第53話 雑用騎士 VS 貴族騎士

 襲撃は成功した。

 狙撃部隊は狙撃終了後、待ち伏せと迂回で相手の軍の前後を攻めて陽動をしてもらう。

 相手が浮き足立ったところで、当たりを付けていた指揮官の位置に、木陰と闇に紛れて強襲。

 強襲隊が指揮官を討ち取り、相手の戦意を奪うという計画だ。


 運良く通り雨が降ったことも幸いして、作戦は上手くいった。

 二百ちょっとの強襲隊は敵部隊の中央に食い込み、混乱した敵兵は暗闇の中で同士討ちまで始めている。

 あとは即座に指揮官を討てていれば文句なかったのだが……。




「エディィィン!」


 俺の剣は相手に防がれてしまっていた。

 俺が思わず舌打ちすると、相手は俺の名前を叫んだ。

 ……え?


「……お前、俺の事、知ってるのか……? 誰だっけ?」


 記憶にない顔の相手だったので、つい尋ねてしまった。

 しかしたしかに、帝国軍の指揮官クラスの相手となれば顔見知りである可能性は高い。

 俺は悪い意味で名が知れていたからだ。


 だがそんな俺の言葉に、相手はその顔を歪めて激昂した。


「貴様! よくもそんな言葉をぬけぬけと……! 私の顔を忘れたのか!」


「すまん、まるで覚えてない」


 影が薄かったのだろうか、何も印象が残っていない。

 俺の言葉に相手はプルプルと唇を震わせると、剣を押し返した。


「良いだろう……! ならば思い出させてやろう! 私の剣技でな!」


 そう言って彼は剣を鞘から抜いて、その切っ先をこちらに向ける。

 帝国の剣技の中でも貴族に好まれる流派の構えだ。

 騎士でそれを扱うのは腕に自信のあるものだけである。


 その証拠に、彼の構えにはブレがなく的確に俺の急所を突こうと狙っているのがわかる。

 さすがに相手も指揮官を務めるだけの騎士だ。

 決して気を抜いていい相手ではない。


「……お前がこの軍の指揮官か?」


「いかにも! 私こそがこの部隊を姫から預かった大隊長だ! 貴様のような平民とは違うのだ!」


 男は正直に答えてくれる。

 あとはこいつを倒せばいいということだ。


 周囲で敵兵と冒険者隊との斬り合いが始まる中、俺は敵指揮官との間合いを測っていた。


 ……俺には剣の才能がない。

 それは騎士団の訓練の中でも嫌というほど思い知らされてきた。

 だが――。


「いくぞっ! エディン!」


 男が地を蹴った。

 剣の先端が俺に迫る。

 俺はそれを何とか切り払って、後ろへ引いた。

 ――相手が誰であろうと、負けるわけにはいかない!


「ほう、無能のくせによく避けた! だが今のはほんの挨拶代わりだ! 次は本気で行くぞ!」


 相手が足を踏み込む。

 俺はそれに合わせて剣を払った。


「――甘い!」


 払われるのを予想したかのように、相手の剣は俺の剣を避けて曲線の軌道を描く。

 そしてそのまま流れるような動きで二段目の突きが放たれた。

 ――しかし。


「――水溶地倒アクアスネア!」」


「ぬおんっ!?」


 俺の放った足元をぬかるませる魔術により相手は姿勢を崩し、その剣は空を切る。


小火花リトルスパーク!」


「びゃぎゃっ!?」


 そして相手の目元に火花をぶつけた。

 失明こそしないだろうが、一時的に視界は塞がれる。

 そして俺は剣を振り下ろす。


「――はっ!」


「ぎゃああっ!」


 相手は慌てて体を引くも、その手の先に刃が触れた。

 数本の指が地面に転がる。

 それを見て、相手は倒れるように尻餅をついた。


「ひ……卑怯者めぇぇぇ!」


 男は声を上げた。


「魔術に目潰しなど、品の欠片も有りはしない! それでも貴様は騎士か! 騎士道の風上にも置けぬ者め! 恥を知れ!!」


 わめく男に俺は笑う。


「あいにくと、今の俺は騎士じゃないんだ」


 剣の切っ先を、男に向けた。


「品格も作法も知らない……ただの冒険者ですまない」


 男は俺の言葉に、その顔を引きつらせる。

 一歩ずつ男へと近付いた。


「その手ではもう剣も握れないだろう。大人しく投降するなら命だけは助ける。すぐに軍を引くように指示を――」


「――あああああっ!!!」


 男は握った泥を俺の顔に向けて投げつけると、そのまま背中を見せた。


「ハハハこの甘っちょろい愚図め! 敵に情けをかけるからこうなるのだ! ……貴様ら何をしているっ! 私を守れ! 守れば必ず褒賞を支払うぞ!」


 男の言葉に周囲の兵が慌てて駆けつけて俺の前に立ち塞がる。

 ――まずい、俺では何人もの兵士の相手をすることは……。


「――行って、エディン」


 言葉と共に、ロロが俺の横をすり抜けて前に出た。


「ぐおっ!」


「ぎゃっ!」


 二人の兵士が目にも留まらぬ速さで気絶させられる。


「……手加減ってのは、力量差が必要だからね」


「――助かる!」


 無駄に兵士を殺したくないという俺の甘い考えを察してくれたらしい。

 ロロの腕があれば、複数の兵士相手でも命を取らずに戦うことができるだろう。


「ここは任せた!」


 俺は敵の指揮官を追う。

 彼はすぐ近くにあった巨大な積み荷へと駆け寄っていた。

 その大きさは大人が立って入れそうなほどに大きい。


「そうだ……これだ……これがあったんだ……これを使うしかない……」


 男はブツブツ言いながら、積み荷の鍵を外す。

 積み荷の封が解かれ、両開きの扉が開いた。


「ひ、ひひ……ハハハ……! これで終わりだ……おしまいだ……何もかも……!」


 敵の指揮官は笑いながら後ずさる。

 するとその積み荷の中身が見えた。


「……蛇……?」


 思わず俺はそう呟く。


 そこから顔を出したのは、人の手首ほどの太さをした大きい蛇だった。

 舌をちろちろと出して外の様子をうかがう。

 そうしてそれは外が安全だと思ったのか、その体を外に出した。


 蛇の頭が外へでる。

 続いて、二匹目の蛇の頭が顔を出した。

 三匹目、四匹目。

 ……十……二十……三十……?


 数え切れないほどの蛇の頭。

 その頭は全てが根元で繋がっている。

 蛇の頭の集合体が、窮屈な箱からぬるりと這い出た。


「くひ、ひひ……! これが姫より預かった力――」


 百を超える蛇たちの根元には、いびつに歪んだ顔があった。

 その首には異常に大きな血走った眼球がついており、じっとこちらを見つめている。

 敵の指揮官はそれを見て、震えながら笑った。


「――魔神ゴルゴーンだ……!」


 恐怖と狂気に支配された男の笑いと共に、蛇たちが一斉にこちらを向いて威嚇した。

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