24.こちら探索少女二名、いい加減活躍したいです。

 巨大タコを打ち倒し、ゾンビの危機も去った今、フーコとマリーの道を阻むものはどこにもおらず、マリーのナビゲートに従って、フーコは死体のように人型の機械たちが転がる廊下を走って走って走りまくってそのまま風になりたいところだったが、現実は非情であるらしく、そこでブレーキがかかった。


 具体的には、曲がった先の廊下の一角が崩落していた――渡された地図には乗っていなかった、事前に把握していない崩落。


 マリーの「フーちゃん、すとっぷ! すとっぷ! すとぉーっぷっ!」という叫びを受けてフーコは、きききぃぃぃっ、と人間というよりは車両とかに類する靴底の悲鳴と共に急停止し、「うにゃああああああっ!」と危うく背中の特等席から吹っ飛ばされそうになったマリーをキャッチ、しばらくそのまま「ぎゃー! ぎにゃああああああっ!」と悲鳴を上げるマリーと一緒にぐるぐると回って勢いを殺したところで、ぽす、とマリーを地面に置く。


 マリーはしばらく目と脳みそを回していたが、ややあって両者の焦点が合ってきたらしく、ぱちくりぱちくりと目を瞬せた。それから「はっ、やばいかもこれっ!」と地図を取り出し、そこに書かれている複数のルートと現在地とを確認、しばらく、うーんうーん、と唸っていたがやがて頭を抱え、


「あーーっ、ダメだーーっ!」


 と、叫んだ。


「ここの崩落一つでルート全部潰されてる……ええ、これ……偶然にしてはさすがに……フーちゃん。すてい。ちょっと待ってて」


 そう言ってマリーは、スカートの中から安全用の黄色いヘルメットをフーコの頭に、ぽふんっ、被せてそのまま放置した後、崩落した廊下の状態を調べ始めた。散らばった瓦礫を拾い上げては熱心に見つめては、ふむむむ、と何やら頷き、壁やら床の罅やらを這いつくばって調べ、ぶつぶつ、と何やら低い声で呟き始める。


 その間、フーコは正しい装着をしているとは言い難い安全ヘルメットをぐらつかせながら、近くに落ちていた汎用人型歩兵の残骸を発見した。

 マリーの真似をするように、フーコは、ふむふむ、と何やら頷き、その残骸を調――あ、ちょ、そんな乱暴にしたら腕がもげ――おいやめ――やめたげてよぉっ!


 思わず叫びたくなるような惨状が背後で繰り広げられた後、マリーが「やっぱりだ!」と叫ぶ。

 両手で握り拳を作ってぶんぶんと振るうマリー。どちらかというと破片に近くなった残骸から手を放し、フーコは尋ねる。


「どした。マリー」


 マリーは、突っ込むとややこしくなりそうだったのでフーコが手にしていた残骸を意識的に無視しつつ、自身の分析結果を告げる。


「これ、誰かが意図的に崩落させたんだよ! 爆破した跡があるもん!」

「つまり……プロの仕事ってこと?」

「うん、プロの仕事だね。いや、本当まじで一流の腕前。超一流」


 ぐぬぬ、とマリーは崩落した廊下の状態を見て悔しそうな顔をする。


「爆薬の量も、設置の箇所も、爆破のタイミングの完璧……寸分違わず狙い通りに崩してる。市街地で周囲に被害を出さずにビルの爆破解体とかできるんじゃないかな。この技量だと」


 その後も、ぼそぼそと「上手いなぁ……ほほうそうか……こうすれば綺麗に崩せるのか……」と何やら物騒なことをつぶやいているマリーの服を引っ張ってフーコは尋ねる。


「で。どうするマリー?」

「どうしよう……」

「もっかい爆破すればいい。マリーはこういうの得意。どんどんやれ」

「ねえ、フーちゃん? 私を何だと思ってるのかな?」

「…………」


 先程、巨大なタコを大量の火器と爆薬で炭にした姿をフーコは思い出したが、言ったらタコと同じ目に遭いそうな気がしたのでフーコは黙った。


「やれやれ……それに、もう一回爆破したら、今度は丸ごとに崩落しちゃうよ。そこまで計算して爆破されてるんだって。ホントどうしたもんだかな。嫌なことしてくれるよもー」


 むーむー、と唸りながら、その場でくるくると回り始まるマリーに対して、フーコは言う。


「つまり。あれか」

「何」

「匠の技」

「ちょっと黙ってて。あとヘルメットの紐はちゃんと締めること」


 そう言って、くるくる、を続行し始めたマリーをフーコは黙って見つめながら、たどたどしい手つきで、しかし意外にきちんとヘルメットの紐を締めていく。

 若干空気は読めないかもしれないが、言われたことはちゃんと聞く良い子のフーコである。誰か褒めてあげよう。

 なお、言われたことを頻繁に忘れるのが玉に瑕だが。


 そんな良い子のフーコではあるが、動くな、とは言われていないのでヘルメットの紐を締め終わるなり何やら、きょろきょろ、とし始めた。おいこいつ何かやらかすのでは、と不安を掻き立てられる仕草だ。

 やがて、先程調べていた元残骸現破片とは別の、こちらもやはり残骸となって朽ちている汎用人型歩兵にその視線が固定される。

 また悲劇が繰り返されるのか、と思われたが、予想に反してフーコは今度は手を触れずに観察し始めた。あんまり触って調べると壊してしまうとフーコなりに学習したのかもしれない。


 じぃーっ、と。

 壊れた兵器を観察しているその姿は、何となく小さな子どもがカブトムシなんかを観察している姿を連想させる。虫眼鏡があったら是非とも、使いなさい、と渡してあげたい感じだ。


 ややあって、フーコは立ち上がり、一定の周期でくるくるしているマリーの傍へ行く。声を掛けようと口を開きかけたところで「ちょっと黙ってて」と言われていることに気づいたらしく、フーコは口を噤んだ。

 黄色いヘルメットをしばし傾け悩んだ後、フーコはくるくるマリーが描く円の中へと、ひょい、と片足を突っ込んだ。


 マリーは転んだ。


 それはもう綺麗にすっ転んだ。ぐえっ、というあんまり可愛くない声も上げた。


 はい、そこ。笑ってはいけない。


 マリーだって、頑張って真剣に考えていたから、足元が疎かになっていたのだ。潰れた蛙みたいに、とかそういう酷い形容詞を付けてその様を表現することはやめて差し上げて欲しい。


 むくり、と。


 マリーは起き上がった。


「……フーちゃん。もう喋っていいよ」


 唐突に足を引っ掛けられるという酷い仕打ちに対し、そうなった要因が自分の一言にあったことを瞬時に理解したらしいマリーは笑顔で言う。なかなかできることではない。偉い。誰か褒めてあげよう。なお、その額に浮かんでいる青筋は見なかったことにしよう。


「それで」


 何だか目が据わっている気がするがきっと気のせいだと思うことにしよう。


「こんな酷いことをしてまで私に知らせたかったことって何かな?」

「ん」


 フーコは先程観察していた残骸を指差す。もう少し説明が欲しいところだった。

 マリーの額の青筋がどんどん増えている。今すぐ「ぷっちーん☆」という音がもうちょっと生々しい音で聞こえそうだった。だから早く続きの説明をして上げて欲しい。怖い。

 人間関係の空気は読めなくとも、生命の危機に関する気配に対しては極めて敏感なフーコは、はたして説明を追加した。


「ヘン」


 もう少し、もう少し詳細な説明が欲しい。フーコ頑張れ。まじ頑張れ。


「ちょっと待ってて」


 そんな願いが通じたのか、フーコはそう言葉を続け、それから指差していた人型汎用歩兵とは別の機体――一番最初に調べていた機体は破片と化していたのでそれとも別の――を見つけてきて引っ張ってきた。二つの汎用機械歩兵の残骸が並べられる。ややこしいので便宜的にフーコが観察していた方を機体A。引っ張ってきた方を機体Bとしよう。


「…………」


 マリーは二機を見下ろす。


 Aの方はえぐれたように左半身が破壊され、右腕も肘の辺りからなくなっている。

 Bの方は右腕が健在だが、胸部に大穴が空いていて左腕も破壊されていた。


 マリーは汎用人型歩兵の構造のことは詳しくは知らない。

 が、よほど特殊な設計でもなければ他の――「熊」や竜など――の兵器と同様、人間の脳に相当する中央演算装置を含む制御系は胴体にあるはずで――一応、破壊された部分を覗き込んでマリーは確認。原型を留めていないが基盤が見えた――ある。

 この二機は、その部分を完全に破壊されていて、つまりは完全に死んでいる。内部で稼働していたAIも同様だろう。外部にバックアップを取っている可能性はあるが、そこは今のところ考慮する必要はないとマリーは判断する。

 破損状態から見て、両機とも食らったのはおそらく12.7ミリ相当の弾丸で、重機関銃か対装甲ライフルの銃撃――これは通常の探索者が使用する装備とは異なる。が、ダンジョンが出現した時点でもうこの惨状だったということも有り得るのでそこまでおかしなことではない。それよりもマリーとしては、この狭い場所でどうやってそれらの重装備を運用したのかが気になる。変と言えば変だ。が、フーコがその辺りのことを気にするとは思えない。


 マリーは諦めて、フーコに尋ねる。


「どこ」

「うで」


 と言って、機体Aの肘の辺りからなくなっている右腕を指差し、それから機体Bのやはりなくなっている左腕を指差すフーコ。


「……ああ、うん」


 マリーは頷く。

 なるほど、確かにちょっと変だった。

 機体Bの左腕は、おそらく他の破損箇所と同様に銃弾を食らったことによって破壊されたものだ。

 それに対して、機体Aの右腕は「破壊された」というよりは「取れた」という感じで失われている。

 うんうん、ちょっと変だ。


 ――えっと、だから?


 マリーは、そう言いたくなったが口を噤んだ。

 こういうことはよくあるのだ。

 フーコが何か意味ありげに言ってきたことを、時間を掛けて解読してみると「だからどうした」と言いたくなるような他愛のないことである、ということが。

 だが、そこで実際にそう言ってしまうと絶対にフーコはむくれる。頬を膨らませてめっちゃ可愛くむくれる。

 さすがにマリーを置き去りにしてどっかに行ってしまうということはないものの、まず間違いなく、しばらく口を聞いてくれなくなる。そうなると、マリーはフーコの背中で大変気まずい思いをすることになる。この辺り、図太いのか繊細なのかどうにも分かりづらいフーコである。

 それに、とマリーは思う。この手のフーコの発言はごくごく稀ではあるが――


「見てて」


 と、言ったフーコは機体Bの傍に屈んで、


「ん」


 という一言と共に、フーコはその右腕の関節部付近にあるボルトをむんずと掴んで、マリーが工具を差し出すためにスカートに手を突っ込むよりも早く、ふんっ、と素手でボルトを回して――そのままねじ切る。同時に、右腕をもぎ取った。


「――こうすると、綺麗に右腕が取れる」

「フーちゃああああああああああん!?」


 突然のバイオレンスにマリーが目をぐるぐるさせて叫ぶ。


「何やってるの!? その上手な殻の剥き方みたいなノリは一体!? あとボルトは工具を使って緩めないと駄目って言ったでしょ!?」


 違うそうじゃない。

 マリーに対し、そう言ってあげたいところだが、混乱しているので仕方がない。目はまだぐるぐるしている。


「ええええええ!? 私、フーちゃんの不満ゲージの管理ミスった!? でも、だからって八つ当たりはよくないよ!」

「違うそうじゃない」


 よりにもよってフーコが言った。

 いやお前が言うな、と言ってやりたいところだが、本来それを言うべきマリーが混乱中なのでフーコの言葉はそのまま続いた。


「見て」


 と言って、フーコは先に機体Aの半ばから無くなった右腕を指差し、続けて、たった今失われた機体Bの右腕を指差す。


「同じ」


 確かにその通りだった。

 両機の右腕の状態は同じで、つまりは機体Aの右腕もフーコがやったのとほぼ同じ――まあたぶん素手でボルトをねじ切ってはいないだろう――やり方でもぎ取られたのだろう。


 で?

 だからどうしたというのか。

 お揃いにしてみたよ☆、とでも言うつもりか。


 だとしたら、先程のフーコの良い子判定は取り下げるべきではないか――そう思われたが。


「待って」


 不意に、マリーの目のぐるぐるが止まった。


「……待って」


 目の代わりに、その場でのくるくるがまだ始まった。くるくるマリー再びだ。


「……待って待ってちょっと待って」


 が、今度のくるくるマリーは十周ほどしたところでぴたりと停止した。

 フーコの奇行のせいでちょっと忘れかけていた、元々こうなった発端である進路を邪魔している瓦礫の山を見て、独り言のように、ぽつん、と呟く。


「……ここの爆破って、どうやったの?」


 キューブや熊ではない。

 どちらも極めて効率的な兵器ではあるが、同時に極めて単純な兵器だ。例えば、キューブや熊に爆弾を積んで目標地点に移動し、自爆させるようなことはできる。

 が、精密な爆破作業は――フーコの言うところの、「匠の技」は――できない。

 あるいは、竜なら精密作業用のアームを使って爆弾を設置することが可能かもしれないが――この狭い場所に竜が入れるとは思えない。


 そして、近くに落ちていたフーコとほぼ同じ方法で右腕を取られた機体。それは他の機体のように単純に「破壊した」わけではなく、何らかの目的で「取って」持ち去ったいうことで、じゃあわざわざそんなことを行った理由は、いやそもそもそんなことを行えたのは――


「マリー」


 ぽつん、とフーコが言った。


「何かいる」

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