まとめ。そして、次のお話。

 ぱたん、と。

 扉が閉まるのを見送るのと同時だった。


「――お話は上手く纏まったようですね」


 背後からトーキンに声を掛けてくる声。

 彼は振り向いてそちらに視線を向ける。

 お客側のソファに、少女が座っていた。

 金色の髪。セーラー服。青色のリボン。


 一瞬前まで絶対いなかったはずの少女。


 まあ、今更、驚くようなことではない。


 何かしらの方法で姿を消していたのか。

 入口以外の隙間から侵入してきたのか。

 扉が閉まるまでの間に高速で入ったか。

 それ以外の何か別の方法を使ったのか。


 そのどれでも有り得る。そんな相手だ。


「やあ、リィルさん」


 だから、彼は笑って少女に話しかける。

 少女の姿をした「何か」に話しかける。


「どうする? まずはお茶淹れよっか?」


 と言いながら、トーキンはすぐ気づく。

 テーブルの上のカップが片付いていた。

 適当に置いていたお盆も見当たらない。

 どうやら少女が片づけてくれたらしい。


「いえ、それよりお話を済ませましょう」


「そっか」


 頷き、彼はソファにもう一度座り直す。

 その時点でもう警告が頭に鳴っていた。

 嫌な予感をびしびしと肌で感じている。

 相手を伺う。笑顔。何も読み取れない。


「それで」


 と、先にリィルが話を切り出してきた。


「今回の一連の騒動で捕らえた方々の内、

 どれぐらいの方を確保できたんです?」


「引き抜けたのはだいたい50人くらい。

 もうちょっと引き抜きたかったけれど。

 本格的に戦った連中からは無理だった。

 こっちにも犠牲者出てるとちょっとね」


「でしょうね」


「それでも、その中にスキル持ちが数名。

 あ、今のお嬢さんもスキル持ちだって。

 部下も結構精鋭が揃ってるみたいだよ」


「彼女とその部隊の報告は受けています。

 竜の襲撃を受け『空飛びディーン』と、

 魔術者アリソン、それと『あの二人』。

 全員で共同戦線を張ったと聞いてます」


「死人が出なかったのホント奇跡だよね。

 ま、結果、任務どころじゃなくなって、

 彼女と部下も素直に投降してくれたし。

 こっちも話を進めやすかったけれどね」


「それは良かった」


「落ちてきたクッキーを拾っただけだよ。

 ま、それにしちゃ十分な収穫だったね」


「なるほど。落ちてきたクッキーですか」


 その時点でトーキンはすでに勘付いた。

 リィルの表情は、変わらぬ笑顔のまま。

 それでも、トーキンにはよく分かった。

 次に彼女が告げる言葉は不穏な言葉だ。


「落とさせたクッキーの間違いなのでは」


 やっぱり予想通りだった、と彼は思う。

 そして。

 予想はできても対抗策は特になかった。


「今回のクーデターの首謀者の方ですが、

 すでにお亡くなりになったそうですね」


「うん。例の先走った連中のせいらしい。

 計画が全部狂って逃げ遅れたそうだよ。

 こんな無茶なクーデターを立てた奴だ。

 間抜けな奴らしい、間抜けな最期だよ」


「残念です。実は、顔見知りでしたので」


「……そうなんだ。それは知らなかった」


「ええ。個人的に知り合っただけなので。

 その個人的な感想を言わせてもらうと、

 少しばかり思想の偏りはありましたが、

 優秀でしたし、何より臆病な方でした」


「臆病、か」


 ええ、とリィル。表情は、笑顔のまま。


「無茶なクーデターは、できない方です。

 何かしらの勝算――後ろ盾がなければ」


 例えば、とリィルは笑顔で話を続ける。


「協会とか」


「……仮にそうなら、なんで後ろ盾に?」


「あの国と協会の仲はよろしくないので、

 クーデターの成功は喜ばしいのでは?」


「ダンジョンを荒らされるのは困るだろ」


「ダンジョンに通常の武器を置くんです。

 向こうはそれを持っていくだけでいい。

 協会の方はそれを意図的にスルーする。

 あるかどうかも使えるかもわからない、

 ダンジョンの武器を拾うより確実です。

 ダンジョンも荒らされなくて済みます」


「なるほど。確かに」


 と、トーキンは笑みを返して、頷いた。


「でも、現実にはそうじゃなかったよね。

 ダンジョンに武器は置かれてなかった。

 どころか本物の探索者と戦闘になった。

 当然、クーデターも失敗に終わったよ」


 ええ、とリィルもトーキンに頷き返す。


「おかげで、クッキーが落ちてきました」


「……そうだね」


「さらに言えば、あの国の今後ですけど。

 クーデターを起こしたのは軍の革新派。

 軍の実権は今後保守派に移るでしょう。

 100年前の戦術を守っている方々に」


「うん。その通りだ」


「彼らは現代化された隣国との戦に備え、

 馬とサーベルを用意するのでしょうね」


「そして、下らない誇りと一緒に滅びる」


 トーキンは、降参の印に両手を挙げた。


「まあまあ計画通りに行って良かったよ」


 すっ、と。

 リィルが消えた。ように彼には見えた。

 そのときはもう音一つなく後ろにいる。

 華奢な二つの腕が、彼の首に絡みつく。


「やあ、リィルさん。大胆なことするね。

 でも僕は亡き妻を今でも愛してるんだ。

 君とそんな関係になるつもりはないよ」


「ここで軽口を叩けるのはさすがですね」


 と、リィルはトーキンの耳元で囁いた。


「でも、ご安心を。ただの脅しですから」


「おかしいな。安心要素が微塵もないや」


「貴方がどういう人間かは承知してます。

 貴方に協会長としての責務があるのも。

 貴方がそれを忠実に果たしているのも。

 貴方は歴代の中でも優秀な協会長です」


「わあ、ありがとう。放してくれない?」


「ですが、私には少々、危うく見えます」


「奇遇だ。僕も君の腕が危うく思えるよ」


「トーキン・トーカー協会長。要するに」


「何かな。僕、怖いのは苦手なんだけど」


「おイタばかりしてると引っこ抜きます」


「……はい」


「さて」


 ぱっ、と。

 そこでようやく腕が彼の首から離れた。

 腕が離れていても別に安全ではないが。

 それでも気持ち的にやはりほっとする。


「それでは次のお話に移りましょうか?」


「何かな?」


「問題発生中のダンジョンがありまして。

 貴方の息子さんのお力をお借りします」


「……」


「何ですか。そのめっちゃ嫌そうな顔は」


「だって僕、あいつのこと嫌いなんだよ」


「何てこと言うんです。ご子息でしょう」


「たぶん、あいつも僕のことは嫌いだし」


「男の子ですから。そんなもんでしょう」


「あいつもう男の子って歳じゃないよ?」


「……こないだまでちっちゃかったのに」


「それにさ」


 相手の呟きは聞かなかったことにして。

 トーキンは、リィルに向かって告げた。


「あいつをわざわざ指名したってことは、

 結構な厄介事になると思ってるんだろ」


「確証はありませんがおそらく。それと」


「それと?」


「パートナーの方が、少々、厄介なので」


「パートナー? あいつに? 大丈夫?」


「パートナーの方は大丈夫です。ただし」


 貴方の息子さんは、とリィルは言った。


「無事では済まないかもしれませんけど」

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