第56話 再生の終焉

「ミュルニア! 早速あの魔神の解析を頼む! 何か弱点を探してくれ!」


「ひゃあー、魔神……? いったいどういうこと……?」


 そう言いながら彼女はマフの背中を飛び降りる。

 そしてすぐに、懐から短杖を取り出した。


「――まあ、聞かなくてもわかるんだけどね」


 彼女は踊るように、空中に魔法陣を動き出す。

 それがミュルニアの詠唱方法。

 杖の動きと体の動きで図形を描き、詠唱と同じ意味を持たせる術式。


「――素体解析マテリアルアナライズ!」


 魔法陣から青白い光が溢れる。

 ゴルゴーンの操るいくつかの蛇が、その光に目を細めた。

 ミュルニアが解析を始める。


「……魔神ねぇ。あれが?」


 ミュルニアはいぶかしげな顔をしてゴルゴーンを見つめた。

 俺は彼女の疑問に返事をする。


「ああ。驚異的な再生能力に捕食力。魔神と言われても差し支えない、そんな相手だ」


「……なーるほどね。へいへい、いっちょ魔神の種明かしといきますか」


 ミュルニアはそう言って、俺に向かってウィンクした。

 彼女は笑みを浮かべて言葉を続ける。


「魔神? そんなもんじゃないない。あれは魔術的に作られたただの合成獣キメラ。つまり――」


 ビシッ、とその杖の切っ先をゴルゴーンへと突きつけた。


「――ただの倒せる魔物だよ」


 ミュルニアが相手の正体を看破する。


「バジリスクとヒュドラと吸血ヒルに、クラーケンとマーメイドかな? えらく組み合わせたねぇ。再生力とそれを補う為の捕食力に特化してるみたい。たしかにその力は強力だろうけど、魔神なんて大層な称号はさすがにちょっと盛りすぎじゃないかなー?」


 ミュルニアが解説を続ける。

 それと同時に、周囲の冒険者たちの表情に希望の色が広がっていくのが見えた。


「アレは魔神なんかじゃなくて、ただのツギハギの魔物ってことか!」


「なら無駄に怖がる必要もねぇな!」


 そんな認識が広がると共に、冒険者たちの士気が上がっていく。

 俺は続けてミュルニアへと尋ねた。


「ヤツを倒すにはどうすればいい?」


「うーん、どうもコアとなっているヒュドラ本体の蛇がいくつかあるみたいだね。五、六本ぐらいかな? そいつらを同時に切り落とせば、体が指令塔を失って勝手に引き裂かれちゃうと思う」


「……その本体ってのは、どの蛇のことだ?」


「わかんない」


 俺は彼女の返答に眉をひそめる。

 ミュルニアは悪くないが、無数の頭の中から本体を選び取って同時に切り落とすのは不可能だ。

 俺は重ねて彼女に質問する。


「他に何か弱点になりそうなものはないか?」


「弱点となると……元となった奴らの性質が混じり合ってるから~……おそらくは――」


 ミュルニアはパチンと指を鳴らした。


「――冷気。寒さにはすこぶる弱いはずだよ。何せ組み合わせの基盤がヒュドラでバジリスクが混じってる……つまりトカゲが主なんだよね。寒いと冬眠したくなっちゃう。……でもうちじゃあ、動きを止めるほどの冷気を出すには全然魔力量が足りないかな」


 冷気。

 そして膨大な魔力量。


 ――それには一つ、心当たりがあった。


「……ユアル!」


「は、はいっ!?」


 俺の言葉にユアルはびくんと反応する。

 

 ――『さっきミュルニアさんに、氷の魔術も教えてもらったんですよ!』

 それは戦闘が始まる前に、ユアルから聞いた言葉だった。


 俺の意図したことがわかったのか、彼女は慌てて口を開く。


「で、でもっ……! まだ教えてもらったばかりなのにいきなり実戦は……!」


「大丈夫だ、お前ならできる」


「そんな……! だけどわたしの魔術は……」


 今もゴルゴーンは蛇の頭を再生させ、こちらに襲いかかろうとしている。

 未だに冒険者やゴブリンたちに犠牲者が出ていないのは奇跡だった。

 犠牲が出る前に、ヤツをいち早く倒さなくてはいけない。


「頼む、ユアル。俺の命を、お前に預けたい」


 俺の言葉にユアルは息を呑む。

 その横からミュルニアが声をかけた。


「……だいじょーぶ、うちもついてるよ。さーて、あんなやつをさっさと倒しちゃって、帰って鍋パでもしよーね」


 ミュルニアに励まされて、大きく息を吸った。

 そして力強く頷く。


「――はい! 蟹がいいですね!」


 ユアルがそう言うと、周りの冒険者たちに笑みがこぼれた。


「リューセンの沢蟹は美味いぞぉ」


「魚介だけか? 肉も欲しいな」


「俺は酒がありゃあいい」


「俺んとこの地元では団子鍋がだな……」


 口々に冒険者たちに話題が広がっていく。

 俺は笑って、そのあとに続いた。


「――ああ、みんな俺がおごってやる。なんでも食わせてやるぞ! ……だけどイカはやめとくか。蛇の顔を思い出しそうだ」


 俺の軽口に冒険者たちは笑う。


 人々の笑顔を見て、ユアルはアネスからもらった短杖を取り出した。

 ――その精神は、修行のときよりも落ち着いているように見えた。

 そして詠唱を開始する。


「――冷気よ宿り、奪い去れ」


 初級魔術なので、詠唱は非常に短い。

 だがユアルの杖先には、既に莫大な魔力が集まっていた。

 冷気に変換しきれなかった魔力が、青い光となって漏れ出る。


「――『氷冷破片アイスダスト』!」


 瞬間、ユアルの杖の先から激しい吹雪が放たれた。

 極大の寒波となった青白い光の束は、蛇頭の塊を包んでいく。

 それと同時に辺りに氷雪が広がって、末端の蛇たちが震え出した。


「――動きが鈍くなったぞ!」


「今だ! やれ! ふんばり時だ!」


 冒険者たちが動きの遅くなった蛇の頭をあっさりと切り落としていく。

 ゴブリンもそれに続き、次々と蛇の頭を砕いていった。


 蛇が寒さに震える間に、再生が追いつかないほど蛇の頭の数は減らされていく。


「――うぐぅっ!?」


 ユアルが声をあげて、右手を押さえながら膝をつく。

 見ればその手には霜が張り付き、凍り付いている。

 反動バックファイアによる重度の凍傷だ。


「こっちはうちに任せて! 応急手当しとく!」


 ミュルニアがユアルの手に治癒呪文をかける。

 俺はその場を任せて、地面を蹴った。



「――氷冷破片アイスダスト


 ユアルが使ったのと同じ呪文を、俺は剣にかける。

 そこに現れたのはユアルに比べるとほんの小さな氷の霜だ。


「――二乗デュアル


 集中を解かないまま、さらに詠唱を続ける。

 二重となった氷の初級魔術が、剣に宿った。


「――四乗クアッド――!」


 四重の詠唱で剣が青く光る。

 今にも放出しそうになる魔術を、放出しないよう集中する。


 ……俺の魔力ではユアルと違って、冷気は一瞬しか継続しない。

 だからその一瞬に、四重詠唱を叩き込む!


 剣を振りかぶりながら俺はゴルゴーンへと近付く。

 蛇の頭たちは冷気とみんなの連携により押さえられており、俺の進路を阻むことはできない。


 ゴルゴーンの無数の蛇頭の根元、その中心の首へとめがけて俺は刃を振り下ろす――!


「……解放オープン!」


 氷の初級魔術が発動する。

 それは、四倍の容量となって俺の剣を凍り付かせた。


 氷の魔術を受けた魔剣はその力を吸収し、そしてさらに増幅させていく。


「――斬り裂け! 魔剣、普遍たる魔纏の刃オーディナルブランドっ!」


 魔剣の力によってその切れ味を増しながら、氷の剣はゴルゴーンの首に切り込んでいく。


「オラァー!」


 そしてその断面を凍り付かせながら、画面は正面から真っ二つに断ち切られた。

 顔が両断され、ゴルゴーン全体の動きが停止する。


 ――しかし。


 その分断された左右の瞳が、それぞれギョロリとこちらを向いたのが見えた。


「――く……!?」


 眼球がその眼窩から飛び出してくる。

 左右三本ずつの赤い眼球……いや。


 ――赤い鱗の大蛇。


 目だと思っていたそれが、おそらくヤツの本体コア

 六本の赤い蛇が大きな口を開いて、無防備な俺に向かって迫り来る――!




「――悪いが、俺はお前を倒す英雄でもなければ勇者でもないんだ」


 赤い蛇が迫る中、俺はそれに向かって言った。


 同時に後ろから声が聞こえる。


「――駆けろ剣閃、貫け刃――!」


 そして俺の影から、銀色の閃光が飛び出す。


 俺は蛇に笑いかけた。


「……ただの囮ですまない」


「――奥義! 時空斬獲剣ポステリタス必乖断光刃ウィクトリア!」


 ロロの剣閃が赤蛇の胴体を斬り裂く。

 ゴルゴーンの眼窩から生まれた六つの赤い蛇は、それぞれが縦に両断されて十二の死骸へとその姿を変えた。

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