25.その兵器ができるまで②

 100万回くらい戦って、100万回ほど死んだ。


 それくらい回数をこなすと、さすがに戦い方もわかってきた。

 銃弾は前に真っすぐ飛ぶようになり、ナイフを有用な武器として用いるために距離を詰める幾つかの手法を覚え、狙撃の精度はシミュレーション内になぜか敵性オブジェクトとして存在した妙に素早い鳥との長きに渡る戦いによって飛躍的に向上した。十回やれば三回くらいは最後の一機に残れるようにもなった。

 自分は戦場で上手に戦える兵器になりつつある。


 そう自己分析をし始めたその頃だった。


『――本日は、より実戦に近いシミュレーションを行う』


 急な話だった。


『これまでも似たようなことはしてきたが、今回は、実際の軍の協力もあって、それよりかなりリアルなシミュレーションになる。――質問は?』


 特になかった。


 いつもと同じように。

 気づけば、戦場の片隅に立っていて。

 いつもとは違って。

 いきなり、誰かから蹴っ飛ばされた。


 至近距離での接敵。

 反射的にナイフを抜きかけたが、相手の識別が味方だったのでぎりぎりで止めた。人間と同様左右一対で構成されたカメラアイの視界の中、相手を確認する。自分とは違う。生身の人間の姿と、蹴られたときの感触からそれに準じたパラメータ。


 識別に付帯情報――自分の所属している部隊の指揮官。


 とはいえ、味方であるならいきなり蹴飛ばされた理由が不明だ。フレンドリーファイアは意図しない誤射も意図的な誤射も経験済みだが、蹴りとなるとさすがにちょっと初めてだ。意味がわからない。自分が痛いだけなのでは。


 相手は通信越しに何か言っている。


 こんなポンコツをだとか、木偶の坊の鉄クズだとか、もっともまともな援軍を寄越せだとか、何が蹴るのをやめろだうるせえよ、だとかノイズとなる情報が多過ぎる。とりあえず、上官として指示を出して責任を果たして欲しい――そんなことを思っていたらまた蹴られた。


 要約すると、この上官は援軍として出された自分たちのことが気に食わないらしい。それで上層部と揉めている。間に挟まれた通信兵がうんざりした顔をしていた。周囲を見てみると、同じ部隊の所属らしい他の人間の姿をした兵士たちの姿があって、目の前の上官の代わりにやはりうんざりした顔をした軍曹らしき人物が指示を出していて、即席で作られたと思しきバリケートに隠れて全員で必死に応戦している。あ、また蹴られた。


 うん。

 リアルだ。

 リアルだけど困る。


 こうしている間にも戦闘は続いているのに、いつまで経っても上官が命令を出さない。他の兵士に混じって上官をガン無視して軍曹の指示に従いたいところだったが、こちとらただの道具であって、上官の指示に従うようにプログラムされていた。だから、上官がさっさと命令してくれないと何もでき――あ、軍曹死んだ。完璧なヘッドショットを食らった。やべえ。


 直後、飛んできた砲弾が通信兵ごと本部と接続していた通信機を吹き飛ばす。


 上官はというと、顔面に通信兵のちぎれた右腕の拳を食らってもんどりうって倒れた。あ、死んだかな、詰みかな、と思ったが生きていた。泡を食って起き上がった上官がやっと出した命令は「前進しろ! 敵をやっつけろ!」という無茶苦茶な指示だった。


 でも、それでようやく動けた。


 命令通りに前進する。


 錯乱して、もはやまともな指揮ができる状態には思えない上官を置き去りにして、まともな指揮系統を失った自身の部隊を置き去りにして。


 前進する。


 敵が撃ち込んでくる弾幕の嵐を突っ切る間に、同じような命令を受けたと思しき仲間たちを何機も何機も突撃をかけているのを見かけ、何機も何機も破壊されているのを見かけた。いつものことだった。もう100万回ほど繰り返してきた、日常的な光景。いつもの通りのシミュレーション。違うのは、その中に生身の人間の姿をした連中が混じっていることくらい。


 前進する――交戦。


 識別は敵。生身の人間の姿をした方。

 こちらと似たような状況なのか単独。

 こちらの姿に、少し驚いた顔をして。


 撃った。


 命中。

 血液が吹き出す赤いエフェクト。

 倒れる。


 着弾位置からして即死と断定。


 前進する。


『リアルなシミュレーションですね』


 気が付くと例の回線を通して例の相手に問いかけていた。自分たちを作った人間。

 そこまで余裕がある状況じゃないのに。

 実のところ、返事は期待していなかったのだけれど、しばらくして頷き声が一つ。


『……うん』

『先程の上官からは、まともな指示も情報も与えられなかったので、もし可能ならヒントが欲しいんですが――状況設定は?』

『おいおい、それ込みのシミュレーションだよ?』


 相手は笑った。

 随分と乾いているように思える笑い声。


『やっぱりダメですか』

『んー、いいよ。特別に教えてあげる。新兵器の開発拠点基地を狙った、相手の特殊空挺部隊からの防衛戦……ってとこかな』

『この規模の敵軍を重要拠点に通すなんて間抜けなシチュレーションがあります?』

『引っかかったのは向こうの方だよ』


 ぱちん、手榴弾のピンを抜く。

 ぽおん、と走りながら投げ付ける。

 どおん、と窪みに隠れた敵の中で炸裂。


 前進する。


『というと』

『こっちの戦略を左右する兵器との情報を得て、片道切符を覚悟した精鋭部隊を送り込んでみれば、そこに守っているのは左遷された無能な防衛部隊と、現状では「人間と同程度」でしかない兵器だけ』


 カメラアイの視界の端に敵。狙撃手。

 ぴたり、とその一瞬だけ足を止めて。

 ぴしり、と一瞬の中で機体を固定し。

 撃った――命中。


 前進する。


『つまり、これから援軍としてやってくるこっちの大部隊に包囲殲滅されて、虎の子の精鋭部隊は大した成果も上げられず無駄死にすることになる』

『ははあ、なるほど』


 前進する。


 遮蔽物の中に隠れている敵部隊を発見。真っすぐ突っ込んでいって順当に穴だらけにされた仲間を半ば囮にする形で、死角となる位置に潜り込んで銃器を構えてから気づく――弾切れ。予備の弾薬も尽きていた。手榴弾も無し。


『でも、そのときにはここの基地は占拠されてて、貴方も殺されてますよね?』

『まあ、そりゃあね。でも大して重要じゃなかったんだろう。上の連中にとっては。ここも、君たちも――もちろん私もね』

『自分にとっては』


 前進する。


 銃器を囮代わりに相手の部隊の頭上に放り投げる。



『そうでもないですね』


 前進する。


 ナイフを引き抜く。


『なので――守ります』

『何それ』


 前進する。


 死角から敵部隊のど真ん中に切り込む。


『君は可愛いことを言う奴だなぁ』


 相手の笑い声。今にも泣き出しそうな。

 けれど、ほんの少しだけ嬉しそうな。

 そんな声を最後に、回線を切った。


 前進する。


 直後、こちらに気づいた敵がとっさにばらまいた銃弾の一つが、こちらの頭部に着弾。保護バイザーをぶち抜いて、その奥にあるカメラアイの片方をぶち抜いた。

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こちら探索少女二名、今日もダンジョン走ってます。おんぶして。 高橋てるひと @teruhitosyosetu

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