協会長
協会本部の一室に今日もその男はいる。
協会長トーキン・トーカー。
探索者を管理する巨大組織である協会。
そんな組織の頂点に君臨している彼は。
「ドブネズミ」と同じ色のスーツ姿で。
今日も給湯室のコンロでお湯を沸かす。
協会長の威厳0な姿だった。
コンロに掛けたやかんが蒸気を吹いた。
沸いたお湯を使い急須でお茶を淹れる。
ただし今日は来客時用のティーカップ。
お盆に載せて、彼はお茶を運んでいく。
「いやいや、お待たせしちゃったね――」
給湯室から出ながら、彼はそう告げて。
来客用ソファに座る相手は顔を上げる。
生真面目そうな顔立ちのまだ若い女性。
緊張した面持ちの相手の名を彼は呼ぶ。
「――サティさん」
そう言って、カップを彼女の前に置く。
自分もカップを持って向かい側に座る。
置き場に困りお盆はソファの隅っこに。
そして目の前の彼女へとお茶を進める。
「ささっ。お茶をどうぞ――美味しいよ」
相手はカップに口を付けようとしない。
なので、先に彼は自分で飲んでみせる。
「うん、美味しい。我ながらなかなかだ」
相手は一瞬、躊躇する素振りを見せる。
たぶん反射的に毒を警戒したのだろう。
が、すぐに彼女はカップに口に付ける。
こくり、とお茶を喉の奥に飲み込んで。
「ええ――とっても美味しいお茶ですね」
と言って、顔に笑みを浮かべてみせた。
毒がないと考えた彼女の判断は正しい。
そんな小細工する必要はこちらにない。
彼女とその部下の命は協会の手の中だ。
彼の命令一つで全員の首は刎ねられる。
それに文句を付ける勢力は存在しない。
それでも、別の選択肢はあった。
断固としてカップに口を付けないとか。
カップの中のお茶をぶち撒けるだとか。
あるいはこちらの首を締め殺すだとか。
形振り構わずに命乞いを始めるだとか。
が。
それらの選択肢を彼女は選ばなかった。
つまりは交渉の余地があるということ。
「まず、単刀直入に言おう。サティさん」
かたん、と。
カップを置いて、彼は、彼女に告げる。
「探索者にならないかい?」
「その場合」
かたっ、と。
こちらもカップを置いて彼女は言った。
「部下はどうなりますか?」
そちらを先に聞くのか、と彼は思った。
「君と一緒に、探索チームを組めばいい。
君も君の部下も、書類上では探索者だ。
そして登録抹消はまだ行われていない。
君たちはこのまま探索者を続けられる」
「ありがたい話です。随分と寛容ですね」
「これは、ここだけの話なんだけれども。
実は探索者の数は減少しつつあってね」
もちろん、ここだけの話ではなかった。
そんなことは、とっくに周知の事実だ。
「命知らずな連中も今じゃ少なくなった。
優秀な人材は喉から手が出る程欲しい」
言いつつ目の前の相手のことを考える。
自分の国の対応を彼女は聞かなかった。
身柄の引き渡しは、要求されていない。
今回のクーデターに参加した軍人たち。
それらは存在しなかった扱いになった。
要するに自分らは関係ないということ。
そして、その処分を協会に丸投げした。
故にこんなスカウトもできるわけだが。
それはそれとして目の前の彼女のこと。
彼女が自国の対応を聞かないその理由。
可能性は三つだ。
一つ目。ただ単純に聞くのを忘れてた。
二つ目。単にそれを聞くのが怖いから。
三つ目。すでに国から心が離れている。
おそらく三つ目。
その予想が当たっているのを願いつつ。
「で、サティさん。どうだろうか?」
彼は彼女に対し、もう一度、繰り返す。
「探索者になってもらえないかな?」
この言葉には当然別の意味も含まれる。
拒否するならば彼女とその部下は殺す。
できればそれは避けたいところだった。
なんせ彼女は、スキル持ちなのである。
殺すのは、ちょっとだけもったいない。
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