その1.
1.こちら探索少女二名、現在落下中です。
「きゃっはぁーっ! 落ちてるぅーっ!」
少女が空を落ちていく。
割とよくあることだと思う。
例えば、落ちていく先にどこにでもいる平凡な男の子なんかが歩いていたなら、しかも男の子が少女を上手いこと受け止めたなら、これはもう世界に隠された秘密なんかを巻き込んだ素敵な恋の物語に発展すること間違いなしだ。どこかの異世界できっと似たようなことが今でも起きているはずだ。
無論、受け止め損ねた場合はフラグが折れ、普通に墜死事件として処理されるものと思われる。どこかの異世界できっと似たようなことが今でも起きているはずだ。中には別に受け止めたわけでもないのに、素敵な美脚を拝むことができた探索者もいたりするが、そういうのはまあ例外だ。
もっとも、ここは空のど真ん中である。
眼下には、広大な雲の海がずっと続く。
遠くには絶妙な位置に沈みかけの太陽。
「映えるね! フーちゃんっ!」
懐かしい言葉が出た。
確かに、もしこの異世界に古き良きSNSがあって、かつ、ちゃんと機能しているなら、写真なんかを撮って投稿すれば「わー綺麗ー」と言われること間違いなしだ。
でも、その場に生身で放り出されている人間にとっては、綺麗とかちょっと言ってる暇なんてない、割と極限状態である。
もちろん、どこにでもいる平凡な男の子がその辺に飛んでいたりもしない。仮にいたとしても、それは絶対どこにでもいる平凡な男の子ではない。
それに、落ちている少女は二人だった。
もちろん、フーコとマリーの二人組だ。
しかも、向かい合って抱き合っていた。
どこにでもいる平凡な男の子の手には、向かい合って抱き合いながら落ちてくる少女二人は、まず確実に手に余る。あらゆる意味で重すぎるし、ちょっとどうしたらいいかわからないと思う。というか、下手に何かしたら「馬鹿野郎お前空気読めよ!」と誰かに怒られる可能性が極めて高い。
というわけで、今現在、絶賛落下中のフーコとマリーが誰かに受け止めてもらえる望みは極めて薄く、つまりは自分たちで自力で何とかするしかない。
もちろん、二人は自力で何とかしていた。
二人はぴったりと身体を寄せ合っている。
が、こんな状況なのだし、フーコもマリーも別に、その、ちょっとアレな意味で抱き合っているわけではない。
フーコはマリーのと密着している己が胸部の存在感のなさに対し心の中で首を傾げているし、マリーもフーちゃん何でこんな細っこいんだろうちゃんと内臓あるのかな、とか思っているが、まあそれはそれとして。
もちろん、ちゃんとした理由がある。
空を飛ぶのだ。傘で。
具体的には、きゅっ、傘を抱きしめているフーコに、ぎゅうううっ、とマリーがさらに抱っこしている。少し密着し過ぎな気もするが相合傘という奴だ。
女の子二人が空で相合傘をしている。
見ている分には、めっちゃ可愛い。
きっと「映える」に違いない。
ちなみに傘は、いかにもお嬢様が休日の昼下がりにでも広げていそうなザ・日傘である。真っ白でひらひらのフリルが付いていて刺繍なんかも入っている。
そんな日傘が空を飛ぶのに適しているかどうかは不明だが、そもそも空を飛ぶのに傘が適しているかどうかもちょっと微妙だが、というか飛んでいるわけではなく単に落下しているだけな気もするが、でもとにかくめっちゃ可愛いことは確かだ。
ちなみに、初期案ではいつも通りおんぶした状態で傘で飛ぶ予定で、ぎりぎりまで二人とも「まあ何とかなるだろう」と思っていた。だが、この空域まで送り届けてくれた飛行艇の乗組員Cから降下直前に「いやそれ絶対途中で背中から落ちるから」と止められたので、そこは素直に従ってその場でしばし試行錯誤した後、この形に落ち着いた。その光景に目を奪われていた乗組員Cはそこでふと正気に返って「というかそもそも傘で飛ぼうとするのやめろぉっ!」と叫んだが、二人は無視した。乗組員Cの静止を振り切って飛行艇からダイブした。
その飛行艇は、乗組員Cと共にすでに遥か上で、とっくにただの点になっている。
「あのさっ!」
と、そこでようやくフーコが口を開く。
いつもの彼女ならまず出さない大声である。そのせいか、声がちょっと可愛い感じに上ずっているがまあ仕方ない。周囲の風の音がやかまし過ぎて、密着している今の状況でも、それくらいの大声でなければ伝わらないのだ。
しがみ付いている日傘を見上げて、
「傘! 本当に、本当に大丈夫!?」
「大丈夫!」
と、マリーは笑顔で言った。彼女の場合は、この状況でも、いつも通りでも普通に言葉が伝わる。
「この降下のために作った特別製だから折れたりしないって! 並の竜が搭載してる『ドラグーン』なら耐えられるくらい頑丈にしておいたんだよ! ほめて!」
そんな意味不明な日傘を作っている暇があるのなら、もっと普通に降下できるパラシュートとかを作るべきなのでは、というまっとうな意見はフーコの頭の中にはない。全然ない。
ちなみに、鬼畜小悪魔ちゃん改めマリーの頭の中ではどうか、というと、ちゃんとパラシュート案はある。グライダー案もあるし、ジェット・エンジン案も、アダムスキー・ドライブ案だってある。あるのだが「それじゃあつまらないし可愛くないもん」と採用されることはない。絶対ない。
そういうことはフーコは知らない。
たまに知ってもあまり気にしない。
懐の大きな娘なのである。
オブラートに包んで言うならば。
「褒めるけどっ! でもさっ!」
とはいえ、そんな彼女でもさすがにちょっと不安は感じるらしい。念を押してフーコはマリーに確認する。
「本当に大丈夫!?」
「本当に本当だよフーちゃん!」
「わかった信じる!」
フーコは信じた。
素直な娘なのである。
オブラートに包んで言うならば。
だから素直に――それを始めた。
ふわり、と。
傘がいきなりやる気を出した。
そう思えるくらい急激な減速。
浮きあがった二人を風が誘う。
恐ろしく澄んだ青い空の真下。
遠くまで広がる雲の海の真上。
荒っぽい気流のダンスの中へ。
傘で落下していた馬鹿どもが。
傘で飛ぶ不思議な少女たちに。
重力や現実を無視した何かに。
変わる。
「――飛んだよっ! フーちゃんっ!」
と、マリーの楽しげな笑顔に。
「気抜くと吹っ飛ばされそうなんだけど!」
と、フーコは文句を言いつつ笑い返す。
ふわり、と。
ふわり、と。
二人の少女が空の中で抱き合って。
やたら楽しそうに傘で飛んでいく。
そして。
そんな少女二人が飛んでいく先には、雲の海の中に見え隠れする、とんでもなく巨大な――でも、この風景の中ではひどくちっぽけに見えてしまう「それ」。
何であるかは、もちろん決まっている。
なんたって、二人は探索者なのだから。
それが発見されたのは、ごくごく最近。
それまではその存在の噂だけがあった。
だから発生したのは、ずっとずっと昔。
名前はまだない。
空に浮かぶ、ダンジョンだ。
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