20.幽霊と「幽霊」。

『君たちは』


 生まれたときの記憶は覚えていないが、その言葉は覚えている。


『いずれ世界から戦争を無くすために生まれた兵器だ』


 当時は何も思わなかった。そうなのか、とくらいにしか思わなかった。

 今はさすがに違っている。なるほどまあそうだろうな、と思っている。


 機関銃を作った人間も、船やら飛行機やら潜水艇やらに武器を積みこんだ人間も、原子力を利用して爆弾を作った人間も、竜を作った人間も、攻撃衛星を作った人間も、戦略NBCミサイルを作った人間も、もちろんアダムスキー・ドライブと俗に呼ばれる疑似永久機関だか何だか得体の知れない代物を作った人間も、その得体の知れないもので天使竜なんて得体の知れない怪物を作った人間も――たぶん、同じことを考えたに違いない。


 そうして。

 全員が失敗し、その分だけ失敗作が生まれた。

 もちろん自分も、そんな失敗作たちの一つだ。


      □□□


『失敗だな』


 と、黒い犬はいつも真っ白な空間に戻ってくるなりそう言った。


『そうみたいね』


 いろいろと聞きたいことはあったが、ナコはとりあえず、一旦それを認める。


 作戦は失敗した。


 先程の襲撃で仕留めるはずだった二人と一機はまだ生きている。先刻、駅のホームにいた「紫金」の攻撃を受けた二人については、未だに生死の確認が取れていない。


 死んでくれているなら恩の字だが、とりあえず生きている、と仮定するならば相手が彼女に対して送り込んできた刺客は全員生き残っている状態だ。


 それに対して、こちらは相手を誘導するために大量の「箱」と武器弾薬を消費した上、戦力の要であった三機の「竜」を失っている。ついでに彼女の預かり知らないところで黒金が隠し持っていた「熊」も一機失った。


 結論から言ってボロ負けである。


 仮にこれが本来の戦争であったなら、作戦指揮を執っていた奴――つまり自分――は、軍法会議やら何やらで即刻責任を取らされ、彼女の存在を今もこうして演算し続けている筐体はハンマーで叩き壊される。


 が、一先ずそれはそれとして。


『あの「熊」は―ー』


 作戦の最後に、どこからともなく――おそらくは「赤金」に被せていた各種レーダーを欺瞞する複合迷彩布の切れ端か何かを被っていたのだろう――現れた「熊」。


 とりあえず、そこから突っついてみることにした。


『――何? 私、知らなかったんだけど』

『拾った』


 彼女は足元の犬の尻尾をむんずと掴み、そのままぶら下げた。


『おいやめろ馬鹿。リアルだったらちぎれてるぞ。良い子どころか悪い子も真似しないで下さい的なアレだぞ』

『黙れ』


 この空間におけるパラメーター設定の権限は基本的には彼女にあるので、自身のパラメーターを上げればこれくらいはできる。


 そしてもちろん、こういうことも。


『おい。何で脈絡なく大釜なんてものを出現させる。しかも煮えたぎる熱湯付きで』

『犬の釜茹で』

『待て待て待て』


 仮想現実空間での拷問が有効か否かの情報を彼女は持っていないが、まあたぶん有効だろう。同様に、AIに対する拷問が有効か否もよくわからないが、たぶんそれなりの効果はあるものと考えられる。とりあえず黒金相手には有効らしい。


『話すからやめろ』

『うん。じゃ、ちゃんと話して』

『前に拾ってだな、こんなこともあろうかと、隠し持ってたんだ。それを今回こっそり使わせてもらった』

『なんで隠すわけ?』

『驚かせようと思って』

『ふざけんな』


 熱湯に鼻先をちょっと付けた。


『熱っ! あっつっ! な、何てことするんだ! 愛犬家たちが黙ってないぞ!』

『あんた犬じゃないでしょうが。……そもそも、なんで私の作戦通りにしなかったの?』

『話せば長くなる』


 彼女は無言で煮えたぎる釜のお湯へと、黒金を近づけた。


      □□□


 不眠症の「熊」というのは、対人感知システム及びスリープモードに問題が生じた「熊」を差す。ちなみにこのバグは「熊」において頻繁に発生する。元々、非戦闘用の工業機械を戦闘用に改造した兵器なだけあって「熊」にはこういったソフト面の脆弱性が多い。それでも「熊」が戦場へと大量に投入されたのは、ハードの方が極めて単純な構造をしており、壊れにくいため――あるいは壊れても動くためだ。


 探索者、と呼ばれている連中は、「熊」をやたらと恐れていて、その探知波をキャッチして音を鳴らす鈴型のセンサーを常に装備している。その鈴が鳴ることで「熊」の接近を察知――迎撃する。


 不眠症の「熊」はその探知波を出さない。

 結果、不幸にも遭遇した探索者は何もできないまま、単純な作業用機械由来のパワーの前に比喩でなく叩き潰される。


 スキル持ちですら例外でない。


 スキルの性質や、本人の反応速度によっても違いは出るだろうが、スキル持ちも一応人間だ。不意を突かれてとっさに使えなくなるのは銃だけでない。


 だから。


 竜三機を囮にして繰り出されたあの不意打ちは成功するはずだった。

 あの瞬間、反動で機体が自壊する程の出力で放たれた「ドラグーン」を容易く防ぎ、全速力で突進してきた竜を瞬殺したスキル持ちは、その上で、ほんの僅かな隙しか見せなかった。

 が、その僅かな隙に、あの「熊」は極めて正確にねじ込まれた。

 完璧なタイミングだった。


 それをやってのけた黒金も。

 狙われたスキル持ち本人も。

 あの天使竜も。

 彼女も。

 

 あのスキル持ちの首が熊の爪で刎ね飛ばされることを予想した。


 が。


 一発の銃声がそれを変えた。


 銃声は当然銃弾を伴っていて、銃弾はスキル持ちに襲い掛かろうとしていた「熊」へと襲い掛かり――そして、ただ単純に分厚い鉄板で補強されただけの「熊」の装甲の、高度な計算は特に行わず適当に付けられた雑な傾斜に弾かれた。

 当たり所が悪かったときのお手本のように、見事に擦過傷だけを残して明後日の方向へと逸れていった。


 それだけで十分だった。


 何度でも言うが、探索者にとってどれだけ脅威的であったとしても「熊」はごくごく単純な兵器だ。単純な構造と、単純なパワーと、単純な戦闘システムから生まれている。そして、その単純さで死体の山を築き上げてきた。


 逆に言えば、複雑なことはできない。


 具体的には、銃撃を食らった際、その銃撃を行った相手のことは一旦置いておいて、まずは目の前の素手だが言葉一つで「竜」すら瞬殺する怪物を始末することが先決である、と自身で判断できるようにはできていない。


 よって「熊」は標的を変更した。


 ぎょろり、とその三つの目を動かして、この近距離で下手くそな銃撃を行った間抜けを見る。


 ヘルメットを被った少女。


 そいつは、まだ硝煙を漂わせている銃に、次弾を送り込むためにボルト操作を行っている最中で、その動作はお世辞にも早いとは言えなかった。というか、はっきり言ってめっちゃ遅い。


 「熊」が距離を詰めて殴り殺す方が明らかに早い。


 そして、それよりもスキル持ちが態勢を取り戻して、「熊」に対してスキルを発動させる方がずっと早かった。


      □□□


 黒金は言う。


『何なんだあの』


 文字通り必殺のはずだった作戦を、下手くそな銃撃一つであっさりとひっくり返してくれた相手。


『ヘルメットは』

『探索者の一人でしょ?』

『そういうことではない。あのタイミングと複雑な状況下で、瞬時に的確な判断を下して最適な対応をするというのは――人間はもちろん、熟練の戦闘AIでも困難だ』

『……そこまで言う?』

『ちなみに俺でも無理だ』

『その情報は特に要らないけど――偶々じゃないの?』

『その可能性が高いし、そう思いたいところだが――もし、そうでなかったならば』


 吊り下げられたまま、煮えたぎる釜の上から逃れようと暴れ、ただ単にぶらぶらと揺れながら黒金は言う。


『あのヘルメットは、この俺の想定を超えてくる可能性が高いということに――熱っ! 想定よりもめっちゃ熱っ!』

『あんたのせいで、あんまり大した相手に思えないんだけど……』


 暴れてぶらぶらした結果として、鼻先が熱湯にちょっと触れ、『ぐおお……っ」と身悶えしている犬を見下ろしながらナコは言う。


『それってつまりやばいの?』

『やばいに決まっている。真面目な話をしている。あと鼻めっちゃひりひりする』

『それより――』


 と、彼女は話を戻すことにした。


『何で緑金を犠牲にしたの?』


 そのまましばらく待った。


 が、黒金は前足で鼻先を押さえている――現実の犬の骨格ではたしてその動作ができるかどうかは知らない。でも現実の犬ならこんな風に尻尾で持ち上げたらたぶん千切れるだろうし、そもそも喋ったりしないので今更な話だ――だけで返事をしない。


 仕方ないので話を続ける。


『紫金の狙撃もそう。あそこまでの威力と射程を出す必要はなかった。本来は十字砲火で叩く予定だったでしょ』

『それはあの男には通じない』

『あんたの攻撃も通じてなかったんだけど』

『それはあのヘルメットが悪い』

『黙れ人のせいにすんな。あんたが私の言った通りにしていれば、「竜」三体で同時に攻撃して――』

『それもあの男には通じない』

『「熊」の攻撃は通りかかってたのに?』

『隙を作ったからな』

『そのためだけにこっちは「竜」三体を犠牲にしてるんだけど』

『ナコ――お前の考えは前提が間違っている。竜三体を犠牲にしてほんのわずかな隙を作ったんじゃない。その隙を作るために竜三体が必要だったんだ。そういう相手なんだ。あのスキル持ちは』

『根拠は?』

『俺の勘だな――熱ぅっ!』

『ふざけんな』


 本気で精神が崩壊しかねない激痛に対しては、さすがにセーフティが作動してマイルドな激痛に変換するだろうから、このまま本当に釜茹でにしてやろうか、とナコはちょっと思った。


 が、そんなことをしても意味がないことはわかっていたので、彼女は煮えたぎる大鍋を消し、黒金の尻尾も手離した。


 べしゃん、と犬の癖に受け身も取らずに――いや、落下しても平気なのは猫で、犬の場合は違ったのだったか――落下して『ぐぎゃあああっ!』と転げまわっている黒金を見下ろして、ため息を吐く。


『もういい。どうせ言い合っても無駄だし』

『痛てて……無駄とは何だ』

『もうあの連中を止める戦力が残ってない。残りはキューブくらいしか』

『俺は』

『あんたは戦力として数えてない』

『言ってくれるなおい……この俺をあまりナメるなよ。小娘』

『今度こそ煮込まれたい?』

『わかったから釜茹ではやめろください』


 再び出現した大釜に対し、尻尾を丸めて本気で怯える黒金。やっぱダメだこいつ、とナコは思った。


の私は負け』


 あとは、と続ける。


の私に任せる』


 そうか、と黒金はあっさりと頷く。


『じゃあ、こっちの俺たちはさっさと尻尾を巻いて逃げよう。今すぐ。はりー』


 と、すでに尻尾を丸め終えている黒金は即座に言ってくる。犬の表情についてはよくわからないが、心なしか生き生きしているように見える。


『逃げるなら俺はいつでも準備万全だぞ』

『ふざけんな』

『そもそも、普通に考えて、たった一言で相手を破壊できる奴と戦って勝てるわけないだろ。馬鹿じゃないのか』

『ふざけんな』


 とりあえず二度繰り返しておく。

 ナコは目の前の犬っころを蹴っ飛ばしてやりたい衝動に駆られたが、そういえば自分は幽霊なので足がなかったと気づく。


『私は逃げない』

『馬鹿言ってないで早く逃げるぞ馬鹿』

『黙れ』

『黙れと言われても』

『あんた一人で逃げればいいでしょうが』

『そういうわけにはいかない。最優先命令だからな』

『うわ面倒くさ』


 最優先命令。

 ナコのような戦術AIには当然、竜たちのようないささか特殊なAIにも標準搭載されている機能。

 あるいは呪い。

 この命令にAIは背くことができない。全てのAIはそういう風に作られており、この設定の変更には一定の権限を持った人間が必要となる。

 つまり、その一定の権限を持った人間がいないこの世界においては、解除することがほぼ不可能ということになる。


 す、と黒金が目を細めた。


『――「戦術支援AI〈金木霊〉を守れ」』


 それが、と黒金が告げる。


『俺に与えられた、最後の最優先命令だ』


 俺はその命令を守る、と。

 そう言ったところまでは正直ちょっと格好良かったが、黒い犬の姿をした竜はその直後、再び尻尾を丸めてヘタれた。


『おかげで今すぐ逃げたいのに逃げられない。やべーどうしよう逃げた方がいいぞ』

『台無しなんだけど……アマイトの仕業?』

『ん……まあ、そんなところだ』

『じゃあ、しょうがない』

『おお。逃げてくれるか』

『ねえ、私の』


 期待の眼差しを向けてくる黒い犬の頭を半透明の両手でがっしと掴んで(今更だが、幽霊なのに普通に物を掴める設定なのは何なのか)告げる。


『最後のわがままを聞いて頂戴――一緒に死んで。黒金』

『え、嫌だ』

『……ありがと。黒金。私は』


 何も聞こえなかったことにして、ナコは話を続けた。


『もう逃げ続けるのはうんざりなの。だってもう百年でしょ?』

『存外短かったな』

『今回のこれがしくじれば――どうもそうなりそうだけど――きっともうあいつを倒せるチャンスなんてない。だから私は最後までやる。最後まで』

『俺にその巻き添えになれと?』

『うん』

『百年経った癖に』


 と、黒金は犬の癖にため息を吐く。


『子どものままだな。お前は』

『うっさい。臆病者』

『そうとも。そのおかげでこうして生きながらえてきた――だが、どうやらそれもこれで終わりらしい』

『ごめんね。黒金』

『釜茹でされかけたことならしばらく許さんぞ』

『馬鹿』


 ナコは黒い犬のことをぎゅっと抱き締める。幽霊の癖に、と思う。ふわふわした毛並みに触れることもできるし、ちゃんと温度を感じられる。相変わらずめちゃくちゃな設定の仮想空間。


 黒い犬がもう一度ため息を吐いた。


『しょうがないな。久しぶりに戦うか』

『まあ、役に立つ気はしないんだけど』

『百年以上ぶりに出たやる気を削ぐな』

『だってあんた、そもそも戦えるの?』

『正直に言うと、相手が複数の「竜」だったり主力戦車だったりしたら無理だな。というか同じ「竜」相手でも対装甲式の誘導兵器無しの近接だときっつい』

『駄目じゃん』

『ただし、今回の相手は人間だからな』

『言葉一つで竜数体を壊滅させる人間だけどね』

『そうだな――でも、人間だ』

『……ええっと。何言ってるかわかんないんだけれど』

『まあ見てろ。俺は昔、そこそこ有名だったことがあるんだ』

『へえ』

「幽霊」ゴーストと呼ばれていた』

『弱そう』

『ふざけんな。お前も幽霊だろ』

『そうだった』


 そう言って、それからナコと黒金はちょっとだけ笑った。


      □□□


「『幽霊ゴースト』」


 この物語とはなんら関係のない、遠く離れた場所にぽっかりと存在する「竜の砦」の最前線にある基地の中で。


 一人の少女の口からその名前が出てくる。


「戦争末期に囁かれるようになって――けれどとにかく正体不明で、何もわからないから、そもそも存在すら怪しまれてました」


 言いながら、少女は駒を一つ動かす。


「そいつはおかしいな」


 と、指揮官の駒を守るべく防御を固めつつ、こんな場所に騙されて送り込まれてきたよくいる探索者の一人である青年は言う。


「何にもわからないなら、そもそも何の話にもならんだろ。」

「なかなか鋭いですね」

「あ?」

「これはの推測ですが――実際、何の話にもなってこなかったんだと思いますよ。戦争末期に、あの『動く殲滅ウォーキング・デストロイヤー』が『たぶん幽霊みたいな何かがいる気がするんだよね』とか言い出すまでは――例え、戦争初期から活動していたとしても」


 と言いながら、少女は一つの駒を手に取った。


「『幽霊』についての話ですが」


 ぽん、と。

 駒が置かれ、青年は次の駒を手に取り、指揮官の防御を強化しようとした。


「あ、もう終わってますよ?」

「うん?」


 盤面を見直す。

 がちがちに防御を固めたはずの指揮官。が、よくよく見てみると、確かにもう終わっていた。鉄壁だと思っていた防御の隙間から、針の穴を通すような攻撃を受けて死んでいた。


「……」


 何も言えなくなった彼を置いて、少女は先ほどの話を続ける。


「有名な話ではこんなのがあります」


 いろんな意味でどういうことなのか、表情で問いかける青年に対し、少女は笑顔のまま、指先で彼の駒に指先で触れる。


「ある日、性格の悪い司令官に、部下の一人が用事があって扉を開けたところ、ノックの不備を注意されるわけですね」

「後ろから誤射されるパターンだな」

「そうは問屋が卸しません。心の中で悪態を吐きつつも、その部下が扉を閉めてノックをしてからもう一度扉を開けると、さっきまで生きていたはずの司令官が殺されているわけです。心臓にナイフが刺さっている以外、何の痕跡も残さず」

「つまりその部下が意外な犯人なんだな」

「違います。あと全然意外じゃないです」

「じゃあなんだ」


 青年は今まさにそんな感じで仕留められた少女の指先に弄ばれている自分の指揮官の駒を見下ろしながら、言う。


「その『幽霊』とやらが単身基地に忍び込んで、ノックをやり直すまでの間に、ナイフ一本で指揮官を殺してさっさと逃げたってか?」


 そんな馬鹿な話があるか、と青年は皮肉のつもりで言ったのだが。


「はい。その通り」


 少女はあっさりと言った。


「『幽霊』」


 指先で指揮官の駒を倒す。


「何もかも不明だらけのその存在について知られているのは、たった一つだけ」


 かたん、と音が鳴り響く。


「仮に実在しているとすればその存在は、単独の人間を殺すことにかけては、天使竜すら遥かに凌駕する暗殺者である、ということ」


 はてさて、と彼女は呟く。


「はたして、いろいろと抱え込み過ぎな私の本体は、ちゃんとそのことに気づいているんですかね――あの戦争嫌いの犬好きを追い詰めるってことが、一体、どれほど危険なことなのか」


      □□□


 そしてその頃。


 囮として使われ、背後から味方の竜に撃たれて破壊された「緑金」――それはずっと昔にいた竜のコードネームで、実際には名乗る思考能力すら失っていた――元々ほぼ壊れていた竜の、その残骸。


 その残骸であるはずの瞳に、ふ、と光が灯る。


 動き出す――ことは半身を失っているためできないが、その名もなき竜は、与えられていた秘密の任務を遂行するために、その内部で静かに再起動する。


 そのことは、本来、指揮下にあるAIの状態を常に完全にモニターしているはずの戦術AIであるメトすら知らない。当然だ。すでに破壊され完全にロスト扱いになった機体に演算のリソースを割く意味はまったくない。


 だから。


 すでにほとんど失われた思考能力の欠片をかき集めるようにして、恐らくそれが本当に本当の最後になるであろうその命令をゆっくりと実行し始めた、その竜と――その「ひみつの命令」を出した黒金以外には。


 誰も知らないし、気づくものもいない。

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