3.こちら探索少女二名、今更ですが自己紹介です。

「――というわけで、私たちは、経路探索を行うことを依頼され、追加の探索者としてこのダンジョンにやってきました」


 二人の少女の内の片方がそう言った。

 礼儀正しくて、事務的な口調だった。


 ディーンは一応探索チームのリーダーなので、やってきた探索者の少女二人の話を聞くことにした。ディーン一人じゃダメそうだったので、アリソンも副リーダーとして一緒に話を聞くことにした。椅子がなかったので、拠点の近くにある用途不明な魔術装置群に腰掛けた。


 礼儀正しくて、事務的な口調のまま。

 二人の少女の内の片方がこう続けた。


「本日より、限定的にではありますが、貴方がたの指揮下に入り、探索を開始させていただきます。何かと独自行動が多くなるかと思われますが、そこはご容赦を」


 その少女は完璧な笑顔を浮かべていた。

 人間関係を円滑に進めるための笑顔だ。

 それ以外の全てを拒絶する類の笑顔だ。


「では、ディーンさん。アリソンさん」


 と、まだ教えていないはずの二人の名前を当たり前のように呼び、隣で会話を無表情に聞いていたもう一人の少女の頭を、がっし、と容赦なく掴んで、無理やりに頭を下げながら言う。


「どうぞ、よろしくお願いします」


 ディーンはその少女の格好を見た。

 アリソンもその少女を格好を見た。


 こう、めっちゃ可愛い格好だった。

 なんか貴族のご令嬢とかが着ているような素敵なドレスを着ていた。街中で見かけることもたぶんちょっと稀で、ダンジョンで遭遇することはもっと稀な格好だった。

 はっきり言ってやべー格好だった。


 ――でも、案外ちゃんとした娘だな。


 と、ディーンは思った。間抜けだ。


 ――あー、この娘おっかないっすね。


 と、アリソンは思った。鋭かった。


 そしてもちろん、そんなひらひらふりふりした探索者なんて一人しかいない。


「あ、すみません。申し遅れましたが――」


 と、少女は少し慌てたような隙を「作って」みせてから名乗った。


「――私は、マリーと言います」


 誰だよお前は、とか言っちゃいけない。

 同名の別人だったり、もちろんしない。

 あのマリーである。

 フーコの背中が特等席なマリーである。

 我らが鬼畜小悪魔ちゃんマリーである。

 よく出来た偽マリーとかじゃない。

 もちろん、彼女だって好き好んでこんなことしているわけじゃない。結構頑張って真面目な振りをしている。見えないところで拳とか、きゅ、と握っていたりする。だから「こいつやっぱやべーな」とか白い目で見ずに、ちゃんと褒めて上げて欲しい。

 ちなみに、今のマリーの本心としてはディーンとアリソンの関係が気になって気になって仕方がない。


(この二人なーんかーあやしー。でも、付き合ってるって感じでもなくて……『オトナのかんけー』って奴なのかなー。きゃー)


 とか考えて心の中で悶えている。やっぱり中身はただのマリーである。


「お恥ずかしながら、魔術学院は出ていませんが――魔術者としての技術を持つ機会に恵まれまして。ありがたいことに特例として、資格の方も頂戴しております。微力ながらお力添えできることもあるかもしれません」


 ただし、表情には一切出さない。


「へーそうなんだー」


 じゃあアリソンと話が合うかもな、とディーンは気楽に考えている。


「……へー、『特例』っすか」


 魔術学院に所属せず独学で魔術者としての技術を持つことの困難さと、それ故に在野の魔術者に対して資格を与えることを頑なに拒もうとする学院の悪癖を知っているアリソンとしては、その学院が「特例」を出したこの少女は一体何者なのかと、ますます警戒心が増している。


 早くもリーダーと副リーダーの間に認識の亀裂が生じ始めていた。

 軽くチームの危機である。

 そして、そんなことには何一つ気づかないままに、ディーンは話を続ける。


「それで……ええと、そっちの子は?」


 と、ここまでの会話で一切言葉を発していない少女について尋ねる。空の上でちょっとだけ会話した、あの無表情な少女である。


 ディーンはその少女の格好も見た。

 アリソンもその少女の格好を見た。


 ぱっと見は、探索者っぽかった。

 高い防水性を持ち、極めて頑強に作られている探索者用の外套を纏っている。履いているブーツもそれと同様に頑丈で長い距離を歩ける作りになっている実用的なものだ。いかにも探索者的な装備である。

 でも何故か色々とぎりぎりなショートパンツを履いていて、がっつり脚出してる。健康的でしなやかな美脚で素晴らしくはあったが、そういう問題じゃない。普通に考えて絶対怪我する。危ない。

 ある意味相方以上に意味不明な、そんな格好の探索者ももちろん一人しかいない。


「彼女はフーコです」


 完璧な笑顔でマリーはフーコを紹介した。 

 フーコは一切反応せずに無表情を貫いた。


 ぺちん、と。

 完璧な笑顔のまま――でも、額には目には見えない怒りマークの気配をぺたんと貼り付けて、マリーはフーコの頭を引っぱたいた。


「よろしく」


 叩けば喋る機械のようにフーコは言った。


「ええと……その、フーコさんはどんな探索者なのかな?」


 ディーンはぎこちなくフーコに尋ねる。

 空の上で出会って会話したときの衝撃的過ぎる第一印象のせいか、なんとなく苦手意識を持っているディーンである。


「……」


 フーコはすぐには答えず考え込んだ。

 ディーンは沈黙した。

 アリソンは見守った。

 マリーは完璧な笑顔で不安と戦った。


 会話のキャッチボールとしては、あまりにも長い時間が過ぎ、質問をなかったことにすべきか、とディーンが思いかけたとき、ようやくフーコは言った。


「……マリーの乗り物?」


 ぺちん、と。

 完璧な笑顔のまま――でも、額には目には見えない怒りマークの気配をぺたんぺたんぺったんぺたんと夥しく貼り付けて、マリーはフーコの頭を引っぱたいた。


「ええとですね――」


 もう二、三発ほどぺちぺち引っぱたいてやりたかったのを必死に我慢し、こほん、と咳ばらいをしてからマリーは言う。


「彼女は私と違って非常に高い身体能力と戦闘技術を持っていまして。射撃とかホント百発百中で――」

「教えたのはマリー。刃物の使い方とか銃の撃ち方とか『しーきゅーびー』とか」

「病弱な私の代わりに、この子が道中の障害を取り除くという役割分担を――」

「私の仕事はマリーおんぶして走るだけだし。装置動かしたり撃ったり爆破したりはマリーの仕事。というか私、マリーと違って銃撃つのあんまり好きじゃないよ」

「とにもかくにも!」


 まだぎりぎり笑顔を維持しつつ、マリーは半ばやけくそぎみた叫びをあげる。


「探索者としてはちゃんとお役に立てますので全然まったく完璧に大丈夫です! ただちょっと説明し辛いだけで!」

「そ、そうか……」


 と、マリーの凄まじい剣幕に押される形で頷くディーン。ダメなリーダーの典型っすね、と内心で呆れるアリソン。そして相変わらず無表情なフーコ。

 すー、はー、と。

 深呼吸を一つしてから、マリーは何とか完璧に近い笑顔を取り戻して言う。


「……こんな子ですけれど、別に冷たいわけじゃないし、意外と可愛いこともあるんですよ。年の離れたお兄さんが大好きだったり」

「マリーうるさい」


 ぺちん、と。

 無表情のままのフーコが、フォローしていたマリーの頭を引っ叩いた。


 ぶちん、と。

 マリーがキレた。

 まあ、そりゃそうだと思う。むしろ、マリーにしてはよくぞここまで持ち堪えたというべきかもしれない。


 ぽいっ、と。

 化けの皮をその辺に脱ぎ捨てたマリーは、フーコに襲い掛かって、その頭をぺちぺちぺちん、と何度も引っぱたきながら叫ぶ。


「フーちゃんのバカぁっ! 私が一生懸命真面目な話してるのに変なことばっかり言ってぇっ! フーちゃんがお兄ちゃんのこと大大大好きなのは本当のことでしょ! フーちゃんのブラコンっ! お兄ちゃんのこと考えて夜も眠れないんでしょっ!」

「だって格好良いもん」

「確かに格好良いよね!」


 と、二人は一瞬動きを止め、頷き合う。


「でもそれとこれとは話が別なんだよ!」


 ぺちぺち、と攻撃を再開するマリーに対し、フーコも負けじと反撃しつつ叫ぶ。


「マリーだって弟くんのことお人形さんか何かみたいにして可愛がってたじゃん。女の子の格好させてみたり。本人そんな趣味ない男の子なのに、あれじゃ可哀想だよ」

「だって可愛かったでしょ!」

「めっちゃ可愛かったけど」


 と、二人は一瞬動きを止め、頷き合う。


「でも、それとこれとは話が別」


 ぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちっ!


 とか、そんな可愛らしい擬音ではそろそろ誤魔化せない、容赦なしの取っ組み合いを始めようとする二人の少女。

 そんな世にも恐ろしい状況に対し、強靭な心でもって正気を保ち冷静に対処して場を治めるべき立場にあるディーンは、でも完全にびびっていて動けず――そんなリーダーの姿を見たアリソンは「ダメだこいつ」と即座に判断して、仕方なく自分が仲裁に入った。


「はいはいはいはいそこまでっすよー」


 下手に止めようとすると自分まで巻き込まれそうだったので、ぱんぱん、と手を叩いて離れた位置から二人に言葉を掛ける。


「……何?」


 掴み掛かってきたマリーの身体をひょいと避けつつ足を払って地面に転がし、両脚で跨って押さえつけてマウントポジションを取って「さあこいつめどうしてやろうか」と思案していた真っ最中のフーコだったが、でも、ちゃんとアリソンの言葉に返事をした。

 ちょっと無口なだけで、話はちゃんと聞く娘なのである。


「ええっと、その、あれっす……争いは何も生まないっすよ」


 と、アリソンは自分でもちょっとどうかと思うくらい当り障りのない言葉から説得に入ったが、驚くべきことにフーコは、


「……うん」


 と、あっさりと説得されて頷いた。

 ちょろい娘だった。

 アリソンはちょっと心配になった。


「……ええと、とりあえず離れるっすよ」

「でも……」


 と、まだちょっと収まりが付かないらしく、組み伏せた少女を見下ろし、睨む。


「……マリーのを揉んでやるのはセーフ?」

「アウトっす。そういう気持ちが復讐の連鎖を生むんすよきっと――あと、野郎がいるんで絵的にアレなんでやめるっす。完全アウトっす」


 さすがに女性経験ゼロということは無いだろうが――たぶん恐らくないと思うが、良い年していまいち女慣れしてない感のあるディーンにはたぶん刺激が強すぎる。


「そっちの、その、ちょっとアレなことになっているお嬢さんは大丈夫っすか? 気持ちはわかるっすけど、大人しくするっすよ?」


 アリソンはまだ、ふーふー、と興奮して息を荒げているマリーにも声をかける。

 派手な取っ組み合いの結果、頭に血が上った顔は真っ赤に紅潮していて、可愛らしい服がだいぶ着崩れている上、涙までぽろぽろ流していて、つまりは大変アレな状態になっている。アリソンは、さりげなく自分の身体でブロックしてディーンの視界に少女の姿が映らないようにする。

 この娘らこんな無防備で、本当に探索者やってて大丈夫なんすかね、とアリソンはちょっと本気で心配になりつつ、もう一度言う。


「大丈夫っすか?」

「……うん、分かったよぅ。おねーさんの言うことちゃんと聞くよぅ」


 と、もう猫を被るのは完全に諦めたらしく、素の口調で、ひっぐえっぐ、と涙を拭いながらマリーはアリソンに答える。

 色々おっかない気のする子だけど、こうして見るとただの女の子なのだな、とアリソンはちょっと安心した。


「……だけど、ぶっちゃけ今のフーちゃんのこのアングルちょー最高だからお願いもうちょっと待ってて目に焼き付けさせて」

「……そっすか」


 やっぱり色々とやばそうな子だった。絶対この娘を相手に気を許してはいけない、とアリソンは己に言い聞かせた。


「…………」


 フーコも黙ってマウントを解いた。


「待ってよフーちゃん! もう一度マウント取って! お願いだからもう一度ぉ!」


 と、何やら喚いているが、まあでも大丈夫そうだったので放っておくことにして、アリソンは結局最後まで隅っこで震えていたディーンに話しかける。


「ほら、役立たず――じゃなくてリーダー」

「その言い間違いってわざとだろ!?」


 もちろんその通りに決まっていたが「んなわけないじゃないっすかー」とアリソンはスルーした。それくらいの権利はある。


「いいから話の続きをするっすよ。ほら、そっちのお二人さんも座って座って」

「ひうう……フーちゃんの太股ぉ……」

「マリーはヘンタイ」


 などと罵り合いながらも、再び適当な魔術装置に腰掛ける二人の少女。それから、マリーがアリソンに向かって、ぺこり、と頭を下げる。何とも完璧とは言えない頭の下げ方だったが、妙なもので、誠意はちゃんと伝わった。


「ごめんなさい。おねーさん」

「や、別にいいっすよ」

「あー、そうだぁ。お礼じゃないけど、持ってきたからこれあげるねー」


 と、まだちょっとぐずぐず鼻を啜りながら、マリーがどこからともなく酒瓶を一本取り出した。なんかスカートの中から出したような気がするが気のせいだろうか、とアリソンはちょっと瞬きをする。


「はあ、そりゃどーもっす」


 と、アリソンは酒瓶を受け取る。

 それから、マリーは再びどこからともなく酒瓶を取り出す――というか、アリソンの目にはどう見てもスカートから出しているようにしか見えない。


「役立たず……じゃなくってリーダーのおにーさんにもあげるよー」

「ううう……」


 と、世にも情けない声を上げながら、その酒瓶を受け取るディーン。


「あと、他の探索者さんの分も持ってきたから、後であげてねー」


 と、さらに、ぽんぽんぽん、とスカートの中から酒瓶を数本取り出してくる少女――この子のスカートはどうなっているんだろう、とアリソンは思ったが、まあたぶんスキル持ちなのだろう。何故スカートなのかはわからないが。

 ついでに、マリーにもらった酒を確かめてみる――その辺に疎いディーンなんかは気づいていないだろうが、それなりの良い値段がする有名な酒だった。普通に飲んでも旨いし、売ればそこそこ金になるから、探索者なんかに渡すと大抵喜ばれる。

 いかにも優等生的な選択だった。


 アリソンは思う。


 本来なら、先ほどの完璧な笑顔で二人に挨拶を終えたところで、そのまま完璧な流れでこの酒を「どうぞ皆さんでお飲み下さい」と言って渡すつもりだったのだろう。

 いかにも優秀な探索者といった顔で。

 そうなっていたはずだ。

 隣にフーコという少女がいなければ。

 まったく、マリーからすれば、本当に堪ったもんじゃないだろう。

 だが――


「ねえねえねえねえ、それでその……ちょっと聞きたいんだけど、おねーさんとおにーさんって付き合ってるのかな?」


 などと、化けの皮が剥がれた途端、可愛らしく小首を傾げながら、なかなか答えずらいことを聞いてくる油断ならない少女を見ながら。


 アリソンは思う。


 たぶん、きっと先程のやり取りがなければ、自分はこのマリーという少女のことを全然別の形で扱うことにしていただろう。

 完璧な笑顔を浮かべた、「特例」として認められている魔術者である、そう作られたかのようにどこもかしこも優秀な少女として。

 あるいは。

 警戒すべき、得体の知れない人物として。


「あー、全然全然っす。そーゆー関係じゃねーんすよ私とディーンは」


 と、マリーの言葉に適当に答えつつ、隣で「そ、そうだよ」と慌てたように全然まったくそんなことはないんだと油に着火するような説明をして、マリーにめっちゃニヤニヤされているディーンの馬鹿面を眺める。


 アリソンは思う。


 たぶん、このマリーという少女は、隣にフーコという少女がいない方が優秀だ。

 すげーよくわかる。

 アリソンも、ディーンと一緒に仕事をしていないときは、いつもより優秀だといわれるから。実際、自分でも当社比三倍くらい優秀だな、と思う。まじで全然違う。

 あいつと組むのもうやめなよ、とはっきり言われたことすらある。

 でも、それは違う。


「違うんすよねえ……」


 そう、呟いて。

 マリーの毒牙にものの見事に噛み付かれ、さらにはフーコの空気読まない発言にも襲われ、すでに息絶えそうになっている、もう随分と長い付き合いになる仕事仲間の間抜けっぷりを眺めながら。


 いっひっひっ、と。


 アリソンは笑った。

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