17.こちら探索少女二名、出遅れてます。
攻撃を避けられた。
三発目で。
この「竜」は、おそらくスキル持ちと戦い慣れてないはずだ――一発目を食らわせたときの無防備な感じから、ディーンはそう確信していた。おそらくはスキル持ちとの戦いに慣れていた「あのとき」の「竜」とは、こいつは違う。
幸運だ。
そう思った。
スキル持ちと戦ったことがない「竜」は基本的にスキル持ちに対して無防備だ。これは本物の「竜」であっても例外ではないらしい。極端な場合、スキル持ちの攻撃を一発食らっただけで、そのまま完全に棒立ちになる「竜」すらいる。そこまででなくても、「竜」のスキル持ちへの対処は遅れがちになるのが普通だ。その隙を突いて速攻で勝負を決めるつもりでいた。
それにも関わらず、三発目で避けられた。
やばい。
と、ディーンは思う。
二発目を食らわせたときに、手応えが少し浅いと感じた時点で嫌な予感はしていて、その予感は三発目を避けられた瞬間、ディーンの中で確実なものになった。
この「竜」は、ただ単純に強い。
こうやって敵のど真ん中に飛び込んでくることに慣れ切っていて、そのことを一切躊躇していない。ほとんど無謀と紙一重の、大量の戦闘経験の積み重ねに裏打ちされた踏み込み――熟練の威力探索者なんかと同じだ。
不測の事態にも慣れている。
冷静なのか単純なのか、それともそれ以外の理由があるのかは知らないが、向こうからしてみれば正体不明なはずの攻撃に、あっさりと対処してみせた。
こちらを補足するなり、様子見もせずに即座に突っ込んできたところを見ると「あのとき」の「竜」のような周到さや狡猾さは感じられないが――純粋な殴り合いでの強さなら、間違いなくこいつの方が上だ。
やばいな。
と、ディーンは思う。
先の二発で相手に与えたダメージは、決して少なくない。最初に比べて明らかに鈍っている動きを見ればそれは分かる。
あと二、三発当てれば倒せる。
だが、その二、三発をあっさり許してくれるような甘い相手じゃない。
もしも一撃で倒せていれば、と反射的に浮かび上がる無駄な思考を、喉から吐き出す叫び声の中で掻き消す。空気の壁を作り出して「竜」の攻撃を受け止め、次撃を撃ち込む。だが「竜」はその巨体を冗談みたいに軽やかに動かして、見えないはずの砲弾を避けてみせる。完全に見切られている。
――こりゃ長期戦になるかな。
そう思った直後、
とすんっ。
足元に違和感。
視界の端、自分の足に何かがぶっ刺さっているのにディーンは気づく。
大したものではなく、ただの木の枝だ。ただし、足を貫通して根本まで容赦なく刺さっている。どうやら今の攻撃の合間を縫ってこっそり投げつけてきていたらしい。あの化け物じみた銃火器に気を取られていた隙をつかれた形だ。
けれども、思ったよりは痛くない。
何だか随分と血が出ているが、下手すれば今ので即死していた可能性もあったことを考えればラッキー大丈夫だまだ行ける、とディーンは判断する。動きを封じられた形だし、何だかちょっと視界と身体がふらつき出した気もするが、どうせ「竜」の動きに追随できるわけでもない――そう思ったそのさらに直後、
べぎんっ。
そんな音と共に、着地した「竜」の左の後脚が歪な形に曲がった。体液が吹き出して、金属部品が幾つか弾け飛び、筋組織らしきものがぶちりと千切れ、べろり、と露出した。
それを見て、ディーンは考えを改める。
――お互い、長期戦は無理だな。
ディーンは笑った。
「竜」は笑ったりしなかったが、きっと同じことを思っているだろうと思う。
□□□
アリソンはほぼ即座に死にかけた。
いや、ディーンがいなければ死んでいた。
予想はしていたが、予想よりやばかった。
だが、それで怯んでもいられない。
「離れて! とにかく離れるっす!」
自身も全力で「竜」から距離を取りながら――途中、背後から迫っていた何かがディーンの砲撃で粉々にされ、その破片が、ごつん、と頭に当たった――アリソンはそう指示を出した。頭の方は瘤になりそうだが、ごつん、で済んだだけましだろう。
「『竜』はディーンに任せて『熊』を!」
まだ「鈴」は鳴り続けている。
とりあえず「竜」は、ディーンに任せるしかない現状、やってくる「熊」を迎撃するのが先決だ。「熊」まで相手にする余裕は、今のディーンには絶対ない。
今さっき背後から飛んできていた何かをディーンは迎撃してくれたようだが、そのときアリソンは見殺しにされていても、全然まったくこれっぽっちも文句は言えなかったのだ。
ちょっと思った。
――あとでキスでもしてやるっすかね。
ちょうどそのとき、ディーンの放った空気の砲弾を「竜」が避け、その流れ弾がアリソンの逃げていた方向、ほんの数歩前のところに着弾した。
三回目。
衝撃でひっくり返って土まみれになりながら、アリソンは冷静にカウントした。
さらに、今の砲撃で吹っ飛んだらしい、割と大きめな木がくるくると冗談みたいに宙を舞った後で、仰向けに倒れたアリソンのすぐ隣に、どすん、と横倒しに落下した。四回目。
――やっぱキスなしで。
ほんの一瞬前に浮かんだ甘い思考をなかったことにして、アリソンは土塊を跳ね除けて起き上がる。
「ディーンの流れ弾に注意するっす! 掠っただけでも死ぬっすよ!」
実際にどう注意すればいいのかはアリソン自身にもわからなかったが、とにかくもそう叫びつつ、周囲を探る。
その巨体からは信じられない速度で動き回ってディーンの砲撃を避け続けている「竜」と、その合間を縫って繰り出される攻撃を防いでは砲撃を乱打しているディーンの戦いの余波で、状況はちょっとした地獄絵図だ。
たぶん何人か死んでいるだろう、という予想に反して、軍曹も皮肉屋もデブもどっこい生きていた。狙撃手の少年は確認できないが、遠くから銃声が響いてきたので、少なくともまだ生きているはずだ。「熊」に襲われて死ぬ直前に放った苦し紛れの一発という可能性もあるので確実ではないが。
それと「熊」。
しかも、二体。
ひょっこり現れていた。
危うく見逃すところだった。
とはいえ「熊」たちもこの状況下では混乱しているのか、三つの目をぐるぐると回して、とりあえずこの場に何人かいる人間の内、誰を八つ裂きにしてやるべきかと思案しているようだった。
なのでアリソンは覚悟を決め、大きく息を吸って、その二体に向かって、
「へいっ! こっちっす!」
と、笑顔で腕を大きく振ってみせた。
これで「熊」にシカトされたらただのアホでしかなかったが、まあ成功した。ぎょろぎょろ、と二体分の六つの目がこっちを向き、こちらを標的にして向かってくる。
直後、こちらの意図を瞬時に理解して、軍曹が皮肉屋がデブが、一斉に放った弾丸がこちらに気を取られた二体の「熊」の片方を撃ち倒す――即座に排莢して、次弾を装填。
さすがに連中はプロだ。
瞬きする間にその作業は終え、次弾を発射して、もう一体の「熊」も無力化してみせるだろう。
ただし――どう見積もっても、もう片方の「熊」がアリソンに接近して二、三発ほど攻撃をぶちかましてくる速度の方がそれより早い。
狙撃手の少年が狙撃してくれればいいのだが、向こうの状況が分からない以上、期待するわけにもいかない。
自分自身で何とか生き延びるしかない。
――腕や脚の一本で済めば御の字。
そう覚悟しながらも、とにかくまずは最初の一撃を避けようとしたところで、背後から目の前の「熊」以上に濃密な死の気配。
「熊」に追撃されてばっさりやられる可能性を頭の中からかなぐり捨てて、後先を一切考えずアリソンは真横へと思いっきり身を投げ出した。
直後、背後から飛んできたディーンの砲撃が「熊」を跡形もなく消し飛ばす――ぎりぎりで射線から逃れたアリソンもその衝撃で吹っ飛ばされ、ごろごろと結構な勢いで転げまわった。おまけに、その辺にあった何かに頭をぶつけた。二つ目の瘤が見事にでき上がった。
めっちゃ痛い。
まるで狙ったようなタイミングだったが、一瞬でもタイミングが遅れていたらアリソンも「熊」と同じ運命を辿っていただろうから、間違いなくただの流れ弾だ。つまり、ただの五回目である。
もし、ディーンが「アリソンなら絶対避けられると信じていた」とか言い出すようなやべー奴なら、そもそも一緒に組んで仕事をしていない。
それに、地面を転がる間に、アリソンの視界に入ったディーンの片足には、信じられないことにがっつり木の枝がぶっ刺さっていた。たぶん死ぬほど痛いはずだし、仮に動脈が傷ついていたら冗談でなく致命傷だ。本来なら即座に応急処置を施さないといけないような状態である。こっちに構っている余裕があったとは思えない。
アリソンの後頭部もけっこう痛い。
が、こっちは血も出ておらず、たぶん致命傷には程遠い。
ひっくり返っている場合ではない。
早くしないとディーンの奴が死ぬ。
頭痛と恐怖を振り切って起き上がった頃には「鈴」が鳴り止んでいることにすでにアリソンは気づいていた。とりあえず「鈴」で感知できる「熊」は全滅させた――だが、油断はできない。
「――第一に、起きてる『熊』を警戒! たぶん絶対一体くらいいるっすよ!」
経験から言って、こうやって「やれやれ」と一息吐いたところで、起きている「熊」はやってくる。最悪の位置に最悪のタイミングで、こちらの想定をちょっと超えて出てくると思った方がいい。
「――それから、各自、ディーンの奴をどうにか援護するっす!」
無茶な指示であることは自覚している。
なんせ、アリソンですらたぶん初めて見る全力の「空飛びディーン」と、探索者にとっての災厄である「竜」の殺し合いだ。半端に手を出せば、ただ巻き込まれるだけで何の意味もなく無駄死にすることになりかねない。流れ弾一つが直撃しただけで即死する(しかけた)。
アリソンは思う。
一瞬でもいいから「竜」の気を引く方法――銃では駄目だ。まともに撃ったところで通じるとは思えない。先程と同じ「へいっ!」作戦。無視されて悲しいことになる未来が見える。
もっと別の何か――あった。
足元。
先程、頭をぶつけた何かだ。
爆弾。
先程まで、アリソンの身体に取り付けられていて、危ないからとその辺に置いておいた例の爆弾である。もし頭をぶつけたときに暴発していた場合の惨事が頭をよぎったが、全力でスルーして考えないことにし、拾い上げる。
アリソンにも構造が理解できる起爆装置とは違い、爆薬の方はどうも特殊な代物らしくいまいち威力が判別できない。が、所詮は対人用の爆弾なのだから、「竜」にダメージを与えられるような威力はないだろう。それでも鼻先にでも投げつけて食らわせてやれば「竜」の注意くらいは引ける――もっとも、その前に「竜」に殺されなければ、の話だが。
――ま、やるしかないっすよね。
臆病者のディーンの奴があそこまで命を張ってるのだ。パートナーとして、アリソンの方も命を張らなけりゃあ格好が付かない。
まったく、とディーンの奴に対して思う。
――こりゃ、私がキスされる側っすよね。
最悪、自分が殺されてもとりあえず起爆だけはできるように、起爆装置を皮肉屋の奴に投げ渡して「あとは任せるっすよ!」と言い捨てたところで、
思っていた通りに「熊」が出た。
ディーンの死角になる位置から現れて、「竜」との殺し合いに全神経を集中さているディーンの不意を突くように、その首を爪で狙った。
こちらの想定をちょっと超えて。
最悪の位置と最悪のタイミング。
本当に、思っていた通りだった。
だから、
「――ディーン後ろっすっ!」
と、アリソンはとっさにディーンに対してそう叫ぶことができたし、
ディーンは、背後からの奇襲を空気の壁で防御することができたし、
次の瞬間、他の連中は即座に銃弾を放って見事「熊」を撃ち倒して、
その上で、やっぱり状況は最悪になった。
背後からの「熊」の奇襲に対処するために、ディーンは防御をそちらに回さざるを得なかったわけで、もちろん、そこには隙が生まれる。
その隙を、当然「竜」は見逃さなかった。
□□□
その隙を突いて、轟は全力で踏み込んだ。
狙っていた通り――とも言えない。
クマ子の奴とは違って、轟はそこまで「熊」を精密に操ることはできない。それでも起動状態にある「熊」の連中の位置は把握していて、その進行ルートは把握していた。その中に例の「不眠症」のバグを発生させているらしい「熊」がいて、そのルートが、上手くいけば目の前の相手の立っている場所と重なるだろうとは予測していた。上手く行けば、そのまま首を跳ね飛ばせる――と考えていた。
そして、その間に、こいつ以外の四人と、離れた場所にいる一人も、接近中の他の「熊」と交戦してその餌食になっているだろうと。
しかし、今現在それらの「熊」の反応は全て消えていて、つまりは全機が返り討ちに遭ったということになる。
ちょっと信じられない。
なんせ向こうの装備を分析したところ、機関銃でも対物ライフルでも分隊支援火器でもなく、それどころかアサルトライフルですらない、というかセミオートですらなく――まさかのボルトアクション方式である。
おいまじかよ、と思う。
幾ら「熊」が相手とはいえ、そんな骨董品みたいな武装で人間がどうにかできるとは到底思えなかった。だが結果を見れば、現に「熊」は全滅している。
人間ってのは本当に油断ならねえな、と轟は再認識させられる。便利な道具が無ければないで、割と自力で何とかしてくる。「素手で木の実を割れる人間だっている」とクマ子が言っていたことを思い出す。
おかげで。
目の前の相手も「熊」に首を跳ね飛ばされることなく、まだ生きている――片脚を枝で貫かれた失血と痛みで朦朧になっているはずなのにまだ立っているし、その目は未だ殺気を失わずにこちらを見据えている。
だが――今、この瞬間こいつは無防備だ。
こちらからすると正体不明の砲撃も防壁も、しかしまったくの無制限というわけではないことは、すでに轟には分かっている。防壁を複数展開することはできないことは確認済みだし、先程から、相手が狂ったように乱打し始めた砲撃の合間にもタイムラグは当然発生している。
「熊」の攻撃を防ぐために使った以上、今、こいつは防壁を使えないし――砲撃を繰り出して迎撃するためには、必要な時間が僅かに足りない。そのことは、先程乱打していた砲撃から戦闘支援システムが解析済みだ。
自分の爪が、こいつを引き裂く方が早い。
轟の内部の戦闘支援システムが断定した。
だから。
相手がこちらに向かって手の平を向けたとき、それらのプログラムは、それをただの悪あがきだと判断した。間に合わないことが分かっている砲撃を、それでも必死で撃とうとしているだけだと。だから、怯むことなくそのまま突っ込んでとどめを刺せ、と。
だから。
それらのプログラムの指示を完全に無視して、とっさに身を捻って回避行動を取った理由を聞かれても、轟はちょっと答えられそうにない。「何となく」とか「勘で」とか、そういうあまりに非論理的な答えになるからだ。「あのまま突っ込んだら絶対死ぬと思ったから」と。
だから。
相手がこれまでよりも数段早い速度で放ったその砲弾を轟は避け――しかし、完全には避け切れず、その結果、悲鳴を上げ続けていた機体各所の損傷レベルの幾つかが、とうとう自己修復不可能な領域に達したことを――つまりは、限りなく致命的なダメージを機体が受けたことを伝えて、それから視覚が大量のノイズでぐちゃぐちゃに乱れる。
――やられた。
何をされたかはすぐ分かった。
何てことない、簡単なことだ。
成程。
一番最初に不意打ちで食らった砲撃の鋭さに対し、その後、狂ったように乱打してきた砲撃に対して感じた奇妙な違和感の理由がこれだった。間抜けめ、と轟は自身に対して思う。気づくべきだった。
先程から、こちらに向けて乱打していた大量の砲撃。こいつはそれを、ほんの少し遅い速度で――要するに手加減して撃っていたらしい。そして、この土壇場になって、とっておきの最速の一撃を繰り出してきた。
まったく。
本当に、ものの見事にやられた。
だが。
――なめんな。
ほとんどのサブカメラが潰れて使い物にならなくなっていた統合視覚を切って、メインカメラのみの視界へと切り替える。熱探知も音波探知も死んでいて、レンズも微妙に歪んでいたが、とにかくも視界が復旧する。歪んだ視界で轟は相手を見る。
――捉えたぞ。
砲撃を食らったせいで、潰れたり断線したり焼けたりで死に絶えた回路の群れを迂回し、正常なルートをガン無視し、機体を――相手を攻撃するための右の前脚を動かすためのコマンドを大量に送り付ける。
それらの無茶苦茶な割り込みを食らって、リミッターや生体部品の維持や思考なんかを構成している基幹システムを維持するために確保されている領域が「おいやめろこっち来んな馬鹿! 死ぬ死ぬ!」と注意してくるが、例の「空母内の敵を殲滅せよ」という馬鹿げた最優先目標を利用して無理やり黙らせ、
――■■■■。
直後、轟の「轟」としての思考が自己を維持できなくなって霧散して消える。酸素供給が滞って一部の生体部品が緩やかに壊死を始め、リミッターを外されて無理やり動かされた右脚の各部が折れて砕けるその中で、
――■■■■。
歪んだ視界で照準した相手に攻撃を仕掛けるのは、すでに「轟」ではなく、与えられたコマンドに従ってオートで動くただの機械だ。本来動けないはずの状態から右の前脚を無理やりに動かして、そのまま強引に攻撃を仕掛け、
その直前、弾丸が飛んできてメインカメラの一つをぶち抜いた。
戦闘支援システムが分析結果を勝手に吐き出す。弾種は不明。威力は7.62ミリ相当。射手は他の連中から離れた位置にいる一人。通常なら自動で保護シャッターが下りて防御するはずだが、機体がこんなズタボロな状態だ。作動しない状態になっていてもおかしくない。この距離から、おそらくそれを見極めて放たれた精確無比な狙撃。とんでもない腕の狙撃手――もちろんオート状態の機械にはそれらはただの不要な情報として無視されたが、同時に無視できない問題として歪んだ視界の一部が欠けてひび割れ、照準が乱れて、
それでも、命令通りに、攻撃を敢行した。
ぞりっ、と。
振り下ろされた爪の先が、標的を捉える。
□□□
確認はできなかったが、たぶん当たった。
狙撃手の彼は、それをほぼ確信していた。
なんせ、故郷の山にいた鳥よりは「竜」の故障しているらしき複眼は大きかったし、動きも直線的に向かってきていたから。
外す理由が特にない。
が、確かめるより先に、彼はその場から退避を始めた。
ひょい、ぱしん、すとん、と。
木の枝から跳んで、
木の枝を引っ掴み、
木の枝へ着地する。
それを何度も何度も繰り返して、木から木へと尋常でない速度で移動していく。
何たって、あの「竜」は何やら馬鹿みたいにでかい銃を持っていた。よくわからないが、こっちの弾が当たる距離ならあっちの銃も当たるんじゃないかと思う。なんせでかいのだし。
だから、彼の狙撃が功を奏してリーダーが無事で済んだか、それとも力及ばずそのまま木っ端微塵にされたかも確認できていない。
前者なら良いのだが、後者だと困る。
できればこのまま尻尾を巻いて逃げたいところだが、敵前逃亡は軍法会議で死刑だと軍曹が言っていた気がする。彼としては軍法会議も死刑も避けたいところだ。できればクリーンなままでいたい彼である。
しかしとにかく今は一時退避である。
正直、あんな化け物を相手に二度も狙撃が通用するとは思えないので、彼の感覚からするとただ逃げているだけなのだが、逃亡だとちょっとまずいので一時退避ということにして自身を納得させておく。
と。
「ん?」
視界の端に何かが映って、少年は束の間、その動きを止める。
「んんーっ?」
その何かが何であるのか確かめるために、少年は目を凝らし――そしてその直後、
□□□
賭けには勝った。
だがしくじった。
ひび割れ欠けた視界の中。
オート状態での一撃を相手に叩き込んだところで、轟は「轟」として再構成された意識の中で状況を確認し、そう判断した。
轟としては、今の攻撃を食らわせた後で「轟」としての自己を保ったまま意識が回復するかどうかは、正直のところ五分五分といったところだった。
あれだけ無茶な命令の割り込みをやったのだ。あのまま自我を失って発狂していてもおかしくなかったし、下手するとそのまま機能停止もありえた。
だから、そっちの賭けには勝った。
しかし、肝心の攻撃をしくじった。
無数の機械部品と無数の生体部品と無数のプログラムを犠牲にして繰り出した一撃は、その直前に食らった狙撃(ログで確認したが、人間技とは思えない狙撃だった。その狙撃手も魔法使いなのかもしれない)で照準を狂わされながらも、確かに相手の身体を捉えた。
でも、浅い。
轟の爪は相手の胴を引き裂いて、そのちっぽけな身体を吹っ飛ばしていた。間違いなく致命傷を与えた。それは確実だ。相手の方に意識が残っているかもわからない。実はもう死んでいてもおかしくない。
機体の損傷と先程の無茶の影響で大量のエラーの塊になって、もう半分くらい機能が死んでいる戦闘システムも「もう無力化してるって! 放っておけば死ぬって!」と喚いている。
もちろん、無視する。
――致命傷を与えた程度で油断できるか。
轟はすでにそう確信している。
首を跳ね飛ばすか、ばらばらの肉片にするか、消し炭にするか――とにかく完全に殺し切らなければ、まだ生きているその間に、たぶんこいつはもう一度何かを仕掛けてくる。
――確実に殺す。
そのまま左前脚の爪で追撃したいところだったが、先程の攻防の結果、元々半壊していた左の後脚が完全に動かなくなっていた。攻撃するためにだいぶ無茶苦茶をやった右の前脚も同様。残っている左の前脚も右の後脚もすでにぼろぼろだ。こうなると「竜」は履帯を破壊された戦車と同じだ。格闘戦はこれ以上不可能。
だから、右の「腕」の機関銃を構えた。
残弾を確認する。
三発。
ほとんどあってないような残弾数。
だが、人間なら一発当たれば死ぬ。
エラーにまみれになった戦闘システムの代わりに、轟は手動で照準を付ける。
撃つ。
その直前だった。
叫び声。
翻訳不能だったが、たぶん「へいっ!」とかそんな感じのめっちゃ適当な言葉だという気がした。それと共に、別の人間がそいつを庇う様な形で飛び出してきた。
ええと、確か、あれだ。
最初に始末しようとした(たぶん)指揮官の人間だ。
不覚にも反応してしまった。
一発目を外した。
轟は慌てなかった。
二発目で当てればいい、と思った。
が、そいつは片手に持っていた何かをこちらの鼻先へと投げつけてきた。メインカメラの損傷が激しいせいか判別できなかったが、たぶん爆弾。おそらくは後方に控えている別の人間が手に持っているものが起爆装置。さすがに気を取られた。
二発目も外した。
轟は慌てなかった。
とりあえず爆弾に対処してみせた。
冷静に、起爆されるより先にその爆弾らしきものを、空いている左の「腕」で掴んで相手の足元へと投げ返した。
できれば、うっかりそのまま後ろに控えている人間が起爆スイッチを押してくれれば完璧だったのだが、さすがにそこまで上手くはいかなかった。スイッチはぎりぎりのところで押されなかった。
目の前にいるその人間は、何やら悪態ものを吐いて、足元の(たぶん)爆弾を明後日の方へと蹴り飛ばして――そこで、どうやら万策尽きたらしい。
何やら、大げさにため息を吐いた。
その癖に、倒れた人間を庇うように立ったままで、轟の方を睨んできた。
轟は慌てなかった。
威力的に、最後の一発だけでもこの人間と一緒に、背後の相手の顔面を木っ端みじんにすることは可能だ。もし駄目だったら機関銃そのものをぶん投げる。
だから轟は慌てなかった。その瞬間まで。
その瞬間、エラーの海に沈んで死に掛けていた戦闘システムが、どういうわけか最後の意地を見せた――これ以上ないくらい正常に作動し、「それ」の接近を轟に警告と共に報せてきた。
直後の轟には慌てている暇すらなかった。
ほとんど条件反射的に「それ」に対して、機関銃を持ったままの右の「腕」をとっさに盾にする――ただ、それだけ愚直な対応しかできなかった。
飛んできた「それ」。
轟からしてみれば「それ」は、慣れ親しんでいると言ってもいい物体で、戦闘システムによるその警告にもとっくに慣れ切っていて、普段ならば慌てず騒がず――余裕かどうかはともかくとして――もう少しマシに対処できていたはずだった。
そうできなかったのは、まあ、ここが(たぶん)異世界で、相手の武器を見ればボルトアクションの銃で、だから、まさか「それ」が飛んでくるとは轟としても全然まったくこれっぽっちも思っていなかったからだ。
つまり、その、油断していた。
飛んできた「それ」。
戦闘システムは警告した時点で力尽きたらしく、そのまま沈黙して詳しい解析結果を教えてはくれなかったが、「それ」らは、轟のいた「元の」世界の戦場でこれでもかというくらい頻繁に使われていて、幾つかの兵器を一括りする形でこのように呼ばれていた。
――対装甲兵器。
右の「腕」に阻まれた無誘導式のロケットランチャーの弾頭は、轟の装甲をぶち抜いてその真価を発揮することはできず――しかし、単純な爆発の威力によって、轟の右の「腕」を、その手にマウントした機関銃ごと容赦なく吹っ飛ばした。
□□□
こてん、と。
準備も位置も態勢も万全とは言えない状態から、穴の淵から見えた「竜」にとっさにロケットランチャーを発射した結果、その反動を殺しきれず、その少女は後ろにひっくり返った。
パステルカラーのひらひらふりふりした衣装のスカートが結構際どく翻るが、
「当たった!? 倒せた!? 間に合った!?」
と、その少女は即座に起き上がって、傍らで、こちらはがっつり生脚を出して立ってるもう一人の少女に尋ねる。
問われた少女はというと、予め双眼鏡を手渡され首から提げているのに、それを使わず、結構な距離があるにも関わらず状況を裸眼で確認した後、
「当たった。倒せてない。でも間に合った」
と、これ以上ないくらいシンプルに答えた。
「じゃあじゃあ、反撃食らう前にさっさと移動するよ! フーちゃんおんぶ用意!」
「あいあいさー」
ごとん、ごととん、と。
使用済みとなった弾頭が入っていた筒をその場に捨てるのと同時に、新しい弾頭入りの筒が少女のふわふわなスカートの中から転がり出る。何かがおかしいとか今更言っても仕方ない。そういうものなのだ。
少女は、ぐいっ、と残った部分にそいつを嵌め込む。それから、よっこいしょ、と物騒な兵器をいかにも重そうに背負った少女は、しかし遠慮なくその状態でもう一人の少女に負ぶさる。
ひょいっ、と
が、彼女はあっさり物騒な兵器搭載ふわひら少女をおんぶして立ち上がる。何かがおかしいとか今更言っても(略)。
バランスが悪かったらしく、しばし左に右に大きく揺れたが、むん、と胸を張って、ぎゅむ、と靴底を強く踏み鳴らし、すぐさま良い感じのバランスを取り戻すと、ぴょん、と冗談みたいな跳躍を行う。何かが(略)。
「……というか、リーダーも『竜』も割と満身創痍。どっちもボロボロ」
「出遅れたみたいかな? フーちゃん?」
「大丈夫、マリー。こんなときに使える言葉を私は知ってる」
「何々?」
「――『主役はいつも遅れてやってくる』」
地味にドヤ顔をして言った少女に、もう一人の少女は何というべきか、考えあぐねた顔をしていると、彼女はさらにこう言葉を続けた。
「お兄ちゃんが寝坊して、お姉ちゃんとのデートに遅れときによく使ってた言い訳」
「言い訳なんじゃん!」
「ちなみにお姉ちゃん曰く――『最後に一番良いとこを華麗に持ってくのが主役』」
「最低だよそれ!」
呆れた顔の少女と素知らぬ顔の少女。
おんぶしたまま駆ける、二人の少女。
フーコとマリーは「竜」を見上げて。
巨大な「穴」を全力で駆け昇っていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます