4.こちら探索少女二名、お手伝い中です。
今回の探索、炊事はアリソンが担当だ。
別に女だからというわけではない。
そりゃそうだ。
探索者をやっている野郎どもは、探索者の女性に「お前ちょっとなんか作れよ」と不用意なことを言った結果、「ちょっとなんか」で作られた料理によって恐ろしい目にあった経験の一つや二つは必ず持っている。
女でも野郎でも関係ない。
最低限度の知識を持っていない人間が作った料理は、人として最低限度の食事にはなり得ない。ぶっちぎりでその最低限度を下回ってくる。
探索者たちはその事実を知っている。
だから、今回の探索でアリソンが炊事を担当することになった理由は、そんな下らない理由ではない。
ならば、あのいまいち役に立たないリーダーに代わり、実質現場監督となっている副リーダーとしての立場を、胃袋を掴むことで確固たるものにする――とかなんとかの高度な狙いがあるわけでもない。もっと単純な理由。
他にできる奴がいなかったのだ。
稀にこういうことが起こる。
今回もおそらくそうだが、大抵は、依頼主が素人のときだ。酷い場合は一人も炊事ができるものがいないこともある。短期の探索任務ならばともかく、今回のような長期任務の場合、成功する見込みは限りなく〇に近くなる。少しでも経験のある依頼主なら絶対に避けるべき事態だ。
アリソンがいたのは本当に幸運だった。
アリソンとしては「うへえ」と思った。
何たって面倒な仕事である。アリソンとしても一人でやるのはもちろん嫌だった。だから、他の探索者たちにちょっと聞いてみたところ、
「あ。その……私、料理できます」
と一人の探索者が言った。何だかいかにも真面目そうな女性だった。「あ。その……」の部分がもういかにも真面目だった。
「お手伝いします。副リーダー」
だから、アリソンは諦観と共に思った。
――ああ、ダメっすね……。
料理ができるという、彼女の言葉が嘘だとは思わなかった。きっとその通りなのだろう。きっと家族とか、それか素敵な恋人なんかのために、手間暇かけた美味しい料理が作れるような人なのだ。
でも、それではダメなのだ。
そう思ったが、それでも一縷の望みを掛けて、一日ちょっと調理の作業を手伝ってもらった。
一日目。
とりあえず、彼女は下処理がされた食材の状態を見て、素朴に言った。
「あの……この食材、腐りかけてません?」
「ああ、腐りかけたのから使うんすよ」
「いやでも、腐りかけですよ?」
「腐りかけならセーフっす」
数分後。
彼女は大量の油の中でこれでもかと焼かれていく大量の食材を見て、絶叫した。
「こんなの酷い! 料理じゃないです! こんなに火を通したら味なんかなくなっちゃいます! 食材が可哀そうです!」
「だからっすよ。腐りかけっすからね。焼いて焼いて焼きまくって食えるようにするんす。そして大量の塩とバターと香辛料っす。腐りかけの味と匂いを誤魔化すんす」
最終的に泣かれた。
今から考えれば可哀そうなことをした。
家庭料理と、探索者がダンジョン内で作る料理はもちろん全然違う。
ダンジョン内では必要な道具が揃っているとは限らないし、食材の状態も劣悪だし、状況によっては今回よりももっと大人数の探索者のために短時間で大量の料理を作る必要だってある。味に関して言えば、不味くはないことは保証するが、繊細さの欠片もない大味である。
まあそりゃあ全然違う。
覚えておくと探索者として何かと便利だろうと身に着けた技術だったが、何だか損ばかりしている気がする。
しかも、それで普通の料理の技術が上がったかというとそんなことはなく、いつだったか昔の彼氏から別れ際に、
『君の作る料理は……なんか、餌だ』
と言われ、その言葉に対しては思わず「なるほど」と唸らざるを得なかった。
そう、これは料理ではないのだ。
探索者どものための、餌なのだ。
結局、彼女には他の探索者たちと一緒に皮むきとかの下処理を頼むことにした。
ちょっと落ち込んでいた。
貴方は本当は全然まったく何も間違っていないのだ、と言ってやりたいが、立場的にそうも言えないところが辛い。
ちなみに、ディーンは何をしているか。
もちろん、何もしていない。
指を切るのが怖くてナイフで皮とか剥けない、とかほざく男に期待できることなど何もない。邪魔だからどっかその辺でぶらぶらしていてもらっている。
で、本日。
「あ。おねーさん。私、料理作れるよー」
マリーの発言である。
「今日はおねーさんのことを手伝うよ!」
再びアリソンは警戒した。
なんせ、例の格好である。
いかにもお嬢様的なひらひらふわふわしたドレス姿が、こちらの冷静な判断を容赦なく狂わせてくる。
しかも恐ろしいことに、今現在は、その上から素敵なふわふわの真っ白なエプロンすら完全装備している。まじで大丈夫っすか、とアリソンが思ったとして、誰が責められよう。
当然ながら、パンに具を乗せて挟むだけで料理できる、とか主張されると困る。
だが。割とガチな感じに、最高の道具と設備と食材を持ってきてもらえれば宮廷料理作れます、とか言われても困る。何一つこの場には存在しない。
この少女を、哀れな先の探索者の二の舞にしてはならない。
なんせ先の探索者とは違って、この少女はたぶん根に持つタイプだ。後が怖い。
「そうなんすかー。じゃ、ちょっと後で何ができるか話聞かせてくださいっすねー」
と、アリソンはとりあえず時間を稼ぐことにして、先にもう一人の少女に尋ねる。
「フーコさんはどうです?」
「フーちゃんに料理なんかさせちゃダメだよー。前なんか爆発させちゃったもん」
と、フーコの代わりに笑って答えるマリー。
冗談で言っているように思えるが、ダンジョン内に残っていた設備を利用して調理を行う場合、自分たち魔術者と違って、使い方が分からない素人が適当に弄ると本当に爆発したりする。よくあることなのだ。
割と笑いごとでは済まない。
よく生きてたもんだ、と正直思った。
ちなみに。
それなりの経験を積んだ探索者として魔術者として、真面目かつ常識的な考えを持っているアリソンは知るよしもない。
そのときフーコが使っていたのはダンジョン内に残る装置などではなかった。魔術的要素の一切ないただの焚火で、ただの鍋で、もちろん普通のスープの食材だったはずのもので――そして爆発の結果、鍋の残骸は音速を超え、すぐ近くで息を潜めて二人を狙っていた不運な「熊」に直撃し粉砕した。その光景を見たマリーは、ただ呆然と一言「……あいいーでぃー?」と呟いた。
本気で笑いごとでは済まない。
生きていたのは、ほぼ偶然だった。
「じゃあ、フーコさんは皮剥きとかの下処理しといてくれるっすか?」
もちろん、そんなことは何も知らないアリソンは、ただ料理ができないだけの普通の娘としてフーコのことを認識した。
知らぬが仏である。
とはいえ、それができない前例がすでに一人いるので、一応確認はしておく。
「あの、できるっすよね? 皮剥き? ナイフで指切るの怖いとか無いっすよね?」
「ナイフは怖いけど……」
と微妙に不安になることを言いつつ、フーコは無表情に頷く。
「……大丈夫。できます」
それから、両手を挙げてガッツポーズをしてみせた。見事なガッツポーズだった。そしてもちろん無表情だった。
アリソンはめっちゃ不安になった。
しばらく様子を見ていてあげるべきっすね、と思ったアリソンだったが、そこにマリーが「それなら大丈夫だよおねーさん!」とマリーが太鼓判を押した。
「フーちゃん皮剥きは得意なんだよね! 何たってナイフ捌き上手いから! そういうのフーちゃん天才なの!」
「……ナイフは怖いよ」
フーコは念押しする。何やら複雑らしい
とはいえ、結構な量だ。
一人で処理できる量ではないだろう。
「後からぼちぼち、今日の分の仕事が終わった他の探索者の人も来るんでー。その人たちに手伝ってもらって下さいっすー」
と、アリソンはフーコには伝える。
フーコは「できるだけやる」と頷いた。
そして、マリーに手渡された若干腐りかけた食材と、まだ比較的新鮮だが最悪、明日にはすでに腐っていたりしそうな足の早い食材を、何回かに分けて持っていく。
前者は最初の時点で探索チームが持ち込んだ非常に保存が利く――はずだったが、気候の違いのせいかどんどん腐りつつある食料。
そして後者は今回、マリーが追加で運んできた物資の中にあった食料だ。
大量の物資が入った袋の山を、マリーは案の定、スカートの中から重そうに取り出してきた。
もう大抵のことではアリソンは驚かない。
実は中に人が住んでるとか言われたらたぶん驚くだろうけれど、そんなことはないと思いたい。
「サービスで運んできてあげたんだよー」
と、マリー本人は言った。
もちろん絶対そんなわけない、とアリソンは思った。この娘に限って何の見返りも考えずにサービスとかあるわけない。「だからちょっとだけこっちのお願い聞いてね?」とか何とか言って条件付けたに違いない。絶対そうだ。
まあ、それはともあれ。
「わっ! きっちんだ!」
と施設に残っていた調理場を眺め、マリーが楽しげに叫び、設備の一つを見て、
「コンロがある! やった!」
と歓声を上げているのを見て、とりあえず爆発はさせなそうだな、とアリソンは思った。魔術者なら当然ではあったが、中にはその当然もできない奴もいるのだ。探索者の癖にスキルを使わなければ自分では火もろくに起こせないディーンみたいな奴もいる。世の中を舐めてはいけない。
とはいえ、マリーは違った。
念のためしばし確認してみたが、アリソンの経験からして、明らかにこの手のダンジョン内での料理を「分かっている」動きだったし「慣れている」動きだった。
下手すると自分より手際が良い。
おそらく最低限の指示だけしておけば、後は任せてしまって大丈夫だろう。疑問点があればたぶん向こうから言ってくる。
「ガス繋いでるー?」
こんな風にだ。
「もう繋いでるっすよ。コンロ点ける準備が終わったら、そのまま他の設備の立ち上げもお願いするっす」
答えつつ、マリーが設備の立ち上げをしている間に、アリソンは調理具を用意し、飲用水の入った容器やらを、現地でこしらえた台車を使ってえっちらおっちら運ぶ。
「水道使えないのー?」
「使えるっす。ただ、まだ飲用可能かのテストができてねーんで気ぃ付けるっす」
「それでも水が使えるなら色々楽だねー」
「なんとシャワーも使えるっすよ。温水」
「天国だっ! 後でフーちゃんと入る!」
そんなことを話しつつも、アリソンはマリーが立ち上げたコンロに鍋を、どかん、と置いて、どぼどぼ、と飲用水を注ぐ。
一応、もう一度確認をした。
そしてコンロの火を点ける。
何かの手違いで爆発が起こったりすることはなく、きちんと火が点いた――どうやら、本当に楽をさせてもらえそうだった。
「でも、よくこんな『直せる』類の設備が残ってたねー」
二人で他の作業を続けながら、マリーが言う。
「何でか軍事施設の生活設備は、そこいらの魔術者でも何とかなるときが多いっすよねー……逆に、重要そうなところは、私ら普通の魔術者じゃ、もー全然手が付けられないんすけど」
「そーだ。えーあい使ってないからだ」
「はい?」
「えーあいの電子制御に一括すると便利だけど、情報兵器食らってえーあいがぶっ飛んだら扉一つ開けられなくなるから、軍の施設の設備はあなろぐでもどーにかできるよーに作ってるんだって」
「ええと……」
と、アリソンは少し困った。
何を言っているか分からないからだ。
だが、こういうことは魔術者同士の間ではよくあることだったりする。
魔術者、と一括りにされていても、実にいろんな奴がいる。
研究室に籠ってひとすら魔術装置と睨めっこしてその機能を解明しようとしている研究者もいれば、得体の知れない魔術装置を改造して探索者用の魔具として作り直している職人もいるし、あるいは魔術学院が維持管理している「工房」を動かすことで新たな魔術装置を作り出せる「魔術師」と称される天才たちもいる。
そしてもちろん、アリソンみたいにとにかく探索に役立たせるために、広く浅い知識体系を持っているだけの魔術者もいる。
だから、今、マリーがおそらくしているような少し突っ込んだ専門分野の話なんかをされると、アリソンとしてはまず付いていけない。
この少女は、とアリソンは考える。
どのレベルの魔術者なのだろうか。
もしかすると、「工房」を扱うことができる「魔術師」クラスの魔術者なのではないではないか、とアリソンは疑っている。もしそうだったら、在野の魔術者に学院が「特例」を出すのも頷けるからだ。そんな魔術者を「ふん、そんな魔術者は知らんな」なんてほざいて野放しにしておくのは学院にとって危険過ぎる。「特例」を出してでも管理下に置いておこうとするに決まっている。
仮にそうだったとして、どうすべきか。
つまり、自分より優秀かもしれない相手に対して、一応、今現在上司に当たる自分がどう対応すべきか、ということだ。
副リーダーとして、適当に誤魔化して見栄を張っておくべきか、ともちょっと思った。ちょうどさっきのマリーみたいに、だ。実際、状況次第ではああやって見栄だって張らなければならないときもある。
が。
「……や、ちっと恥ずかしいんすけど」
やめた。
この少女相手にそんな見栄を張っても、即座に見抜かれて余計な隙を増やすだけだ――それなら、自分から腹の中身を取り出して「はいどうぞ」と一つ二つ差し出してしまった方がいい。
「あんま専門的な話はわからないんすよ。いわゆる器用貧乏というか。元々、探索者になるために魔術者の技術身に着けたクチでしてね」
もっとも。ただの言い訳かもしれない。
たぶん、ただ単に、フェアじゃない気がするだけだな、ともアリソンは思う。もしかして、ちょっとだけこの少女のことが気に入っているのかもしれない。
「だから、ぶっちゃけ、この手の機器とか、そこまで理解して使ってるわけじゃないっす。何かすいませんっす。副リーダーがこんな調子で」
「そんなことないよ。『魔術師』のみんなが使ってる『工房』だってそうだよ。ぶらっくぼっくすを使ってるの」
と、マリーは言う。
さらりと「魔術師」だの「工房」だのの言葉が出てきたことにアリソンはちょっとひやりとする。やっぱり、この子は相当ヤバい子なのかもしれない。
「ほんとは、私の今の話も、実は、ほとんどパパやママが言ってたことの受け売り」
えへへ、と照れたように言うマリー。
「へえ、どんなご両親だったんすか?」
どういう親からこんなおっかない娘が生まれたのだろうか、と気になったアリソンは聞いてみた。
「二人とも軍人さんだったよー」
「え、騎士っすか?」
「んー、そんな感じなのかな」
アリソンはちょっと驚く。
騎士。
竜退治をする英雄ではもちろんない。
名誉のために戦う貴族とその私兵――とも、今は違う。そういう「本物の騎士」は、今では貴族の名誉称号としてしか残っていない。
「水と油じゃないっすか。探索者と」
「そーかも」
騎士は、今現在各国が保有している軍事組織の俗称だ。
各国の王侯貴族なんかは未だに正式に彼らを騎士とは認めていないのだが、本人たちが騎士を名乗っているのを放置しているし、一般にもその呼称が浸透している。
銃火器などの量産化された最新装備で武装し、統率された集団として行動する。あくまでも個人の集団である探索者とは、ちょうど真逆の存在。
実際、接点だってあまりないのだが、稀にダンジョン外に出てくるモンスターへの対策やら何やらで協力することもある。もちろん大抵の場合、個人的な考えを優先する探索者と集団的な考えを優先する騎士の連携は上手くいかない。そして、その辺りのバランスを取れるような誰かが割を食うことになる。アリソンとか。
そんなわけで、探索者はいまいち騎士には良い印象を持っていない。たぶん騎士の方も同じだろう――よくもまあ、親御さんがこの娘が探索者になることを許したもんだと思う……というか、許していない可能性が高い。
そんなわけで。
「はー、親御さんが二人して騎士すか」
ほんの少しだけ。
そりゃばりばりのサラブレットっすねえ、なんて意地の悪い気持ちを持ったことは、そもそも親を持ったことがないアリソンとしては否定できなかった。
他にもいろいろな言い訳はできた。
いつもより楽ができそうだった、とか。
だからちょっと気が緩んでいた、とか。
いつもの彼女らしくない言葉だ、とか。
でも、どんな理由であっても。
言葉はもちろん取り消せない。
アリソンはただの冗談で言ってしまった。
「まさか、親と喧嘩して出奔しちゃったお嬢さんだとか言わねーっすよね?」
言ってしまって、でも。
けれどアリソンは、まだ気づいていない。
「もー、そんなんじゃないよ」
マリーは笑って言った。
だからアリソンは、まだ気づかなかった。
「パパもママも、私は大好きだったよ」
馬鹿何やってんだ、と。
そこでアリソンは、自分の失言に気づく。
マリーが「だった」と。
そう言ったことの意味に気づいてしまう。
「パパも。ママも。あと、ちょっと生意気だったけど可愛かった弟も」
ぽつんぽつん、と。
マリーは言葉を続けた。
「――今でも好き。大好き」
最初に考えておくべき可能性だった。
騎士の両親を持っているとかそういうこととは全然関係なしに、探索者なんてろくでもない仕事を続けているような連中なら、そんなことは別に珍しいことでも何でもないのだから。
冗談で言っていいことじゃなかった。
アリソンは、自分を罵るための言葉を一瞬で百個くらい思いついたが、肝心のマリーに掛けるべき言葉の方は一つも思いつかなかった。
だからアリソンは何も言えなくなった。
マリーもそれ以上は何も言わなかった。
沈黙が続いて、
沈黙が続いて、
沈黙が続いて、
「――私は?」
沈黙を切り裂いたその一言は、けれどもアリソンのものでも、マリーのものでもなかった。
フーコだった。
いつの間にだか、下処理した材料を抱えたフーコが調理場にやってきていて、マリーを見ていて、そしてさらにこう続けた。
「私のことは? どれくらい好き?」
助かった、とアリソンは思いつつも、この空気の中でとんでもねーこと聞くなこの娘、とも思った。
「もちろん」
と、マリーは当然のように答えた。
「同じくらい好きだよ。フーちゃん」
むう、と。
信じがたいことに、そこでフーコは少し不満げな顔をしてみせた。
「私が一番じゃないんだ」
「無理だよ。フーちゃんだって、お兄ちゃんと私のどっちが一番か決められる?」
「その問いは卑怯」
「出たな、フーちゃんお得意のワガママが」
そう言いながら、マリーはフーコが持ってきて置いていた、処理が終わった材料を受け取る。一つ、二つ、三つ――全部。
「……全部?」
アリソンは思わず目を丸くした。
確認すると、確かに全部下処理が終わっている。皮が剥かれ、完全に腐りきっててやばそうな部分は取り除かれている。積んである上の方だけ綺麗に処理してあって、下の方は雑に処理してあるとかそういう小細工もない。
完璧だった。
「だけど、この量っすよ……?」
「ふっふーん。言ったでしょーおねーさん。フーちゃんの皮むき天才だってー」
マリーは己の功績だといわんばかりに自慢げに胸を張る。その横で、フーコは例の不安になるガッツポーズをして、
「もっと手伝う」
と無表情のまま言って、ふんす、と鼻息を鳴らしてマリーの方をちら見する。
「あ、フーちゃんはもういいから」
マリーはそれを即座に切り捨てた。
ばっさりだった。
一切の容赦も妥協も許さない一撃だった。
フーコのガッツポーズが、だらり、と力なく下がった。それから、とぼとぼ、と調理室を出ていく。
「よ、よかったんすか?」
「いいの。ここは甘やかしちゃ駄目なの」
と、マリーは言った。真剣な口調だった。
くすくす、と。
それからいきなり笑って言った。
「フーちゃんって空気読めないんだよー」
「そんな感じすね……」
「でも、タイミングはいいの」
「……あの」
と、アリソンは言った。
「さっきは、その……すまなかったっす」
言えた。
さっきは出てこなかった当たり前の言葉。
きっとあのフーコという少女のおかげだ。
アリソンはそう思った。
「ん。大丈夫、全然気にしてないよ」
言いながら、マリーはフーコが処理した食材を、繊細の欠片もない動作でぐつぐつとお湯が沸く鍋に放り込んだ。
その淀みのない動きに、ああやっぱりこの娘はちゃんと「餌」が作れるんだな、と安心するアリソンに、マリーは笑みの種類を「にやにや」的な感じに切り替えて聞いてくる。
「気にしてなんてないけど――ただ、さっき微妙にはぐらかしてたあのおにーさんとの関係を、もう少し詳しく聞かせてもらうよ。おねーさん」
こりゃなかなかしつこくなりそうっすね、とアリソンは苦笑いしつつ、大量の油を敷いた馬鹿でかいフライパンへと、やはり容赦なく食材を投入して焼き始めた。
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