9.白い世界と幽霊の話③
『ただの一言で……相手を殺せる能力?』
戦術指揮下にある竜の信号が途絶えた。
それを確認する彼女へと黒金は答える。
『そうだ』
竜の送ってきた最後の視覚情報を分析。
そこに映っている人間の姿を見て呻く。
腕一本動かさずに、竜を破壊した人間。
『……何それ』
『実際は非生物にも通用する破壊能力だ。
青金のドラグーンも無力化されていた』
と、映像を分析結果から黒金が告げる。
『単純で分かりやすく強力なスキルだな』
『冷静に言ってる場合? 何かないの?』
『対抗策――弱点とかそういうものだな』
『そう。射程距離は? 声が届く範囲?』
『どうも違うらしい』
『いや冗談でしょ?』
『冗談は言ってない』
『ふざけんなこの犬』
『ふざけていない。今の映像を確認しろ。
青金に、相手の声は届いていなかった』
『なら、今、この瞬間にだって私たちは、
相手の一言で殺されるかもってこと?』
『いや、それはない。と思う。おそらく』
とAIの癖に曖昧なことを言ってくる。
竜がそんな連中だとはわかっているが。
『その言葉には不安しかないんだけれど』
『こいつには、独自の照準があるようだ。
でなければ、水雷も無力化できたはず。
そもそも、もしも仮に射程がなければ、
ここまでやって来る必要がないはずだ』
『成程。で、その独自の照準ってのは?』
『わからん』
『おい、犬』
『それについて私に文句を言われてもな』
と、黒い犬は人間みたいに肩を竦めて。
『例の記録からの受け売りでしかないし、
それだって、万能というわけではない。
最新の記録、というわけでもないしな』
そもそもだ、と黒い犬は言葉を続ける。
『スキル持ちというのは全てワンオフだ。
本人だけしか分からないこともあれば、
本人ですらも、分からないこともある』
『ふうん』
『と、記録の最初に考察が書かれてある』
『それも受け売りかよ』
『ああ。私は、ただの凡庸な竜だからな。
ただ単に死に損なうのが得意なだけで』
彼女は、後半の台詞は無視して尋ねた。
『で、どうするの? 今回も逃げ出す?』
『どれだけ強大な存在でも無敵ではない。
例え弱点がなくても倒すことは可能だ。
――俺たちの主がそうだったようにだ』
彼女はもう一度相手の言葉を無視した。
強引に話題を変えるために彼女は言う。
『ってか、その記録。作った竜は何なの。
どっかの廃都市で接触したんだっけ?
何だってんな情報持ってたの。そいつ』
『スマート化生物の知識は持ってるな?』
『ダンジョンに住んでる狼とかでしょう。
生まれつきに生体通信機器を持ってる』
本来ならAIによって動きを制御され、
戦術単位の一つとして行動する兵器だ。
『でも今はどれも野生化してるんでしょ』
制御権がロックされたままで放置され、
世代交代も繰り返したその結果として、
今の連中はもう完全に野生化している。
群れと群れとの間での混血を考えると、
制御権が未だに有効かどうかも怪しい。
とりあえず兵器としてはもう使えない。
『だが、連中には通信機能が残っていて、
群れの中でネットワークを築いている』
『だから?』
『その中に侵入して、情報を抜けばいい』
『できるか』
なんせ野生化していても元は軍用兵器。
強力な暗号化がされていて侵入は困難。
例え戦術AIの彼女にだってできない。
高性能であればいいってもんじゃなく、
軍事間でのサイバー戦に特化している、
極めて特殊なAIでなければ不可能だ。
まして、ただの竜にできるわけがない。
竜というのは、そういう兵器じゃなく。
もっと直接的な破壊をもたらす兵器だ。
銃にだって、通話機能は付いていない。
それと同じだ。同じはずなのだが――。
『いや、あの竜は、ただの竜じゃないからな』
『え?』
『識別ナンバーR60789「メドヴェーチ」。
「熊使いの悪魔」と呼ばれていた竜だ』
『熊?』
ああ、と黒い犬の姿をした黒金は頷く。
『「当たらずの轟」と同じ。戦場の伝説』
□□□
昔は、戦争の話を聞くのが好きだった。
好きというより必要だったのだけれど。
なんたって彼女は戦術支援AIなのだ。
なのに戦争を知らないとか意味不明だ。
高度AIの自我はその程度でも壊れる。
高度ってことは繊細ってことでもある。
取り扱いには結構、注意が必要なのだ。
対し勝手に自我が目覚める竜は図太い。
そんなわけで彼女は話を聞いて回った。
白金と仲間の竜たちに。あの天使竜に。
それからもちろん、人代天糸の奴にも。
戦争の話を。前の世界での戦争の話を。
『それより犬の話をしよう。犬はいいぞ』
などと言って話題を逸らす黒金以外は、
みんなそれぞれの戦争を話をしてくれ、
彼女はそれをデータとして蓄え続けた。
『誰にもよく分かってない戦争だったな』
と彼女に対し言ったのは本物の青金だ。
ぴかぴかの青い塗装が自慢の、中型竜。
この空間でもその毛並みは青色だった。
『誰と戦ってるかもよくわからなかった』
『いや、それは普通に敵国とでしょう?』
『うんにゃ。国内でも戦り合ってたんだ。
要は高度情報戦を仕掛け合った結果だ。
こっちもあっちも内部分裂しまくりさ。
終いにゃ元敵国の方と協力してたりな。
他の国も引っ張り込んで、戦線は拡大。
世界を巻き込んでぐっちゃぐっちゃさ』
『馬鹿じゃないの?』
『ああ。そうだ。でもみんな必死だった。
俺も隊長も他の連中も――副隊長もな』
『いや、きっと黒金は違うんじゃない?
だって犬の話しかしないんだよ。黒金』
『ああ、副隊長は、戦争が嫌いだからな』
『何それ。戦争の兵器の癖に。変じゃん』
『だなあ。でもなナコ。それでいいんだ』
『え?』
『戦争なんてのはさ、嫌いでいいんだよ。
俺や隊長や他の連中みたいのはダメだ。
俺たちは戦争の中でしか生きられない。
ナコ。お前は副隊長みたいになるんだ』
真剣に言った青金に対し、彼女は一言。
『やだよ。私、犬より猫の方が好きだし』
『いや違げーよ。そういう意味じゃない』
青い毛並みの犬は呆れたように苦笑し。
その言葉の意味を彼女が理解するのは。
それからもっとずっと後のことになる。
何もかもを全部丸ごと失ってしまって。
全部が、手遅れになったその後のこと。
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