いんたーみっしょん

魔術学院



 魔術学院。


 ダンジョンに存在する数々の魔術装置。

 それらを扱う術を持つ魔術者の本拠地。

 この世界で最先端の技術を有する場所。


 探索者を束ねている協会と双璧を成す、

 いかなる国家からも独立した巨大組織。


 それが魔術学院。


 それにも関わらず、あるいはそれ故に、

 その魔術者たちの巣は辺境の地にある。

 魔術で防御網が張られたその場所には、

 やはり、魔術の道を通って辿り着ける。


 鉄道列車。


 100年前。かの「魔法使い」により、

 世界各地に敷かれた魔術の網目を伝い、

 鋼鉄と蒸気が生んだ巨大な魔術の塊で、

 近隣の駅から丸一日走り続けたその先、

 そこにやってきた者を威圧するように、

 元は、城塞だったという駅が出迎える。


 だが。


「フーちゃんフーちゃん! 早く早く!」


 何事にも例外というものはあるものだ。

 「威圧感? 何それ?」的な弾んだ声。

 ぴょん、と降車口から少女が飛び出す。


「うい」


 例外は別の例外を引き連れてくるもの。

 「威圧感とかどうでもいい」な生返事。

 ぺたん、ともう一人の少女が後に続く。


 ぶしゅう、と。


 停車した鉄道車両が蒸気を吹き出す中、

 観光程度のノリで来るのには適さない、

 いかにもおっかない駅のホームの上に、

 少女二人が観光程度のノリで降り立つ。


 二人の少女は、思いっきり浮いていた。


 まず、先に飛び出した少女。


 ふりっふりでふわっふわな服装だった。

 レースとフリル。色はパステルカラー。

 ザ・貴族のご令嬢みたいな格好である。


 しかし、だ。


 降り立った乗客には本物の貴族もいる。

 もちろん、本当の貴族のご令嬢もいる。

 それと比べてみると、大変よく分かる。

 貴族のご令嬢はこんな格好はしてない。


 まず今は多数派のスーツ姿の貴族たち。

 旧来の華美な服を捨てた進歩的な人々。

 そのご令嬢はもっとシンプルなドレス。


 こんなにレースとフリルで飾ってない。


 そして少数派の華麗な服装の貴族たち。

 こちらは大量の装飾で服を飾っている。

 ご令嬢も同様だが、ここまでじゃない。


 こんなにはふりふりふわふわしてない。


 貴族のご令嬢っぽい。

 でも何かが絶対違う。

 そんな服なのだった。


 そして、もう一人の少女だ。


 こちらの少女の服装にも問題があった。

 上は別に問題がない。

 着ているブラウスはごく平凡な代物だ。

 下に大分問題がある。

 こう、結構ぎりぎりなショートパンツ。

 健康的な美脚をがっつりと出している。

 公序良俗的に、かなりぎりぎりだった。

 おまけに今日はサンダルを履いている。

 やたらと健康的で綺麗な爪先が眩しい。


 罠だ。


 近くを通り過ぎた男性が引っ掛かった。

 うっかり少女の脚を二度見してしまう。

 そして隣を歩く嫁に白い目で見られた。

 似たような被害が先ほどから多発中だ。


 そしてあと一つ。


 この少女二人には、奇妙な点があった。

 もっとも、ほんのささやかなものだが。

 なんせ、鉄道列車を使った長旅である。

 にも関わらず手荷物の類を持ってない。


 理由は、まあ、言うまでもないだろう。

 荷物は、ご令嬢っぽいけど違う少女が。

 そのスカートの中に全部仕舞っている。


 もちろんもうとっくにお分かりだろう。


 ご令嬢モドキの少女すなわちマリーと。

 生足トラップの少女すなわちフーコは。

 本日、鉄道列車で魔術学院に到着した。


 んんー、と。

 思いきり伸びをして、マリーが言った。


「やっと着いたー。身体がっちがちだー」

「うい」


 こくり、と。

 乗ってきた車両を見て、フーコが頷く。


「相変わらずここ遠過ぎだよねー。もー」

「うい」


 話し続けるマリー。返事をするフーコ。

 話をしていたマリーがそこで気づいた。


「フーちゃーん? 私の話聞いてるー?」

「うい」


 と、フーコは全く同じ返事を繰り返す。

 どうやらこの鉄道列車にご執心らしい。

 おそらくは先頭車両を見たいのだろう。

 ぺたぺた、と勝手に移動を始めている。

 マリーはフーコの後を追いながら言う。


「フーちゃん、今日のぱんつの色はー?」

「しましま」


 やっと「うい」以外の声が返ってきた。

 だが、これはどうやら駄目そうだった。


「フーちゃんって電車好きなんだっけ?」

「電車は別に。でも蒸気機関車はロマン」


 マリーにはどうもよくわからなかった。

 が。


「もー、仕方がないなぁ。フーちゃんは」


 そう言ってマリーは一つため息を吐き、

 スカートの中から椅子を出して腰かけ、

 車両に目を奪われているフーコに言う。


「満足するまでちゃんと待っててあげる」


      □□□


 30分してもフーコは満足しなかった。

 そのため、流石にマリーもブチ切れた。

 フーコの襟首をひっ掴み改札を通った。


「マリーの嘘つき……」


 と、面の皮厚く抗議するフーコに対し、


「絶対絶対絶っ対フーちゃんが悪いよ!」


 と、一切容赦なくマリーは切り捨てた。


 ぷんぷんむーむーぷんすかむーっ、と。

 喧嘩をしながらも、二人で駅から出る。


 駅を出た後の道は左右に分かれている。


 見た目からして左右の道はだいぶ違う。

 左の道の舗装がやたらと雑で殺風景だ。

 対して右の道は丁寧に舗装されている。

 道の両側には花壇まで植えられていた。


 身なりの整った人々は、右の道へ進む。

 その道の先には馬鹿でかい建物がある。

 魔術学園の「顔」と言われている建物。

 床が綺麗に磨かれているロビーがあり、

 カウンターにて接客係が客を出迎える。


 対し、左の道に進む連中の風体は悪い。

 例えば、スーツを気崩して着ていたり。

 魔術者の作業用のツナギ姿だったする。


 ではマリーとフーコの二人はというと、

 これが、迷うことなく左の道に進んだ。

 正確には、マリーが左の道に曲がって、

 フーコは後ろをぺたぺた付いていった。

 元々周囲から浮いていた二人だったが、

 輪を掛けて周囲から浮いている感じだ。


 だが。


 周囲の連中は意外にもスルーしていて、

 どうも二人の姿を見慣れているらしい。

 中には手を挙げて挨拶する連中もいて、

 二人の方から先に挨拶することもある。

 マリーはいかにも愛想良く手を振って、

 フーコはマリーの様子を窺った後から、

 ぺこり、と無表情のままで頭を下げる。


 そのまま二人が歩き続けていくその先。

 ようやく見えてきたのは、工場の群れ。

 煙突の上から噴き上がる蒸気が見えて。

 中からは魔術装置の作動音が聞こえる。


 その中心部。


 かつてモンスターを製造し続けていた、

 現在では魔術装置の製造に使用される、

 巨大な設備が静かに稼働し続けていた。


 魔術学院の心臓。


 〈工房〉と呼ばれる、大規模魔術設備。

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