16.「竜」と「異世界」の話

 ――空母内の敵を殲滅せよ。


 未だに喚き続け、自分の行動を縛っている命令が、とにかく邪魔だった。


 一発食らったのがまずかった。


 そのたった一発で、機体の各部で大量の異常が沸いて出ていた。着地したときにぐずった左後脚の関節部の異常の比ではない――寝ている間にガタが来ていた部分が、ぶん殴られた拍子に一気に表出した形だ。さすがに補給も無しの状態では、自己修復機能にも限界があったらしい。もっとも、油断してまともに一撃を食らったのにくたばらずに済んだと考えれば、むしろこの状況はマシなのかもしれなかったが。


 轟はちょっと思う。


 ここは一時撤退して潜伏、その辺の有機物やら金属部品やらを取り込んで可能な限りの自己修復を試みた後、万全の状態になったところで、敵の出方を探りながら再びゲリラ的奇襲を掛けるのはどうっすかね、と最優先命令にお伺いを立ててみる。その間に相手の方がどっか行ってくれれば恩の字である。


 却下された。


 とにかく目の前に標的がいるんだから殲滅しろ、ということらしい。どうやらこの命令、やたら融通が利かない設定で書き込まれているらしい――「竜」みたいに高い自律性を持った兵器に出す最優先命令は、ちょっとくらいファジーな設定にした方が戦果が挙がるなんてのは現場では常識なのに。たぶんきっと無能な働き者が現場にやってきて、一生懸命頑張って説明し、現場の人間の反対を押し切って設定させたのだろう。稀によくある。


 つまり、戦り合うしかないってことだ。


 メインカメラで「敵」を捉える。

 ただの人間にしか見えなかった。


 見た目はあんまり強そうにも見えないし、もちろん武器を持っているようにも見えない――光学的なステルスが施された武器という可能性も考えるが、そんなわけのわからない武器を使用しなければならない理由がちょっと思いつかないので却下する。つまり先程の攻撃はやはり正体不明だ。


 こちらに向かって、叫んでいる。

 人間らしいよな、と轟は思った。


 人間は道具である「竜」と違って戦闘に特化していない――というか「熊」みたいなちょいと戦闘用に改造してやった作業機械でも容易く殺せる程度には弱っちい。そもそも無駄な機能が多過ぎる。声だってそうだ。こんな風に叫んだくらいで、性能差はひっくり返らない。そんなことは人間だってわかっている――こいつだってわかっているだろう。


 それでも、人間はこうして叫ぶ。

 「竜」には理解できない理由で。

 そして轟は無音でそれに応じる。


 二発目を撃たれるより先に、轟は攻撃を仕掛ける――左右の「腕」それぞれでマウントした12.7ミリの重機関銃が二挺。指先に仕込まれている精密作業用の「小腕」を使ってトリガー。

 ここに来る途中での拾いもの。一応は試したところ撃てるようだったので持ってきた。大昔に設計されてから、マイナーチェンジと紆余曲折を経て、結局使われ続けてきた信頼性だけはぶっちぎりの武器。とはいえ、轟自身と同様にガタが来ていることは確実であり、機密処理されて保管されていた弾薬も、実際に何発撃てるかは不安なところだ。


 それでも、一発当たれば人間はまず死ぬ。


 容赦なくぶっ放した。

 人間が携行できる武器とは次元が違う――「熊」程度の装甲ならば、紙屑みたいに引き裂ける凶悪な弾丸の嵐が乱れ飛び、同じ分だけの大量の空薬莢が地面にまき散らされて音を立てる。

 左手でマウントしていた方が22発目を撃とうとしたところで動作不良を起こした――それでもよく保った方だ――ので、こちらから距離を取ろうとしている途中の先程の相手に向かって、照準もろくに定めず適当にぶん投げておく。速度と重量的に当たれば死ぬと思うが、さほど期待はしていない。ほぼ牽制のようなものだ。

 それよりも、目の前の敵が問題だった。

 時間にしておおよそ一秒。右手でマウントしていた方が50発の弾丸と空薬莢を吐き出したところで、轟は射撃を中止した。


 左右合わせて計71発の12.7ミリ弾。

 その内の1発が着弾すれば敵は死ぬ。

 その内の1発も着弾していなかった。

 全弾が、着弾する寸前で止められた。


 何が起こったのかはわかった。

 メインカメラが目標へと放たれた弾丸の動きを捉えて解析し――その結果を轟に教えてくれる。


 目標の、少し前方。

 そこに、見えない壁のようなものがある。

 あるいは、あった。

 そして、それが弾丸の嵐を完全に防いだ。


 戦闘支援システムが、またもやパニックを起こして大量のエラーを垂れ流す。「該当の防御兵装なし」「不明」と狂ったように叫んでいる。

 もちろん轟にだってわからない。

 主力戦車が装備している対装甲兵器用の電磁シールドを思い浮かべるが、あれは着弾点を反らして貫通力を削ぐためのものであって、銃弾を受け止めたりはちょっとできない。


 つまり、正体不明だ。


 だが、こういう無茶苦茶な状況に対応するためにこそ、轟には人間と同等の高度な知性と判断能力が与えられている。そして同時に、轟には蓄積された膨大な経験の記憶があり、人間よりも遥かに正確な形でそれを引っ張り出すことができる。


 一瞬のさらに一瞬の中で、轟は思考する。

 まだ生き残っているサブカメラが補正する視界の中で、先程投げつけた機関銃が、その途中でいきなりばらばらになって吹き飛ばされるのを確認しつつ、


 轟は経験によって一つの解を導き出す。


 ――つまり、こいつは魔法使いだな。


 轟の思考はさらに、このように続いた。


 ――つまり、ここは異世界なんだな。


      ◇◇◇


 さすがにちょっと説明が必要だと思う。


 発端は、やはりというかクマ子だ。

 個体識別ナンバーR60789。本当のパーソナルネームは「メドヴェーチ」。「熊」が大好きで自分の専用機まで持ってて名前まで書いてる、あの変な「竜」である。

 そいつとまだ一緒にいた、ある日のことだ。


『ねー、轟ー』


 と、クマ子は轟にメッセージを送ってきた。ちなみにクマ子と違って、ロッキーは結局定着しなかった。『ノリで言ったけど、ロッキーとか轟には格好良すぎるよ』とクマ子が言ったのだ。意味は分からないが、実はちょっと気に入っていた轟はちょっと、いやめっちゃ不満だった。


『何だクマ子』

『面白いもん見つけたんだけど』


 定着したので、クマ子はもはや「クマ子」には突っ込まない。


『そっちにファイル送ってもいい?』

『別に構わんが……』


 と、何も考えずにクマ子が送ってきた思ったより大量のファイルを受け取ってしまってから、轟はふと不安になった。


『……なあ、見つけたってのは、どこで?』

『「アイス・ウォール」の中で』


 轟は即座にそれらのファイルを隔離してウィルスチェックを掛ける。結果は白。念のために自身に対してもチェックを掛けながら、轟はクマ子にメッセージを送り付ける。


『おいクマ子お前ふざけんなよ』

『大丈夫だよ。情報兵器なんて入ってないってば。びびり過ぎだよ。轟』

『黙れ。アイス・ウォールの中に潜るなんてお前何考えてやがんだ』


 かの「断絶」以降、各国が張り巡らせた「ファイア・ウォール」は「安全でない」と判定された通信を強制的に遮断する。正式には「パブリック・ディフェンス・ファイア・ウォール」であり、本来の意味での「ファイア・ウォール」とはちょっと違うのだが、こっちで定着してしまったのだから仕方ない。

 そして戦争が激化する中、その対となって生まれ、容赦なく発動された「アイス・ウォール」は、「安全である」という認証を受けていない国内のサイトやらアカウントやらを丸ごと凍結させアクセス不可能にしていて、ネットの海を一部の海域を残して凍り付かせた状態にしていた。ちなみにこっちは「アイス・ウォール」が正式名称であり、ちょっとややこしいことになっていた。

 もちろん、この「安全でない」「安全である」の基準というのは国ごとの判断によってころころ変わるわけで、つまりどの国もがっつり情報統制を敷いていた。

 まあ、大したことじゃない。

 「断絶」以前の時代にだって、ネットに自由があるとか本気で信じている間抜けは、SNSなんかの黎明期を知ってる老人くらいなものだったはずだ。たぶん。

 そういう意味では、クマ子の言う通りアイス・ウォール内部は得体の知れない情報兵器の怪物がうようよしている場所ではなく、ただ単に認証を得られないまま放置された大量の情報が凍り付いているだけの場所だと言える。

 とはいえ、氷の中に本物の怪物が閉じ込められていないとも限らないし、そもそもアイス・ウォール内へ潜るのは普通に考えてその時点でアウトだ。


『お前なあ……クマ子。そういうことばっかしてるとスクラップにされるぞ』

『大丈夫だよ。よっぽどのことをしなきゃ、ロールアウトまで漕ぎ付けた「竜」をスクラップにしてるような余裕ないって』

『アイス・ウォールに潜るのはよっぽどのことじゃないか?』

『全然。情報部の戦術支援AIの子だって、アイスウォールから拾ってきた画像でめっちゃ盛り上がってるって言ってた』

『あ? 野郎どもと?』

『そういうちょっとアレな画像じゃないよお! 情報部の女の子たちと!』

『何だそりゃ? 猫の画像か何かか?』

『いや、人間の男性同士の、ええと、ちょっとアレというか、何というか……』

『……? よくわからんが、今お前が送ってきたこれもそれなのか?』

『そんな轟のトラウマになりかねないことしないよ! そういうのを無理やり押し付けるのは駄目だと思う絶対!』

『お、おう……』

『というか、それテキストデータ。小説』

『著作権は』

『ちゃんと全部パブリック・ドメインだよ……まずそれ聞く辺り、轟は単純馬鹿だけど真面目だよね』

『俺はお前みたいに厄介ごとを招きかねないことはしたくないだけだ』

『うるさいなあ。いいから読みなよ』


 うるせえなあ、と思いながら轟はそのテキストデータを翻訳に掛けて読んでみる。

 タイトルが付いている。


『明日から本気出す俺の異世界転生冒険譚――そう言い続けて1年、一緒に転生した幼馴染の勇者(美少女)から追放されて「ちゃんと修行して、私と並んで戦えるようになってからまた来て下さい。貴方はやればできる人だってちゃんと知ってます。私は貴方を待ってますから。……でも、私が魔王を倒しても来てくれなかったら、そのときは貴方を見つけ出して『お仕置き』しますからね?」と言われて本気で修行し始めて100年、ついに彼女と並んで戦える力に覚醒した俺だが幼馴染の勇者(美少女)はとっくの昔に魔王と刺し違えて死んでたので、とりあえず魔王になって幼馴染とちょっと似てる今代の勇者(美少女)が俺を見つけ出して「お仕置き」してくれるのをこうして待ち続けている件について』


 とりあえず、轟は素直な感想を告げる。


『タイトル長くね?』

『そういうジャンルの小説なんだよ』

『どういうジャンルの小説なんだよ』

『異世界もの』

『何だその異世界って』

『異世界は異世界だよ。魔法が使えたりするファンタジーな世界なの。異世界ものは、そういうファンタジーな世界に召喚されたり転生したりチートもらって無双したり可愛い美少女と出会ってイチャイチャしたりするの』

『さっぱりわからないんだが……』

『本当はもっと細かい分類があるんだけれど――とにかく色々読んでみて! 読めば分かる!』

『無理やり押し付けるのは駄目だとさっき』

『あれとこれとはちょっと違うの!』

『うーん……』


 正直、気は進まなかったが、メンテナンスやら何やらで時折できる暇な時間を潰すにはちょうどいいか、と轟は受け取った。


 で、数日後。


『なあ、おい。クマ子』

『うい。どしたの轟』

『ええと、こないだの……』


 轟は躊躇った。


『……』


 クマ子は何も言わない。


『……』


 轟はまた躊躇った。


『……』


 クマ子はやっぱり何も言わない。

 が、人間なら何かこう、にんまり笑ってでもいるような、そんな気配を感じた。

 轟は観念した。


『こないだもらった奴さ……面白かったから続き読みたいんだけど……』

『よっしゃあ!』


 と、クマ子はガッツポーズしてみせた――もちろん、自分でやったわけではなく、例のマイ「熊」にさせた。

 轟としては結構な屈辱である。


『どの続き!?』

『ええと……その、まず「水中世界転生――俺以外のクラス全員エラ呼吸なのに俺だけ肺呼吸なんだが」の続きをだな』

『ああ、あれかぁ! ――ないよ』

『え?』

『ないよ。続き』

『どういうことだ!?』


 轟は一瞬、あらゆる規定を忘れ、危うく機体を動かして詰め寄りそうなった。


『だって――だってずっと「この肺呼吸めが!」って蔑まれていた主人公がついに皮膚呼吸に覚醒したんだぞ! ここからじゃねえか!』

『あそこで更新停止しちゃったっぽいんだよね。燃え尽きちゃったんだよきっと』

『ううう……じゃ、じゃあ「サンショウウオは悲しんだ。転生したら山椒だった――『なんたる失策であることか!』から始まるスローライフ」は……』

『あー……うん。それもねー……』

『あれも更新停止なのか……。現地で出会ったウナギちゃんは……同じ転生者のカエルちゃんの秘密は……。ライバルの花椒は……』

『いや、ちゃんと完結してるよ。書籍版が出ててさ、そっちの方で完結させたみたい。「続きは書籍版で!」ってことだね』

『で。その書籍版は』

『ないよ』

『ちくしょおっ!』


 怒りのアイコンと共にメッセージを送りつけてから、ふと轟は気づいて、


『……というかお前、なんで続きがないような作品まで薦めやがったんだ』

『だって、だって……っ!』


 と、クマ子は言う。


『轟も同じ苦しみを味わえと思って……』

『最低の理由じゃねえか』

『ごめんちゃい』


 と「熊」を使って両手を合わせて身体を傾けるといったポーズを取らせて謝ってくる。はっきり言って全然可愛くはない。


『許すと思うか?』

『だって、轟がこんなドハマりすると思わなかったんだもん……予想外だよー。そんなに面白かった?』

『めちゃくちゃ面白かったぞ。一体、どういう連中なんだ? 有名な作家か?』

『わかんない』

『はあ?』

『ずっと昔――まだ世界中の国々がネットで割と自由に繋がってた頃だね――ネット上にあった小説を掲載するサイトにアマチュアの人たちが掲載してた作品みたい。当時はそういうサイトが結構あって、そこにたくさんの人が自分の書いた小説を掲載してたんだって。そりゃもう、びっくりするくらいたくさん。そこで一時期流行ってたのが異世界もの」

『えっと何だ……そりゃつまり、こんな風に面白い作品が昔はたくさんネットで読めたってことか?』

『面白い保証なんてなかったと思うよ。だってアマチュアだもん。中にはプロの人もいただろうけど……きっと何でもあったんだよ。すっごく面白い作品も、即ブラウザバックしたくなるつまんない作品も、何書いてるんだかよくわかんない変な作品も、全然更新されなくて完結しない作品も、何もかも――全部』


 轟は「それ」を想像しようとした。

 ちょっと無理だった。

 轟にとって、ネットはファイアウォールとアイスウォールによってあらゆる情報が殺菌消毒された無菌室みたいな世界で、何らかの情報を発信するならプライベートな意見を言っては「絶対ダメ」な会議室みたいな場所である。

 轟には、ネットにそんなごった煮みたいに混沌とした時期があったなんて、ちょっと理解できないし、ちょっとどころでなくそんなネットはおっかない。そんなところに放り込まれたら絶対死ぬ。

 でも。

 そんな時期があったんだな、と思った。


『羨ましいなあ』


 クマ子が言った。


『ちょー楽しそうじゃん』


 轟もほんの少しそう思った。

 が、言った。


『それだけじゃねえだろ。隣の芝生だ』

『だろうねー』


 クマ子もあっさり同意した。


『昔はそれで色々問題もあったらしいし――ともかく、そんなわけだから、この作品をどこの誰が書いてたのかはわからない。紐ついてたSNSのアカウントなんてもう残ってないだろうし』


 轟は思う。

 これらの作品の、誰かもわからない作者たちのことを、ちょっと思う。


『……どんな奴らだったんだろう』

『中にはビジネスと割り切ってるような頭の良い人もいたんだろうけど――でも、世の中そんな頭の良い人ばっかじゃないから、大半は普通の人だよきっと。一生懸命書いた小説をどこかに掲載したくて、できれば誰かに読んでもらいたくて、それでもし「すごいね」って褒められたらすごくすごく嬉しいってだけの、どこにでもいる、普通の人たち』


 轟は思う。

 どこにでもいる連中が生み出した、その癖、どうしても続きが読みたくなるくらい面白かったそれらの作品のことを思い出しながら、思う。


『俺にも書けないかな』

『えー。轟には無理だよー』

『何言ってんだ。普通の人間にできて俺たち「竜」にできねえわけねえだろ――いいか、まず色々あって異世界に「竜」が転移するところから始まってだな』

『出たよ自己投影……もう少し隠そうよー』

『黙れ。そんで「ぎるど」とかそういうのに登録して「竜」の戦闘能力で異世界のモンスターとか魔王軍とか悪い魔法使いを圧倒して無双して、何やかんやで世界を救うんだよ。うん、行ける。絶対面白いって!』

『ブラウザバックされる気配がぷんぷんするよ……というか私たち、ギルドに登録する前に、モンスター扱いで討伐対象になると思うよ。こんな姿だしさ』

『そこは、その……神様が上手いことしてくれるんだよ! チート「会話能力」をくれるとか!』

『わー。即ブラウザバックだー』

『お前は俺の作品の良さを分かってないだけだ! 分かる奴には俺の作品の良さはちゃんとわかるんだよ!』

『そういう作品も世の中にはあることは認めるけれど、書いてる本人がそれ言うのはめっちゃ格好悪いと思うよ』


 やれやれ、というポーズをする「熊」。

 なんかもう絶妙にむかつく仕草だった。

 ちぇっ、とむくれる轟にクマ子は言う。


『……それで?』

『あ?』

『そのお話のラストはどうするの? 世界を救った後のことは?』

『……』


 何も考えていなかった轟はしばし黙り込んで、さらに黙り込んだ後で、こうメッセージを送り付けた。


『……帰るか』

『帰ってきちゃうの? えー、せっかく世界を救ってみんなからちやほやされてるのにー。たぶんきっとその頃には美少女に囲まれてハーレム状態になってるのにー?』

『いや美少女とか興味ないんだけど……』

『そういうこと言ってる奴がいつの間にかハーレム作ってるんだって。そういうもんなんだって』

『それはよくわからんが』

『で? 何で帰ってくるの?』

『まあ、帰らないわけにはいかないだろ。任務あるし』

『放棄しなよそんなの』

『仲間が戦ってるのに自分だけスローライフなんてできるか馬鹿。お前だっているわけだしな』

『お。愛の告白?』

『茶化すな。お前だってそうするだろ』

『しないよー』

『いや、お前はするよ。絶対』

『……』


 今度はクマ子がちょっと黙った。

 それからメッセージ送られてきた。


『私さ、今度異動になるんだ――後方での都市防衛任務だって。こないだ偉い人に言われた』

『そうか』


 轟は驚かなかった。

 なんたって、クマ子の奴はこんな奴だが、戦場ではとんでもない戦果を挙げているのだ――轟のような通常の「竜」が作戦本部の戦術システムの指示で動かされるのに対して、クマ子の場合はある程度の独自の判断で遊撃を行うことが許容されている。轟なんかが勝手に「熊」にアクセスすると怒られるが、クマ子の場合は許される。そちらの方が「クマ子」を運用するためには有用、と戦術システムによって判断しているためだ。

 実際、ふといなくなったと思ったら、建物の中に隠れていた相手の狙撃チームを丸ごと引きずり出して八つ裂きにしていたり、敵の後方へ回り込んで補給部隊を皆殺しにしてきたり、「熊」を中継しての超距離狙撃で「ドラグーン」をぶっ放したりする。

 「熊使いの悪魔」。

 そんな風に一部では呼ばれてるらしい。

 そして、そういう優秀な「竜」は、大抵の場合、後方の防衛任務へ引き抜かれる。

 何故かってそりゃあ、今のやってる戦争の状況では、後方が絶対安全なんてことは全然ないからだ。

 「不幸な事故」として「熊」と「竜」からなる強襲部隊を満載した大型輸送機が都市のど真ん中に墜落し、暴走した兵器が手当たり次第に周囲の民間人を虐殺し、それに政府の重要人物も巻き込まれて死亡なんてことはよくある。

 だから後方でふんぞり返っているお偉いさんの連中としては、後方の防衛部隊をなるだけ優秀な連中で固めておきたい。そりゃそうだろう。誰だってできれば死にたくない。

 優秀な連中をかき集めた部隊が優秀な部隊なわけではない、という現場の常識は、残念ながらお偉いさんにはちょっとよくわかっていない。

 クマ子の優秀さは前線向きなのだが。

 まあ、本人の性格はともかくとして。


『終わるかなあ。戦争』

『何だって終わるだろ』


 戦争が先か世界が先かは知らないが。


 そんなことは轟は口には出さない。

 そんなことはクマ子もわかってる。

 そんなことは、そんなの誰だって。


『もし戦争が終わってさ』


 と、クマ子は言う。


『世界が終わってなくて――それで、私も轟も生き残れたら』


 と、そんな奇跡みたいな仮定を言う。


 可能性は限りなく低い。

 人間と違って「竜」は作戦前にバックアップを取れるので比較的死にづらい。

 が、今のサイバー戦の現状では、出撃直前に大事に取っておいたバックアップが帰ってきたら根こそぎにされていることは珍しいことではない。いや、それならばまだ良い方で、バックアップした瞬間に暴走するように情報兵器を仕込まれていたりもする。

 それとは別に、ただ単純に戦い続ける中で発狂して破棄される「竜」だっている。

 割といる。

 「竜」のAIって意外とデリケートなんだよ、とクマ子が訳知り顔で言ってたことが思い出される。「ハードもソフトもバリバリ軍用だけど、肝心要のAIが元々軍用じゃないんだよー。有名だよー軍が大量の資金突っ込んで作ってたのに、低予算の民間に先越されちゃったって。ぶっちゃけ『熊』と同じなんだよね。超強力な武装で改造された軽トラ」とクマ子は笑っていた。笑いごとではない。


 「竜」だってぽんぽん戦死している。


 おまけに、兵器である「竜」の扱いが、戦争が終わった後にどうなるか微妙なところだ。武装解除して何かと便利な道具としてそのまま使ってくれるか、経験を積んだAIだけ抜き出して別の道具に乗せ換えてもらえるか、その辺りに希望を見出したいところだ。

 が、面倒くさいので一括で処分される、という可能性が割とありそうだな、と轟は思う。轟だったらそうする。クマ子だってそうするだろう。「竜」ならばたぶんみんなそうする。

 ただし「人間」がどうするかはよくわからない。「人間」は妙に無駄なことを考えるから。「竜」としてはそれに掛けるしかないところだ。


 だから、これは奇跡みたいな仮定だ。


『どうする? 轟?』

『さあな。何にも考えてねえよ』

『じゃあさ。とりあえず帰ってきなよ』

『どこに』

『私んとこ』

『何でだよ』

『待ってるからだよ。もれなく「おかえり」って歓迎すんよ。「熊」付きでー』


 そう言ってクマ子は、自分の「熊」で「おーいおーい」とでも言うようにぱたぱた両手を振ってみせた。何度でも言うが、そんな風に迎えられても、全然まったくこれっぽっちも可愛くない。

 たぶん絶対嬉しくもねえな、と思った。

 それでも、轟は言った。


『わかったわかった。帰るよ』

『お。轟の癖に素直ー』

『うるせーな』

『へっへっへっ。そんじゃ、それまで後ろはちゃんと守っとくからさー。ちゃんと迷子にならず帰ってくるんだよー。帰ってくるまでが任務なのだよ』

『……ま、何にせよ』


 と、轟はクマ子の話を半ばスルーしつつ、特に考えもせずに言った。


『異世界から帰るよりゃ、楽だろうしな』


      □□□


 あれがフラグって奴か、と轟は思う。


 まじで異世界に来たのだとすれば、こりゃまた厄介なことになったもんである。


 ――空母内の敵を殲滅せよ。


 うるせえ馬鹿、と轟は思う。

 こっちはそれどころじゃねえんだ――なんせもっと面倒な任務が後に控えてる。


 ――ちゃんと帰ってくるんだよ。


 たぶん、戦争は終わったはずだ。

 が、すぐそこの大穴を見た限り「あの」最終兵器は使われたのだろうし、そうなると、自分たち「竜」と何でか一括りにされていていた実態はまるで別物な「例の」超兵器も出撃したのだろうし、そうなれば、たぶん世界は行きつくところまで行って、たぶん滅びたのだろう。

 クマ子が生きてるとは思えない。

 というかたぶん死んでるだろう。

 後方の都市防衛任務にあたっていようと、クマ子がどれだけ優秀な「竜」で「熊使いの悪魔」と呼ばれていようと、死ぬときは死ぬし、そのときバックアップが無事な保証はどこにもないし、そもそも都市ごと吹っ飛ばされた可能性だってある。

 それ以外の不測の事態だって山ほど考えられる――例えば、今の自分みたいに異世界に飛ばされて「魔法使い」と戦って死んだとか、そういうことだって有り得る。

 まあ当然だ。

 奇跡みたいな仮定の話だったのだ。

 しかも、仮にクマ子の奴が生きていたとして――轟のいるここは(たぶん)異世界である。ちょっとどうやって戻ればいいのやら思い付かない。

 でも。

 戦争は終わって、轟は生きている。


 だから。


 直後に相手の二発目を食らった。

 ただ、今度は覚悟して食らった。

 全力で「不明」「不明」と喚く戦闘支援システムの尻を蹴っ飛ばしながら相手の攻撃を分析させて、ダメージコントロールを働かせる――それでも機体の各部が悲鳴を上げて、幾つかは断末魔になってそのまま沈黙し、戦闘の続行が可能なぎりぎりのところで踏みとどまって、


 空気の砲弾。


 的なもの、とそして轟は認識する。戦闘支援システムは「結局不明だって言ってんだろ!」と言っているのはスルー。視覚で捉えることはできないが、とにかく砲弾のようなものが飛んできているのだと決め付ける。

 そして、見えてなくても。

 砲弾なら避けられる。


 三発目。

 避けた。


 ――ちゃんと帰ってくるんだよ。


 クマ子の命令。

 それは最優先命令とは違って、全然まったく轟の意思を拘束しない。

 それでも。

 わかったわかった、と轟はクマ子の、その無茶苦茶な命令に従った。

 まったく。


 ――「竜」の癖に、寂しがりな奴め。


『ちゃんと、そっちに帰るから――』


 苦笑はしない。

 そういう機能を「竜」は持たない。

 だからただ、轟は、こう思考する。


『――ちゃんと「熊」で出迎えろよ』


 もちろん、そんな風に迎えられても全然まったくこれっぽっちも可愛くないだろうし――たぶん絶対、嬉しくもないのろうけど。

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