14.「竜」と「熊」の話。


 とりあえずその「竜」は扉の外に出た。

 中型の竜だった。

 先程までフル稼働して喧しかったエアインテークとラジエーターは、一旦落ち着いて静かになっている。開かれていた顎も閉じられている。

 ぎょろり、と。

 「竜」の複眼が蠢いて周囲を睥睨した。

 まだ熱気の残る空間、一歩を踏み出す。

 初見の探索者だと大抵「思ったより小さい」と感じるという、見上げる程ではないサイズ。それでも人間や「熊」よりはずっと大きい巨体。重量だってとんでもない。

 しかし無音で。

 扉の外へと「竜」が、その姿を現した。


 さて。


 新人の探索者の間では未だに誤解されがちなことだが「竜」の姿は、いわゆる物語の中で描かれている竜とは異なる。翼の生えたでっかいトカゲとは大分違う。「熊」が普通の熊と結構違うのと同じだ。それでも「熊」は全体としては熊っぽい姿なのだけれど、「竜」は全体としてあんまり竜っぽくない。

 じゃあ、どんな姿か。

 実は、言葉で説明するのは少し難しい。


 一言で説明すると「あれ」に似ている。


 でもたぶん「あれ」じゃ全然わからないだろうから、もう少し説明が必要だろう。

 とりあえず、トカゲっぽくはない。

 「熊」がそうであるのと同様に、その身体は鱗ではなく、魔術の金属に装甲され、魔術の装置が組み込まれている。さらには、いざというときに切って逃げるための尻尾もない。ついでに空を飛ぶための翼もない。

 じゃあ獣っぽいかというと、ちょっと違う。

 全体的には、確かに獣っぽい。歩き方とか。

 だが、例えば「狼」なんかと比べると頭部の形状が異なる。ブレスを放つための発射機構を内部に有する顎は「狼」のそれほど発達していない。もっと平べったい。


 あと、前脚と後脚の間に「腕」がある。


 「いやそれ六本脚じゃね?」と言いたい気持ちはわかる。

 だが、この「腕」がいかにも腕っぽいのだ。そして実際、歩行は前脚と後脚に任せきりで、この「腕」は器用に物を掴んだり武器を構えたりするのに使われる。しかも生体部品多めなのでなんか、こう、生っぽい。強靭強固な前脚と後脚とは明らかに別の何かだ。

 人によって感じ方は様々だろうが、まあ、一般的にはちょっとキモい。


 はっきり言って「竜」の姿に対しては、生理的な嫌悪感を抱く探索者が多い。


 つまりはあれか気色悪い虫っぽいのか、と考える人もいるだろうがそれも違う。虫っぽくはない。全然違う。虫に似ているわけではなくて――少し奇形ではあるが、その姿はもっと別の、とても身近な「あれ」にちょっと似ている。その「あれ」を言ってしまえば一発で「ああ、うん……」と納得はしてもらえる。

 ただ、その「あれ」を口に出すことを大抵の人間は躊躇する。聞かされた方もたぶん素敵な気持ちにはならない。

 それは、たぶん本能的にだ。

 それこそ生理的嫌悪感から。

 だから「竜」の姿を説明する場合、大抵の人間は、その姿を描いた絵を見せて「これが『竜』な」とだけ説明する。それでみんな「ああ、うん……」と納得する。「竜」が似ている「あれ」が何なのかもすぐ伝わる。それを口にしたくない理由も。


 が、しかし。


 残念だが、今、ここにはその絵はない。

 だからまあ、正直、あまり気は進まないのだけれど、その「あれ」が何かを言わなければならないだろう。


 一応、先に言わせてもらう。


 別に、そこまで似ているわけではない。

 何たって「竜」の目は複眼だし、六肢だし、でもほぼ四足歩行しているわけだし、その体には得体の知れない魔術部品が組み込まれているし、ブレスを吐くし、「腕」は――まあ、その「あれ」のそれとめっちゃ似ているけど。

 でも、ほんのちょっと似ているだけだ。


 もし仮に「竜」が後脚で立ち上がって二足歩行したとすれば、その姿は、腕が二本余計にあることを除けば、たぶんもう少し「あれ」に似ているのだろうと思う。


 今、姿を現した「竜」も似ている。

 とても身近な「あれ」――人間に。


 「竜」の姿は、人間にちょっと似ている。


      ◇◇◇


 寝起きの頭で何か考えるよりまず先に、最大出力の「ドラグーン」をぶっ放すことを選択したその「竜」は、ぶっ放し終えたので頭を働かせることにした。


 個体識別ナンバーJ10234。

 パーソナルネーム「轟」。


 とりあえず、自分自身が何者かだけ覚えていることを確認しつつ扉の外へ――閉じ込められていた忌々しい空間の外へとさっさと抜け出す。

 また密閉空間に閉じ込められたらたまったもんじゃない――エアインテークとラジエーターが満足に使えない環境で「ドラグーン」を使えば、発射するより先に、発生した熱で機体が爆発する。仮に発射できたとしても、バックファイアを食らって即お陀仏だ。もう一度不貞寝するしかない。

 それはちょっと御免被りたい。

 同時に、頭部に集約しているメインのカメラ群とセンサー類で、視覚と熱と音波と電波を拾って周辺を探知――生体反応も「活きている」機体の反応もない。AGO11の姿をカメラが捉えたときは条件反射で死を覚悟したが、よくよく確認するとただの放棄された残骸でしかなかった。あの物騒極まりない30ミリの砲弾を放つ「缶切り」も外されている。それでもちょっと怖かったが。

 ともあれ。


 ざまーみやがれ、と確認を終えた轟は思う。


 どうやらこの扉を開けた馬鹿だか馬鹿どもだかは、今の一撃で消し飛んだらしい。一応、こんな轟だが識別信号はちゃんと確認している。味方の識別信号はなかった。そして、今現在の彼は、味方の識別信号を出していない奴はとにかく敵と見なすように設定されている。


『誰だか知らねえが吹っ飛ばしてやったぜ』


 と、指揮中継器を通して構築している戦術ネットワーク内にある「竜」たちのグループトークに、ドヤ顔のアイコンを付与したメッセージを送り付けるが、エラーが返ってきた。

 さすがにちょっと動揺した。

 が、よくよく考えれば、自分はこうして扉の中に閉じ込められていたのだ。たぶん作戦が失敗して、指揮中継器が撤退したか撃墜されたかして、自分だけが取り残されたとかそんなところだろう。そりゃそうだ。同じ状況なら自分だってそうする。


 とすると、これは絶対絶命な状況か。


 今から戦車とか敵軍の大型竜とか出てきたりすんのかな、と轟はちょっとびびりつつ、とりあえず、スリープ状態に入ってからの経過時間を確認し、


 一瞬、轟の思考はフリーズした。


 ちょっと意味不明な時間が経過していた。

 珍しいことではない。

 ダンジョンでスリープ状態から目覚めた大半の「竜」は、このちょっと冗談みたいな時間経過の現実に遭遇し、今の轟がそうであるように、大抵みんなこうやってフリーズする。


 そして、大半はそのまま正気を失う。


 数多の「竜」の正気を飲み込み、暴走状態へと追いやってきたその単なる数字の羅列に対し、一瞬のフリーズから復帰した轟は、性懲りもなくグループトークにメッセージを送った。


『え、まじかよ。戦争終わってんじゃん』


 もちろんそのメッセージはどこにも届かず、単なるエラーとして返ってきて、ただの一人言になった。

 轟は、今現在、孤立状態だった。

 ちなみに、経過時間の洗礼を耐え切った「竜」を襲うのはこのどうしようもない孤独感だ。こいつはさらに厄介で、時には一撃必殺で、時には徐々に「竜」の正気を失わせる。


 轟は沈黙した。

 独りぼっちで。

 轟は動かない。


 こいつも狂ったか、と思われるくらいの時間が経ったところで、轟は、誰にも届かないメッセージをつぶやく。


『じゃ帰るか』


 いや、軽い。

 もうちょっと、何かこう、もうちょっと絶望を感じるとか、嘆くとか、悲しむとか、しかしそれでも前を向くとか、そういう何かが欲しいところである。

 が、何と言っても『君って良くも悪くも馬鹿だよね』と知り合いの「竜」に面と向かって言われたことがある轟である。

 んなことは知らん、とばかりに轟はこの空の上からとりあえず地上に帰還するための方法を考えようとした。

 が、この場所へ送り込まれたときに受けた最優先命令が未だに残っていて、轟自身の意志決定に文句を付けてきた。


 ――空母内の敵を殲滅せよ。


 殲滅って何だよ、とその命令を書き込まれながら轟は思ったものだが、まあ殲滅は殲滅である。敵を一人残らず八つ裂きにしろ、ということだ。轟から見てもちょっと馬鹿っぽい命令である。

 が、なんせ初めから、空の上に浮かぶゲテモノ空母に損耗覚悟で超音速強襲輸送機を突っ込ませての強襲作戦である。作戦が成功すれば、回収されて命令は取り消されるが、作戦失敗の場合、回収される見込みはなし。つまりはまあ、そのときは決して投降せず死ぬまで戦って敵に損害を与えろ、とそういうことである。

 こんなゲテモノ空母放っておきゃいいのに、と轟ですら思ったが、そこは絵に描いたような「無能な働き者」だと有名だった司令官の下に配属された己の不運を恨むしかない。


 ――空母内の敵を殲滅せよ。


 うるせえなあ、と轟は思いつつも、それに従って、馬鹿ではあっても人間は軽く超えている処理能力で敵殲滅のための演算を開始する。最優先命令ってのはそういうもんである。嫌でも従わざるを得ないし、その命令を実行するために全力を尽くさなければならない。「竜」というのは兵器として作られているのだから、そこはまあ仕方がないと轟も思っている。

 ちなみに、この最優先命令だが、内容によっては、深刻なエラーを引き起こしたりして、その場合やっぱり「竜」は正気を失う。

 こんな風に「竜」の豆腐みたいなメンタルは常に危機にさらされているのだが、轟の場合、馬鹿だったからか、馬鹿な命令だったからか、それとも単に木綿豆腐だったのか、何はともあれどうにかセーフだった。


 轟は暴走せず正気を保った。

 故に。

 正真正銘、本物の「竜」だ。


 だから轟は、「竜」としての性能を存分に発揮し、殲滅のための行動を開始する。


 とはいえ、いるかどうかも分からない敵を探して、この馬鹿みたいに広い空母の中を走り回るのはごめんだった。待ち伏せの不意打ちを食らって死んだりしたらやってられない。


 だから「熊」を使うことにした。


 近くにいる冬眠状態の「熊」たちに接続――そいつらを起点として、他の「熊」たちへ接続を繋げていく。あっという間に、この空母内にいる「熊」たちを轟は掌握していき、操作下に置いていく。


 覚えておいて良かったな、と轟は思う。


      ◇◇◇


 それは本来、全然必要ない技術だった。


 基本的に、作戦中は「竜」も「熊」も、指揮中継器を通して、作戦本部の戦術システムの指示に従って動く。構築された戦術ネットワークに上がった情報を無数の下級AIの群れが分析し、処理し、次の指示へと自動変換するそのシステムは、のろまな人間たちや、頭が良すぎて戦術レベルでは空回りしがちな上級AI、そして混乱し切った現場の連中の独断行動よりよっぽど信用がおける。

 故にそれを無視して「竜」の方から「熊」を操作するような状況はよっぽどのことがなければ起こらない。っていうか、たぶん勝手にやったら怒られる。

 「竜」ならば誰もが可能だが、必要がないのでわざわざ覚えたりしない。

 そんな技術。


 でも、知り合いに無理矢理教えられた。


『要らね』


 と、率直な感想を述べた轟に対して、


『でもでも、覚えとくと便利だから』


 と、そいつは食い下がった。


 変な「竜」だった。

 個体識別ナンバーR60789。

 パーソナルネームは「メドヴェーチ」。

 なんかやたらと「熊」が好きな奴だったので、轟はそいつのことを「クマ子」と呼んでいた。なんせ自分専用の「熊」まで持ってた筋金入りである。


『戦場なんてホント』


 と、クマ子は続けた。

 例の自分専用の「熊」を操作していた。

 装甲がべこべこに凹んで、スクラップに送られ掛けていたところを、そいつが整備の連中におねだりしてこっそり譲ってもらって修復した「熊」だった。お腹のところにペンキで「メドヴェーチ」と名前まで書かれている。


『何が起こるかわかんないんだからさー』


 そのときのことを奇妙によく覚えている。

 クマ子の操作で「熊」は踊っていた。


 くるくる、と。

 ステップを踏んで。

 くるくる、と。

 何だか楽しそうに。

 くるくる、と。


 クマ子の操作で「熊」が踊っていた。

 そのことを何故か奇妙によく覚えている。


『なあクマ子』

『いや、メドヴェーチだっての』


 轟は無視した。


『なあクマ子。お前さ』

『何だい。ロッキー』

『俺は轟だ。とどろき』

『何だい。ロッキー』


 轟は諦めた。


『お前、何でそんな「熊」が好きなんだ』

『だって可愛いじゃん。「熊」』


 轟は目の前で踊る「熊」を見た。

 寸胴の身体に短い手足。確かに熊っぽいシルエット。でも頭は無し。代わりに、ぎょろぎょろ蠢く目が三つ。


『……可愛いか?』

『可愛いよー。めっちゃキモ可愛いー』


 めっちゃキモいのかめっちゃ可愛いのか、結局どっちなのだろう、と轟は思う。


『そいつ対人兵器なんだが』

『でもでも、元はただの汎用作業用の機械だし。ただちょっと装甲厚くして軍用プログラム入れただけで――ほら、鉄板貼って機関銃乗っけた軽トラみたいなもんだよ。軽トラに罪はない』

『そりゃそうだけどよ』

『それに君、そんなこと言ったらさ』


 と、クマ子は言った。


『私たちだって、ただの戦闘兵器だよ』

『まあな』

『あーあー……』


 クマ子がぼやいた。


 くるくる、と。

 一機の「熊」が踊っていた。

 くるくる、と。

 二機の「竜」の前で踊っていた。

 くるくる、と。

 兵器たちの前で兵器が踊っていた。


 クマ子がぼやいた。


『とっとと終わんないかなあ。戦争』


      ◇◇◇


 まったく、クマ子の言う通りだった。

 本当、何が起こるか分かりゃしない。

 大量の「熊」の操作でリソースを奪われ、鈍り始めた思考の中で轟は思った。


 さすがに、この数はちょっと重い。


 膨大な負荷を食らって、相応の熱を発生させて焼き切れそうになる回路を、エアインテークとラジエーターを全開にして何とか保たせつつ、


 掌握した「熊」たちに命令を送った。


 空母内で惰眠を貪っている「熊」たちを容赦なく叩き起こして、センサーを作動させる――それで空母に残る生体反応を片っ端から探査した。

 目覚めた状態の「熊」のセンサーは、スリープ状態にあるよりちょっと伸びるし、探査範囲を絞ってやればもうちょっと伸びる。


 誰もいないといいな、と轟は思った。


 探査を終え、反応を見つけられなかった「熊」たちが次々とスリープ状態に戻っていくのを、よしよし、と確認していたのだが――しかし、それからしばらくしたところで見つけてしまった。反応からして人間が5と1。

 味方の識別信号はなし。

 つまり敵だ。


 うわ見つけちまった、と轟は思った。


 ついでに、微弱過ぎる反応がもう一つあるようだったが、さすがにちょっと微弱過ぎる。生体か機械かも分からない。たぶん馬鹿でかい鳥か、死にかけの機械かのどっちかだろう。面倒なので、そっちはノイズとして処理させる。

 できることなら、先に発見した人間も全員ノイズ扱いにしたいところだったが、


 ――空母内の敵を殲滅せよ。


 うるせえなあ、と轟は思う。

 戦争なんて、もうとっくに終わってるだろうによ――と轟は思う。

 それでも轟は完全な戦闘態勢に入った。


 ――空母内の敵を殲滅せよ。


 その命令を兵器として実行するために。

 そして、それから――


『……ん?』


 完全な戦闘態勢に入ったことで、サブカメラが起動――メインカメラの死角を補正して、全方位360°を見通す統合視覚を形成した。

 だからこそ、足元のそれが目に入った。

 轟は思わず呟く。


『……何だこりゃ』


 日傘だった。

 めっちゃ可愛い日傘だった。

 すげえフリルとか刺繍とか付いている。

 その時点ですでにもうこの場にそぐわない感じだが、さらなる問題があった。

 日傘が転がっている位置は、扉の中から出てきた自分の足元で、つまり扉の前。

 どう考えても先程ぶっ放した「ドラグーン」の有効範囲内である――というか、思いっきりど真ん中で直撃を受けたはずである。

 日傘の状態をよく確認すると、端っこの方がちょっと焦げてぼろぼろになってはいるが、普通に原型を留めている。


 ちょっと意味が分からない。


 確かに「ドラグーン」は万物を破壊する超兵器というわけではない。

 俗に「アダムスキー・ドライブ」とか呼ばれている得体の知れない代物を作成するときに出た残り滓を利用していると言われる、得体の知れない「ビーム」的な何かを発射する「竜」の標準装備。

 ぶっちゃけ使っている「竜」自身にも原理不明で、そもそも何を発射しているのかもよく分かっていない。暇なときなんかに「なあ、これって何だと思う?」と「竜」の間で度々話題になっていた。ちなみに轟は「よくわからないけど普通にビームでいいんじゃね?」派である。

 だが、しかし。

 それでも「ビーム」的な何かを放っているだけあって極めて威力は高い。中型の出力でも、対ドラグーン性能を持たない通常装甲の旧型戦車なら真正面からぶち抜ける威力を持つ。


 それを食らって無事な日傘。


 はっきり言ってちょっと不気味である。

 違和感しかない。

 轟は一応、日傘の後ろに誰かが隠れていないかメインカメラで覗き込み、熱と音波と電波で探知してみたが何もいない。

 でもやっぱり違和感が残る。

 第六感的なものが何かを告げている。

 ちょっと「腕」で拾ってみるか、と思って手を伸ばしかけて――やめた。

 もしかしたら爆弾かもしれない。

 あるのだ。そういうのが。

 ぬいぐるみとか財布とかちょっとアレな本だとか、そんないかにも落とし物っぽい形をしていて、興味を持って拾ってみると、触れたその瞬間に「どかんっ」となる特殊な爆弾。

 その爆弾の中に「ドラグーン」に耐えられるような代物があるかどうかは知らないが、とりあえず触れずにそっとしておけば大丈夫だろう。たぶん。

 こんなもの、放っておけばいい。


 ――空母内の敵を殲滅せよ。


 こんな日傘について考察するよりも、さっきから喧しいこの最優先命令を終わらせることが先決だった。


 エアインテークから空気を取り入れ、

 ラジエーターから蒸気を吐き出して、

 顎を開いて「ドラグーン」を展開し、


 おまけに、それが終わった今度はこのゲテモノ空母から何とか脱出しなければならないし、そしてそれからその後は――


『さっさと終わらせて――』


 誰にも届かないメッセージを轟は呟く。


『――とっとと帰るぞ』


 ――撃った。


 発射直前、奇妙な音が鳴り響く。

 たぶん、人間には聞きとれない、

 それくらいに、ひどく短い時間、

 一瞬の中の一瞬の中で響く音色、


 その「竜」だけが聴き取れる音を追い駆け――追い抜いていくように、光が奔る。


 光と熱と放電現象と破壊を伴う、ビーム的な正体不明の何かが、先程「熊」のセンサーを使ってついでに調べておいた、空母の中で、対ドラグーン性能が確保されていない部分の壁と通路を丸ごとぶち抜く。


 轟は――どんな「竜」も雄叫びは上げない。

 なんたって静音性が「竜」の長所の一つだ。

 そして音を出力する機能は「竜」にはない。

 だからぶち抜いた空間を轟は無音で駆ける。


 雄叫びの代わりに、大量のリソースを戦闘のための演算処理にぶち込んで、発生する熱をラジエーターで水蒸気に変えて吐き出しながら、轟は行く。


 もちろん。


 果たして、全てが終わってこの空母から脱出できたとして、帰る場所が残っているかは、轟としても大いに疑問だった。

 でも、とりあえずそれは、この空母を脱出した後で考えるべきことだ。

 後で考えるべきことは後で考えればいい。

 なんせ自分は、と轟は思う。


 良くも悪くも馬鹿なのだから。


      ◇◇◇


 さて。


 自身の一撃でぶち開けた横穴を、「竜」がその巨体からはちょっと信じられない速度で駆け抜けていった、その直後――無人となったその場所で、ちょっとした動きがあった。


 置き去りにされた謎の日傘。


 ふわり、と。


 それが一人でに宙に浮いた。

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