12.こちら探索少女二名、ええとはい、水着回です。

「マリー」


「やだ」


 マリーを背中から降ろし、向かい合ったフーコは珍しく真剣な表情で口を開き、先んじて否定の言葉と共に首を振ったマリーの肩を、がっし、と掴んで、


「もう、これしかない」


 告げる。


「――脱げ。私も脱ぐ」


「やだよ! フーちゃんだって嫌でしょう!? 脚を出すのがフーちゃんアイデンティティじゃなかったの!?」


「お兄ちゃんが言ってた。機能性重視の女の子もそれはそれでまたいいものだって。制服スカートの下にジャージ履いてる女の子とか」


「やめなよぉっ! フーちゃんがお兄さんについて発言する度に、お兄さんの株が下がる一方なんだから! お兄さんの何か色々あるっぽい特殊な性癖についてはもうそっとしといてあげてよぉっ!」


「もう時間がない――」


 すっ、とフーコが構える。構えというか何というか、両の手のひらをわきわきとさせる、なんかちょっとアレな動作である。


「――実力行使で剥く」


「やれるもんなら――」


 それに対して、マリーも応戦の構えを取った。こちらは腰を軽く落として、半身を軽く引いたガチの構えだ。

 ただし、ひらひらでふりっふりでふわっふわな格好なので、普通に見た感じぶっちゃけ可愛さしかない。

 が、見る人が見れば、不用意に近づけば顔面を強打された隙に足を払われ引き摺り倒された挙句可愛い装飾が付けられているけど実はコンバットブーツの靴底で容赦なく踏み付けられる未来が見えるはずである。

 警戒しつつ隙を伺うか、ご褒美と捉え突っ込んでいって「ありがとうございます!」と感謝するかは個人の趣味嗜好による。


 フーコは前者を選ばず、かと言って別にご褒美と捉えたわけではなく、単に時間がないという理由で即座に後者を選んだ。


「――やってみ……にゃあああーっ!?」


 以上のやり取りがあって、しばらくお待ち下さい、的な空白の時間が流れた後で。

 みなさんお待たせ。

 なんせ何たってダンジョンとはいえど海なのである。そりゃ、もちろんあって然るべきだろう。いかにもテコ入れと思しき水着回が。


「マリー。水着似合ってる」


 一仕事終えて満足げに言うフーコに対して、マリーが一仕事終えられて不満げな声を上げる。


「……水着じゃないと思うよ。フーちゃん」


「水着は水着」


 そうとも、水着は水着である。


 全身をすっぽり覆うタイプで、足にヒレ的なものが付いていて、酸素ボンベが付いている類の、重装備の水着――というかウェットスーツ。


 ちなみにフーコのは意匠化された謎の魚柄(めっちゃ似合っていない。超ださい)なのに対して、マリーの方はピンク(とりあえずピンクにしとけばいいんだろ、的な意図を感じるがめっちゃ似合っている。ただし、可愛いという意味ではなく、本職に見えるという意味で)だった。こうなると、鬼畜小悪魔ちゃん、といよりも、ザ・ピンクダイバーちゃん、って感じである。


「水着は水着」


 フーコは繰り返した。うん。そうとも、フーコの言ってることは正しい。水着は水着である。ちくしょう。


「四の五の言ってる場合じゃない。周りの状況を見る」


 そう言えば、水着――ちくしょう――のことに気を取られていて、状況説明がまだだったと思う。


 二人は、現在進行形で徐々に水没していくコンクリートの構造物(何かはよくわからない)の上にいた。今も大量の水音が流れ込んでくる音が辺りに響いている。


 率直に言ってピンチだった。


 フーコが全力疾走したり、三角飛びをしたり、マリーが手榴弾を投げて無理やり作った落下物を使って二段ジャンプしたりした結果、大量の水に二人で押し流されるという最悪の状況は免れたものの、逃れた先で浸水に取り残された形だ。

 水着云々の話をしている場合では全然まったくこれっぽっちもなかった。

 まじでやばい。

 どうやら、珍しくフーコが正論を言っていたパターンであるらしかった。なかなかにレアなケースだ。


「ううう……」


 さすがに諦めたらしく、ウェットスーツ姿になって項垂れていたマリーは顔を上げて準備を始めた。

 身ぐるみ引っぺがされる前にフーコによってスカートから引っ張り出された装備一式をマリーは身に付け、その後、自分ではいまいち上手く身に付けられない(ちなみにウェットスーツのときも手伝った)フーコにもそれらを取り付けていく。


 最後に、マリーはロープを手に取ってちょっと悩む。

 それが何かに引っ掛かって致命的な事態を引き起こす危険性と、フーコが綺麗な魚に気を取られるなどして迷子になる危険性とを天秤に掛ける。結果、マリーはフーコと自分とをロープでぎゅうと結びつけた。

 一応、いざというとき(フーコを見捨てる選択肢はマリーにはないので、それは必然、ロープかマリー自身に何かあった場合のどちらかになる)すぐに切断できるように準備しておいたナイフを確認する。


「……で、フーちゃん」


 そこで、鬼畜小悪魔ちゃん改めザ・ピンクダイバーちゃんこと、マリーは気になっていたことをフーコに尋ねた。


「その銛、何に使うの?」


「マリー、知らない?」


 と、フーコは手に持った銛の先端を軽く振りつつ、ドヤ顔で言った。


「こういうとき、こういうところでは、必ず凶暴なサメが出てくるもの」


「まあ、可能性はあるけど……」


「私は詳しい。その場合、サメを撃退するための由緒正しい方法は三つ。一、銛で応戦する。二、爆弾をサメの口の中に投げ込んで撃つ。三、飛んできたところをチェーンソーで真っ二つにする」


「最後のちょっとおかしくない?」


「おかしくない。今どきのサメは海だけじゃなく、陸上や空中、宇宙にだって進出してるんだって。サメは危険」


「ああ……またフーちゃんのお兄さんの株が……」


「これは違う。お兄ちゃんじゃなくてお姉ちゃんに教えてもらった」


「とうとうお姉さんの株まで……」


「あとは」


 しゅ、と。

 銛の先端を突き出し、フーコは言う。


「竜が来た場合もこれで」


「無理だからね?」


 と、マリーは言いつつ、すでにだいぶ迫ってきている水面を見下ろした。


「じゃ、1、2、3で行くよ。1――」


「れっつごー」


「フぅうううちゃああああああん!?」


 フライングで飛び出したフーコに繋がったロープで引っ張られ、マリーは悲鳴と共に水の中にダイブした。

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