19.最強さん、無敵じゃない。
「ねえ、先輩。先輩の殺し方をちょっと考えてみたんですけれど」
「お前一体どういう神経してるんだ」
探索者が集まる酒場の隅っこで黙々と食事をしていたところにやってきて、出会い頭に正気を疑う発言をしてきた相手に向かって、彼はとりあえず正論をぶつけてみた。というかそれ以外に言葉が見つからなかった。
「何を言っているんですか。先輩」
そして、もちろんそんな正論が通じる相手ではないことは、経験上、よく分かっていた。
「先輩がダークサイドに堕ちたとき、私が先輩を止める方法が必要でしょう? そうして試練を乗り越えた二人は吊り橋効果でめでたく結ばれるのですよ」
彼は相手の最初の発言を思い返す。
「殺し方って言ったように聞こえたんだが」
「言葉の綾です」
「……まあいい。後学のために、その方法とやらを聞かせてもらおうか」
「案その一。愛の力で――」
「――はい。後輩は死んだ」
「なぜ!?」
「本気で言ってるならお前はやべー奴だし、冗談で言ってるなら俺はとりあえず今からお前の頭を引っ叩こうと思う」
こちらの振り上げた手を見て、相手は話題を変えた。
「では、案その二」
と言って、彼女が懐から取り出したのは携帯用の銃――威力が低過ぎるため探索者にとってはあまり一般的とは言い難い、拳銃と呼称される武器――だった。
しかもその種の銃の中でもやけに小さい。豆鉄砲、と言う表現がぴったりの代物。
「こうやって」
ひょい、と。
その銃口を、彼女は彼に向けた。
「銃で撃ち殺します」
「お前は馬鹿なのか」
彼はうんざりした気分で、その豆鉄砲の銃口を見下ろし、それから何故かドヤ顔をしている彼女を見ると、ため息を一つ吐いた。
「銃を構えるより、俺が一言呟く方が早い」
「馬鹿言っちゃいけません先輩。世の中には早撃ちなるものが存在するんですよ」
「やかましい」
と、彼は自分に銃口が向いたままの豆鉄砲を指差して言った。
「大体、なんだそのちんけな銃は。正規品じゃねえな? 何で銃口が二つ付いてるんだ? どこのダンジョンで拾った? ちゃんと取得手続きは踏んでるんだろうな?」
「これは拾ったのではなく、昔の友人から貰った骨董品です。いざというときのお守りのようなものですね。本来は二連装なんですが、壊れて単発式になってます。まあ元々、二発撃っても『熊』どころか『箱』も破壊できるか微妙な代物ですけど」
「ダメじゃねえか」
「でもでも、そんなでもこれくらいの至近距離から撃てば人は殺せますしー。外しませんよー。先輩ー」
と言って、彼女は銃の撃鉄を上げた。
「友人曰く、古来、暗殺に使われてきた由緒正しき代物だそうですよ」
「物騒だな」
「というわけで先輩」
「何だ」
「撃ちますよ」
「あ?」
「ばーん」
彼女の指先が、引き金を引いた。
玩具みたいな銃から、けれども人を殺すには十分な弾丸が発射される。
弾丸は何一つ対処できないでいる彼の顔面――そのほんの少し傍を通り抜け、背後の壁にめり込んで止まった。
「はい」
と、彼女は言った。笑顔で。
「先輩は死にました」
「……」
彼は黙り込んだ。
いや。
実際には黙り込まされた――要するに腰が抜けていた。
銃声に騒然となる周囲に対し、彼女は硝煙を上げている拳銃を振って「はい、これドッキリ! ドッキリでーす!」と言って誤魔化す。
実際に誤魔化せているかどうかはわからないが(絶対誤魔化せていない)、彼女と一緒にいる彼の姿を見て、関わらない方がいいと判断したのか、壁に銃弾を撃ち込まれた被害者である店主すら、何も言ってこなかった。
「つまりですね」
と、彼女はまだ何も言えないでいる彼に向き直って、告げる。
「先輩は無敵じゃありません。こんな風に、ちゃちな銃弾一発で死にます」
「……だったら」
何とか言った。
「そいつをぶち殺すまでだ」
「私まだ殺されてないんですが」
「……殺されたいのか?」
「冗談。でも、武器を構えたら、殺されても文句は言えない――これ、探索者の間じゃごく一般的な暗黙のルールですよ。先輩知らないんですか」
「知らなかったな」
「先輩可哀想……友達いないから」
「黙れ」
「とにかく、知らなかったなら、今ここで覚えて下さい。先輩」
にこり、ともう一度笑って彼女は言った。
「私、先輩には死んでもらいたくないので」
□□□
今現在、想定外な巨大なタコとファイトを繰り広げているフーコとマリーのことが気になっている方もいるだろうが、でも、今はとにかくそのことは置いておいて、想定についての話を続けよう。
探索ではなく、戦闘における想定についての話。
両者の実力が同じである必要はないが、どちらかが確実に一方的に完膚無きまでに相手を圧倒できるような状況は除く。例えばフーコとマリーが取っ組み合いの喧嘩をした場合とか。その場合、想定とか考える必要はない。フーコが勝つに決まっているから。
これは多少の実力差はあっても、互いに勝機と敗北の可能性がある場合の戦闘の想定の話だ――などと大袈裟に言ってみても、言葉にしてしまえば当たり前のことだ。
戦闘とは互いを想定し合うことだ。
相手の動きを可能な限り想定して、
相手にとって想定外の動きをする。
想定が正しかった方が有利になる。
そんなわけで、これから瞬間的に始まって瞬間的に終わることになるこの戦闘の中でも、グレイが、リィルが、ナコが、黒金が、それぞれが瞬間の中で無数の想定をし合って動くことになる。ただし、メトは例外とする。
「――グレイ君。竜です」
と、その戦闘の口火を切る最初の一言を発したのはリィルで、彼女はグレイの肩の上で髪の毛を一本、ぴん、と逆立てながら言葉を続けた。
「反応からして、センサーや通信系を増設して強化した威力偵察仕様の竜です。索敵能力に優れていますからすぐ――」
言っている内に、その竜に発見された。
あるいは、敵である竜の姿を視認した。
ナコや黒金の視点から見れば発見した。
そして、竜はブレス――「ドラグーン」の発射体勢に入る。口角を開き、エアインテークが大量の空気を吸い込むが――遅い。それよりも「墓穴」のスキルが発動する方が早い。
グレイはそう想定し、
リィルもそう想定し、
ナコもそう想定して、
黒金もそう想定した。
メトのことは以下略。
だから、グレイは自身のスキルを使って撃たれる前に竜を破壊しようとした。
グレイはそう考えて、、
リィルもそう想定し、
ナコもそう想定して、
黒金もそう想定した。
「何か」
――メトがいきなり割り込んだ。
グレイには想定外で、
リィルにも想定外で、
ナコにも当然想定外、
黒金にとっても同様、
「変です」
その言葉の意味を聞き返す時間は残っていない。
一瞬でも躊躇えば攻撃が来る。
そういうタイミング。
おまけにそれを言った当の本人は、こんなときに前方の竜ではなく、何故か左右に視線をさまよわせていて、いまいち言動の信憑性に欠ける。
無視してスキルを発動させて攻撃する――
グレイはそう考えて、
リィルもそう想定し、
ナコもそれを想定し、
けれど黒金は違った。
黒金は、その瞬間、一早く、僅かな可能性として頭の片隅に想定していた――想定外のことが起こる気配を感じ取った。
そして。
その直後、瞬間の中の瞬間の中で、グレイの脳裏に先程のリィルの言葉がぱっと浮かんで弾けた。
――センサーや通信系を増設して強化した
そんなささやかな情報がグレイの記憶のどこかに引っ掛かって違和感を生じさせ、その理由を脳が必死で理解しようとするよりも早く、本能が警告を発した。
「■■■」
攻撃を防御に切り替えた。
理性が何やってんだ馬鹿、と責め立てる声を自覚する。このタイミングでこの竜を倒さなければ、次の瞬間にはこちらが死んでいるかもしれない。それでも理性を振り切ってやった。
そして。
予想したタイミングより遥かに早く、ブレスが撃ち込まれた。
正確には。
ブレスの発射シーケンスに入っていた目の前の竜を背後からぶち抜いて、リィルの探知範囲外から放たれた別の竜のブレスが襲い掛かってきた。
グレイにとって想定外で、
リィルにとっても想定外、
ナコにとってすら同様で、
黒金だけは、知っていた。
竜たちにコマンドを送っているのは黒金なのだから知ってて当然ではあったが。もちろん、ナコに無許可で勝手に送ったコマンドであるため『どういうつもり!?』といった意味の信号が送られてきた。
無視する。
どうせ速攻で答えを返したところで、そのときにはもうたぶん、すでにこの作戦は終わっている。
何が起こったか理解できなかったのは、とっさに防御を選択したグレイにとっても、その肩に引っ付いているリィルにとっても同様で、メトについてはよくわからないがたぶん理解はしていない。
分かったのは、もし最初の判断通りにグレイが攻撃を仕掛けていたら、確実に消し飛ばされていたであろうということと、そうはならなかった、ということ。
それは「紫金」とナコと黒金呼称されていた竜のブレスだ。海上のホームにいたフーコとマリーを狙撃した竜と言えば思い出して貰えるだろうか。
そいつは「緑金」と呼称されていた先に現れた竜が送ってきた観測データをもとにして、遥か後方から限界出力のブレスでグレイたちに向かって超長距離射撃を行った――直後、その反動で元々スクラップ寸前だったその機体は完全に崩壊した。
結果として、二機の竜を犠牲にする形で発射された決死のブレスの光条は、しかし、目標であるグレイたちに着弾する寸前で、嘘のようにあっさりかき消される。
だが、この結果そのものについては、
『想定の――』
ナコにとっても。
黒金にとっても。
『――範囲内だ』
そして。
寸前で防御に切り替えた結果、消し飛ばされずに済んだグレイはというと、ちょうどそのとき、違和感の正体に気づいた。
似ている。
だから次の瞬間、幌のようなもの――それが魔術探知の類を欺瞞する装備であることまでは彼は知らないが――で自身の機体を覆っていた竜が、それを振り捨てながら突進してきたときも、自分でも信じられないくらい冷静に――
「■■■」
――瞬時に、グレイはそれを迎撃した。
リィルの想定よりも、
ナコの想定より早く、
黒金の想定も超えて。
不意打ちの砲撃からの奇襲。
振り下ろされた竜の爪は、だがグレイに届く寸前で砕け散った。
――似ている。
砕け散った竜の破片が頬を掠める中、グレイはもう一度思った。
――あのときと。
だから。
彼のスキルによって破壊された竜の残骸が地面に落ちるより、そして彼が次の一言を発するより、リィルが周囲の状況を分析し終えるより、ナコが竜三機を投入した作戦を失敗と認識するよりも早く。
『――行け』
黒金のコマンドを受け、竜の残骸の中を突っ切って、「ここにはいない」と確かリィルが言っていたはずの「熊」が何故か自分目掛けて突っ込んできて、こちらの首を狙ってその腕を振り上げても。
つまり、リィルにとっては想定外で、
ナコにとってもまったくの想定外の、
黒金のみ想定できたはずその一撃は、
けれどグレイにとっては想定通りで。
やはり妙に冷静でいられた。
例え、その一撃が何をどうやっても避けられそうになく、次の瞬間には首を跳ね飛ばされると理解できていても。
想定できていたとしても、まあ、対処できるとは限らない。
□□□
先輩には死んでもらいたくないので。
そう言っていた彼女が死んだときのことはよく覚えていない。
正確ではない。
実際にはよく覚えている。熊の爪が彼女の細い首筋に食い込むのも、それが首の骨ごとあっさりと彼女の頭を刎ねたのも、宙に舞う彼女の首のポニーテールも、その首が浮かべていた表情も、目に焼き付いている。
何だか笑っているような表情だった。
目の錯覚だと思う。あるいは昔の記憶を書き換えているか――そういうことがあるのだと教えてくれたのも彼女だった。
ただ。
その瞬間以外の記憶が、彼にはほとんど思い出せない。
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