第2話 ワナビ大学生と人見知り女子高生のエンカウント

 立花と偶然となり合った翌日。


 おれは昨日に引き続きスタバを訪れていた。飲み物は普通のアイスティーを頼みましたね、ええ。


 しばらく、昨日方針を固めた短編のキャラクターやストーリーを練っていると、再び見たことのあるシルエットをした女性がとなりに座った。私服姿の立花である。少し驚いた。


 ・・・・・・実はおれをおれだと理解して隣に座っているのか? 


 そう思って周囲に視線を巡らせてみたのだが満席だった。どうやら昨日に引き続き、おれのとなり以外空いていなかったからその席を選んだらしい。


 ちらっと立花に視線を送ると、立花はおれの方を一切向くことなくせっせせっせとリュックからテキストや筆記用具を取り出し、机の上に並べている。


 つまり、やはりおれには気づいていないということだろう。


 そんな立花を見ていて、あいさつぐらいはしようかなと、ふと思う。


 ・・・・・・まあ、いいか。その必要が生じたときでも。


 というわけで、おれは自身の作業に戻り、立花もしばらくして勉強を始めたようだった。


 一時間ほどたったころだろうか。


 頬杖を付いてスマホで調べ物をするおれのひじにとなりから転がってきた消しゴムがことんとぶつかり、ぴたりと静止した。


 おれはそれをつまみ、持ち主に返そうと転がってきた方を向く。


「あ」

「すみませっ・・・・・・!?」


 するとそこには、すっかり忘れていたが頭をさげようとしたのだろう、中途半端な姿勢で固まった立花がいた。


 となりにまさか知り合いがいたとは思っていなかったようで、前髪の隙間からわずかにのぞく黒い瞳が大きく見開かれている。


 そうやって二人して固まっていると、立花の顔がみるみるうちに赤く染まっていき、耐えられなくなったのか最後にはうつむいてしまった。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 そして訪れた空白に気まずくなったおれは口を開く。


「・・・・・・あ、あー、立花か? 立花が文芸部に入ってきたとき三年だった出雲だけど」


 名前を覚えられていなかったときのために念のため自己紹介。


 すると立花はばっと真っ赤に染まったままの顔を上げたかと思うと、おれの方にずいと距離を詰め、こくこくとなんどもうなずく。


「お、覚えてます・・・・・・! 出雲水弦いずもみずるさんですよね・・・・・・!?」

「お、おう・・・・・・」


 おれはそんな立花にびっくりして、ややのけぞる。


 そんなおれに、かなり距離を詰めてしまっていることを自覚したのか立花はさらに顔を赤くすると、もじもじ元の位置に戻っていった。


「ご、ごめんなさい・・・・・・近かったですよね・・・・・・」


 そしてうつむき、ちらりと上目でおれに視線を送ってぼそぼそとそんなことを呟く。


「いや、まあ・・・・・・べつに気にしなくていいけど」

「ご、ごめんなさい!?」


 気にしなくていいといっているのに、頭をさげる立花。


 おれはどうにも反応に困ってしまって頬をかく。


「あ・・・・・・消しゴム転がってきたけど」


 そうしていると、そもそも互いを認識するきっかけになった、現在おれの右手につままれぷらぷらと空中に浮いている消しゴムを思い出したので言ってみる。


 すると立花はほんのすこし上げて、おずおずと両手を差しだしてきた。


「す、すみません・・・・・・」


 おれがそこに消しゴムを乗っけてやると、ぼそぼそとした呟きとともに立花はぺこりと頭をさげた。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 身体が向かい合ったまま動かないおれと立花。


 このままいてもしょうがないので、おれは口を開く。


「・・・・・・その、なに、勉強邪魔して悪かった。続けてくれ」

「あ、あ、いえ、その・・・・・・こちらこそ、すみません・・・・・・」


 おれが言うと、立花は一瞬上目におれに視線を送ってすぐに外し、頭をさげる。


 おれはそれに「おう」とか「ああ」とか適当にもごついて、身体の向きを戻す。それに合わせて再度小さく頭をさげた立花は勉強を再開した。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 しばらくそのまま過ごして、集中力が切れたおれはうんっ、と背伸びをし、ついでにとなりを確認する。


 立花がいなかった。


「あれ」


 おれが気づかないうちに帰ったということだろうか。念のため他の席も見回してみるが立花はいない。どうやら帰ったようだ。


 昨日はおれの方が先に帰ったから今日もそうなるかと思ったのだが、そうはならなかったらしい。


 時刻を確認すると、そこそこいい時間だ。


 おれは荷物をまとめると、立花がいなくなったことに気がつかないほど集中できていたことに達成感を感じつつ帰宅した。


 ・・・・・・ていうか立花はおれの下の名前覚えてくれてたのに、おれは覚えてないのめちゃくちゃ申し訳ないな・・・・・・。

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