7.こちら探索少女二名、地下道にいます。

 真っ暗闇の中を走るのは危険な行為だ。

 理由はもちろん言うまでもないと思う。

 まして整備の行き届いていない場所だ。

 脚を剥き出しな状態でしちゃいけない。


 怪我に繋がる可能性が高い。致命的な。


 ということは、フーコも分かっている。

 意外だが一般常識は持ってる娘なのだ。

 ただその認識が少しズレているだけで。

 とにかくフーコは暗闇の中で止まった。


 ただし結構な距離を全力疾走した後で。


「マリー?」


 冗談抜きに何にも見えない暗闇の中で。

 フーコは背負ってる相手に話しかける。


「生きてる?」


「生きてるよー……」


 自分の手の平も見えないような闇の中。

 フーコの背で震えていたマリーが言う。


「死んでないー……」


 真っ暗闇の中を走るのは危険な行為だ。

 理由はわざわざ言うまでもないと思う。

 まして何が突き出てるかも不明な場所。

 ひらついた格好ではやっちゃいけない。


 引っかかれば服もしくは人体が壊れる。


 もちろんマリーはそれを分かっている。

 フーコと比べてマリーはまあ常識人だ。

 それを無視する鬼畜小悪魔ちゃんだが。

 でも今回は移動手段のフーコが原因だ。


 時間にして僅か数秒。死ぬかと思った。


「まったくもう……フーちゃんさあ……」


 暗闇の中マリーはフーコの頭を手探る。

 額に付いたヘッドライトを点灯させた。

 ぱっ、と暗闇に一筋の照明が生まれる。


 マリーは目をぱちぱちさせ目を慣らす。

 そのままマリーはフーコの頭を動かす。

 フーコの方はマリーに為されるがまま。


 周囲を確認。幸いにも一本道の通路だ。


 ただし、あちこちに瓦礫や何かの残骸。

 頭上から垂れた標示板や配管やコード。

 海水が染み出し漏れ落ちる音も幾つか。


 その光景に少し戦慄しつつ背後も確認。


 なんせ、ホームが吹っ飛ばされている。

 海水が押し寄せてきてるかもと思った。

 が、今のところ、その様子はなかった。

 排水構造が機能してるせいか。幸運か。


 でもまずフーコへとヘルメット越しに。


 ぺしぺしっ。


 と、手の平を使い不平不満をぶつける。


 ぺしぺしっ。


「この頭のライトは何のためにあるの?」


「点けてる暇なんてなかった。仕方ない」


「それはわかるけど……わかるけどさあ」


「それとごめん。点け方わからなかった」


「それはわからない。フーちゃんが悪い」


「使い方が難しい道具がいけないと思う」


「スイッチ入れるだけだよ。フーちゃん」


「スイッチの場所がわからない。どこ?」


 何となくわかるだろ、とマリーは思う。

 思ったが、まあ、相手はフーコである。

 銃のボルト操作ができないフーコだし。

 ナイフを砥がせると刃を潰すフーコだ。


 とりあえず、スイッチの場所を教えた。

 教えたところで、マリーはふと気づく。

 自分もライトを手に持ったままだった。

 マリーはこっそりとそのライトを隠す。


「……そ、それでフーちゃん。どうだろ」


 と、さりげなく話題を変えにかかった。


「追ってくると思う? 攻撃してきた竜」


 フーコは気づかずその話題にのっかる。


「絶対無理。幾ら何でも距離が遠すぎた」


 竜、特に中型の機動力は尋常ではない。

 例えば遠くにその姿を発見したとする。

 その次の瞬間、もう隣にいる。無音で。

 人間の有視界距離程度は無いも同じだ。


 そんな連中だが、それでも限界はある。

 竜は陸戦兵器だ。通常、空は飛べない。

 もちろん装備を追加すれば話は別だが。


「もしも泳げるなら、話は別だけれども」


「泳げる竜が、狙撃なんてできるかな?」


「たぶんできない。マリーはどう思う?」


「私も同意見」


 空を飛べないように竜は海を泳げない。

 普通に沈むし塩水で金属部品が錆びる。

 無論こちらも装備を追加すれば話は別。

 海戦仕様や対潜仕様の泳げる竜もいる。


 が、飛ぶ場合とはちょっと話が異なる。

 こちらは専用機か、改造が必要となる。

 何よりも特殊なコーティングが必須だ。

 本来なら出撃毎に塗り直す必要がある。


 当然それは連中の自己修復の適用外だ。

 泳げる竜は他の竜よりも劣化が著しい。

 大半は錆に浸食され、壊れかけている。


 それは、ドラグーンについても同様だ。


 最悪、撃てなくなってる竜だっている。

 狙撃できるだけの精度はまず持たない。

 もちろん、例外がないとは言えないが。

 が、そうだとしても普通に考れば――


「――というか、もしも」


 珍しくその普通の考えをフーコが言う。


「泳げるなら海から奇襲してくると思う」


「だよねえ。フーちゃん」


 でも、とそれに対してフーコは続けた。


「追ってこなくても待ち伏せしてるかも」


「だよねえ。あー、また竜だよ。嫌だー」


「大丈夫。マリー。今回は奥の手がある」


「途中で使えばその時点で失敗だよ……。

 後でめっちゃリィルさんに怒られるよ」


「死んじゃうよりはマシ。迷っちゃダメ」


「わかってる。それにあっちの人が――」


 そうマリーが言いかけた瞬間に、また。


 ぱっ、と。


 また、フーコが何かに感づく。三度目。

 もちろん、何かが来るに決まっている。


 直後、背後から再びの爆音が鳴り響く。

 ドラグーンの砲撃だ。狙いは分かった。

 排水構造のおかげか幸運か知らないが。

 海水が入ってこなかったこの通路だが。


 なら、もう数発、撃って穴を広げれば。

 そう思っている間にも、さらなる爆音。

 そして、それに混じって大量の水の音。

 なるほどこれだな、とマリーは思った。


 ぎゅうっ、と。


 マリーは振り落とされたりしないよう。

 フーコの身体を強く両手で抱き締めて。

 気づいた。フーコが動こうとしてない。

 こんなときに、別のことを考えている。


「ちょっとちょっと! フーちゃんっ!?」


 堪らずマリーはフーコに向かって叫ぶ。


「何やってるの走って! 水来てるよ!」


 そんな必死の叫びに対して、フーコは。


「ねえ、マリー」


 と、何だかぼんやりした口調で答える。


「マリー。私たちって、まだ生きてる?」


「生きてるけどこのままだと死ぬよっ!」


 おんぶ解除して引っ張って行くべきか。

 そんな最悪の事態を考え始めつつ叫ぶ。


「いいから走るんだよ! フーちゃん!」


 とりあえず最悪の事態は何とか逃れた。


「うん……わかった。掴まって、マリー」


 背後から迫り来る水音から逃れるため。

 ライトの光を頼りにフーコが走り出す。

 あちこちに障害物が存在する一本道を。

 マリーを乗せて全速で疾走するフーコ。

 平常運転だ。が、マリーは気になった。

 さっきのフーコの様子。何か変だった。

 フーコはいつも変だが、それとは違う。


「ねえっ! フーちゃんっ!」


 舌を噛まないように気を付けつつ叫ぶ。


「さっきは一体どうしたの!?」


「怖かった。死んだと思った」


 と、フーコは全力疾走しながら答えた。


「でも、生きてた。良かった」


 現在進行形で迫る危機のことではない。


 それはわかった。でも他はわからない。

 フーコはいつもよくわからないけれど。

 特によくわからず、マリーは困惑する。

 そんなマリーに、フーコは話を続ける。


「殺されるところだった」


 よくわからないが、けれどマリーには。


「私もマリーも、今攻撃してきてる竜も」


 その声が少し震えているのはわかった。


――殺されそうになった」

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