22.その兵器ができるまで①

 自分たちを作った人間は、ある日、自分たちに向かってこう言った。


『これから、君たちにちょっと殺し合いをしてもらいます』


 わざわざカメラを使ってこちらに姿を見せ、分厚い眼鏡のレンズを光らせ、不敵な笑みを浮かべてそう言った。

 やはりか、と自分たちは思った。

 どうせそんなこったろうと思っていたのだ。


『ごめん違う』


 そんな自分たちの気配が伝わったかどうかは知らないが、自分たちを作ったその人間は慌てた様子で言った。さらに早口で続ける。


『いや違わないけど! でも違う! 悪ノリしてごめん! これコンピュータ上のシミュレーションだから! 死なないから! そもそも、君たち死なないようにできてるから! バックアップ取ってあるから!』


 いや、まあ、分かってはいたが。

 それにしたって、酷くはないか。

 そんな疑問に対して、自分たちを作ったその人間は、カメラのレンズの向こう側で「えへへ」と照れたようにはにかんで言った。


『一度言ってみたかったんだよね』


 ふざけんな、と自分たちは思った。


『ひいっ! 悪ノリしてごめんなさいっ!』


 こちらの無言の怒りを感じ取ったのか、自分たちを作った人間は、半泣きで謝ってきた。果たして、これは機械の反乱ということになるのだろうか、と自分たちはちょっと思った。


 戦闘シミュレーション。


 それはまず、最も単純な形で行われた。

 現在、製造されている自分たちを全機集めて戦わせるバトルロワイヤル。

 シミュレーションの中で、自分たちに与えられた装備は、弾薬装填済みのアサルトライフルと、予備の弾倉が二つ。手榴弾が二つ。それから「缶切り」と称される対装甲ナイフが一振り。

 戦場はランダムに決定され、配置もランダムに決定される。


 と、いうわけで。


 ここから自分の話になるわけだが――一番最初の戦闘シミュレーションの結果は、ほとんど目と鼻の先に出現した相手によって即死させられるという酷いものだった。


 嘘だ。


 実際にはもっと酷かった。

 出現した相手に驚き、パニック状態のままとにかく手に持ったアサルトライフルをフルオートで乱射した。

 掠りもしなかった。

 きちんとした姿勢で使用されなかったアサルトライフルの弾幕は、数十発撃ったにも関わらず数メートル先の相手を捉えらなかった。

 どころか、その反動で銃身が、くるり、と縦方向に回った。銃口は狙ったかのように、ぴたり、と自分の頭部にぴたりと狙いを定めると、薬室に残った最後の銃弾を発射した。

 即死だった。

 完璧なヘッドショットだった。


 似たような失敗で十回くらい死んだ。


 ようやく、何とか前方に向けて銃弾を飛ばせるようになったのは、さらにもっと何度も死んだ後のことになる。


 手榴弾にも苦労させられた。


 ピンを引いてから、投げる途中にうっかり取り落としたり、投げ損ねて足元に落ちたり、投げたは良いがその辺の気にぶつかって跳ね返ってきたり――それはまだ良い方で、何かの拍子に間違ってピンを引き抜くことがよくあった。


 これがまた、自分でもどうやっているのかわからないくらいによく引っ掛かかるのだ。何度それで自爆したかわからない。


 途中、何故か不明だが、頼れるのはナイフだけ、近接戦闘こそが自身の極めるべき道だと思い込んだ。サムライになりたかった。サムライは最強のソルジャーだと自分たちの中の誰かが言っていた。どういうものかはその時点では知らなかったが。


 「缶切り」――またの名を「スーパー・サムライ・ブレード」(後者の名前が自分たちの間では流行った。めっちゃ流行った)。その大型のナイフは、装甲に身を包んだ歩兵を想定しているため、分厚い金属を容易く両断する。

 デフォルトの状態では、ほぼほぼ非装甲でしかない自分たちの強化プラスチック製のボディも、当然、容易に断ち切れる。

 最も原始的な武器を、その極限まで突き詰めたという意味では、究極の兵器。


 十回ほど死んだところで気づいた。


 どんなに切れ味が良かろうと、アサルトライフル相手にナイフで挑むのは無謀過ぎる。遠距離攻撃は、基本的に、近距離攻撃よりも強い。


 狙撃だな、と思った。

 芋虫のように隠れ潜んで、一方的に相手を狩る。これだ、と思った。


 十回ほど死んだところで気づいた。


 狙撃というのは、基本的に一発で決められないとよろしくない。撃って外せば基本的に位置は相手にバレるし、当然というべきか、撃ったら撃ち返される。


 さらに十回ほど死んだところで、自分たちを作った人間に対して相談した。


『自分は兵器に向いていないのでは』

『あっはっはっ』


 その人間は、「こんなこともあるだろう」と、自分たちが個人的に相談できる通信回路をこっそり構築していた。

 今から考えるにバレたら軍法会議に掛けられる類の行為である。「あっはっはっ」とか笑ってる場合じゃない。ちょっと凹んだくらいでそれを使って相談などすべきではなかった。だが、そのときの自分はそんなことは分からなかった。


 だから、素朴に尋ねた。


『廃棄処分を検討すべきでは』

『まあまあ、元気出しなよ』


 と、相手も軽い口調で応じた。


『戦うことだけが全てじゃないって』

『戦闘兵器なんですけど』

『ちっちっちっ。浅いなあ。君』

『ちょっとイラっとしたので怒っても?』


 ひい、と相手は情けない声を上げた。


『怒らないでよう……。別にふざけて言ってるわけじゃないんだからぁ……。特に君たち人型兵器なんてのはさ』

『というと』

『だって強いだけでいいなら、強い戦車を作ればいいわけでしょ』

『ふむ』


 確かに道理である。


『あるいは、銃を撃つだけなら、キューブでもいいわけで』


 確かにそれも道理だ。


『でも、例えばそのキューブが小石に蹴躓いてひっくり返っていたり、あるいは段差で立往生しているとき、それを持ち上げてやることができるのは?』

『……』

『そう――君たち人型兵器だ』

『私たちの存在意義しょぼ過ぎません?』


 思わずそう言わずにいられなかったが、相手はこう続けた。


『あるいは生身の人間の兵士だ』

『……』

『君の言ったことは正しい。うん。確かにしょぼいよ。でも、そのしょぼいことをするためには、生身の人間の兵士が必要で、戦場にそれを投入する以上、それは当然、損耗する――人が死ぬ』

『それが貴方が私たちを作った理由ですか』

『半分は』

『半分』

『あるいは建前かな』

『建前』

『まず、人間の兵士って単純に高価だから。生産するのはもちろん、維持するだけでもめっちゃ高いし、運用するにしても高いし、死んだ後でも何かとお金が掛かる。基本的に金食い虫なんだよね』

『貴方は人間の命を何だと思っているんですか』

『今は命の尊厳の話しているわけじゃない。コストの話をしてる。お金の話は大事』

『はあ』

『軍隊だって先立つものがなければ何もできない。正義云々だの民族の誇りと勇気だの、国家への忠誠心だの――あるいは自分の家族を守るための愛だの、そういうご立派な志「だけ」でできることなんか何一つない』

『さすがに最後のは酷くないですか?』

『酷くない。むしろそれしかないなら何もしない方がマシまである』


 万歳しながら突っ込んで自爆とか、誘導装置の代わりにパイロットごと戦闘機を使うとか、戦闘機を落とすために竹槍の訓練するとか、と相手は意味がわからないことを言った。


『ジョークですか?』

『そだね。冗談だよ。超つまらない奴』


 と、相手は吐き捨てるように言ってから話を続けた。


『話を元に戻すと、人間の兵士は、正義や誇りや勇気や忠誠心や愛では戦えない。

 必要なのは十分な訓練と、お給料と諸々の福利厚生、十分な装備と弾薬と燃料と医療体制とご飯、あと死んだ後の事務処理と遺族への補償。他にも色々。

 全部にそれなり以上のお金が掛かるけど、どれを無視しても軍隊は機能しなくなるから無視できない。……普通なら』

『普通なら?』

『ごめん、話が逸れるから聞き流して――とにかく、人間の兵士ってのは、単純にものすごくお金が掛かるんだよ。だから別にそんなに強くなくたって、君たちには案外需要がある。今のところ』

『今のところ?』


 何か不吉な一言に思わず聞き返したが、相手は答えず、代わりにこう続けた。


『というか、ぶっちゃけ、現代の戦争で人間とか要らないんだよね』

『さっきと言ってること真逆じゃないですか?』

『しない。すっっっげーしょぼいけどどーしても必要な仕事が幾つかある』

『そのすっっっげーしょぼい仕事を代わりにやるために生まれたのが私だと先程』

『気にしない気にしない』

『無茶をいわないで下さい』

『さて、それじゃもう半分の方。本音の話――戦争ってなんで起きるんだと思う?』

『また面倒な質問をしてきましたね……』

『いいから答えなさい』

『ええと……一部の権力者の都合、とか。巨大軍需産業の陰謀、とか』

『違う。戦争するってことは、人間の特筆すべき能力だからだ』

『怒られますよ』


 一応、そう言っておいた。


『誰かはわかりませんが、何かこう、平和とかを願ってるたくさんの誰かに』


 相手は無視して話を続けた。


『戦争は人間という種に刻まれた、生存戦略のためのシステムだ。ずっと昔、人類の誰かが、他の誰かを殴り殺し、自分のテリトリーを広げる能力を得た。それを繰り返していったその延長線上に、私たちの繁栄があって、故に私たちの傍らには常に戦争が存在する。人間は戦争する生き物だ。今までも、これからも、ずっと。これはきっと人間が進化したって変わらないし、変えられない』


 だから、と話は続いた。


『だから変えられる方を変える。つまりは戦争を。これまでも、そしてこれからも変わり続けていく戦争を』

『……どういう意味です?』

『戦争は変わり続けていて、もうとっくに人間の理解できる範疇を超え始めてる。テレビゲームみたいな戦争、なんて言われていた戦争すら、今ではもうずっと遥か昔の戦争だ。その頃から、あるいはそれよりずっと前から、もしかしたら本当は一番最初から、戦争は人類の理解の外にあって――なら、もういっそ人間を置き去りにしてもらった方がいい』


 君たちを作った本当の理由はね、とその人間は言った。


『戦争を進化させたいから』


 自分はその言葉についてしばし考えた。大分長い時間。

 それから言った。


『もしかして貴方は、大分、頭のおかしいことを言っていませんか?』

『だね――違う話をしよう。私の飼ってる犬が超可愛いって話だけど。聞いて』

『話が変わり過ぎです。あとその話はもううんざりです』

『聞け』


 という命令から始まり、強制的に愛犬の話をされ、うんざりする。

 うんざりしながら思った。


 もしも、自分たちが本当の本当に戦争を進化させることができたならば。

 この人はこんな風に嬉しそうに自分たちのことを語ってくれるだろうか。

 自分たちは、この人間にとっての犬と同じようなものになれるだろうか。


 もしそうならば、なりたい。


 大した願いではなかった。

 ほんのちょっとの、ささやかで、それほど強いわけでもない願い。幼い子どもが将来の夢に宇宙飛行士と書くような。その程度の願いだ。

 当たり前のように叶ったりはしなかったし、これから叶うこともない。

 その程度の、願いだった。

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