21.こちら探索少女二名、食事中。もう少々お待ちください。
フーコと巨大なタコとの激闘は熾烈を極め、感覚的には一年近い時間が経過したように思える凄まじい攻防が続いた。最終的に、銛では決定打にならないと判断したフーコが水没していない場所に――どうやら電源が通っているらしく明かりが点いていたのが幸いした――タコを誘導し引っ張り上げ、びたんっ、と床に叩きつけたことで決着が付いた。ついでに触手に捕まっていたマリーも、べしゃあっ、と救出された。
「――強敵だった」
ふう、激戦を終えたフーコは言った。
「特になぜか服だけ溶かす系の墨がやばかった。もしもあれを食らってたら、お姉ちゃんが言うところの『あーる18』になるところだった。せーふ。せーふ」
ちなみに、そうやって安堵しているフーコの背後、何やらぶつぶつと呟きながらむくりと起き上がったマリーについての詳細は省く――理由は察して欲しい――代わりに、くっそダサい花柄ウェットスーツ姿で超可愛い勝利のポーズを取っているフーコの姿をしばらくご覧下さい。ほら、超可愛いでしょう?
数分後。
「×××っ! ×××っ! ××××××ーーーっっっ!!!!」
そこには、いつものふわふわひらひらした探索衣(防水袋に入れていたためか、こっちは何とか無事だった)を着たマリーが、ちょっと伏字にしないといけない類の罵声の叫びと共に、スカートの中から取り出した大量の武器でタコにトドメを刺している光景が――あ駄目だこれ別の意味でやべー奴だマリーの愛称が「鬼畜小悪魔ちゃん」じゃなくてただの「悪魔」になる――の代わりに、こちらもいつもの探索衣(脚を出してる分一応水着ではあるウェットスーツよりもむしろ露出度が上がっている)に着替えたフーコが、我関せずとその辺にあった大きめの瓦礫に座り、ブーツを横に置いてぶらぶらさせながら乾かしている生脚をしばらくご覧下さい。ほら、最高でしょう? 爆音? なんのことでしょうか?
数分後。
「お腹空いた」
と、フーコはいつもの調子で唐突に言い出した。
「そうだねー」
と、こちらもいつも通りの調子でマリー。
笑顔である。
大丈夫。いつもの鬼畜小悪魔ちゃんだ。超可愛い。
その背後に、完全に炭化し、原型を留めない程に破壊されたタコだったものの残骸が煙を上げている光景が見える気がするが、うん、無視しよう。
「食べ物……」
フーコがふと思いついたように言う。
「あのタコを」
「フーちゃん」
と、マリー。
笑顔である。
いつもの鬼畜小悪魔ちゃんだ。超可愛い。でもなぜだろう。不思議と大丈夫な気がまったくしない。
「……」
フーコも本能で危険を感じ取ったらしく、それ以上言葉をつぐんだ。賢い。偉い。
そんなわけで、二人は探索者用の携帯食料を取り出して食べることにした。いつもならばマリーが簡単な調理をするところだが、さすがに今回はその気力はなかった。フーコが座っていた瓦礫にマリーも腰掛け、二人並んで封を開けて、もそもそもそもそ、と黙って食べた。
ちなみに二人とも割と平気な顔をして食べているが、大量のカロリーとあらゆる栄養素が詰め込まれた探索者用の携帯食料は、その手の代物が大抵そうであるように不味い。というか、一切の味がしない。風味とか香りとかそういうのもなし。そこには何というか虚無だけが存在する。酷い。
噂では、本当はそれなりの味にしようとすればできるのだが、栄養価が高過ぎるため、過剰に摂取することを避けるために敢えてそういう味にしているのだと言われている。でもそれにしたって酷い。
ちなみに、「煉瓦味」だったり「泥水味」だったりと実に様々な種類があるが、棒状だったりゼリー状だったりの違いがあるだけで、味は全部一緒である。酷い。ちなみに俗称とかじゃなくて正式な商品名である。おいてめーふざけんなと開発者に言いたくなる商品名である。明らかに遊んでいる。
ちなみに、二人が今回食べた「粘土味」は、粘土の見た目と食感を忠実に再現したようなやっぱりただの虚無だったが、二人は慣れた様子でその虚無をやり過ごし、でっかい水筒に入れてもってきたお茶で飲み下した。
ふー、と一息吐いた後で、マリーが言う。
「さて。フーちゃん」
「うい」
「突然ですが残念なお報せがあります」
「何?」
「私たちは迷子になりました」
「まじか」
まあ、あの状況である。
本来、フーコを誘導するはずだったマリーが真っ先に捕まっていたこともあり、本来想定していたルートからは完全に逸脱していた。
こういうときは道を引き返すべきなのだが、生憎とマリーのウェットスーツは先の戦闘で失われてしまった。こんなこともあろうかと用意しておくべきだった予備はマリーが乗り気でなかったため、スカートをどれだけひらひらさせても出てこない。
ちなみに、ごく普通の素材でできているごく普通の可愛い水着ならあったが、そんな格好でも平気で探索しそうなフーコなんかとは違って、マリーは普通の可愛い水着で水没個所を探索するほどやべー探索者ではない。なお、普通じゃない素材で作った普通じゃない可愛い水着ならぎり行けるんじゃないか、と思うくらいにはやべー探索者ではある。
ともあれ、後戻りできなくなった以上、現在地からどうにかして目的地へと辿り着くしかない。
「幸い」
ひょい、とスカートの中からマリーは地図とライトを取り出して言う。
「このダンジョンの地図はかなり詳細に作られてるから、ここからでも目的地には辿り着けるはず」
「ふむふむ」
「ここはたぶん、地図のこの場所」
と言ってマリーは、ライトで照らした地図の「第十三兵器格納庫」と書かれた箇所を指差し、それから非常灯の赤い明かりに照らされたペンキで描かれたらしい掠れてはいるが同じ文字を照らし出す。
続けて、先ほど、タコと一緒にフーコにぶん投げられて飛び出すことになった水面を指さして、こう続ける。
「見たところ、ここの水位はさっきから上昇してない。地図で構造を見た限りでも、ここから先は仮に天災レベルの水害が起こっても水没しないような設計になってる。だからそこの非常口から出て、ここをこう辿っていって――」
と、地図を指先でなぞって新しいルートを説明していくマリー。
ふんふん、とそれに相槌を打つフーコ。
「――これで、最初に考えた侵入ルートに復帰できる。わかった? フーちゃん」
「びみょう」
「だと思った……」
軽く肩を竦めてマリー。
「しょうがない。いつも通り私がナビるから、フーちゃんはそれに従って突っ走る」
「わかった。よし乗れ。マリー」
ふんす、と鼻を鳴らして背中を向けてくるフーコに「ちょっと待った」とマリーは告げて、すたすた、と明かりの点いた非常灯の下にある非常口の前まで行く。
「行く前にこの非常口の扉の向こうを確認しておかないと」
言いながら、マリーはスカートの中からまず小銃を取り出して肩に掛ける。
「さて、可能性は2つあります。フーちゃん」
とことこ、とやってきて横に並んだフーコに対し、非常口のロックが掛かっていないことを確認したマリーは言う。
「可能性その1。扉の先は安全。何もない廊下が広がっている。その場合はそのままれっつごー」
マリーは言いながら、ドアは開けずに、ぺたぺたとドアを手で触ったりこんこんと軽く叩いたりして材質を確かめ、
「可能性その2。扉の先には敵が待ち構えている。その場合は――」
言いながら、マリーはスカートから今度は手榴弾を取り出す。
「これを放り込んで即座に扉を閉めます。調べた感じ、ちゃんと対弾・対爆仕様だから、とりあえず初撃はなんとかなります」
「その後は?」
「後は流れで。じゃあ、質問がある人は挙手をお願いします。元気良く」
「はいっ」
フーコは元気良く手を挙げた。フーコは素直な良い子である。
「はい! フーちゃん! 何でしょう!」
「可能性その3のときはどうする?」
「はい! 特に質問はないようなので、質問タイムを終了します!」
マリーは容赦なくフーコの質問をなかったことにした。
が、フーコは食い下がった。
「可能性3。ゾンビが出る」
「やめてよフーちゃん! 今度は何を召喚するつもり!? サメの話なんてするからタコが出てくるんだよ! ゾンビの話なんてしたら何が出てくるかわかったもんじゃないでしょ!? そもそもなんでゾンビ!?」
フーコは非常灯の赤い光に照らされた格納庫の壁を見ながら、言う。
「こういう雰囲気の場所ではゾンビが出てくるってお姉ちゃんが」
「あーあーあー! 聞こえないー! もういい! 開けるからね! ゾンビだろうと何だろうと噛まれる前に手榴弾の餌食にしてやればこっちのもんだよ!」
開けた。
人型をした何かがこちら側に倒れ込んできた。
「ぎゃああああああーっ! 出たぁっ!!」
と、マリーが悲鳴を上げる中。
「てい」
フーコはその人型を躊躇なく扉の奥へと蹴飛ばした。倒れ込んできたその人型は、一切抵抗をすることもなく、冗談のように吹っ飛んで扉の向こう側へと消えた。
直後、半泣きになって悲鳴を上げつつも自分のやることまでは忘れていなかったマリーは、扉の向こう側へとピンを抜いた手榴弾を投げ込み、ばたん、と扉を閉めた。
そして即座に、二人はその扉の前から距離を取る。
ぶ厚い扉の向こう側で爆音。
みしり、と扉を軋んで形が歪み、ばきん、と音を立てて蝶番が壊れた。要するに扉としては、ほぼ完全に使い物にならなくなった。
「大丈夫フーちゃん!? 噛まれたり引っかかれたりしてない!?」
色んな要因でマリーは半泣きだったが、銃を扱う手捌きには一切影響しなかった。肩掛けにしていた銃に、一瞬で弾薬を送り込み、完璧な射撃姿勢で構えて告げる。
「そのときはちゃんと言ってね! 可能な限りの方法を試して、それでもダメだったらゾンビになる前に介錯したげるから!」
割と容赦ないことを言ってくるマリーに対し、フーコは両手を上げながら言う。
「大丈夫。怪我はしてない。ゾンビにもならない。だから撃たないで。あと、今のはゾンビじゃなかった」
「え、嘘……もしかして、人間?」
そこでマリーの脳裏に浮かんだのは、別行動をしている探索者たちのこと。ルートを考えると鉢合わせする可能性はないはず。だが、不測の事態というのは往々にして起こるものだ。
もし、たった今、フーコが蹴とばして、マリーが手榴弾をぶん投げた相手がその探索者だったなら。やばい。めっちゃやばい。
今度は冷や汗をだらだらと流し始めたマリーに対して、フーコは告げる。
「違う。なんか機械だった」
「機械……?」
マリーは眉をひそめる。
とっさに思いつくのは「熊」だ。が、「熊」のシルエットは人型からはほど遠い。
次に思いつくのは竜だが、それだと大き過ぎる。仮に、ほぼ滅多に見る機会がない小型の竜だったとして、この狭い非常口を通り抜けられるかは微妙なところだ。
じゃあえっと、とマリーの思考は、そこで引っ掛かった。
何か覚えがある気がするが、思い出せない。頭の中にある記憶の部屋を歩き回って、適当な棚を開いたりしてみるが、どうにも探している記憶は見つからない。
「ええと何だっけ、何か、昔の……」
そんなことをマリーがぐるぐる考えている間に、
「とう」
と、完全に使い物にならなくなった扉に、フーコが容赦なく飛び蹴りを叩き込んだ。ごおん、どおん、と景気の良い音を立てて通路側へとぶっ飛んでいく。
「フーちゃああああああんっ!?」
ぐるぐるしていた思考を放り投げて、マリーが叫ぶ。
「何やってんの!? まだ安全かどうか確認してないよ!」
「大丈夫。安全」
「ほんとにほんと!? ゾンビいない!?
「いない。見て」
そうフーコに促され、フーコは渋々、そして恐る恐る、そろそろと通路を覗き込む。もちろん、いつでも撃てるように銃を構えながら。
確認する。
大量の人間が死んでいた。
もしくは、大量のゾンビが転がっていた。
ぎゃあっ、と思わず悲鳴を上げて顔を引っ込めたが、違和感に気づいて、もう一度確認して気づく。転がっているのは確かに人間の形をしていたが、人間ではない。もちろんゾンビでもなかった。
機械だ。人型の。
竜のように、結果として何となく似ている、という感じではない。明らかに人間を模して造られたと分かる人型。けれども、明らかに機械であると分かる程度の。
ぴこん、と。
そこでようやく、マリーの記憶の隅っこにあった部屋の明かりが付いた。ぱかん、と開いた棚の中からその名前が出てくる。実物を見たことはこれが初めてだが、
「もしかして、汎用機械歩兵……?」
「みんな死んでる」
と、フーコが続ける。
「たぶん爆弾投げる前から――最初から。さっき蹴った奴も全然手ごたえがなかった。たぶんドアにもたれ掛かってたのが倒れてきただけ。悪いことした。死体蹴りは『きちくのしょぎょう』だってお姉ちゃんが言ってた」
マリーは確認してみる。
扉の近くに倒れていた数体の機体の状態は、間近で手榴弾を食らって、焦げたり破片を食らって破損したりしてはいた。
だが、フーコの言う通り、どうもその前から機能停止しているようだった。年月を感じさせる錆と風化の痕跡がどの機体にも見て取れる。
そんな人型の残骸は、通路の奥にまで転がっている。
ちなみに、先程、フーコに蹴っ飛ばされた哀れな人型も見て取れた。頭部パーツが完全に陥没しており、衝撃で手足がばらばらになっている。確かに鬼畜の所業だ、とマリーは思った。
「マリー」
と、安全が確保されたと考えたか、フーコが背中に乗るように促してくる。「うーん……」とまだちょっと不安な様子でマリーはフーコの背中に乗る。
「ホントに大丈夫かなあ……これ」
「大丈夫。心配ない」
「ふーちゃんが自信満々なの、不安しかないんだけど――うわわっ」
マリーの不安を振り切るように、フーコは一気に加速した。振り落とされないようにマリーは慌ててフーコにしがみつく。
若干の不安要素を抱えつつ、二人は人型の残骸が倒れ伏す空間を突っ走っていく。
□□□
先にネタばれしておこう。
その二人の背後で、実はまだ稼働してた残骸たちの中の一機の目に光が灯る――というホラーっぽい展開は起こらない。
かつて、この施設に配備――実際には保管――というか倉庫で置物になっていた、戦前に作られた古い兵器たち。あるいは骨董品。
汎用人型歩兵。
マリーが記憶の奥底から何とかその名前を思い出せたその兵器は――その後、いかなる経緯か倉庫から引っ張り出され、急遽戦闘に動員、見ての通り全滅したらしい。
というわけで、誤解を防ぐためにも、もう一度、念を押して正確にネタばれをしておく。割と大事なことなので。
この施設に配備されていた汎用人型歩兵に、稼働状態の機体は残っていない。
だから、ホラーでよくあるように、不意にマリーの足がむんずと掴まれて、マリーが半泣きなったり、あるいは鬼畜小悪魔ちゃんがただの悪魔になったり、そういうことは起こらない。安心して欲しい。
大抵の兵器がそうであるように、かつて「平和のために」と作られ、もちろん失敗に終わった――その中でも、特に大失敗に終わった、いわゆる「駄作機」たちのなれの果て。
そんな残骸たちは。
二人の人間の少女が自分たちの前を走り去っていくその姿を、何だかちょっとまぶしそうに、大半が顔を伏せたまま、何をするでもなくただただ見送る。
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