第20話 決着
「おおおおっ！」
ライカの右拳が唸りを上げてディルマュラの腹部へ迫る。半身を捻って躱しつつ、ライカの首へ右腕を巻き付かせて後頭部を掴む。頭突きが来る。
「──
「──
ライカは頭部の防御能力の底上げをはかり、ディルマュラは腹部に当てた左手から爆発を起こした。
「くぁっ！」
悲鳴をあげながらのけぞるライカ。ディルマュラは掴んだ後頭部を離さず、渾身の力を込めて頭突きをみまう。まだ残っていた「硬」の効力によりダメージは狙った三割にも届かなかったがこれでいい。
ライカが反撃に出る。
拘束を振りほどこうともせず脇腹へ拳を放つ。くぐもった息を漏らしつつも再度の頭突きが来る。何度も食うか、と歯を食いしばりながら頭突きで返す。先に命中したのはライカの方。カウンターとなった一撃はディルマュラに鼻血を咲かせる。
よっしゃ、とほくそ笑みながら中指と薬指だけ残っていた拘束を解いてタックル。
吹っ飛ぶディルマュラを、乱暴な笑顔で肩をぐるぐる回してから追いかける。
吹っ飛ばされながらも鼻血を治療し終えたディルマュラは、どうにか足を伸ばしてリングの端ギリギリに踏みとどまり、親指で鼻を押さえて溜まった鼻血を吹き出す。
ライカが来る。
構え直す。
「おらぁっ！」
「せああっ！」
互いに右拳。
互いの左頬が激しくひしゃげ、ぎりぎりと肉がこすれ合う音が観客席にまで届く。
互いに一歩も引かずに右拳を振り抜こうと、拳に腰に全身に力を込める。
先に力を抜いたのはライカで、先に腕を絡め取ったのはディルマュラだった。
力を抜いたせいでディルマュラの拘束を容易にしてしまったことに舌打ちしつつ、ライカは右腕を放棄。左でアッパーを放つ。
くふっ、と息を吐きながらもディルマュラは腹部にめり込む拳を腕を絡め取り、ライカの両肘を極める。
「ぼくの、勝ちだ！」
両肘を極めたままディルマュラはその場で回転をはじめる。砂埃を巻き上げながら自身を竜巻へと変え、客席に届くほどの突風が巻き起こるまで高速回転を行うとライカのからだを天高く放り投げる。
激しくきりもみながら舞い上がるライカへと、ディルマュラは術を使って追いかける。
追いつく寸前に見えたライカのからだは激しくスピンをしている。ちらりと見えた目はうつろで、すっかり目を回しているのだと分かる。
いける。
そこから見えたクレアは小指の先程度にまで小さくなっていて、でもしっかりと自分たちを見てくれていることだけは察知できた。
そしてライカの四肢をがっちりと、彼女の頭が下へ来るようにホールドし、リングへ向けて急降下を開始する。
速度はあっという間に音の壁を越え、衝撃波で出来る雲がふたりを包む。
さすがに悲鳴をあげたり身をすくめる観客もちらほら見えるが、ディルマュラはいや増して速度を上げる。
風を切る音がディルマュラの耳を埋め尽くしているにも関わらず、そのライカの呼吸音と、彼女の周囲で踊る精霊たちの姿ははっきりと感じられた。
それでもディルマュラは加速をホールドを緩めるつもりは無かった。
なぜならば、リングはあと数センチのところまで、
「──轟！」
ライカの深紅の毛先がリングに触れた刹那、ふたりとリングの間に暴風が巻き起こる。
急ブレーキをかけられ、ふたりのからだとリングは反発し合う磁石のように弾かれ、リングへ転がる。反動でディルマュラはホールドを解いてしまう。
先に立ち上がったのはライカ。
数瞬遅れて立ち上がったディルマュラへ猛然とダッシュ。放たれた回し蹴りをスライディングタックルで回避。そのまま足を絡めてうつ伏せのダウンを狙う。しかし両手で受け身を取られる。即座に足を解き、両手をリングに付けて水面蹴り。ヒット。手をついたままもう一回転して追撃の蹴り。今度はジャンプで回避される。ハンドスプリングで立ち上がりつつ、その勢いで蹴りへと移行。さらに、
「──巻！」
脚部に竜巻をまとわせて威力を増大させる。
人間サイズのドリルと化したライカの蹴りを、ディルマュラはギリギリで回避、できない。竜巻が右腕を巻き込み、激しく切り刻む。着地。ぼたぼたと血の流れる右腕をライカが無造作に掴み、右肘でディルマュラの頬を、
「──雷！」
右肘にぴたりと添えられた左手が、雷撃を放った。
「がっ！」
修練服が避け、肌が焼け焦げる。そのにおいは客席にまで届いた。
痛みで拘束がほどけ、数歩下がってしまう。
「……、これで、互角。だ」
「は、おまえはもうふらふらじゃねぇか。慣れない歌で体力と喉使い果たしやがって」
「それは、すまない。ぼくも、楽しくなっていたのに」
「まあいいよ。次やるときまでちゃんと鍛えておいてくれれば」
「……ふふ、そうするよ」
浮かべた笑顔の、なんと清々しいことか。
「じゃあ、あと一発だ。左だから覚悟しとけ」
「ああ。決着は派手な方がいいからね」
とん、と軽やかに間合いを離し、精霊を左腕に集める。
「──刃」
無数の細かい風の刃を左拳に展開し終えると、今度は観客にも見える速度で間合いを詰める。拳の間合いに入ると同時に、
「おらあああっ！」
貫く。
左拳は腹部に命中。吹き飛ぶディルマュラを、拳にまとわせた風の刃が切り刻む。
そして、リング端でゆっくりとうつ伏せにダウンした。
『そこまで！ 勝者、ライカ・アムトロン！』
わあっと歓声があがる。
ふう、と息を吐きながら歌を止め、精霊たちを解放する。
ちらりと見たクレアは、及第点よ、とつぶやいてディルマュラを抱きかかえる。
『えー、それでは決勝戦まで三十分ほどの休憩を挟みます。ライカ、逃げるんじゃないわよ』
クレアの言葉に会場が笑いに包まれる。その理由はミューナの強さが原因であり、ライカとの関係性を知ってのものではない。
そうだ。
次はミューナと試合だった。
やっと晴れたと思った気分が、また曇りはじめた。
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