第1話 ワナビ大学生と人見知り女子高生が各自で作業する

 学生時代は特別仲がいいわけではなかった部活の後輩とカフェでたまたま出会い、そんな偶然に戸惑いつつも二人は二人っきりの勉強会を通じて距離を縮める。その速度はとてもゆっくりではあったけれど、確実に小さくなっていくのは間違いなくて。ときどき物理的に距離が開くこともあるんだけど、それは未来への布石。そんな苦しい時間が終わる頃、二人の距離は、あいだの空間がごっそりと消え失せたかのように近くなっている。それはやがてゼロに達し――――物理的にもゼロになる。


 これはそんな二人の人見知りが繰り広げるいじらしくも愛おしい物語。


 どうか最後までお付き合いいただければ幸い。


                      ☆


 『どうか最後までお付き合いいただければ幸い。』


 おれはそこまでタイプして一息つくと同時に、かたわらのアイスティーを口に含む。


 いやしかし、これマジで酸っぱいな・・・・・・。 


 アセロラの味がしたり、かと思えばしその味が味蕾を刺激し、油断したところで梅干しの味が鼻を抜ける。全体的には調和が取れているのだが・・・・・・。


 いや、べつにまずくはないのだ。むしろ飲み続けていたら癖になるタイプの味で、けっこう気に入った。たぶんこれからも定期的に注文するのだろう。


 おれがどうして自身でそのような微妙な評価をくだす飲み物を飲んでいるのかというと、おれがいま作業をしている『スターバーミリオン』、略してスタバの初見さんだからだ。別にコーヒーなどのスタンダードな飲み物を頼んでも良かったのだが普段からコーヒーは自宅で飲んでいるしどうせなら珍しい物を、と思ったからだ。


 まあその選択が微妙に失敗と言えなくもない結果を招いてしまったのだが。


 閑話休題。


 おれはアイスティーをキーボードの横に置いて、改めて自身の書いた短編のあらすじを読み直す。


 悪くない。


 悪くないと思うのだが、これ、短編で分量収まらないよね。下手したら、文庫本一冊で収めるのも厳しくないか?


 それに――――おれはちらりと、となりに座る二つ下の後輩を見る。


 長めの前髪に隠された瞳が大きく輝き、まつげは長い。キメの細やかな真っ白な肌に、桜の花びらみたいにかわいらしいくちびる。腰辺りまで伸ばされた若干癖のある濡れ羽色の髪の毛はたまに動く頭に合わせてゆらゆらと揺れる。


 身につけているのは、無地の灰色のパーカーにラベンダー色のロングスカート。気の抜けた服装だが、制服姿しか知らないおれからしてみれば新鮮ではある。


 このあらすじはふと彼女を見ていて思いついたのだ。いや、べつにだからといってなんてことはない。作者であるおれと、偶然となりに座った後輩をモデルにした物語を書いたってなんの問題もない。


 まあ、となりの後輩にばれるリスクと、客観的に見ればそれはとてつもなく気持ち悪い行為だということを無視すればだが。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 おれは気付かれないようひっそりとため息をついて、書いたばかりのあらすじというかコンセプトを全選択してバックスペース。


 アイスティーをすすり、もう一度となりに視線を送る。


 そこにいるのは間違いなくおれがつい数ヶ月前まで通っていた高校の部活の後輩。名前は確か・・・・・・たちばな・・・・・・立花・・・・・・す・・・・・・なんだったかな。下の名前は忘れてしまった。おれが高三の時に入部してきた立花とは受験勉強の関係で二ヶ月ほどしか同じ文芸部に所属していない。二人っきりの部活だったとはいえ、たがいに口数が多いわけではなかったし、名字だけ覚えていれば事足りる。仲が悪いわけではなかったが、仲がいいというわけでもなかった。そんなよくある(?)先輩後輩の関係だ。こんなこというと言い訳っぽくなるが、先ほどの短編を思いついたのだってべつにおれが立花に気があるとかそういうことではない。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 ペンを回しながらそんなことを考えるおれなどいないかのように、黙々とペンを走らせる立花。


 ・・・・・・これ気付いてないっぽいな。


 短編のネタを一人で考えるおれのとなりに座ってからずっとこの調子なのである。おれもとなりにすわった女性が立花だとすぐに気付いたわけではなかったが、これだけ気づいた素振りを見せてこないということはそういうことなのだろう。


 おれのとなりに座ったのだって、狙ったわけではなくたまたまそこしか空いていなかったからなのかもしれない。今はゴールデンウィークということで混んでいるからな。


 まあ文芸部に新しく一年が入ったのか、とか顧問はどうなったのか、とかいろいろ気になることはあるが、せっかく集中しているのを妨げるのも申し訳ないし、母校を訪れてみれば知れることだ。


 そういうわけでおれはとんとんとペンの先端でコピー用紙を叩きながら頭をひねる。

 アイデアを思いつく度にそれをメモし、ときおりそれらを合わせてみたり余分なところを削ったりして形にしていく。


 そうこうしていると、新しく短編の大まかな方針が決定した。


 おれはペンを置いて背筋を伸ばし、残りのアイスティーを飲み干す。


 外に目をやればすっかり夕焼け。


 となりの立花はうんうんと問題集を前に悩んでいる。


 おれはそれを最後に確認すると、集中力も底をついていたので荷物と共に席を立ち無言で帰宅した。

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