18.こちら探索少女二名、潜水中。少々お待ちください。②
基本的に人間は想定外の事態に弱い。
探索者もまた然り。
が、探索にはそういった非常事態が付き物だ。必ずと言っていい頻度で発生する。
ならばどうするか?
人によって異なる。
何かしら支離滅裂なことをし始める奴もいるし、「ごめんちょっと待って」と言って時間を稼ごうとする奴もいるし、全てを受け入れ流れるまま身を任せる奴もいる。
まあ大抵はろくな結果にならない。
例えば、探索者の死因において不動一位を占める「熊」による襲撃に対して上記の対処を行った場合、まず間違いなく死ぬことになる。
が、中には適切に対処する人間もいる。
その中には、何となくその場でとっさに対処できるような輩もいる。でも、こういう連中はいわゆる例外なので参考にならない。
経験を積むというのも一つの手である。問題は探索者の場合、その経験を積み上げるためにはまず最初の、そしてそれに続く何度かの命の危機を免れる必要があるということだ。その場合、相当な強運が必要とされる。
というわけで、多くの場合、そういった想定外のことが起こる可能性を想定しておく、という手段が取られる。想定外Aが起こったらこうする。想定外Bが起こったらこう。想定外Cが起こったら以下略。
概ね、この想定能力が、いかに的確でかつ広範であるかが、探索者としての優秀さ――あるいは端的に寿命――に直結する。
さて、我らが探索少女二人はどうか。
まず、フーコはその手の状況に対して、瞬間的に対処できる。
つまり例外の方だ。参考にならない方。
天才的、と言いたいところだが、実際には想定外のことに強いというより、そもそも最初から何も想定していないというのが正しい。目の前のことに対し、その都度反射的に対応する。つまり何も考えていない。探索者的にそれはそれで問題がある。
では、マリーはどうかというと、こちらはちゃんと想定もするし、想定外の事態も想定するし、何なら想定外の事態の想定外のことだって想定している。ちゃんとあれやこれやを考えている。
普通に偉い。探索者になりたい人は参考にしよう。
一体どこの誰が言い出したのやら、鬼畜小悪魔ちゃんなどと散々な呼ばれ方をされているが、根は真面目で頑張り屋さんなのだ。みんなでちゃんと褒めてあげよう。
さて。
今回もマリーは想定もしていたし、想定外の自体だって想定していた。
何らかの障害物に引っかかって身動きが取れなくなることも、自走式の機雷やら水中戦仕様の竜やらのモンスターが出てくることも、海ヘビや毒クラゲなどの自然生物の脅威も、何なら謎の巨大な人食いザメが出現したときのことだって想定していた。
フーコの適当な発言に対して文句を言いつつも、可能性を真面目に検討して対処を考えておいたマリーはよくやった。偉い。褒めてあげよう。
問題は一つ。
想定外の巨大なサメは想定していたが、想定外の大ダコは想定していなかった。
まあ、その、うん。
想定外のことを想定するのはどうやっても限界がある。ベテランの、最も優秀とされる探索者であっても、こういう事態には割と遭遇するものだ。マリーは悪くない。むしろよくやった。
だから、
「~~~~~~~~~~っっっ!?!?!?!?」
と、パニックを起こし、反射的に思いっきりロープを引っ張ってフーコに助けを求めたとしても、おいてめえそこはフーコの身を案じてロープを切るべきだろ、とか言わないであげて欲しい。いや確かにそりゃそうかもしれないけれど、でも、だって大ダコの触手に襲われてんだぜ?
というわけで、離れた場所にてやたら不気味な顔の魚を(こんなときに)しげしげと観察していたところ、全身全霊でマリーにロープで引っ張られたフーコは、その勢まま、くるん、とその場で一回転した。
それから、ふむ、と一つ頷き、やはりマリーは自分がいないとダメだな、と思った。こっちはたぶん誰かに怒られるべきだろう。
フーコは銛を携えたまま、水中で身を翻すと、人工の建造物に流れ込んだ海水が作り上げる複雑な水の流れを、ほんの一瞬で掴んだ。
すうっ、と。
流れに乗って、魚のように泳ぐ。
フーコは、急かすように何度も引っ張られるロープをあっという間に辿って――ロープをめっちゃ引っ張ってじたばたしているマリーと、それを捕らえている謎の大ダコを発見した。
それを見て、そういえば触手がある系の生き物にも気をつけろ、ってお姉ちゃんが言っていたとフーコは思い出す。ソースは兄がベッドの下に隠し持ってる薄い本、とも言っていた。いまいち意味が分からず、後日、兄にそれについて尋ねたところ一悶着あった。
結局、その意味はよくわからなかったのだが、状況的にマリーが結構なピンチなのは何となくわかったので、フーコは銛を構え直し、それこそ、獲物を見つけた人食いザメのような速度と獰猛さで、フーコは大ダコに向かって突進していった――のだが、まあ、とりあえずそれは置いておいて今回も視点を別の場所に移す。
□□□
ごうんごうん、と。
今日も音を鳴らして稼働する、「工房」を中心に広がる魔術学院の工場の群れ。
ペンキで番号がふられたそれらの一つから、ヘルメットにゴーグル、接ぎの入ったツナギ姿の小柄な女性が姿を現す。
エミーナ。
覚えている人がどれだけいるのかわからないが、そう呼ばれていた女性だ。
誰だかよくわからないというなら、マリーが今回の探索に必要な装備(主に水着)を作成するための作業場を提供した人物だと説明しておく。
ちなみに、マリーとフーコが潜水用の水着として肌色成分多めのめっちゃ可愛い奴を作成しようとしていたのを発見し「やめろ馬鹿」と「水中舐めんな」と説教をかまして現在のウェットスーツに変えさせた張本人でもある。たぶんテストには出ないが覚えておこう。
いや別に何か特に含むところはない。二人(というかマリー)が現在置かれている状況を鑑みるにその判断は正しかったと言わざるを得ないが、でもよく覚えておこう。ちくしょう。
「魔術師」。
そう呼ばれる「魔術者」の頂点に位置する人間の一人だ。
外部の魔術者を管理するのと同時に、内部にも専属の魔術者を有する魔術学院においても「魔術師」は特別な存在とされる。が、それはただ単に優秀な魔術者に与えられる称号ではない。
「魔術」を解析し技術に変える。
それが「魔術師」と呼ばれる彼女たちの称号の意味であり、役割だ。ダンジョン内で発見される魔術装置をただ「使う」ための技術を会得している魔術者とは根本的に異なる――というか、長い目で見ると魔術者の仕事そのものを消しかねない敵であるとも言える。
さて。
余談だが、彼女の専門は繊維魔術解析であり、彼女は主に魔術繊維及び魔術衣料の解析と製造技術の普及一般化によって「魔術師」となった。具体的には、魔術設備に頼らない複数の特殊生地の再現と、先行研究によって解析及び製造はされていたが、実用性の方が優先された結果、そのまま捨て置かれ量産化されていなかった衣類――特に装飾性の高い女性用の肌着類――の製造技術の量産化および一般化。
まだちょっと分りづらい。
なので多少の誤謬があるのを承知でものすごくざっくり言うと、彼女は倉庫に放り込まれていた試作品の肌着を発見し、「これは売れる」と考え、体質的に何かと実用的なものばかりを優先しがちな魔術学院の上層部を暴言と腕力と手書きの着用イメージ図で黙らせ、当時はまだいまいち一般的でなかった可愛かったりちょっとアレだったりするパンツやブラジャーを量産化。結果、めっちゃ売れて、世間に普及させた。そして、彼女はその功績が認められて「魔術師」になった。
可愛かったりちょっとアレだったりするパンツやブラジャーを普及させて「魔術師」になった。
特に大事なことではないが、うん、ちょっと二回言ってみた。ちゃんと覚えておこうとか、テストに出るとか、ありがとうございますとか、別に全然まったくそういうことではない。他意はない。でもさっきはちくしょうとか言ってすみませんでした。
話が逸れた。
エミーナは、しばし工場の群れの中を歩いていった後で、右を見て左を見て、最後に上を見上げて目的の相手を見つけた。
青いツナギ服を着ている、金色の髪の少女――厳密には、少女に見える存在。
魔術によって生み出され、そして今こうして動いている存在であり――それと同時に、彼女の研究しているような魔術とは一線を隔す、魔術によって生み出された魔術のような存在。
あるいは、その一部。
そんな相手が、今、何をしているかというと、工場の屋根に上って空を見上げている。その手元には魔術端末が置かれていて、さらにそこに刺さったケーブルが屋根から地上まで伸びており――さらにそれを辿っていくとこの場所の中心部である工房にまで繋がっている。
例の娘が何やら妙なことをしているんですが、と報告を受けたので来てみたらこの通りである。理由は不明。そして、色々あってこの少女のお目付け役のような立場になっている自分としては、不明ならばちょっと確認しておかなければならない。
辺りを見渡したが、梯子は見当たらない。
どうやって登ったのか――なんてことは謎でも何でもない。ごく単純に大ジャンプしたのかもしれないし、何らかの方法で多段ジャンプしたのかもしれないし、飛んだのかもしれないし、自分が梯子になったのかしれない。最後の可能性については、自分が梯子になったら登れないので間違いだと思う。
問題は、こちらは向こうと違って梯子がなければ屋根に登れないということだ。
仕方がないので、工場の備品置き場にずかずかと入っていって梯子を物色したが、生憎と屋根まで届きそうな代物は見つからなかった。
まあ、こういうことは割とある。
結局、二、三の工場を物色してようやく届きそうな梯子を見つけ、ついでに一番暇そうにしていた奴(工場長)の襟首を掴んで確保し梯子を押さえさせ、ようやく屋根の上に登った。
幸い、高所に対する恐怖心はそれほどなかったものの、自身のバランス感覚にはさほど信頼を置いていなかったので、両手足を付いて四つん這いで相手の方に近づいていって、
「すみません。何やってんですか?」
と、とりあえず聞いてみる。
幸い、言葉は通じる相手だ。人間であっても稀に通じない輩がいることを思えば――実際、その手の人間を彼女は何人か知っている――まだマシな相手だと言える。
「はい?」
と、相手はこちらの言葉を聞いて振り向いて、直後、ぎょっとしてエミーナは危うく屋根から落っこちそうになった。
振り向いた少女の左目が変形していた。
変形、と言われてもちょっと意味がわからないと思うが、けれども、そうとしか表現できないのだから仕方がない。具体的な形状を表現しようとしても、ダンジョンから発掘された美術品に影響された前衛芸術家が作ったような幾何学な形状、としか言いようがない。
がんばって何とか表現してみると、眼球を取り出して肥大化させた後、果物の皮のようにくるくると剥いてみたような――何だか大分グロテスクな感じだが、金属光沢を放っているせいか生物感がないので単体ではそれほどでもない。ただし、美少女の左目から生えているので結論としてやっぱりグロい。
振り向かれたら普通にホラーである。
「何ですか。その左目」
「ああ、これですか?」
とりあえず聞いてみると、少女は変形した左目を指さして言う。
「ちょっと観測の為に」
「観測」
「ええ」
「何の」
尋ねると相手は、ひょい、と指先を上に向けて言う。
「人工衛星です」
「近星のことですか?」
彼女にとっては専門外の話だが、それでも学院にいれば他の連中がしている研究の知識も上澄み程度には入ってくる。
星というのは基本的に、「宇宙」と呼ばれる、空の向こうのとんでもなく遠い場所にあるらしい。が、一部の星は「宇宙」と空の境目くらいのかなり近くにあってところどころで群れを成している、そういったものを魔術学院では一まとめに近星と称している。
そのほとんど全てが、魔術によって作られたものであるということが観測によってわかっている。何をどう観測してそんなことが分かったのか、どうして空に魔術装置があるのか、専門でない彼女はそこまでは分からない。
が、実しやかに囁かれている噂なら知っていた。
「『禍ツ星』でも」
――近星群の中には、お伽噺に語られる、世界を滅ぼす破滅の星が潜んでいる。
「見てるんですか?」
そんな噂を信じていない彼女からすると、ほんの冗談のつもりだったが、
「まあそんなところです」
と、あっさり言われたので、理解にしばらく時間が掛かった。理解したところで、理解できず思わず聞き返す。
「はい? 何ですって?」
「厳密には、アルマゲドン級戦略衛星を中核とした衛星打撃群ですが」
「……あ、そですか」
話が理解できそうにないのでエミーナは諦めた。不明なことは確認しておく必要があるとはいえ、この相手を完全に理解できないことは自覚している。結局どこかで線を引くことが必要だ。
代わりに、順繰りに別の疑問点を尋ねておく。
「で、そっちの端末は」
そう尋ねつつ、魔術端末の表示窓を確認する。専門ではないが、工場設備などを稼働させるために、魔術端末なら使える。何かわかるかもしれない。
確認してみると、窓の中にはさらに複数の小窓が表示されていた、そこには大量の魔術文字列がみっしりと並んでいて、その内の幾つかは、特に目の前の少女の操作が無くとも目まぐるしい速度で新たな文字を小窓の中に刻み続けている。
結論から言って、何もわからない。魔術者でない人間からはよく勘違いされがちだが「魔術端末を使える」という言葉にはだいぶ振れ幅がある。
「何のために?」
「今現在、設置していたバックドアから衛星打撃群統合システムへの侵入状況をモニターしています。
状況はぶっちゃけ悪いです。
統合システムのセキュリティは極めて強固ですが、物理的にコントロール施設の設備を占拠されて、システム内部から攻撃されてしまえばやはり脆弱です。
逆に、こちらから支援するための接続は外部からの侵入と見なされ、ほとんどがセキュリティに弾かれています。セキュティを重視してこのモニターのような最低限のバックドアしか設置しておかなかったことが裏目に出た形ですね。
このままいけば、統合システムは遠からず完全に掌握されるでしょう。そうなればさすがに私たちでも対応は厳しい状況になります」
「あ、はい」
と、また理解を放棄して、最後に残ったささやかな疑問点について尋ねた。
「ええと……このケーブルは何ですか」
「さすがにこの程度の端末と私一人では演算資源と電力が足りないので『工房』からの演算支援と電力供給を受けています。結果として、今日はおそらく工場全体の稼働率が若干下がりますがご容赦下さい。許可は取っていますので」
「そですか。成程」
要するに、ほぼ何も分からないということがわかった。梯子を探し回った労力に見合うとは到底思えない結果だったが、とりあえず、義務は果たしたので良しとして、彼女は再び四つん這いで梯子のところに戻り、近くを偶々通りがかっていた暇そうな奴(研究室長)に大声で呼び掛け、梯子を押さえてもらって降りようとしたところで、ふと疑問に思って尋ねた。
「ところで、リィルさん」
脳裏に浮かんだのは、つい最近、目の前の少女に連れられながらやってきた二人の少女のこと。
「それ、もしかして、あの二人と関係してます?」
「大いに」
「なるほど」
と、エミーナは頷き、それからここ数年前からこの少女に連れられてこの魔術学院の工場群を出入りするようになった少女たちのことを考え、言った。
「次は『宇宙』ですか?」
「いやさすがに違います」
と、金髪の少女は変形した左目で空を見上げながら言う。
「――あの二人に関しては、ですが」
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