまして・・・・・・」
やや照れながら言う立花におれはまたたく。
「つまり立花のお姉さんはおれと同じ・・・・・・?」
「あ、は、はい。一回生です。でも学部は違うと思いますけど」
万が一、立花のお姉さんが落ちていた場合のために最後を濁してみたのだが、立花はあっさりとうなづいた。
まあでも大学が同じでも学部が違うのならあまり関わることもないか。もしかしたらすれ違うぐらいはしているのかもしれないが、知り合いでもないので互いを認識することもあるまい。
それからは特に会話を交わすこともなく、おれが先に帰った。
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