装備
ごうんごうん、と稼働する工場の群れ。
それらにペンキで番号が描かれている。
その番号を確認しながらマリーは歩く。
そしてその後ろをフーコが付いていく。
しばらくして。
マリーは一つの工場の前で足を止めて、
そしてひらひらふわふわの格好のまま、
一切の躊躇なくその一つに入っていき、
ぺたぺた、とその後ろにフーコが続き、
そのまま、入口のところで足を止める。
工場の中を二人は見る。
そこでは魔術者たちが作業をしている。
入口に現れた二人への対応はまちまち。
視線を向ける向けない気づかない振り。
そんな彼らの格好は魔術者らしい格好。
来る前にもちらほら見かけたツナギ姿。
そのツナギもこの工場で作られた物だ。
ここは衣類を作るための工場だ。
例の支給品の「ドブネズミ」のスーツ。
探索者なら誰もがお世話になる防護服。
その手の探索者にお馴染みの衣服たち。
それらが目の前で大量生産されている。
魔術者が操作する機械がそれらを作る。
ときどき、熱い蒸気を吹き出しながら、
歯車やシリンダーを忙しなく動かして、
末端部のそこだけ異様に高度な機械が、
高い精度と速度で衣服を仕立てていく。
とにかく、そんな工場の中なのである。
マリーもフーコは完全アウェーだった。
具体的には格好があまりよろしくない。
ふわふわでひらひらな格好のマリーも、
がっつり生脚が露出しているフーコも、
稼働中の機械の餌食になる危険が高い。
不安要素しかない。危険な格好である。
ナメ切った格好と言っても過言でない。
そんな二人に罵声を浴びせる代わりに、
「お待ちしていました」
そう言って、一人の少女がやってくる。
白い肌と、煌めく金髪の髪の、美少女。
着ているのは――鮮やかな青のツナギ。
「あの、リィルさん」
と、開口一番にマリーが相手に尋ねる。
「セーラー服はどうしたの?」
「TPOに配慮しております」
と、リィルと呼ばれた少女は微笑んだ。
それから、手に持ったものを差し出す。
丁寧に畳まれた作業用のツナギが二着。
「――というわけで、お二人もご配慮を」
「やだ」
と、マリーは即答した。
リィルは笑顔のままだ。
「まあまあ、そう言わずに。マリーさん」
ぐい、とツナギを差し出してくる。
「なんと、マリーさんのはピンクですよ」
「いやそういう問題じゃないんだよっ!」
「そんな我儘を言われましても困ります。
特にマリーさんには着てもらわないと。
貴方は防犯上スカート禁止だそうです。
この間のときは本当にもう大変でした」
「ちょっと手榴弾落としただけだもん!
ねえほらフーちゃんも何か言ってよ!
二人のアイデンティティの危機だよ!」
と、必死に叫ぶマリーを横目に。
フーコはリィルに対して尋ねた。
「私のツナギはどんな?」
「フーコさんは花柄です」
「よし――だったら着る」
「フーちゃんが裏切ったっ!
しかも秒で裏切ったぁっ!」
マリーはがっしとフーコの両肩を掴む。
「ここで負けちゃ駄目だよフーちゃん!
脚出すのがアイデンティティでしょ!」
「でも、ツナギは寝るときに着てたから。
お兄ちゃんとお揃いだった。案外快適」
「ツナギはパジャマじゃないんだよっ!
作業着なんだよっ! フーちゃんっ!
そういうので女子力は低下するのっ!」
「うん」
とフーコはあっさりと頷く。
「お姉ちゃんがそれと同じこと言ってて、
その件でお兄ちゃんにマジギレしてた。
次の日可愛いパジャマ買ってもらった」
とはいえ、とフーコは言う。
「別段着ること自体はやぶさかではない。
しかも昔あったらいいと思ってた花柄。
これはもう着るしかない。止めないで」
そう言ってフーコはツナギを受け取る。
そして着替えるため上着に手を掛ける。
その場で。
「やめろぉっ!」
と、マリーが二重の意味で止めに入る。
繰り出されたその蹴りを捌いてフーコ。
「マリー。私には、脚を出す自由がある。
そして同時に脚を出さない自由もある。
諸事情で脚を出せないマリーとは違う」
「これはそういう意味じゃないよぉっ!」
マリーはフーコにツッコミを入れつつ、
「あと、私は別に大根じゃないもんっ!」
魂の叫びと共に殴り掛かり迎撃される。
そんな、ぎゃーわー、煩い二人に対し、
「更衣室はあちらになってます。どうぞ」
と、笑顔のまま冷静にリィルは告げる。
□□□
着替えた。
「ほらっ、二人ともとっても可愛いです」
ぱちん、と。
着替えた二人の姿に手を鳴らすリィル。
「それでは、お二人とも行きましょうか」
そう言って彼女は工場の奥へと向かう。
「マリー。マリー。ほら行こう。マリー」
先に進んでいくその背中を指さしつつ、
めっちゃ花柄なツナギのフーコが言う。
ちなみにぶっちゃけ全然似合ってない。
理由はよくわからないが絶妙にダサい。
「……………………………………………」
それに対し、むすー、とした顔で黙る、
めっちゃピンクのツナギを着たマリー。
ちなみにぶっちゃけすげー似合ってる。
理由はよくわからないが絶妙に可愛い。
「マリー。用事があるのはマリーのはず」
「……………………………………………」
ほら行く、とフーコは言って手を握り、
ぐいぐい、とマリーを引っ張っていく。
そんなわけで。
青と花柄とピンクのツナギは奥に進む。
ややあって事務所のような場所に到着。
リィルがそこの扉をノックして入った。
やはりツナギ姿の何人かが事務作業中。
応対したその中の一人にリィルが言う。
「こちら、私たち〈協会〉の探索者です。
本日は〈魔術師〉エミーナ様と予定が。
はい。ご本人に確認してもらえば――」
と真っ当な手続きを踏んでいる最中に、
――がちゃりっ、と。
それらをガン無視して奥の扉が開いた。
「よっす。リィルさん」
と、扉の奥の部屋から現れたのは女性。
こちらもツナギ姿だ。
ただし青でも花柄でもピンクでもない。
無個性な薄いグレー。
ところどころ汚れ、接ぎが入っている。
ガチのツナギである。
しかもヘルメット被ってゴーグル着用。
「何か用事ですか?」
と、リィルに対して彼女は尋ねながら。
ゴーグルを外して、ヘルメットを脱ぐ。
口調に反して、意外にも可愛い顔立ち。
よく見てみると背丈も結構ちっちゃい。
「いいえ。私ではなくこちらのお二人が」
と、リィルは背後の二人を彼女に示す。
「――ああ、その娘ら。生きてたんだ?」
と、エミーナと呼ばれた女性は頷いた。
それだけで大方の事情を察したらしい。
「やっほー。エミーナさん」
と、マリーが彼女に対して手を上げる。
それを見たフーコも遅れて手を上げる。
「おいっすー。無事で何よりだまったく。
よくもまあ、生きて帰ってきたもんだ。
空の上で『竜』と戦ってきたんだろ?」
「例の日傘が役に立ったよー。それで、」
「あんたが注文してた追加の素材だろ?
ちゃんと全部プラントで生成しといた。
向こうの作業場にまとめて置いてある」
「ありがとー。設備の方は使えるー?」
「余剰動力でミシンとアイロンは使える。
加工用の機械が使いたいなら隣の工場。
スカートから手榴弾は落とさないこと。
その格好なら心配いらなそーだけれど」
「これに関しては触れないで。無視して」
「大丈夫大丈夫可愛い可愛い似合ってる。
いっそのことそのままウチで働かね?」
軽い口調だが、ヘッドハンティングだ。
脇に控えていたリィルが表情を変える。
ほぼ分かるか分からないかぐらいだが。
「やだー」
しかし、あっさりとマリーは拒否った。
「そりゃあ残念だ」
拒否られたが気分を害した様子もなく、
エミーナの方もあっさりと引き下がり、
作業場の機械を動かす為の鍵束を投げ、
マリーは、それをキャッチしてみせる。
それから、すぐさまフーコの手を引き、
作業場に向かおうとしたマリーの背に、
エミーナが「おおーい」と声を掛ける。
「ところで、あんた今度は何を作んの?」
「傘の修理。あとは可愛い耐水装備だよ」
「耐水装備?」
「次の探索に必要なんだよ。今度は――」
マリーが答えようとした、その言葉を。
「――今度は、海」
と、フーコが無理矢理ぶん取って言う。
「海に行く」
その意図はいまいちよくわからないが。
会話に混ざれず、ちょっと不満だった。
とか何とかたぶんそんなところだろう。
それから。
どうやら別件の話をし始めたリィルと。
嫌そうにそれを聞くエミーナを置いて。
マリーとフーコは、作業場へと向かう。
「あっ。水着も必要かなー。フーちゃん」
「別に要らない」
「えー。だって、海だよー。泳ごうよー」
「水着なら持ってる」
「フーちゃん持ってるのスク水でしょー」
などと言い合いながら作業場に向かう。
そんな風にして。
装備を整えたら。
そのすぐ先には。
次のダンジョンが、二人を待っている。
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