第8話 部活の後輩のためにライジング3
チャラ男に立花の名前を言ってみろと迫られたおれは申し訳なさで死にそうになりながら立花に名前を聞いた。
「・・・・・・ごめん、立花の名前って何だっけ」
「・・・・・・へ?」
無声音による問いに、今の今まで真っ赤になっていたはずの立花はすっかり顔色を元に戻しておれを見上げるとこてんと首をかしげる。
どうやら意味が分からなさすぎて理解できなかったらしい。
「いや、なに、その・・・・・・忘れてしまったので教えてくれないかなぁっ、て」
言って顔を背けたおれはちらっと立花を見る。
呆けていた立花はおれの言葉を理解したようで「あ、え、あ、は、はい」と戸惑いつつうなずく。
「いや、マジでごめん」と恐縮しながらおれがややひざを曲げて、立花の口許に耳を近付ける。
立花が自身の名前をおれの耳にぽしょぽしょ紡ぎだした。
「鈴、です」
あ、あーそんな名前だったなぁ・・・・・・確か、初めて聞いたときはかわいい名前だなぁとか思ったんですよ。いやマジで。
そんな鬼のようにかわいい自己紹介に悶えるほど余裕のなかった俺は再度「ごめん、ありがとな」とだけ言って、目の前のチャラ男を見据える。
「鈴だよ、鈴。この子は立花鈴だ」
そして、まるで初めから知っていたかのようにキリッと言い放つ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
周囲の喧噪だけが鼓膜を揺らす。
おれはキメ顔、立花は照れ顔、チャラ男はアホ面。
「「「・・・・・・」」」
しばしの後、硬直から回復したチャラ男が口を開く。
「・・・・・・いや、絶対、今聞いたでしょ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・。
「聞いたからなんなんです??」
「!?」
「え? 逆ギレ?」
どうしようもなくなったおれが開き直ると、立花はすごい勢いでおれの方へ振り向き、チャラ男はぱちぱちとまばたきをする。
なんだか恥ずかしくなってしまったのでおれは、んんっ、と咳払いをする。
「・・・・・・というかですね、おれが立花と付き合っているかどうかなんていうのはこの際関係なくて」
「!」
「いや、言いだしたのはキミじゃん?」
チャラ男の的確なツッコミを無視しておれは続ける。
「・・・・・・重要なのは、要するに立花がおれとあなたどちらを選ぶかということなんですよ」
「!!」
「まあ、そもそもこのコがどっちの席に座るかって話だったしね」
丁寧に状況を振り返ってくれるチャラ男をおれは無視して言葉を結ぶ。
・・・・・・このチャラ男、実はいいやつなのか??
「というわけで、立花、おれとこの人、どっちのとなりに座るか選んでくれ」
「!?」
「おれの勝ち目どこにもなくない??」
「・・・・・・」
実はいい人かもしれないチャラ男の喚きを無視しておれは立花の方に身体を向ける。それにならってしぶしぶチャラ男も立花と向き合った。
・・・・・・なんだこれ恥ずかしいな。
まるで少女マンガの最終刊で三角関係に決着を付けるみたいだ。おれとチャラ男はそりが合わなくていつも喧嘩してるんだけど、それを立花がいつも間を取り持って、おれとチャラ男は立花に惚れていく。最後はおれとチャラ男は互いを認めて、友情ぶちかますんだけど、でも好きな女の子は譲れねぇから、互いの立花への想いを知ってからは二人は距離を置く。で、偶然告白が重なって立花に告白の返事に手を取ってもらう、みたいな。
知らんけど。
まあそんなどうでもいい妄想は置いておいて、要するにこの状況は立花に告白しているみたいで恥ずかしい。
「!!」
そんなおれたち二人を見て立花は、かーっとみるみる顔を赤くしていく。
「立花よろしく頼む」
「・・・・・・」
真顔で立花を見つめながら言うおれと、次のナンパのターゲットでも探しているのか周囲に視線を巡らせるチャラ男に、立花は悩むようにしばしうつむく。
そして数秒の後に、立花はスカートの裾をきゅっ、と一度握ると足を踏み出し歩を進める。
「「「・・・・・・」」」
おれとチャラ男の間で立花が足を止めた。
ごくり。
それは誰の唾を飲み込んだ音だろうか。
そんな音を幻聴するほどに周囲の喧噪は遠く、世界には三人しかいなかった。
時間がたゆたい、空気がのしかかる。
これはきっと、世界が変わる予兆。
立花がどちらを選ぶにせよ、おれたちを取り巻く環境は大きく変わってしまう。それは世界の改変と何も違わない。
そんな風に、変化を恐れておれがどれだけモノローグを紡ごうと時間は流れ、世界は特異点を迎える。
――――ああ、どうか、おれもチャラ男も立花も、みんなが幸せな世界でありますように。
祈るように待つおれの袖がかすかに引かれた。
「・・・・・・!」
おれが反射的にそちらに視線をやると、そこには耳まで真っ赤にしておれの袖をちまっと握る立花が。
「・・・・・・だよねー。じゃあおれ、行くね。お幸せに~」
それを確認するとチャラ男はそう言って、ひらひらと手を振って荷物を掴んで去っていった。
いやおい、おれの渾身のモノローグ無視すんなや。
やっぱりお前ろくでもねえわ。
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