第3話 ワナビ大学生と人見知り女子高生のエンカウント2
立花が初めておれを認識し、おれが立花の下の名前を覚えていないことに罪悪感を覚えた翌日。
・・・・・・いや、ちゃうねん。まあなにも違わないんだけど、普通、かつて名字で呼んでた知り合いの下の名前なんて覚えてなくない? 立花じゃなくたって、おれはもう三年の時のクラスメイトですら下の名前を思い出せないやつがいるんだが?? つまり、立花がすごいだけでおれがクズなわけではないと思うんだけど、どうだろう。
・・・・・・だめ? そっか、だめかぁ・・・・・・。
まあそんなことはどうでもよくておれは昨日に引き続きスタバを訪れ、短編を執筆するべくアイデアを練っていた。
区切りが付いたところでおれはずずっとアイスティーをすすり顔を上げて、正面のガラス越しに外を見る。
歩道を歩きながらこちらを見ていた制服姿の立花と目が合った。
「っ!?」
「お、おぉ・・・・・・」
立花もおれが手元のコピー用紙からタイミングよく、あるいは悪く顔を上げるとは思っていなかったのか、その顔が瞬時に真っ赤に染まる。おれもまさか立花がそこにいるとは思っていなかったので、びっくりした。
おれがとりあえず軽く頭をさげると、真っ赤になって足を止めていた立花は回れ右をして、最寄りの店内への入り口から遠ざかっていく。
てっきりそのまま店内に入ってくるのかと思っていたのだがどうしたのだろうか。とりあえず、おれはわけも分からずなんとなく立花の背中を視線で追いかけていると立花は二つある入り口の内のもう一つも通り過ぎて見えなくなってしまった。
「・・・・・・」
・・・・・・え、これ、おれのせい?
おれが視線を合わせてしまったから立花は帰ってしまったのか?
そうだとしたらマジでへこむんだが・・・・・・。
・・・・・・思い返せば、立花が初めて文芸部に見学しにくるようになって数日はしゃべりかけてもぼそぼそと返すばかりであまりおれの方を見ていなかった。おれが嫌われている可能性もあるが、まあ、文芸部に通う内に立花の肩の強張りもなくなっていっていた様子だったからそれはないと思いたい。おれが嫌われているのなら、そもそも文芸部に来ないだろうからな・・・・・・ね? 来ないよね?
要するに立花は人見知りなのだろう。
昨日の立花の様子を思い出してみると、それは初対面の人間だけでなく久しぶりに会った、おれのような人間にも発揮されるのだと思う。
ということは、立花は、今、おれと目が合ってしまったのが恥ずかしくなって帰ってしまった、と推理してみるわけなんだけど、どうだろう。
え、なに? やっぱりおれが嫌われてるんじゃないかって?
・・・・・・その可能性が捨てきれないから、理屈っぽいのを並べてみたということですね、ええ。
まあ、ともかく、そんなふうにうじうじと考えていてもしょうがない。
おれは気持ちを切り替えようと、立花の去っていった方から視線を切ってペンを回す。
「あ・・・・・・」
ペンがおれの手から滑って机の上に転がった。
・・・・・・だめだ。立花が気になってしょうがない。
無理矢理、ストーリーの残りを詰めようとしても全く頭が回らない。いや、正確には頭を回し始めるとすぐに立花が帰った理由について考えてしまう。
・・・・・・どうしよう。
結局うじうじ考えながら、ぽけーっとガラス越しに、道行く人々を見ながらペンを回しているととなりに誰かが座ったのが気配で分かった。
そちらに視線を向けて万が一目が合ってしまうと気まずいので、立花でないとは思うが念のためガラスに映る像でとなりを確認する。
「!」
「っ!?」
そこにいた立花はガラスに映った像越しにおれと目が合うのと同時に、荷物をひっつかみ腰を浮かせ――――上げた腰をすとんと椅子の上に再度落とした。
そして身体を正面に向けると膝の上でこぶしをぎゅっとにぎり、背筋をピンと伸ばした。やはりガラスに映った像越しに見たその顔は耳まで真っ赤に染まっている。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
現状の原因がおれにあるのは明白なので、どうにかしようとともかく立花の方に顔を向ける。
「・・・・・・その・・・・・・なに、こんにちは・・・・・・?」
「こ、こんにちは・・・・・・」
おれが首だけを使ってあいさつらしきものを行うと、立花も前を向いたそのままの姿勢で控えめに返してくれた。
おれはそれから会話を発展させるわけでもなく、顔を正面に向け直してストーリーの書かれたコピー用紙と向き合い、その上でペンを回す。
そう『立花のことなんか気にしてないよっ』というふりである。
実際は『これ、なにか話した方がいいのでは』などと今の状況について無限に考えているのだが、それが気取られてしまうと立花が気を遣って自身の作業を始められなくなってしまう。下手に、しゃべりかけてもすぐに会話が途切れてさらに気まずくなるだけだからな。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ときどきペンを机の上で滑らせたりしながら過ごしていると、気がつけば現状への思索はどこかへ行き、ペンは回らずに紙の上を走っている。
立花もしばらくは勉強道具を机の上に出したっきり勉強が進まない様子だったが、今は一生懸命問題を解いている。
そんなかんじで黙々と作業を進めていると、おれの方は短編のプロット、まあ物語の展開やらオチやらが全て決まり、一区切り付いた。そのまま完成したプロットにしたがって短編の執筆に取りかかってもいいのだが、そんな気分でもなかったので、代わりに長編の作成に取りかかる。夏休みを利用して新人賞に応募するつもりなのだ。
物語の骨子となるようなアイデアだけは以前から決めていたので、それを活かせるようなストーリー展開やキャラクター設定を固めていく。
・・・・・・固めていきたいのだが、いまいちまとまらない。
そういうわけで、気分転換にアイスティーを時折すすりながら、ソシャゲを起動。その待ち時間になんとなく立花の方を見る。
立花は数学の問題を解いていた。教科書をペラペラめくってみたり、問題文をシャーペンの先っぽでつんつんつついてみたり、なにかノートに書いては消してみたり。
学校指定なのだから不思議でもないが、立花の使っている問題集や教科書はおれの使っていたものと全く同じで懐かしい。
そんなことをひっそりと思っているうちにソシャゲがおれに画面のタップを促してきたので、それに従い、ぽちぽちと周回する。イベントも終わったばかりで、特に未読のシナリオもなかったのですぐにやることがなくなる。最後にtwitterを巡回して、スマホをしまう。
休憩としては少し物足りないが、まあ、しょうがない。
というわけで、おれは白紙と向かい合い、頭を回す。
・・・・・・何も思いつかねえ。
仕方がないので、おれはなにかしら発想のヒントがあればいいな、と視線を手元から離して周囲に向ける。
立花が依然として同じ問題に取り組んでいるのが目に留まる。
先ほど立花の手元を見てから20分ほどたっているから、少なくともそれだけの時間は同じ問題に悩んでいることになる。
立花は割と真面目なイメージがあるから、そんな立花が悩む問題とはどんなのだろう、と好奇心から立花が苦戦していると思われる問題を横から気づかれないようのぞき込む。
ふむ。
問題のレベルとしては、最大が10だとすると5ぐらいか。簡単ではないが、決して難しくはなく、難関大の受験を突破した理系学生であるところのおれからすれば大変ちょろい。
早々に回答までの道筋を見いだしたおれは、ちらりと立花の顔をうかがう。
「・・・・・・?」
かわいらしく首をかしげている。
・・・・・・教えてあげようかしら?
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