第54話 帝国の魔

「魔神ゴルゴーン……!?」


 首から無数の蛇を生やした化物が、こちらを見つめていた。

 それは触手のようにうねうねと蛇をうごめかせる。


「エディン、下がって。……あれはヤバそう。他のみんなも気を付けて」


 俺の前にロロが出る。

 周囲の冒険者隊は兵士たちと切り結ぶのをやめて、後ろへと下がった。


「――来るよ」


 ロロの声と共に、何本もの蛇がその頭を伸ばす。

 周囲の人間めがけて蛇の頭が迫った。


「ひぃっ……!」


 敵の指揮官はそれを恐れるようにして、一目散に逃げ出した。

 だがそれを追いかける暇はない。


 蛇の頭のうち八本が、左右から俺に襲いかかってきた。

 ――俺にこれを防ぎきれるか……!?


「――たぁっ!」


 隣にいたロロが剣を閃かせた。

 瞬間、七つの蛇の首が落ちる。

 それに合わせて、俺は残り一匹の首を切り落とす。


「サンキュー、ロロ。助かった。……よし、手分けするか。俺が一割で残りがお前ぐらいで」


「それは手分けって言うんじゃなくて『守ってください』ってお願いするところなんじゃないかな」


「一理ある」


 そんな軽口を叩く俺たちの横で、声が上がる。


「ぐあっ! や、やめろ! 助けてくれ! 俺は味方だ!」


 帝国軍の兵士の一人が蛇にからみつかれていた。

 蛇は兵士の言うことなど理解せず、その首にかぶりつく。


「……見境無しか!」


 蛇は敵と味方の区別もなく、周囲を襲っているらしい。


 そうして噛まれた兵士は、顔色がどんどん白くなっていった。

 体はやつれていき、まるで干からびたミイラのようになっていく。


 その様子を見て、ロロが呟いた。


「……生命力と魔力を根こそぎ吸い尽くしてるみたい。まるで石化だね」


「捕まったら死ぬな。……あの魔物、めちゃくちゃヤバいなんてもんじゃないぞ」


「文句なしで災害指定級。野放しにしてたら街が一つ滅ぶレベル」


「あんなもんを解き放つなんて、正気か……? ……ってあいついったいどこいったんだ」


 もう先ほど戦っていた指揮官の姿は見えなくなっていた。

 闇に紛れて逃げおおせてしまったらしい。


 だがしかし、それを気にしていられる余裕はなかった。

 気を抜けば目の前の蛇の塊に一瞬で――って。


 俺は目の前の光景に目を疑った。

 切り落とした蛇の断面から、肉が盛り上がっていく。

 そしてそれはすぐに元通りの蛇の頭となり、チロチロと舌を出した。


 ――再生能力。

 しかも異常なほどの強さ。


「……はは、こりゃ幻覚だな。おい、雲の上の石から蜂蜜の音を感じないか?」


「現実逃避におかしなこと言わないで。あれは間違いなく本物だから」


「……だよなあ。マジもんの魔神様ってことか? 冗談キツいな」


 念のため幻術破りの会話をしてみるも、特に反応はない。


 指揮官も逃亡した今、帝国兵はすでにまともに進軍できるような状態ではない。

 ある意味これで目的は果たしたと言える。

 ――しかし。


「――来る! みんな気を付けて!」


 十や二十ではすまない数の蛇の触手が、あたりに広がる。

 おそらくは再生能力と同じく、物理的にその胴体の長さが伸びていた。


 それらは冒険者や帝国兵の区別どころか、人かどうかすら判断している様子すらない。

 とにかく動く物を捕食しようと、近くの物へと迫ってかぶりついている。


「――どらぁ!」


 そのうち一本の蛇を切り落とす。

 隣ではロロが数本を一度に切り落としていた。

 冒険者たちも一人一本ぐらいなら受け持てるようで、それを切り落としていく。

 切り落とされた頭はぐずぐずに崩れて、泡のように溶けていった。


 ――しかし。


「いやだ! いやだ! 死にたくない! やめっ……!」


 既に戦意を失っていた何人かの帝国兵がそれに絡め取られ、捕食される。

 人だったものの石像が地面に転がった。

 そしてそれと同時に、ゴルゴーンの体が一回り膨れ上がる。


「……食うことで蛇の長さを伸ばしてるのか」


「兵士全員喰らい尽くしたら、そのうちこの森を覆うぐらい大きくなりそうね」


 ロロの冷静な分析に、俺はため息をつく。


「そうなったら街どころじゃすまないな。国すらも呑み込むぞ、こいつ。さすが魔神だ」


 どこかで限界が来るとは思いたいが、それが国を喰らい尽くしてからでは遅い。

 こんな物を連れてくるなんて、帝国はいったい何を考えているんだ。

 ――まったく、あのわがまま姫は。


 俺は声を上げる。


「――帝国兵のみんな! 死にたくなければあの化物と戦え! それができないなら逃げろ!」


 俺の声に、恐怖に身をすくませていた周囲の帝国兵が我に返る。

 そして慌てて立ち上がり、その場から逃げ出す。


「……そして冒険者のみんな。今から俺はお前らに酷いことを言う」


 帝国兵が下がって、山道に隊列を組める程度のスペースが空いた。

 強襲隊の仲間たちは、何も言わずにそこに入り、ゴルゴーンを囲むように剣や槍を向けていく。


「――こいつをここで抑え込む! 力を貸してくれ」


 俺の言葉に、ロロを含めて冒険者隊のみんなが笑った。


「おう! 任せろ!」


「給料分の仕事はしてやるよ!」


 まず応えてくれたのは、いつも俺の面倒を見ようとしてくれるハゲ頭の冒険者だった。

 普段ギルドの掲示板の前でいつもたむろしている彼らのチームに呼応するように、冒険者たちが次々と声をあげていく。

 その目に絶望の色はない。


「っていってもどうやって倒すんだこれ?」


 一人の冒険者の言葉に、俺はため息をついた。


「それは今から考えるところだ。……誰かこいつを一撃で葬れるような必殺技でも持ってないか?」


「そんなんあったら、今頃冒険者なんてやらずにどっかの国で英雄でもやってら」


「……違いない」


 俺たちは冗談を言い合って笑いながら、武器を構える。

 うねうねと蠢く蛇の塊を取り囲み、それを見据えた。

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