第4話 ワナビ大学生と人見知り女子高生の勉強会
立花とスタバでとなり合うこと三日目。おれは立花が数学の問題に苦戦しているのを見て教えてやろうかと悩んでいた。
おれを思いとどまらせるのは、口を出さない方が立花の力になるんじゃ、という気遣いや、現在の立花との距離感で勉強を教えるのは差し出がましいんじゃ、という遠慮。
逆におれの背中を押すのは、後輩の力になりたいという老婆心。
おれは五秒ほど迷った末に、
「・・・・・・それは、あれだぞ、相加相乗平均の関係式を使うぞ」
正面を向き頬杖を突いてヒントをぼそっとこした。
「!」
視界の隅で立花がまばたきしながらこちらを見ているのが分かる。それがなんだか気恥ずかしくて、そっぽを向いたままおれはアイスティーをすする。
「あ、ありがとうございます」
「・・・・・・ああ、うん」
おれは頬に集まっているだろう熱を追い出そうと努めて無心で歩道を眺めながら、ちらりと立花を横目で見る。
頬と耳を淡く染め、顔をやたらとノートに近付けている立花がペンをノートに走らせていた。
あまりその内容はよく見えないが、その様子から察するにおれの出したヒントに解法を思いついたということだろう。
よかった。
おれが勇気を振り絞った甲斐があったというものである。
20分も解答を見ずに粘っていたのは、そのように指導を受けているからか。であるなら少し悪いことをしてしまった気もするが、まあ、立花の様子から不満に思っている感じはしないし、問題ないだろう。
その後、立花が勉強する科目を変えてからは、数学が特に苦手だったのか、そのようなことは起こらず、いまいち集中できなくなってしまったおれが先に席を立ち帰宅した。
☆
翌日。
ゴールデンウィークでバイトも休みなおれは、またしてもスタバを訪れていた。
本日行うのは昨日プロットを完成させた短編の執筆。夏に書く予定の長編の肩ならしである。
なのだが全然進まない。ちびちび進めるのだが、気に入らなくてすぐに消してしまうのである。
まあ、おれが最後に書いたのは高三に進級するときの新入生への部活紹介用の短編だから、ブランクは一年強。
仕方ないといえば仕方がないが、あまりにも進まないのでさすがにうんざりしてくる。
というわけで気持ちを切り替え今日は持ってきた読みかけのラノベを読むことにする。
ぺらぺらとたまにコーヒーをすすりながら読み進める。
読み終わったので執筆の続きをしようとも思ったのだが、だるかったので新しくかばんから別のラノベを取り出し机の上に置く。
「あ」
「?」
となりから鈴が鳴るみたいなかわいらしい声が聞こえたので、そちらを向くとシャーペンを片手にこちらを向く立花がいた。いつからいたんだ・・・・・・。
「・・・・・・どうも」
「あ、あ、は、はい・・・・・・こんにちは・・・・・・」
とりあえずおれがあいさつをすると、立花がぺこりと軽く頭をさげた。
「・・・・・・このラノベ読んだのか?」
微妙に収まりが悪かったので、おれはそんなことを聞いてみる。先ほどの反応はおれが机上に出したラノベに対する反応のようだったからな。
すると、おれとの会話にまだ慣れないらしく頬を染めた立花はうつむき、綺麗な瞳を前髪に隠すとぼそぼそ呟く。
「あ、は、はい・・・・・・きのう、ちょうど・・・・・・」
「・・・・・・ほーん」
立花と同様にまだ距離感を掴みかねているおれも続ける言葉が浮かばなくて、会話が止まる。
いや、まあ、このラノベ面白かったか、とか聞いてもいいんだけどネタバレされても困るし、新シリーズの第1巻だからそれ以上特に話すこともない。
そういうわけで、自分で会話を続けようとしておきながら全然広がらなかったことに申し訳なさを感じつつ、手元のラノベを開き読み始める。
おれが2ページ目に到達したころ。
「あ、あの・・・・・・っ」
「・・・・・・ん?」
声をかけられたのでそちらを向くと、立花が前髪の隙間からちらちらと上目におれをうかがっていた。
立花はもじもじしながら両手で何かを包むようにしている。
口を開きかけてまたすぐに閉じたりする立花を首をかしげながら待っていると、唐突にその両手が開かれ、ずいとおれの方に差し出された。
「?」
「・・・・・・っ」
その上に乗っていたのは受験仕様の包装紙に包まれたキットカット。
おれが首をかしげていると、耳まで真っ赤にしてうつむいた立花が口を開いた。
「あ、あのっ・・・・・・これっ・・・・・・どうぞっ・・・・・・!」
「お、おう・・・・・・? ありがとう・・・・・・?」
妙な気迫と共にさらにキットカットの乗った両手がおれの方に接近してきたので、意味が分からなかったがとりあえずおれはお礼と共にそれを受け取ろうと手を伸ばす。
「・・・・・・!?」
キットカットをつまみ上げようとしたおれの指が立花の手のひらに触れてしまった。それと同時に立花の肩がびくん、と跳ねる。
「あ、悪い」
「い、いえ・・・・・・っ」
おれが思わず謝ると、両手を引っ込めながら立花がぼそぼそとつぶやく。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
状況が膠着した。
おれはプレゼントされたキットカットの意味が分からないので読書を再開できないし、立花はなにか言いたいのだろうがうつむいたまま何も言わない。
このまま待っていても立花は何も言いそうになかったのでおれが口を開く。
「で、えっと、これは?」
言いながらもらったばかりのキットカットを手のひらに乗せて立花を見る。
それを受けて、もごもご口を動かし、しきりに身じろぎしていた立花がしばしの後に一瞬おれを上目に見る。
「き、きのうのお礼です・・・・・・」
「きのう・・・・・・ああ、そんなのべつにいいのに」
どうやら立花は律儀にもおれに問題のヒントを出してもらったお礼のつもりらしい。本当にほんの少し思考を割いて、それをほんの少し言葉にしただけなので普通に申し訳ない。
そんなおれの内心を声音から読み取ったらしい立花が言う。
「あ、姉の受験のために大量に買った余りものですから、き、気にしないでください・・・・・・」
「そうなのか? なら、ありがたくもらうけど」
「は、はい・・・・・・」
言って、おれがキットカットの包装紙を破くと、おれの方をちらちらと見ていた立花が顔を上げ首をこてんと倒す。
おれはそのままキットカットを半分に折って一方を口の中に放り込む。
「あ」
すると、立花がそれを見て小さく口を開け、間抜け面をさらす。
よく分からない反応を寄越してくる立花に、どうしたのか聞こうと思ったのだがキットカットを飲み込まなければならないため、なぜか依然としておれのもぐもぐ動く口許を見ながら呆けている立花から顔を逸らして咀嚼に集中する。
「え、なに?」
飲み込んだおれは立花に問う。
おれが言うと、立花ははっとしたような顔をして頬をぽっ、と染めると「あ、いえ・・・・・・・」と身体ごと顔を正面に向けシャーペンを手に取った。
しかし勉強を始める様子はない。
おれはその様子にもしや、と手元のキットカットに視線を落とす。
・・・・・・立花も食べたいのか?
実際、直前までの立花の挙動は無理なくそのように解釈できる。
だが、自分の持ってきたお菓子を食べたいとか思うのだろうか。もしもそうなら、家に大量に余っているらしいキットカットを自分用に持ってくればいい話である。まあ、でも、おれが食べているのを見ていたら急に食べたくなった、なんてこともあるしな・・・・・・。
おれは幸いにも半分残っているキットカットに視線を向けてから念のため言ってみる。
「残り半分、食べるか?」
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