第9話 ワナビ大学生の人見知り女子高生についての考察
立花にうざがらみをしていたチャラ男を追い払ったおれたちはとなり合って座った。
おれは謝罪する。
「いやほんと名前覚えてなくてごめんな」
「あ、い、いえ、気にしないでください」
そんなおれに立花はあわあわと胸の前で開いた両手を動かす。
「・・・・・・悪いな」
「それに・・・・・・」
おれの二度目の謝罪は聞こえなかったようで、立花はぼそぼそと口を動かし目線を徐々に落としていく。
そして落ちきったところで、一瞬上目遣い。
「その・・・・・・わたしも、助けてもらいましたし・・・・・・」
「うん・・・・・・まあ、それはな。後輩があんなことなってたらな・・・・・・」
その今までとは別種の照れに、おれまで照れくさくなってしまう。
というか、おれの先ほどの行動は、なんか、あれだしな。おそらく正解で、何度あの場面に出くわしてもそうしようと思うが、その、なに・・・・・・物語の主人公っぽいというか。それはつまり、割とかっこいい気がする行動というか。そんなことを妙に意識してしまって余計に恥ずかしくなる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
それっきり会話が途切れ、おれが短編の続きを書くためパソコンを開くと立花もそれにならって問題集を開く。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
割とすぐに平常心を取り戻したおれはカタカタと軽快に・・・・・・とはいかないものの、いつものように文章を生成する。
その一方で立花は勉強が手に付かないようで、おれの方をたまにちらちら見たり、こそっとパソコンの画面をのぞき込んでみたり、そんな立花が気になったおれがなにか用かと視線を向けてみれば立花は顔を赤くしてふるふると頭を振ってシャーペンを持つと問題を読み始めたり・・・・・・まあ、しばらくするとやはり勉強が捗らない様子の立花はおれの方をちらちらと見てくるのだが。
なんだろう、立花は知り合いであるおれとがっつり関わった上で、となりに座っているのにコミュニケーションを取らないことに気まずさを感じているのだろうか。だが、自分から話しかけるのは迷惑かな、と思ってちらちらと見るにとどめている、みたいな。分かんないけど。
そんなことを思考のすみで考えていると、集中力が切れてくる。
そんな時、ちょうど立花がこちらを見てきたので、完全にキーボードから手を離し、アイスティーに一度口を付けてから話を振ってみる。
「テストかなんか近いんだっけ?」
「!?」
おれがまさか話しかけてくるとは思っていなかったのか、立花の肩がびくぅっと跳ねる。
「あ、急に話しかけてごめん」
「あ、え、えっと、い、いえ・・・・・・だいじょうぶです」
頬を染めて下を向いた立花がぼそぼそつぶやく。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「えー・・・・・・で、この時期だと中間テストが近いんだっけ?」
いつまで経っても立花が答えてくれる気配がなかったのでおれは問い直す。
毎日スタバに来て勉強しているからそんな気がしたのである。
立花がわずかに視線を上げる。
「あ、は、はい。ちょうど二週間後に・・・・・・」
「にしゅうかん」
おれはぱちぱちと目をまたたかせる。
「は、はい」
「それなのにもうこんなに勉強してるのか。すごいな」
二週間前には定期テストを意識し始めている人間はかなりいると思うのだが、毎日スタバに来て勉強するほど熱心なやつはそうそういないのではないだろうか。それが受験生ならありえるのかもしれないが、立花はまだ高二。
普通にすごいと思う。
しかし立花は照れた様子で小さくなって、
「あ、え、かわりに、その、お、おうちでは勉強しないので・・・・・・」
「それでも十分すごいと思うけどな。ということは毎日4時間ぐらいか?」
立花がスタバに来る大体の時間と帰る時間から言う。
「は、はい」
驚いたように、こくりとうなずく立花。
「それを毎日」
「は、はい」
「それは普通にすごいだろ」
言っておれはアイスティーをすする。うん、すっぱいな。今日は初日に買ったのと同じものを買ったのだ。
立花は「そ、そんなこと・・・・・・」と少し常よりもトーンの上がった声音で言いながら「でも・・・・・・」と続ける。
「出雲さんの方がす、すごいとおもいます・・・・・・」
「おれ?」
思いがけず褒められたので、視線で理由を立花に求める。
「は、はい。だ、だって、洛陽大学、ですから・・・・・・」
「あ、ああ、まあ・・・・・・」
どんな風に反応していいのか困って、おれは曖昧にうなずく。
洛陽大学といえば知らないものがいないと言われるほどの超難関国立大学である。そんなところに受かったおれは、まあ、かなり勉強したわけだが、それは三年になってからの話でおれが二年の時は立花ほど勉強していなかった気がする。まあしてたかもしれないけど。
そこでおれの脳内に疑問がポップ。
「え、おれ、立花にどこの大学行ったか言ったっけ?」
文芸部を引退(?)してから次に立花と会ったのは、高校の卒業式後に色紙をもらったとき。その時のことははっきり覚えているが、立花におれの進路を伝えた記憶はない。
おれが言うと立花はなぜか頬を赤く染めていきやがて下を向くとそのままぼそぼそ答える。
「あ、え、え、えっと・・・・・・」
「?」
「こ・・・・・・ぶ、文芸部に所属してらしたときに、志望大学をおっしゃっていたので・・・・・・」
「あー・・・・・・そうだっけ?」
そんなこと言ったような言ってないような。
まあおれはいまいち覚えていないが、立花からすれば部活の先輩の志望大学が洛大、なんていうのはそこそこ印象に残る出来事だろう。
・・・・・・というか、今の話からするとおれは立花に志望大学を伝えたことがあるだけで進路を伝えたことはない。つまり、立花はおれが志望大学は洛大だと言ったから、進路も洛大だろうと思ったということか?
それはかなり確信できていないと口に出来ないことなのでは?
だって大した確信もなくそんなことを言ったのなら、おれが洛大に落ちるか、受験前に諦めるかしていて、現在浪人、あるいは別の大学に通っているとしたら、少なくとも一時期は志望大学が洛大だったやつに、
『えぇ~? 洛大落ちちゃったんですかぁ? わたしぃ、絶対受かると思ってましたぁ。でもでもぉ~、人間の価値はぁ学歴じゃ決まらないのでぇ頑張ってくださぁいw』
と、煽ることになってしまう。むしろ志望大学を当てるよりも、そちらが目的と受け取られかねない。
短い付き合いではあるがおれの感じたところによると立花はそんな人間ではないと思うので、ということは立花はおれをかなり高く評価してくれていることになる。それはとても嬉しいし、照れくさいが、おれの人間評価が大きく外れている可能性もある。つまり立花はおれを全力でバカにしていた可能性もあるのだ・・・・・・。
それに気づいたおれはどちらだろうかと立花をうかがう。
不思議そうにこちらを見ていた立花と目が合った。
立花は瞬時に視線を逸らした。
「え、なに?」
「い、いえ・・・・・・」
「そう?」
「は、はい・・・・・・」
「・・・・・・」
「えと、その」
「?」
「急に黙り込んでしまわれたのでどうしたのかなぁ、と」
言って立花がちらとおれに視線を送る。
立花が言っているのは、立花が大きく評価してくれているのか考えていたときのことだろう。
「ああ、そういえば、立花におれの進路、言ってなかったなって思い返してたんだよ」
言うと、立花の顔がみるみるうちにかーっと赤く染まっていく。
・・・・・・まずった。
言ってから気づいたが要するに今の発言は、
『へぇ~。立花っておれのことそんなに評価してくれてたんだぁ~(にやにや)』
と解釈できてしまうからだ。
それに気づいたおれが慌ててフォローしようと口を開こうとすると、
「あっ、あっ、あっ、えと、その、ほ、ほんとうはっ」
耳まで真っ赤にして下を向きスカートの裾をぎゅっと握る立花が続ける。
「こ、ここここここここここここここここ顧問の先生に聞きました!?」
「お、おぉ・・・・・・」
その立花の告白はほとんど叫んでいるみたいで、その迫力に気圧されたおれの口から出かかっていたフォローの代わりにそんな返事ともなんともつかない声が漏れ出る。
まあ、でも、今の立花の台詞ではっきりしたが、立花はおれをバカにしていたわけでも、高く評価していたわけでもなく、単に顧問におれの進路を実は聞いていたから、おれの進路を言い当てることが出来たということだ。
おれがひっそりと胸をなで下ろしていると、立花が机の上の問題集や教科書、筆記用具を何度も落としながらも己のかばんに突っ込んでいく。そしてぎゅいっ、とかばんのジッパーを閉めると椅子から降りる。
「お、お先に失礼しますっ」
「あ、うん」
そんな風になぜかやたらと慌てている立花をおれがぼんやりと見ていると、立花は常よりも若干上ずった声でぺこりと頭をさげて帰って行った。
あまりにも急なことだったからしばらく呆気にとられて立花の背中を見送っていたおれだったが、すっかり立花の背中が見えなくなったところで傍らのアイスティーを飲む。
「・・・・・・」
・・・・・・もしかして、立花は今の過剰なほどに照れていた様子からしておれの先ほどの台詞をこう解釈したのでは?
『おれの確定した進路を本当は誰かに聞いたんだろ? わかってるんだ。隠しても無駄だ』
と。
おれは立花がおれの進路を言い当てたことについて『バカにしている』『おれを高く評価していた』の二択で考えていたが、普通なら『誰かに聞いた』が最もありえる可能性である。おれが受かったことが確定していないのなら、どうしたって、そこに受かった前提で話をすればおれの地雷を踏む可能性が生じる。だから、ほとんどの人間は100%の確信が出来ていないのならそんな話をするはずがない。
だから立花はおれが、立花が誰かにおれの進路を聞いていたことを確信していると思って、おれの台詞をこのように解釈したのだ。それによって実は顧問に聞いていたことを白状した、と。
「・・・・・・」
つまり立花は顧問に聞いていたことをおれに隠したかったということであり、そこにはおそらく意味がある。
文芸部の顧問はあまり部活に顔を出さないし、たまに来たとしてもすぐに帰って雑談をしたりはしない。
ということは、おそらく顧問自ら立花におれの進路を告げたという事はない。
立花が顧問にわざわざ聞いたのだ。
立花はその事実を隠そうとした。
これらから導き出される結論は・・・・・・
「ラブコメ脳すぎる・・・・・・」
おれはそう一人で呟いて、くだらない妄想を追い払う。
色々な可能性を無視しすぎているし、結論を求めすぎている。
こんなことは考えるだけ無・・・・・・駄でもないか。おれは作家志望だから。
「まあいいか、どうでも」
おれは息をついて、頭を切り替えると中断していた短編の執筆に取りかかる。
どうでもいいとはいいつつも、微妙に脳裏をちらつく立花に苦戦しながらなんとか文字数を重ねていく。
短編の終わりが見えた辺りでおれは一度伸びをする。あわせて外に目をやれば、西の空が赤く染まっていた。
「・・・・・・帰るか」
そこそこ書けたことに満足感を感じつつ、おれは荷物をまとめ席を立つ。
夕日に照らされながら自転車をきこきこと漕いでいると、おれの頭に再度先ほどのありえない妄想が浮かんできた。
―――立花がおれのことを好きだなんてあまりに飛躍が過ぎている。
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