第17話 シーナ・ラパーニャ

「それまで! 勝者オリヴィア!」


 え、と驚いたのは花道へ続く通路で観戦していたライカだった。

 時は立秋祭まっただ中。

 一回戦で負けるから、と宣言していたのに、よほど相手が弱かったのか。いや、本大会に出場しているのだから決して弱いわけではないのだが。

オリヴィアは修練中でも滅多に拳術を使わない。そのせいで他の修練生たちからの評価は真っ二つに分かれている。相手は拳術勝負に持ち込めば勝てると踏んだのだろうが、圧倒的な弾幕の前に敗れていった。

 ライカの前を横切る際に、なによ、と一瞥くれただけでそれ以上の会話をせず、オリヴィアは自室へ戻っていった。


「まあ、いいけどよ」


 ライカが観戦しに来たのはこの次の試合。いや、オリヴィアの試合も興味はあった。


『さあ、どんどんいきましょう! 続いては……、いよいよ一回戦最終試合! ミューナ・ロックミスト対シーナ・ラパーニャです!』


 わぁっと観客が沸き立つ。ライカも思わず前のめりになる。

 時刻は昼を過ぎた頃。

 この頃になると観客席もほぼ埋まり、観客のボルテージも高まっている。

 シーナはディルマュラの専属メイドとして、お膝元のエイヌにとどまらず近隣諸国やこの風の神殿まで主人と共に名と顔が知られている。

 ミューナはミューナで、亡命の王女という肩書きは民衆の心を惹きつけ、学舎院も主席で卒業、養母は維穏院長クレア、なにより誰もが見惚れるあの美貌と、耳目を集めずにはいられない彼女の試合だ。

 実際、ミューナの試合を目当てにやってきた観客も少なくない。

 お陰で立秋祭全体の売り上げも好調だと、神殿の経理担当や広報担当は喜んでいた。


『両者とも準備いいわね? それでは、始め!』


 先に動いたのはシーナ。加速に術は使っていない。

 ただ両手に精霊を踊らせ、いつでも発動できるようにしている。

 

「──ソク!」


 ミューナは相手の土俵には乗らず、普段通りに加速し、一気に間合いを詰める。 

 

「はああっ!」


 拳の間合いに入ると同時にミューナは躊躇無く、罠も置かずに右ストレートを放つ。シーナの姿が消える。しゃがんだ。空を切り、伸びきった肘を下から掌底で突き上げられる。苦悶にミューナの顔が歪む。危険な角度に曲がった右腕にシーナが両手を絡みつかせる。


「ふっ!」


 肘を右肩に担いで関節を極めると同時にシーナは背負い投げを放つ。この勢いは脳天から地面に叩き付ける投げ。

 ミューナの足が天を指す。ふたりの視線が影の中で絡み合う。ミューナの術が一瞬速い。


「──ゴウ!」

「──バク!」


 ミューナはシーナの「爆」を読んでいたわけではない。単純に相手の投げから逃れるために術を放った。しかし結果として功を奏し、爆発の直撃を避けられた。

 逆にシーナは「爆」をリングに叩き付けたあとの追撃に使うために精霊たちを集めていた。しかしミューナにも精霊たちが集まっているのを感じ取り、投げの継続を諦め、ミューナの術への対応策として「爆」の発動を早めたのだ。


「浅いか」

「くふっ!」


 ミューナが避けられたのは直撃だけ。

 視界を奪う灰色の爆炎の中から、全身に無数の小さな傷が付いたミューナの体は大きく高く吹き飛ぶ。直撃は防げたが爆音で耳がやられた。どうにか首を振ってシーナを探す。足を掴まれた。


「だああっ!」


 両脚を抱え込まれながら、地面へ急加速。このままでは今度こそ顔面からリングへ、と観客の誰もが思った刹那、


「──カン!」


 リングへ伸ばしたミューナの両掌から竜巻が発生。リング全体どころか観客席にまで届く凄まじい風に包まれたふたりの体は激しく回転。ふたりのからだは浮き上がり、両足をがっちりホールドしていた手も徐々に離れ、逆方向へはじき飛ばされた。


「がっ!」

「くっ!」


 別れたふたりはリングに転がり落ち、二、三度バウンド。互いにギリギリでリングアウトは免れた。


「──刃!」


 立ち上がるより早くシーナはリングすれすれにかまいたちを奔らせる。立ち上がる勢いをそのまま前転に移行してかまいたちを飛び越えて回避するミューナ。両足がリングに着いた刹那、ストンピングの乱打がくる。両手を交差してガード。三発貰う間に相手の軸足を右のスネでなぎ払う。


「ぐっ!」


 バランスを崩すことなく堪えた。ストンピングが一瞬止む。ミューナにはその一瞬があればいい。


「はああっ!」

 

 リングが凹むほどに強く踏み込み、立ち上がりながら右肩でシーナの腹にタックル。全身を一個の拳と見立てた一撃に、シーナのからだはくの字になって放物線を描きながら吹っ飛ぶ。


「──速!」


 即座に「速」を発動して追い打ちに入る。その速度に観客達の視界から姿が消える。着地したシーナは足を踏ん張ってどうにかブレーキをかける。そしてそのまま、ぎりぎり見えているミューナの頭部めがけて蹴りを放つ。

 轟音。

 観客は一斉に身をすくめる。しかし視線はすぐさまリングへ。

 互いのハイキックがぶつかり合い、鍔迫り合いに。

 先に力を抜いたのはミューナ。

 ほんの一瞬の崩しにシーナは対応出来ず、蹴り上げた右足に添うように迫ってくる肘打ちを、みぞおちへもろに食らってしまう。


「くふっ!」


 それでも気を失わなかったのは、意地なのか、幼少からの訓練の賜物か。

 シーナの家は代々エイヌ王家を守護する家系。格闘術も神殿顔負けのメニューをこなしてきている。

 この試合が決まった時、シーナはむしろ喜んだ。

 生まれて初めて、自分の全力を出せる相手と、何のしがらみも無い場所で一対一で闘えることに。

 だから、こんな簡単に終わらせたく無かった。

 懐に深く入り込んだミューナを捕まえるため、こみ上げる吐き気を我慢しつつ手を広げる。


「ごめん」


 その笑顔に一瞬、


「ライカが待ってるから」


 油断した。

 

「はああああっ!」


 一閃。

 天を突く蹴りがシーナの顎をかち上げる。

 足が地面から離れ、強引に上を向かされたその視界いっぱいに広がる快晴を、どこか他人事のように美しく感じながら、シーナは仰向けにダウンした。


『そこまで! 勝者ミューナ!』


 クレアの宣言と共に、爆発的な歓声が巻き起こる。

 それも呆然と聞きながら、しばらく大の字でリングに転がっているシーナへ、ぬっと手が差し出される。


「ありがとう。楽しかった」

 

 子供みたいな笑顔で、握手された。

 たぶん初めて話しかけれたミューナの声は、外見に相応しく、とてもきれいだった。


 あんなにもきれいな子が誘ったなら、きっと精霊たちは喜んで踊るだろう。

 あんなにもいい笑顔で闘う子になら、きっと精霊たちは喜んで力を貸すだろう。


 敗北はしたが、むしろ清々しい気持ちに包まれた。

 その後に生まれたのは、強くなりたい、という純粋な願い。 

 自分ではミューナのようにきれいになれる自信は無い。

 でも強くなりたい。

 今日みたいな試合を、勝負を、もっともっとやりたい。

 自分が強くなることも大事だけれど、精霊たちと仲良くすることも強くなるために大事なことだと、教えられた。

 だから、自分はもっと強くなれる。

 いまは、そう信じよう。

 なにかあったときに、ディルマュラを守れるように。

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