第7話 部活の後輩のためにライジング2

 スタバでおれから離れたところに座った立花に寂しい思いをしていたおれは、立花がチャラ男に絡まれて迷惑そうにしているのを見て助けようと席を立った。


 偶然にも未だ空いているおれのとなりの席に荷物を置いて確保すると、おれは立花の方へ向かう。マナーとしてはよくないが緊急事態なので許して欲しい。


「お、よお、立花。悪いな、待たせた。あっちにちょうど二席空いてるからあっちに座ろうぜ」


 出来るだけ軽い感じに聞こえるよう言いながら、おれは片手を上げて立花の方へ近寄っていく。


「!」

「・・・・・・ちっ」


 するとおれに気づいた立花は目を丸くし、チャラ男はおれに聞こえるぐらい大きく舌打ちをした。それを聞いて立花が引いている。


「あんただれ?」


 おれが立花の側まで来た辺りで、立花に引かれていることに気づいていないチャラ男がおれをにらんでくる。


「かれ・・・・・・彼氏ですが?」


 一瞬照れもあって言うべきかどうか迷ったがこの台詞が間違いなく最も効果的なので、おれは言ってのけ、ぎろりとにらみ返す。


 おれの台詞に合わせて立花の顔がぼんっ、と茹で上がってしまったがフォローしているひまはない。


 おれの視線を受け止めたチャラ男はしかし、気圧されるでもなく口の端を吊り上げる。


「ふーん。でも、付き合ってるなら名字呼びなんておかしくね?」


 そしておれを煽るようにそう言った。


 おれは舌打ちを聞こえないよう小さく押さえ、整合性の取れる理由を求めて頭を全力で回す。


「そんなものでしょ。付き合いたてだし」

「!!」


 そしてひねり出した結論を、呆れたように口にする。顔が熱い。見た目に分かるほど、赤くなってないといいけど。


 あわせてオーバーヒートした立花が「つきあいたて・・・・・・」とぽわぽわ言っている。


 しかしチャラ男は、おれが答えるまでに間を開けたからか、立花のその様子から察したのか、あるいはその両方を根拠にしたのか、全く手を引く様子を見せない。


「ほーん・・・・・・じゃあ名前で呼んでみてよ」


 チャラ男が挑戦的な笑みを向けてくる。


「・・・・・・おれにそこまでする義理はないでしょう」


 内心ぎくりとしたせいで、明らかに返答に遅れが生じた。


 ・・・・・・立花の名前知らないんだけどどうしよう。


 チャラ男は一転、胡乱な眼差しを俺に向けてくる。


「名前呼ぶだけなんだからいいでしょ。減るもんじゃないし」

「・・・・・・減るでしょうよ。精神とか。恥ずかしいし」


 立花の名前を呼ぶ以外の未来が見えなくて、どうにもおれの口から出てくる言葉の歯切れが悪い。


 チャラ男の笑みが深まる。


「ふーん・・・・・・じゃあ、この子の名前教えてよ。そうしたらおれ、帰るからさ。それだけならいいでしょ?」

「・・・・・・」


 ・・・・・・マジでどうしよう。


「・・・・・・いやですけど」


 おれがなんとかそれだけ言うも、当然チャラ男がそれを聞くはずもない。


「え~、どうしたのー?」

「・・・・・・いや、べつに」

「べつに、なに?」

「・・・・・・」

「え、まさか知らないなんて言わないよね? 彼氏なんだから」

「・・・・・・」


 打つ手のなくなってしまったおれが黙り込んでいると、それまで限界突破していた照れも忘れて不思議そうな顔で首をかしげていた立花が、はたと何かに気づいたように「あ」と口を小さく開けると椅子から降りる。そして、さささと足音をしのばせおれのとなりにやって来た。


 立花はよいしょと背伸びしてこしょこしょおれの耳にささやく。


「わたしのなまえ、言ってもらってだいじょうぶですよ」

「?」

「がまんするので」

「?」


 ひたすら声は心地よいが立花がなにを言いたいのか全く分からない。しばらくしてそれを理解したらしい立花は頬を染めるとくちびるをおれの耳元から若干外し、ぽしょっとつぶやく。


「は、はずかしいのを」

「・・・・・・ああ、うん」


 どうやら立花はおれが、今まで羞恥がリミットブレイクしていた立花に気を遣って名前を呼ぶのをためらっていると解釈したらしい。まあ、確かに、言われてみればおれが名前を呼んでしまうと立花は爆発してしまいそうではある。


 だが。だが。だがだが。だがだがだが。


 そうじゃないんだよ、立花!


 おれは立花の名前をそもそも覚えてないんだよ!


 おれが内心そんなことを叫びながら、チャラ男の方を見るとチャラ男は眉根を寄せていた。放置されていて苛立ち始めている様子である。そのまま放っておくとどうなるか知れたものではない。


 なので、早々に現状を打開しなければならない・・・・・・。


「えーっと、立花」

「は、はいっ」


 おれが先ほどから動かずにいる傍らの立花に小声で話しかけると、名前を呼ばれるときに備えて身体を強張らせていたらしい立花はびくぅっと肩を跳ねさせて、ぎゅーっと目をつむる。


 おれは内心で自分のことをボコボコのボコにして、目を全力でそらしながら続きを口にする。


「・・・・・・ごめん、立花の名前って何だっけ」

「・・・・・・へ?」


 このときの立花の顔がそれはそれは見事な豆鉄砲を食らった鳩顔だったのは言うまでもない・・・・・・。

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