第55話 森の援軍

「次来るぞ! 一人一匹! 手が空いた者は周りをフォローしろ!」


「おうっ!」


 俺の声に応じて、冒険者たちが声をあげる。

 再生が完了した蛇頭へびあたまは、またもさきほどと同じように触手を持ち上げた。


「任せてっ!」


 ロロが一人、前に出る。

 自然、多くの蛇がロロへと集中した。

 十、二十、三十。

 彼女は波のように迫り来る触手を切り伏せていくが、相手の蛇の数は減るような様子を見せない。


「――はぁああっ!」


 ロロが吠え、その剣の速さは増していく。

 Aランク冒険者として認められた剣士の姿がそこにあった。


「すげぇ……」


「あれが神速の剣聖、ロロ……!」


 冒険者たちは思わずその姿に見惚れる。


 ロロと冒険者たちの協力で、なんとかゴルゴーンの触手を抑えられている。

 この調子ならしばらくは持つだろう。


 だがそれだけではダメだ。

 既に蛇たちの猛攻に押され始めている。


 なんとか相手を倒す方法を考えないと。

 あからさまに怪しいのは中心の首だが、それを攻撃するにはあの蛇の頭の大群を乗り越えないといけないし――。


 どう倒したものかと攻めあぐねていると、ふと視界の隅に一匹の蛇が宙を泳いでいるのが見えた。

 そしてそれは、地面に横たわる獲物を見付けるとまっすぐに向かう。


「――まずいっ!」


 蛇の向かう先には、意識を失って倒れている帝国兵がいた。

 それを喰らえば蛇はまたも力を蓄えるだろうし――何より、敵とは言え助けられる命を見捨てるのは寝覚めが悪い。


「どりゃっ!」


 道ばたに寝転ぶ帝国兵を蹴り飛ばし、蛇の頭を切り伏せる。

 ……肋骨ぐらいは折れたかもしれないが、許してくれよ!


「――エディン、危ないっ!」


 ロロの声が響く。

 俺の死角から、もう一匹の蛇が迫ってきていた。


 ――くそ、腕一本食わせれば見逃してくれないかな。

 観念して、片腕を犠牲にする決意をする。


 左腕で蛇の牙を防ごうとした、そのとき――。


「――ぎゃおぅぅ!」


 小さな影が、声をあげて蛇に飛びかかる。

 その影は蛇の頭を掴むと、地面に叩き付けた。

 もう一つの影が飛びかかり、手に持った石斧で蛇の頭を砕く。


「……お前たちは」


 俺は思わず呆然とその二人を見つめる。

 彼らはすっくとその場に立ち上がると、こちらを見返した。


「ボバブぞくのせんし、バズ」


「ガッガ」


 二人の子供のゴブリンはそう声をあげた。


「ボバブぞくは、おんをわすれない」


「それにもり、さわがしい。へんなまもの、すきかって、させない」


 彼らの言葉に呼応するように、茂みからゴブリンたちが姿を現した。

 そこには布で作った投擲用のスリングショットを持つ、長老のゴブリンの姿もあった。


「……人同士の争いに手は出さぬ。だが私たちの村に知を与えし賢者が困り、そして見知らぬ魔物が我が物顔で私たちの森を荒らしている。ならば助太刀せぬ理由はあるまい」


「……あ、長老ドドさん、あれからずっとその口調のままなんだ……」


 俺がそんなどうでもいいことを気にしていると、さらに茂みの中からべつのゴブリンたちが飛び出してくる。


「バルガぞくが、いちばんのせんし! ブブ!」


「おなじくゴンゴ! よばれ、やってきた!」


「ズズぞくのおさ、ギンガ! ドドのたのみ、きく!」


 次々と現れたゴブリンたちが、蛇頭のゴルゴーンを取り囲んでいく。

 その数は百を超えていた。

 俺とユアルがお邪魔したゴブリンの村の長老、ドドさんが口を開く。


「あなたのもたらした知により、我々ゴブリンの村々は互いに協調する術を知った。次は私たちがあなたに恩を返す番だ」


 そう言うと彼は手元のスリングショットをぶんぶんと振り回す。


「――かかれ!」


 彼が石を投げつけるのと同時に、ゴブリンたちが蛇の頭に飛びかかった。

 ロロが呆然とそれを見つめる。


「えっと……援軍……? ゴブリンの……?」


「……ああ」


 俺はそれに答える。


「頼りになる俺の友人だ」


 俺の言葉に、ゴブリンたちが笑うのがわかった。

 ……前はその表情はよくわからなかったのだが。

 今なら読み取れる気がした。


 俺は彼らに向かって叫ぶ。


「ゴブリンのみんな! 無理はしないでくれ! 噛まれると死ぬかもしれん! 複数の蛇は相手にせず、確実に一つ一つ倒してくれ!」


 ゴブリンたちが俺の言葉に従い、蛇を一匹ずつ相手にする。

 蛇の牙は強力だが、一体一体ならゴブリンでも受け持てる。

 これなら――!


「――な、なあ! ちょっとだけこっちを援護してくれないか!」


 後ろから声が聞こえた。

 振り返れば、最初に逃げ出した帝国兵たちの姿があった。

 その目には怯えが混じっているが、さきほどのように絶望してはいないように見えた。


「――わかった!」


 俺は何も聞かずにそう答えて前に出た。

 ……あまり訓練してはいないが、試してみるか。


 俺は精神を集中する。

 それは風の初級呪文。

 ちょっとした旋風を起こす魔法で、暑いときに涼しい風を出したり、洗濯物が乾くのを早くできるのが売りの呪文だ。


旋風放出エアシュート……!」


 足に魔力を集中して、魔力が発散しないように固定する。

 クリスタルに魔力を込めたときの応用だ。

 そうすることで、集中が途切れない間は足運びを少しだけ早くできる。


「――四乗クアッド!」


 そしてそれを四倍にして、手足四本に風の魔力を纏わせる。

 これはアネスのアトリエからの帰り際、彼女に教わった魔術の使い方の応用だった。

 魔力を複数まとわせて、剣士としての力に上乗せする。

 剣の才能が無い俺でも、これなら擬似的に反応速度を上げることができるはずだ。


「来いっ!」


 俺の言葉と共に、蛇の頭が複数襲いかかってきた。

 体が軽く、剣が走る。

 一、二、三匹……四は無理かっ!

 三匹の頭を切り落としたところで、四匹目の蛇が俺の喉元を狙う。


「――解放オープン!」


 体に纏わせていた魔力を解放して、風を起こす。

 突風にあおられた最後の蛇の頭は怯み、俺はその隙を狙って切り落とした。


「ギリギリ、四匹が限界か……」


 非常に疲れるし、十も二十も相手にするロロの足元にも及ばない。

 だがアネスのアドバイスによって、俺ができることは確実に増えているようだった。


「――ありがとう、助かった! 仲間を回収できた!」


 後ろで帝国兵が声をあげる。

 見れば、意識を失って倒れていた帝国兵を抱えていた。


「安全なところに下がってろ!」


 俺の言葉に従って、彼らは仲間を連れて後ろに走っていく。

 これで余計な心配はしなくて良くなった。


 少しずつだが、俺たちは蛇頭のゴルゴーンを追い詰めている。

 今や冒険者やゴブリンの協力で、その攻撃はほぼ封じきっていた。

 だが……。


「ちぃ! 切っても切ってもきりがねぇぜ!」


「さすがに魔神が相手じゃ俺たちじゃ厳しくねぇか……!?」


「どうやって逃げるかの算段しといた方がいいってもんだ」


 冒険者たちから弱気な声が漏れ出てくる。


 現在はただの膠着こうちゃく状態であり、いつこちらの限界が来るかはわからない。

 このままではどこかで一人倒れ、そこからドミノ倒しのように崩れてしまう……そんな未来すら容易に想像できた。


 みんなの体力が尽きる前に、何か手を考えないと……!


 そう考えたとき、風を感じた。

 振り向くと山道を駆け下りてくる、獣の影。

 それは彼女を乗せて、俺のもとへやってくる。


「――どうも! 遅くなりました、エディンさん!」


 ユアルは俺にそんな言葉をかけた。

 ……俺たちが負けたときを考えて逃げるようにと言ったのに。


 だが指示を無視したことを責める気にはなれない。

 今の俺たちが一番必要としているその人物が、マフの背中に乗っていたからだ。


「――よくやったユアル。そいつが必要だったんだ」


 マフの背中に乗った魔導師――ミュルニアは、不思議そうな顔をして首を傾げた。

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