18.こちら探索少女二名、私たちに良いプランがあります。

 轟は「腕」を吹っ飛ばされつつも判断。

 例の「敵」は、倒れたままで動かない。

 死んでいればそれでいい。

 でも、たぶん生きている。

 吹っ飛ばされた右の「腕」が、落ちる。

 そのほんの一瞬の間で、先程こちらの邪魔をしてくれた人間は他の人間に指示を出しつつ、こちらに完全に背中を向け、例の「敵」に駆け寄る。

 おそらく何らかの治療処置をするつもりだろう。戦闘プログラムの判断もあながち間違いではなかったらしい――死にかけたばかりだというのに、とんでもない判断の早さだ。


 何とかして、両方にとどめを刺したい。


 が、死角を狙って飛んできた対装甲ロケットランチャーが飛んできた。

 轟の統合視覚はすでに死んでいる。

 戦闘支援システムも沈黙している。

 だから音を頼りして轟は反応した。

 残った左の「腕」を使って、飛んできた弾頭を地面に叩き落として無力化――足元で爆発させる。地面に亀裂が入り、爆発の煽りを食らって、何やらこちらに忍び寄っていた人間の一人がひっくり返るのを確認しつつ、


 そこで不意に轟は気づいた。


 機体はがたがたで、内部のシステムもエラーだらけでぐちゃぐちゃだ。動けているだけで奇跡みたいな、半分死んでるとしかいいようのない状態。

 しかもそこに、存在しなかったはずの新手が、対装甲兵器を引っ提げて出現した――確かノイズとして処理した微弱な反応があったが、たぶんそれか。

 反応があった位置とは真逆――すぐ傍に空いた大穴の内部からの一発だったが、あるいは迂回して穴の中に潜ったのかもしれない。

 相手の姿を捉えようとしたが、それより早く、破損したメインカメラの死角にあっさり潜り込まれる――どう考えても、対装甲兵器を抱えた人間の移動速度ではない。対装甲兵器を装備した高度ステルス機能搭載の高機動ユニット付きのゲテモノ兵器のような何かが、穴の中を飛び交っている。

 大穴の淵である現在位置から離れればいいだけだが、脚がまるで動かない現状ではただそれだけのことが難しい。


 ほとんど最悪に近い状況だ。


 それでも、轟には取れる選択肢がある。

 なんせ轟は「竜」だ。

 一撃で、状況を一変させる兵器がある。


 「ドラグーン」だ。


 幸いというべきか、「竜」の動力の一部を成す基幹部分の一つだから当然というべきか「ドラグーン」の発射機構はこんな状態でも完全に活きていた。

 だから、思いっきりぶっ放せばいい。

 そこまで思考が辿り着いて気づいた。

 この戦闘の最初の時点から「ドラグーン」を使う選択を一切考えなかったことに。

 そして。

 その選択肢を取ろうとした瞬間、先程の砲撃を回避させたのと同じ轟の勘が、全力でそれを引き留めようと叫んだ。「死ぬぞ」と。

 だが。


 ――参ったな。おい。


 轟にはもう他に取れる選択肢がなかった。

 先程ぶっ倒れた人間の手から、別の人間が何か――たぶん先程の爆弾らしきもの――を受け取り、おそらく自爆覚悟で突撃してくるのを迎撃するために、まだぎりぎり動く左前足を振り上げつつ、


 エアインテークで大量の空気を吸い込み、

 ラジエーターが捨てた熱が蒸気に変わり、

 その顎を外れそうなほど目一杯に開いて、


 轟は「ドラグーン」の発射準備に入った。


 その直後、


      □□□


「――いや、ちょっと待ってよ!?」


 再びランチャーを換装しフーコの背中に飛び乗りつつ、マリーは目を白黒させる。


「ねえ、ちょっとフーちゃんフーちゃん!」


 と、大穴の淵にいる『竜』を指差し、マリーは悲鳴じみた叫びを上げる。


「あの『竜』、さらっ、と今なんかおかしいことしなかった!?」

「うん」


 マリーとロケットランチャーの発射機を丸ごとおんぶしたまま、ぴょい、と冗談みたいな跳躍を繰り返して穴の内部を動き回りながら、フーコが答える。


「ロケラン、ぺちん、した」

「やっぱしてたよね!? おかしくない!?」

「大した奴だ」

「あの『竜』やばいよ絶対フーちゃんの同類だよ! だって今死角から狙ったんだよ!? あれ本当に統合視覚死んでるの!? ホントは見えてるんじゃないの!?」

「絶対死んでる。見えてたら最初の不意打ちだって避けてたはず。今回はたぶん注意して音を聞いて、ぺちん、ってしただけ」

「『だけ』じゃないよそんなの! ああ、もう! 誘導式だったらきっと倒せてたのに! 魔術学院の人が使用許可くれないから!」

「それより、マリー」


 と、フーコが「竜」の様子を見て言う。


「あいつ『ドラグーン』撃とうとしてる。まとめて全部吹っ飛ばすつもり。やばい」

「分かってるよ! 打つ手ないけど!」

「なら、私に良い考えがある」

「期待しないで聞くよ!」

「相手が対応できなくなるまで、めっちゃたくさん撃ちまくる。ほーわー攻撃」

「いろんな理由で無理! そもそも今込めてる奴含めてあと二発しかないのっ!」

「何で」

「魔術学院の『工房』が使用制限掛けてるから、ものすごいぼったくり価格なの! 旧式の設計だから絶対原価安いのに! ぶっちゃけ二発でもう赤字なの! まっ赤っかなんだよぉっ!」

「なら、プランB」

「全っ然期待しないで聞くよ!?」

「まず、ロケランの弾にロープをくくり付ける。それを私が持って、マリーは『竜』を狙うと見せかけロケランを足元に発射」

「もうすでに色々おかしいよ!?」

「私はロケランと一緒に飛んで、着弾前にロープを放して離脱。一気に『竜』の懐に潜り込む。その後は、さすがに賭けになるけど――」


 そこで、フーコは勝手にマリーのスカートの中に手を突っ込むと、勝手に取り出したそれを見せてくる――ナイフ。


「――こいつで『竜』を仕留める。大丈夫。マリーが信じてくれれば私は必ず勝つ」

「いや、これっぽっちも信じないよ!?」


 即座にマリーはナイフを奪い返し、フーコが勝手に持ち出さないよう、自分のスカートの奥の方へと仕舞い込む。


「絶対にそんなことさせないからね!?」

「やらなきゃ全員が死ぬ」

「格好いいこと言っても絶対ダメだからね! 言っておくけど、もしフーちゃんが死んだら私も一緒に死ぬからね! でも私は死にたくないから、フーちゃんもちゃんと命を大事して!」

「むう」

「そもそも何もうロケランに乗って飛ぶって! そんなんできるわけないでしょ!」

「いや、それは絶対できると思う」

「フーちゃん基準で考えないで! だいたい、そんなことするくらいだったら、それこそ普通にロケラン足元に撃って隙を作った方がまだ――」


 と、そこまで言ったところで、マリーがふと言葉を止める。その視線が、もうズタボロの状態になっているにも関わらず、未だ脅威で在り続けている「竜」の姿を捉える。大穴の淵で動けなくなっているその姿を。


「どした? マリー?」

「フーちゃん! ないす!」

「ならロープとナイフを」

「ロープもナイフも無し! プランBはプランCへ移行! さっきと同じく、もう一度死角に潜り込んで!」

「あいさー」


 と、フーコが頷いて再び宙を跳んで着地し、その背中から転がるようにして離れたマリーがそのままロケットランチャーの準備を始めたところで、「竜」が顎が大きく開かれ「ドラグーン」の発射準備が完了する。


「やばい、間に合わな――」

「あ」


 と、何かに気づいたかのようにフーコ。


「えっと、名前。さ、さ、さ……」

「だ・か・ら――」


 と、ランチャーを構えつつ、マリーが青筋を立てる。


 その直後、


      □□□


 視界には、宙を舞う「竜」の右の「腕」。


 六回目。七回目。八回目。


 と、頭の中の理性的な部分の大半が冷静かつ無意味なカウントをして、全力で現実逃避を試みる――その中で。


「おいそこのデブ!」


 残り僅かな理性を、気合とか根性とか生存本能とか、とにかくそういうので必死にフォローし、アリソンは即座に判断を下した。

 今の「竜」の「腕」を吹っ飛ばした「何か」を発射したのは誰か――考えるまでもない。そんな代物を所持してる可能性がある人間は、この場にいない人間に決まっている。正直、死んだと思っていたが、どっこい生きてたらしい。


「今のたぶん『あの娘』たちだと思うんで、爆弾で援護を頼むっす!」


 と、デブに向かって叫んだ。

 理由は、先程蹴っ飛ばした爆弾の近くにデブがいたからだ。もちろん狙ってやったわけじゃない。万策尽きた結果、腹立ち紛れに蹴っただけなので、偶然である。


「起爆役! 絶対タイミング間違えんじゃねえっすよ!」


 皮肉屋にも怒鳴り付け、そのときにはすでにアリソンは振り返っている――こちらに向かって容赦のない殺気を放っている「竜」に対して、完全に背中を向ける。同時に、背後で竜の「腕」が落ちる音。


「私はこの馬鹿を叩き起こすっす!」


 背中に感じる濃密な「死」の気配。


 アリソンはそれを全力でシカトし、ディーンに駆け寄る。もちろんキスをするためではない。キスで目覚めるような傷ではない。とりあえず確認のために一発蹴りを叩き込む。微妙に反応があった。

 気絶しているらしい。

 つまり死んでいない。

 ディーンは、肩から胴までをざっくり引き裂かれており、ぎりぎり内臓は飛び出ていないが、ちょっと見えてる程度には致命傷だ。だが、幸いアリソンは探索者に支給される救命キットを持っている。そこから必要なものを取り出す。


 回復薬、と探索者たちに呼ばれる液剤。


 キットに入っているのは三本。全て取り出し、片っ端から蓋を開けディーンの傷へとぶちまける――と同時に、冗談みたいな速度で引き裂かれたその傷が治っていく。

 回復薬の性能は極めて高い。

 探索者の死亡率を可能な限り下げるためにと、協会と魔術学院の間で高度かつ面倒な取り引きが行われた結果、当たり前のように探索者に配給されているが、本来は、今現在マリーが構えているロケットランチャーどころではない、極めて高い使用制限が掛けられた代物なのだ。

 ぶっちゃけ、アリソン程度の魔術者だと、一体どんな原理で傷が治っているのかさっぱりである。目に見えないくらいのめっちゃ小さい機械が働いて傷口を分析して欠損部を人工細胞で補完して云々――と、今では「魔術師」になっている知り合いが解説してくれたことがあるがちっとも理解できなかった。

 もっとも、回復薬にも限界はあり、肉体の一部をがっつり欠損していればさすがに治せないし、そもそも探索者が何かヘマをしたときは即死することの方が多い。


 今回は単純に幸運だった。


「……後で、私にキスくらいはするっすよ」


 アリソンは、ディーンを見下し、ほっと胸を撫で下ろそうとした――ところで、背後で爆音が鳴り響き、直後、何か金属の破片らしきものがアリソンの後頭部のすぐ傍を通り抜け、倒れているディーンの顔の数センチ横に突き刺さった。


 九回目。


 冷静にカウントし「ああ、たぶん十回目で死ぬんすね」という根拠のない確信を抱きつつ、危うく助けた直後に死なれるところだったディーンを見下ろす。

 すでにある程度の傷は消えている。

 とはいえ、ぱっと見の傷が修復されていても完治はしていないし、失った血液までは補充できない。即座に意識が回復するような代物でもない。


 ディーンはまだ気絶したままだ。

 アリソンはだからダメ押しする。


 もちろんキスではない。救命キットの中の支給品ですらない。こっそり懐に忍ばせていた代物を取り出す――もちろん、忍ばせていたということは、支給品では全然まったくない。

 注射器だ。

 中身は、打ち込まれれば死人ですら一瞬目を覚ます、とまで言われる超強力な代物である。使用はもちろん、本来なら所持すること自体が探索医にしか許されていないような末恐ろしい代物だ。こんなこともあろうかと裏ルートで用意しておいた。


 アリソンはそいつを容赦なく振り上げる。

 その彼女の背後で――「十回目」の気配。

 「竜」がブレスを繰り出そうとしている。


 その直後、


     □□□


 デブは、何せできるデブである。

 アリソンのざっくりした指示を即座に理解し迅速に従い、爆弾を拾い上げ、皮肉屋とアイコンタクトを取ってから「竜」に向かって駆け出す。

 デブだから遅いなんてことはまったくない。動けるどころかデブはめっちゃ早い。「熊」を連想させる猛烈な速度だ。あっと言う間に「竜」への距離を詰め、相手の爪が届く範囲の外から爆弾をぶん投げようと思いっきり振り上げた――その瞬間、穴の中から高速で飛んできた「何か」を「竜」が地面へと叩き落とし、その「何か」が爆発する。

 タイミングが悪かった。

 もしデブが爆弾を投げた後であれば、あるいは結果は違っていたかもしれないが、結果としてその爆発の煽りを食らってデブは引っ繰り返った。引っ繰り返ったデブはただのデブだ。もちろん、デブは即座に起き上が――ろうとしたところで右脚に違和感。見ると右脚が奇妙な方向へとねじれている。誰がどう見ても骨折している。

 だからどうした。

 両腕を使って身を起こし、片足一本でも立ち上がろうとしたデブだったが、その隙に傍らに落ちた爆弾をあっさり奪い取られた。


 軍曹だ。


「悪いな。こいつは俺に任せろ」


 即座に、上官に対してあるまじき罵倒の言葉をぶつけ始めるデブに対し、


「お前、絵描きになるんだろ」


 と、軍曹はにやりと笑って告げる。


「なら俺の最期をよく見とけ――んで、後で格好よく描いてくれよ。頼むぜ」

「無理だ。軍曹」


 と、現在ただのデブは言う。


「俺、美少女しか描かねえ主義なんだ」

「ふざけんなてめえ絵描きなら野郎でも何でも描けるようになれ命令だ」


 言い捨てて、それから皮肉屋に「頼むぞ」と告げて、皮肉屋は肩を竦めてみせることで返事をしてみせた。


 動けないただのデブを残し、軍曹が行く。

 爆弾を抱えて「竜」の爪の範囲内へ潜る。

 当然「竜」はそれを迎撃する――左の前足が振り上げられ、振り下ろされる。


「今だ! やれ!」


 目くらまし程度になればいい、と考えて爆弾を振り上げて。

 軍曹が叫んだ――それに対して、皮肉屋の奴は、素晴らしく適切に対処した。

 アリソンに怒鳴られた通りに。

 タイミングを間違えなかった。

 軍曹の叫びを無視し見送った。

 竜の爪の餌食にされる寸前、軍曹の顔がいきなり靴の裏の形に凹み「げふぅっ!?」と間の抜けた声を上げ、格好良いとはまるで言い難い状態でぶっ飛ばされる姿を。

 その手から爆弾がすっぽ抜けるのを。

 竜の爪が空振って。

 軍曹がぶっ倒れる。

 ちょうどデブの前。

 だが、デブは「見てろ」と命じられたにも関わらず、軍曹をガン無視して全然別のところを見ている――その視線は、軍曹の手からすっぽ抜けた爆弾を追っている。

 その爆弾は宙を舞って。


 ふっ、と。


 次の瞬間、消え去った。


 その直後、


      □□□


 その直後、


 轟はひび割れた視覚には映らない、今はほぼ機能停止状態のそれ以外のセンサーでもおそらく捉えられない――そんな、何かの気配を足元に感じて。


      □□□


 その直後、


 「サティさんだってばっ!」とマリーは叫んで。


      □□□


 その直後、


 アリソンは容赦なく注射をディーンにぶっ刺し。


      □□□


 その直後、


 消えたはずの爆弾が「竜」の足元へと出現した。

 そんな不条理に対し「竜」が対応するより先に。

 何もない場所から突如として現れた彼女が叫ぶ。


「――やれっ!」


 皮肉屋は、タイミングを間違えなかった――本来の指揮官の叫びに応じる形の、完璧なタイミングで起爆スイッチを押し込んだ。


      □□□


 爆発が起こった。


 ただし、思ってたよりちょっと――いや、めっちゃ大規模な爆発だ。

 とりあえず対人向けではない。


 衝撃で、発射する直前で轟の「ドラグーン」は強制的に遮断されて、

 「もう忘れちゃダメだよ!」と叫びつつマリーは照準器を覗き込み、

 先程「それ」を身に付けていた本人は「あ、十回目っすね」と思い、

 皮肉屋は「対人」用の爆弾の調達を依頼した相手の八つ裂きを決め、

 己が隊長の帰還に、デブは脚の痛みなど忘れて獰猛な笑みを浮かべ、

 デブの前でぶっ倒れた軍曹は物の見事に白目を剥いて昏倒しており、

 隊長は彼に「死んだり生きてたり死んだりやめて下さい!」と叫び、


 こんな状況だと言うのに、戦場とはまったく全然逆の方向を、何やら銃のスコープを使って見ていた狙撃手の少年も思わず「うおっ」と振り返って、


 そして。


 死人ですら一瞬目を覚ます薬剤と、想定外の爆音に叩き起こされて。


 ディーンは目を覚ました。

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